戦役編23話 スティールメイトな日常



「偶然会えたのは運が良かった。君に会わせて欲しいとヒンクリー准将か、火隠大尉に頼むのは少し憂鬱だったからね。」


「そりゃまたなんでです?」


「私は二人と面識がない。そして……」


「照京軍の評判は悪い。兎我とが元帥の薫陶が配下に浸透してるから。ウサちゃんみたいな顔してる癖に性格悪いって話だもんね。」


毒舌ちびっ子がバッサリ斬り捨てた。……そういやトガ元帥は照京出身だったな。


「……ウサちゃん……プッ……」


リンドウ中佐は脇腹と顔を押さえて、懸命に笑いをこらえている。


「おい、リリス。リンドウ中佐は照京軍のお方だぞ。口をつつしめ。」


「風評を言ってみただけよ。少なくともウサギ面に関しては同意を得られたみたいだけど?」


「ガーデンならともかく、そういう言動はお外じゃ余計な敵を作りかねないの!」


「敵がいて、倒してこそレベルが上がる。全て少尉を思っての行動よ。」


「コンピューターゲームと一緒にすんな!あながち的外れでもないが、いらん敵まで作る理由になってねえ!」


!!……テーブルの下を通してオレにメモが……テレパス通信の回線を開いてくれ、だと?


(どういうコトですか?)


(聞かれたくない話にはテレパス通信が一番だからね。)


(構いませんがリリスにもチャンネルを繋ぎます。彼女に隠し事をする気はありません。)


(わかった。)


チャンネルを繋がれたリリスは表面上は世間話を続け、チェスを早指しで勝負するという話に持っていく。


ハンディコムをテーブルに置いて、ホログラムチェスを指し始める中佐とリリス。


気が利いて助かるぜ。これならところどころで会話しているフリをすれば、言葉数が少なくても怪しまれない。


(うぐっ、そうくるか。……まいったな。本当に強い。)


(リンドー、チェスの勝敗なんてどうでもいいでしょ!)


(ハハハッ、私はチェスが趣味なものでついつい。話というのはね、本国から密命が下された。君の動向を調査しろ、とね。)


(なんですって!!少尉を調べろっていったい……)


………オレの動向を調査?………そうか。話が見えたぞ。デキる女は仕事も早い。その副作用だ。


(ウチの司令からガリュウ総帥に八熾一族の話がいったんですね?)


(そうだ。ガリュウ総帥は用心深いお方、散り散りになっていた八熾一族が宗家の君の下に参集するかもしれないと心配になられたのだろう。)


(はん!用心深い? 猜疑心が強いでしょ? 自分が叢雲一族にやったみたいに、親父が八熾一族も宗家ごと根絶やしにしてくれていれば、後腐れがなかったなんて考えてんじゃない?)


(リリス、言い過ぎだ。リンドウ中佐、話は見えました。オレの動向を調査しようにも、所属するクリスタルウィドウは最強のニンジャアーミーの巣窟。手の出しようがないから、ストレートに腹を探りにきたってワケですね?)


火隠衆がウジャウジャいるクリスタルウィドウの隊員であるオレの動向を探れとか、無茶振りを超えて不可能事だ。これだから命令しかしたコトのない偉いさんは始末に悪いんだよ。現場の苦労をまるでわかっちゃいない。


(腹を探るのではなく、腹を割って話をしにきたんだ。たとえ能力的に不可能という点をクリア出来ても、君の動向調査をする気はなかった。ミコト様は天掛少尉の事を弟のような存在と仰っておられる。龍の瞳を持つミコト様にそうまで見込まれている君は信用するに足る男のはずだ。だから善後策を相談しておきたいのだよ。単刀直入に聞こう。君はどういう腹積もりなんだ?)


(ミコト様の祖父がやった事は間違いです。ですが御門家への復讐に加担するつもりはありません。当事者の左龍総帥は、すでに亡くなっているのですから。仇本人に復讐するなら手を貸したかもしれませんが、仇の子や孫に復讐するなんてバカげてる。)


とはいえ、子のガリュウ総帥が現在進行形で、多方面から恨みを買い続けているってのが大問題なんだが……


(天掛少尉は御門家に弓を引く気はないのだね?)


(ええ。ついでに言えば八熾家の当主なんてのも遠慮したいんです。でも、オレが知らん顔をすれば、八熾一族の抑えが利かなくなるかもしれない。そうなれば照京にとっては脅威になるでしょう。)


(君が脅威と言う程、八熾一族は強いのか?)


