兵団編15話 星に祈りを



最後の兵団とアスラ部隊、それに機構軍と同盟軍の主要師団のデータに目を通し終えた頃には、天空のあるじは太陽から月へと代わっていた。


「ローゼ様、今日はここまでにしておきましょう。」


スペック社との実務者会議を終えて帰ってきたクリフォードの言葉に頷き、パソコンの電源を落とす。


「クリフォード、一週間後に予定した発艦式の手筈は整った?」


「仰せの通りに手配を済ませております。」


「一応確認しておくね、テープカットはレーネで間違いない?」


「はい。マグダレーネ・ベルギウス様にお願いしてあります。ベルギウス公はことのほかお喜びのご様子でした。まだ幼い娘に大役を仰せつかり誠にありがたき事、と仰っておられました。」


ベルギウス公は王家の外戚だけど、父との王位継承争いに破れ、なかば蟄居の身で公の場には出られない。


今回のセレモニーを復権への足掛かりにしたい思惑があるのだろうけど、父が許すはずもないし、ボクもベルギウス公の復権に手を貸すつもりはない。


だけどベルギウス公が王家の外戚である事には違いないし、その娘であるレーネは心優しく、道理を弁えている。


13になったばかりのレーネを権力闘争の場に引き出すのは気が咎めるけど……王家の血を引く以上、その立場が政治的意味を持つ事からは逃れられない。


だったらレーネにはボクの味方になってもらいたい。あのコはボクの妹みたいなものだから。


もちろんレーネが権力からは距離を置きたいというなら、無理強いをするつもりはない。


ボクが自分で生きる道を決めたように、レーネだってそうすべきなのだから。




クリフォードとタッシェと一緒に夕食を済ませ、お風呂に入ってから就寝の準備をする。


今まで使っていた天蓋付きの大きなベッドから、こじんまりとしたベッドに変えさせた。


これから戦地に赴く事もある、華美な生活様式は改めた方がいい。この新しいベッドでも豪華すぎるぐらいだ。


天蓋がなくなったから、大きな天窓から夜空が見えるようになった。


星の綺麗ないい夜だ。………遠い同盟領のどこかで、カナタもこの星空を眺めているのだろうか?


………カナタ………魔女の森で、二人で星空を眺めたよね。憶えてる? カナタは方向や季節を示す星座しか知らなかったから、ボクが色んな星座を教えてあげたでしょ?


夜空には一際明るく天狼星が輝いていた。あれがカナタの守護星座である天狼座だ。


そしてて天狼座に護られるように隣で輝いてるのが聖女座。ここまでは教えたよね?


あの時は教えなかったけど………聖女座はボクの守護星座だって、言えばよかったかな………


神話ではね、天狼は聖女の危機を救う為に使わされたんだ。だから聖女を護るように隣にいるんだよ?


カナタは神話の天狼のようにボクの危機を救ってくれたのに………隣にはいてくれないんだね………


「キキッ?(悲しいの?)」


バスケットのベッドからタッシェが顔を出した。心配させちゃったみたいだ。


「………なんでもないよ。おやすみ、タッシェ。」


「キキッ。(おやすみなの。)キキッ!(流れ星なの!)」


タッシェが指さす先には長く尾を引く流れ星が見えた。


早く願い事をしないと!……どうかカナタが無事でありますように。


ボクは流れ星に祈りを捧げてから横になる。


大丈夫、超人兵士のトーマ少佐と戦っても無事だったカナタだもん。なにがあっても無事に決まってる。




軍楽隊の慣らすファンファーレが発艦式の始まりを告げる。


一糸乱れぬ隊形を整えた騎士達に見守られる中、式典は滞りなく進み、公爵令嬢が豪華なテープをカットしてくれた。


ボクの船、パラス・アテナの巨体が前進し、ボク達の前で停船する。


「ローゼ様!わたしにこんな大役を命じてくださって感謝しています!」


少し背が伸びたレーネに挨拶されたので、軽く抱擁する。


「ありがとう。私の船の大切な儀式ですから、どうしてもレーネにお願いしたくて無理を言いました。」


「いえ!わたしも一緒にこの船に乗っていきたいぐらいです!」


そうなるといいね。でも、この船に乗るには覚悟がいるんだよ?


