兵団編16話 魂は共に



帝都バウムガルデンに到着したボクは、晩餐会の前に帝国公営墓地へと向かう。


ここにはヘルガとパウラ、それにボクを守る為に殉職した騎士達のお墓がある。


三人の騎士と一緒に花を携えたボクは、真新しい墓石のあるエリアに到着した。


ヘルガとパウラ達の墓所には先客の姿があった。


お墓の前で手を合わせるお婆さん………あれはヘルガのお祖母様だったはず。


「姫様!」


ボク達に気付いたお婆さんは慌てて駆け寄ってこようとして転びかける。


アシェスが素早く動いてお婆さんの体を支え、事なきを得た。


そのままお婆さんの手を取り、ボクの前まで連れてきてくれる。


「確かヘルガのお祖母様でしたね。」


「はい、ヘルガの祖母に御座います。……ローゼ様は孫の墓参りに来て下されたのですか?」


「ええ、お花を供えさせてください。」


「ありがとう御座います。皇女様がわざわざ孫達の為に足を運んでくださるとは……」


「ヘルガは私を守る為に命を落としました。さぞ私をお恨みでしょうね?」


「とんでも御座いません。我が家は代々帝国の禄をんできた騎士の家系。そして孫は帝国騎士、王家の為ならば命を惜しむ事など………孫は姫様のお役に立てましたでしょうか?」


「ヘルガ・ジルベールは私の身を守る為に勇戦し、落命したのです。帝国騎士の鑑、誰もがそう言い、私もそう思います。」


ボクはお祖母様の両手を握り………嘘を言った。


正直は美徳? なんでもかんでも本当の事を言えばいいってものじゃない。


仲間の裏切りにあって命を落としたなんて真実をお祖母様に告げてなんになるの?


それにヘルガが騎士の鑑なのは真実だ。そこを偽らなければそれでいい。


「………ありがたきお言葉。天国ヴァルハラにおります孫に聞かせてやりとう御座います。」


「ヘルガは天国にはいません。」


「は?……姫様はヘルガが地獄に落ちたと仰るのですか!」


「まさか!……ヘルガ・ジルベールは私の心の中にいます。ヘルガは今も私の騎士であり、肉体はついえようとも、その魂は常に私と共にあります。」


「姫様!」


泣き崩れるお祖母様をクエスターが支え、ボクは墓前に向かって花を供える。


ヘルガ、パウラ、死んでいったみんなに誓おう。


ボクがこの戦争を終わらせるから。だから見守っていてね。


「姫様、同盟を滅ぼし、孫達の仇を討ってくだされ。」


ボクは祈りを捧げる手をほどいて、もう一度お祖母様の手を握る。


「私は私のすべき事を成し遂げます。必ず。」


同盟を滅すというお祖母様の願いには応えられない。ボクは同盟の人達との共存を目指しているのだから。


でもそれは言うべき事じゃない。ヘルガを同盟軍に殺されたと思っているお祖母様を傷付けるだけだ。


………共存を目指す相手と戦う、か。自己矛盾もいいところだけれど、ボクは力を示さないといけない。


機構軍にも同盟軍にも、だ。ボクの戦う相手は戦争を続けたい人達だから。






王城内の大食堂、その広い部屋の中央に設えられたテーブルに座るのは三人の王族と三人の貴族。


貴族達を交えた晩餐会を終えた王族三人は、家族と側近だけの会合を催した。


中央に座るのは皇帝である父。その傍らに座るのは伯爵にして帝国騎士団団長、スタークス・ヴァンガード卿。


右手に座るのは皇子である兄。その傍らに座るのは同じく伯爵で帝国騎士団副団長、アシュレイ・ナイトレイド卿。


左手に座るのが皇女であるボク。その傍らに座るのはアシュレイ副団長の甥であるクエスター・ナイトレイド卿だ。


ナイトレイド家とヴァンガード家は共に伯爵号を有する帝国きっての名門であり、家族、いや一族同士の付き合いがある。


スタークス団長がクエスターの名付け親で、アシュレイ副団長がアシェスの名付け親なのはそういう訳だ。


ナイトレイド伯爵家は今はアシュレイ副団長が当主なんだけど、クエスターが結婚したら家督を譲るという話になっているらしい。


本来はクエスターのお父様が当主だったのだが、同盟軍との戦いで戦死してしまい、幼いクエスターに代わってアシュレイ副団長が当主になったという経緯いきさつがあるからだ。