(実際に会ったのは八乙女家の郎党だけですが、敵対するのは危険ですね。八乙女シズル率いる白狼衆は、数こそ多くはないですが、強いです。少数の精鋭がテロリストになった時の始末の悪さは中佐もお分かりでは?)


(そうだね。極めて優れた人間は、一軍に勝る働きを見せる事がある。他にも八熾の郎党はいるはずだし、敵対するのは確かに危険だ。不本意かもしれないが、君に八熾一族の手綱を取ってもらうのが最善策だろう。)


(リンドー、それって都合良すぎない? 面倒事を少尉に押し付けないでよ!本来、照京側が八熾一族を説得して、共存を図るのが筋の話でしょ!)


(それが可能ならそうしたい。御門家の眷族である私が言ってはならぬ事なのだろうが、叢雲一族や八熾一族へのやりようは明らかに誤りだった。全滅してしまった叢雲一族にはもう詫びのしようもないが、八熾一族に対してはまだ償いが出来る。ミコト様の御世が到来したあかつきには天掛少尉を当主に据えて、照京へ帰還してもらいたい。ミコト様もそれをお望みのはずだ。それまで照京が持てば、だが……)


おいおい、ちょっと待ってくれ。


(持てば? そんなに照京の状況は切迫してるんですか!)


(表沙汰にはなっていないが、今年に入ってからすでに2件、クーデターの計画を潰した。クーデターが発覚、ガリュウ総帥が苛烈に締め付ける、反作用でまたクーデターが計画される。ここ数年、そんな事の繰り返しだ。ミコト様がブレーキ役になっていなければ、もっとクーデター計画は頻発していただろう。民衆が暴発しないのはミコト様の御世が到来すれば、照京は変わるに違いないという希望があるからだよ。)


クソが!あっちこっちで面倒ばっかり起こりやがる!


(足元がそんな状態なのに、腕っこきのリンドウ中佐を外征に派遣してる場合か!なに考えてんだ!)


(私が志願したんだよ。君に会っておきたかったし、なによりウサちゃんに指揮を取らせるよりはマシだからね。照京の方は防衛部隊総司令のはしばみ少将が有能な方だから、滅多な事はないはずだ。)


一番隊ウチの軍医のハシバミ先生のお兄さんは、軍高官だって話だけど、照京の防衛司令だったのか。


(とにかく八熾一族はオレがなだめます。八熾の主力であるシズルさんや白狼衆は、八熾一族が照京から追放された後に生まれた人達だから、直接迫害は受けてない。照京側から手出しさえしてこなければ、思い止まってくれるはずです。)


(逆を言えば、我々から手を出せばその限りではない、という事だね?)


(当たり前です。誰にだって降り掛かる火の粉を払う権利がある。)


(正当防衛が過剰防衛になっても少尉に責任はないからね!それがイヤなら、リンドーが責任を持っていらん事しいのガリュウをなんとかしなさいよ!)


王手チェック!」


盤面で動かされた駒を見て、リンドウ中佐は渋面になる。どうやら勝敗を決する一手だったみたいだ。


(厳しいお嬢さんだ。……受け手がないか。)


「投了だ。強いね、お嬢さん。」


「まーね。アンタもなかなかだったわよ。」


(天掛少尉、私の影響力の範囲では決して八熾一族に仕掛けさせはしない。それは約束する。)


(範囲外には責任は持てないって事ですね?)


(総帥へのご機嫌取りに動く輩がいないとは言い切れない。そういう人材には事欠かないのでね。)


(最悪ね。ダメ軍人の人材バンクでも開設したらどう?)


(市場が飽和してるよ、お嬢さん。ダメ軍人は至る所に溢れてる。天掛少尉、私の影響外で動く人間を止められなければ、君に警告する。連絡方法を考えておいてくれ。無責任だと思うだろうが、これが私に出来る精一杯なんだ。)


(わかりました。ありがとうございます。)


「私の率いる部隊はヒンクリー師団に合流する。しばらくは戦友という訳だ。よろしくな、天掛少尉。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


「チェスで負けたのは久しぶりだ。早指しではなく、じっくり勝負してみたいね。また指してくれるかな、お嬢さん?」


「暇な時に遊んであげるわ。チャオ、中佐。」


「それじゃあまた。」


リンドウ中佐は笑顔で敬礼し、伝票を持って席を立った。




リンドウ中佐は頼りになるが、照京の状況は芳しくない、か。ややこしい状況も極まってきたな。


………なんとしてでもミコト様だけは守らないと、爺ちゃんが化けて出てくるぜ。



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