もう少し大きくなって、自分の意志でこの船に乗ると決めたら………一緒に旅に出よう。


「ローゼ様、お久しゅうございますな。少し背が伸びられましたか?」


レーネの後ろに立っていたベルギウス公にも挨拶された。


………相変わらずのカイゼル髭か。本物の皇帝カイゼルにはなり損ねた人なのだけど。


「レーネほどではありません。公爵、お久しぶりです。少しおやつれではありませんか?」


長く続く蟄居生活は、出しゃばり気質のベルギウス公にはさぞ苦痛だろう。


「いえいえ、元気にしております。ローゼ様、なにとぞ皇帝陛下によろしくお伝えください。」


「はい。それでは公爵、ご機嫌よう。レーネ、またね。」


「はい!またお会い出来るのを楽しみにしております!どうかお気をつけて。」


レーネ達に見送られながら、薔薇十字の騎士団を従えたボクはタラップを上る。


真っ直ぐに艦橋へ向かい、指揮シートの前に立ったボクは乗組員達に最初の号令を下す。


「パラス・アテナ発進!目標は帝都バウムガルデン!」





帝都に向かって進む船の艦長室、ボクは騎士にして家族である三人と今後の相談をする。


「久しぶりに公の場に出られてベルギウス公は大喜びでしょうね。」


銀髪のアシェスがそう言うと金髪のクエスターが答える。


「そのようだ。しかしローゼ様、ベルギウス公を引っ張り出して大丈夫ですか? 皇帝陛下の不興を買うかもしれませんが?」


「公職にでも復帰させれば問題でしょうが、式典に参加させただけです。それにベルギウス公は正式に蟄居を命じられた訳でもない。皆が陛下の顔色を伺い、忖度しているだけの事です。問題ありません。」


「皇位継承争いに敗れてから、もう15年にもなるというのに、ベルギウス公はいまだ未練がおありのご様子、油断なりませんな。」


叔父クリフォードの見立てにボクも賛成だ。殊勝な態度の陰に光る野心家の目、ベルギウス公はまだ諦めていない。


「そのようですね。ですが危険物だとわかっていれば、そう危険ではありません。ダイナマイトも使いようです。」


「フン。そもそも王家の血筋といえど、外戚に過ぎないベルギウス公が皇位を継承しようなどというのがお門違い、よく争う気になるものだ。」


「アシェス、権力はどこの誰が、どう手に入れたかなど問題ではありません。問われるのはどう使うか、それだけです。」


「………そうかもしれません。ですがベルギウス公が権力を握れば、自分の為だけに使うに決まっています。」


「でしょうね。ですが根本的にベルギウス公には器量が足りません。例えあの方が王家の嫡流で、父が傍流であったとしても、結果は今と変わらなかったでしょう。」


身内の贔屓目でなく、そう思う。父とベルギウス公では器が違い過ぎる。


「ローゼ様、ベルギウス公の器の小ささをご存じでありながら、何故に式典に参加させたのです?」


クエスター、その問いかけが答えなんだよ?


「それが答えです。残酷な言い方ですが、器が小さく、意図を読むのが容易いからこそ……」


「手駒として使うに容易い、ですか。お見それしました。」


「帝都では久しぶりに王家主催の晩餐会が催されます。その後に家族だけの会合を開くと陛下から言われました。許された随員は一名だけ、父上にはスタークス、兄上にはアシュレイが付くでしょう。クエスター、私の供を。」


「お任せください。」


「ローゼ様、私では不服ですか? ローゼ様の敵を払うのはクエスター、その身をお守りするのは私、である筈ですが?」


「少々刺々しい晩餐になるかもしれませんから。アシェスにはやや短気なところがあります。」


「そのような!私とてちゃんと場を弁えて行動するぐらいの思慮はあります!」


「思慮がないなどとは言っていません。今回は争いたいのでクエスターを選びました。父上とはともかく、兄上とはいずれ激しく争う時が来ます。アシェスの出番はそこからです。ゲームの序盤で切り札を切るつもりはありません。」


「そういう事ならば今回はクエスターに譲りましょう。」


「私は陛下に機構軍での正式な地位をおねだりするつもりです。階級はどのあたりが適当でしょうね?」


「アデル皇子は現在は少将ですが、軍歴は大佐からでした。ですので最大限望んでも大佐からでしょうな。」


ベルギウス公のカイゼル髭より見事な髭を撫でながら、クリフォードが答えてくれる。


「では奥ゆかしい私は一歩下がって中佐から始めましょう。ロウゲツ大佐より一段下ですし、丁度いい。」


「ローゼ様お得意のおねだりですな。晩餐会でそのお手並みを見られぬとは、……吾輩、至極残念です。」


なんだか最近はおねだりばっかりしてるなぁ、ボク。


「ではクリフォードにもおねだりします。……ボク、お腹が減りました。プリン食べたい……」


「キキッ!(食べたいの!)」


「おや? ボク、が出ましたな?」


「いいでしょ!家族の前で肩肘張った会話なんて続ける必要ないもん!プリンが食べたい!食べたいの!」


ジタバタ両手を振ってワガママを言ってみる!そんなボクを見たタッシェは、本物の猿真似で追随してきた。


「キキッ!キキッ!(プリン!プリン!)」


ボクとタッシェが合唱すると、クリフォードは胸を叩いて自慢顔になった。


「そう思って用意してあります。市販品ではありませんぞ? 家内クリスの作った手作りプリンです。」


やった♪ クリフォードの奥さんのクリス・クリフォードは元パティシエ、その腕は折り紙付きだ。




自分の船で食べる極上プリンはさぞ美味しいに違いない♪



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