「剣神」の異名を持つアシュレイ副団長に厳しく育てられたクエスターは「剣聖」と称されるほどの騎士に成長した。


なのでアシュレイ副団長は、早く家督をクエスターに譲りたいみたいだけど……


アシュレイ副団長がワイングラスを片手に、甥であるクエスターに話を切り出す。


「クエスター、実はおまえにえん……」


「縁談ならまたにして下さい、叔母上。第一、今年に入ってからもう三度目ですよ。」


「おまえに早く家督を継がせねば、死んだ兄上に顔向け出来ん。」


「叔母上は過不足なく一族をまとめてくださっています。私が慌てて家督を継ぐ必要はありません。今しばらくは気楽な身の上でいたいのです。」


「フン、そこまでして妾腹めかけばらに肩入れしたいのか?」


不機嫌そうな顔の兄上が横槍を入れる。槍の穂先はボクに向いているようだ。


クエスターの切れ長の目がスッと細まり、兄上の槍を撥ねつける。


「アデル様、妾腹とは聞き捨てなりませんね。」


「聞き捨てならぬのならば、どうするつもりだ?」


あるじを侮辱された騎士がどうするかは……お分かりなのでは?」


剣聖と謳われるクエスターが腰の剣に手をかけると、兄上の顔が青ざめる。


「クエスター!皇子に対して無礼であろう!」


アシュレイ副団長が甥を叱責するが、クエスターは意に介さず反論する。


「叔母上、いかに皇子といえど、皇女を侮辱してよい訳はありません。ローゼ様に仇なす者には私の剣で応えるまでです。」


「それは皇子に仕える私に刃を向ける、という事でもあるのだぞ? 分かっていような?」


「無論の事。剣にかけては叔母上にも引けはとりません。お試しになりますか?」


「試さずとも知っている。おまえに剣を教えたのはこの私だ、思い上がるな!」


「さらに成長していますよ、叔母上?」


「アシュレイ!クエスターに僕に刃向かう者がどうなるか教えてやれ!」


兄上もいらぬ事を言うものだ。アシュレイ副団長を追い詰めてどうするの?


「クエスター、剣を取れ!少し教育してやろう。」


アシュレイ副団長が席を立っても、クエスターは退かない。そしてボクに許可を求めてくる。


「ローゼ様、よろしいですか?」


母子のように仲のいいアシュレイ副団長とクエスターを戦わせる訳にはいかない。


「やめぬか二人とも!陛下の御前である事を忘れたか!」


ボクが止めるより早く、スタークス団長が二人を一喝する。


ナイトレイド家の当主と甥は、皇帝を顧み、動きを止めた。


「剣神と剣聖、どちらが上か見物ではあるが………ここは余に免じて剣を収めよ。」


剣神アシュレイと剣聖クエスターは皇帝に一礼し、着座する。


「アデル、ローゼを妾腹めかけばらと呼んだな?」


「事実を言ったまでです。ローゼの母は元はと言えば王宮仕えのメイドで平民。父上、いや皇帝陛下のお情けで王妃になっただけでしょう。」


「だが余が認めた王妃である事に相違あるまい? つまりおまえは余の妻であり、義理の母を侮辱した訳だ。それは余への侮辱でもある。二度と余の前で妾腹などと言う事は許さぬ!」


「は、はい。陛下を侮辱するつもりは毛頭ありませんでした。」


父に向かって頭を下げながらボクを睨む兄上、なかなか器用な真似をする。


「ローゼよ、これでよいか?」


「さすがは陛下、感服いたしました。」


「ところでローゼ、箱庭から出てはしゃぎ回っているようだな?」


冷ややかな視線の皇帝。ボクは軽く肩を竦めて答える。


「スペック社との提携の事でしょうか? 小遣いを無心しないだけ立派になったと褒めて頂きたいのですが?」


「軍事の基本は理解したようだな。軍を動かすには金がいる。兵士の戦意を買うのにもな。実戦のなんたるかは朧京の青二才に習うがよい。」


青二才、か。父上に「小僧」呼ばわりされないあたり、ロウゲツ大佐は大したものだ。いくら皇帝にして元帥といえど、機構軍最強の兵を小僧呼ばわりは出来ないか。


たぶん、ロウゲツ大佐は父の事を「老いぼれ」とでも呼んでいるんだろうな。


「陛下、実戦のなんたるかはトーマ少佐に教わるつもりです。」


「………トーマ少佐?……ああ、死神の事か。ローゼ、死神は何者であるかも、その目的も定かではない男なのは知っていような? 油断ならぬ相手だ、心するがよい。」


………父上の方がよほど油断がなりません。侍女に命じてボクを監視しているのでしょう?


「ローゼ!スペック社を抱き込んだぐらいで調子に乗るな!」


「調子に乗っている訳ではありません。必要だから手を組んだまでです。」


「フンッ!その程度の事、僕にも出来る。トロン社が是非とも僕に協力したいと言ってきているのだ。」


トーマ少佐の睨んだ通りの展開か。兄上はさぞかし担ぎやすい神輿だろう。


「それで? 兄上はトロン社との提携をお受けになるのですね?」


「陛下のお許しがあればな。僕はおまえと違って陛下の意向を確かめもせず、事を動かすような愚かな真似はしない。」


それって自慢する事かなぁ? 兄上はカナタと同じ20歳だよね? そのぐらい自分で決められないの?


「陛下はお認めになるのですか?」


ボク達を競わせておいて、自分は高みの見物を決め込むつもりなのはわかっている。父上は考えるフリをしてから答えた。


「ローゼにスペック社が付いた以上、アデルにも認めてやらねば不公平であろうな。」


「でしょうね。これで土俵は同じ、ですかしら?」


「同じ土俵? ローゼ、何が言いたい!この僕と何を勝負しようというのだ!めか……」


「妾腹の分際で、ですか?」


「ち、違っ……」


「かろうじて台詞を飲み込んだようですから、大目に見て差し上げます。」


「ローゼ!兄をなんだと思っている!」


「今のところはライバル、ですかしら?」


「ライバルだと!まさか僕と王位を争うつもりではないだろうな?」


「さあどうでしょう? 兄上も少し歴史を学ばれてはいかが?」


「陛下!ローゼの不遜な物言いを見過ごされるのですか!」


いい大人が親の力にすがるものじゃない。同じ歳でもカナタとは大違いだよ。


………兄上の事は言えないか。ボクも父上から中佐の階級を貰うつもりで、王城に来たのだから。


「ローゼ、アデルはおまえの兄であり、王位継承権第一位の皇子だ。言葉をつつしめ。」


「はい、陛下。反抗期の小娘の戯れ言とお聞き流し下さい………兄上。」


「ローゼ、これからは次期皇帝である僕には敬意を払え!」


「………アデル、おまえはローゼの言うように少し歴史を学べ。」


「は、はい。史学の本を読むようにします。」


父上には従順な兄上は、不本意かつ不思議そうな顔で頷く。


兄上には父上の言葉の意味がわかっていないようだ。だけど言葉の意味を教えてあげるほど、ボクは兄上には親切になれない。


アシュレイ副団長は気付いているようだから、後で教えてもらえるだろう。




王位継承権第一位の座にあった者が、王位を継いだ例は意外と少ない。戦乱の時代には特にそうだという事を。



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