兵団編17話 薔薇の城



心温まらない家族の会合を終えたボクは、クエスターを伴い自室に戻った。


スペック社との提携を事後報告した事について怒られるかと思ってたけど、お咎めはなかった。理由はシンプル、切れ者のベニオ部長が王室への根回しを済ませておいてくれたのだ。王室にコネがあると言っていたのはハッタリじゃなかったらしい。


目的だった機構軍中佐の階級も貰った事だし、もう王城に用はない。明日にはリリージェンへ帰投しよう。


「………アシェスが言っていた事を私も実感出来ました。」


刺々しい会話から解放されて、くつろぐボクにクエスターが話しかけてきた。


「なにが実感出来たの?」


テーブルの上のタッシェが可愛くちょうだいポーズをしてるから、ボクは常備しているドライフルーツの袋をポケットから取り出す。


「アシェスは「ローゼ様はときおり別人のような顔をされるようになった。私達の知らない顔を。」と、言っていました。森での経験がローゼ様を変えたのだろうと……」


「………変わって欲しくなかった?」


「………なんとも言えません。」


クエスターは少し寂しげな顔でそう答えた。ボクはドライフルーツの袋に手を入れ、口ずさむ。


「ドゥルッドゥルッドゥルッ~♪ なにが出るかな、なにが出るかな?」


「キキッ!キキッ!(スモモ!スモモ!)」


「じゃ~ん!残念!スモモじゃなくてモモでした~!」


「キッ、キキッ!(モモも好きなの!)」


お皿に置かれたドライフルーツの前で、タッシェは幸せダンスを踊り始める。可愛いなぁ、もう。


「フフッ、やはりローゼ様はそういうお顔が似合います。」


「そうかな?」


「そうですとも。三国一の可憐な姫様です。」


「褒めてくれたお礼にドライフルーツを下賜しましょう。」


「ありがたき幸せ。」


「ちゃんと幸せダンスを踊ってね?」


「わっ、私がですか?」


「キキッ!(教えるの!)」


タッシェがクエスターの前で幸せダンスを披露する。手渡したドライフルーツを口に放り込んだクエスターはお猿さんタッシェの猿真似をして、ややぎこちない幸せダンスを踊ってくれた。


「アハハッ♪ クエスター、タッシェより下手だよ!」


「………ではローゼ様が模範演技をお願いします。」


「ボッ、ボクも踊るの!?」


「キキッ!(踊るの!)」


仕方ないなぁ。よおし、華麗に幸せダンスを踊ってみせるね!


二人と一匹が王宮の片隅で演じる舞踏会はこうして始まった。





王城に長居はしたくないボクは、翌朝に行われた中佐への叙任式を済ませると、すぐに旗艦でリリージェンへとって返す事にした。


厳めしく豪奢な王宮より、パラス・アテナの艦橋の方がよほど落ち着く。


「キキッ!(ピカピカなの!)」


肩に乗ったタッシェが、ボクの胸に輝く真新しい階級章を見てはしゃいでる。


「お似合いですぞ、ローゼ様。これで名実ともに吾輩達の指揮官ですな。」


クリフォードは褒めてくれるけど、内心は複雑だ。


「ありがと。でも縁故主義も極まれり、だね。士官学校を出てない上に実戦経験もゼロの小娘が、いきなり中佐になれちゃうんだもん。真面目に戦ってる兵士さん達がバカみたいだよ。」


「陰口を叩く者もいましょうが、結果を出せばよいのです。そうすればすぐに黙りますよ。」


アシェスの慰めに頷いて答え、自分を納得させる。そう、結果を出せばいいだけだ。


「ローゼ様、同盟軍の先発隊が動きだしたようです。いよいよですね。」


!!……思ったよりも早い。準備を急がなくては。


「クエスター、パラス・アテナは直接白夜城に向かいます。」


「ハッ!白夜城へ進路を取れ!機関全開、全速前進!」


「ヤー!機関全開、全速前進!」


クエスターの発令にキビキビとクルーが答え、超大型純炎素エンジンが唸りを上げる。


速度を上げたパラス・アテナは荒野を疾走する。戦いの時はもうすぐだ。




白夜城に到着したボク達は、用意された薔薇十字の兵舎へ向かった。


アシェスとクエスターの騎士団の兵舎は既にあったが、ロウゲツ大佐は突貫工事でボクとクリフォード用の兵舎も準備してくれたのだ。


ボクに割り当てられた石造りの建屋は、新造のはずなのに風雨に耐えてきたようなおもむきがあってすごくいい!


「みんな見て見て!すごく立派な建屋だよ!」


「立派と言えば立派ですが………ローゼ様、いささか古びてはいませんか? 卿もそう思うだろう?」


「そうですね。趣向に賛否はあるでしょうが、よく短期間でこれだけの建屋を造ったものです。」


「吾輩が思うに、ローゼ様の宿舎ですから城を模して造ったのでしょうな。」


「うん、ちょっと小っちゃいけど、まるでお城みたいだよね!」


「事実、小城なんだよ。辺境のうち捨てられた小城をバラして運んできた。面倒くさかったが、一から造るよりは早い。」


ボク達が振り返ると、そこにはやる気のない目をしたトーマ少佐が立っていた。


「トーマ少佐が造ってくださったんですか?」


「ああ。ゲストハウスが手狭になってきたんで、新しい居候先が必要なんでね。」


「トーマ!ローゼ様に中古の城に入居しろと言うのか!それにローゼ様の居城に居候するだと!いったい何を考え……」


ボクはアシェスの足を踏んで暴言を阻止する。本当に世話が焼けるんだから!


「トーマ少佐、このお城はなんと言う名前なんですか?」


「確かローゼンシュタイン城とか言う名前だったな。だが名前は城主の姫が付ければいいと思うがね。」


築造主のトーマ少佐が付ければいいと思うんだけど………いや、少佐のネーミングセンスは信用出来ない。


なにせ頓馬土屍郎とんまどしろうなんて名乗ろうとしたぐらいなんだから!


「ではローゼンシュタイン城の名前をそのまま頂きましょう。ボクも薔薇ローゼですし、これも何かの縁かもしれません。」


「………最近はしっかり刺も生えてきた事ですしな。」


クリフォード、なにか言った?




ボクは薔薇の城の最奥にある部屋で家具の配置を考える。


辺境から基幹部分を引っ張ってきて、足らずの部分をぎしたお城だけど、初めて持ったボクのお城だ。大切に使わないと。


そうだ!リリージェン市内の帝国公館は引き払って、ここを本拠にしよう。


数人の信用出来る侍女に来てもらい、残りは公館に残ってもらう。


そうすれば密偵の混じった侍女達を遠ざける事が出来る。


少佐はガセ情報ネタを掴ませるのに使えると言っていたけど、その策を使えばガセ情報を掴まされた侍女の立場が危うくなる。


密偵役の侍女達が好き好んで任務に志願したとは思えない。王宮からの圧力があったに違いないんだ。


利用出来るモノは利用するというのが合理的かつ、有効なのはわかっている。


だけど……考えが甘かろうと、ボクの間尺に合わないのだ。


コツーンコツーンと重い足音が近づいてきた。トーマ少佐に違いない。


「少佐、ドアは開いてます。どうぞ。」


「あいよ。少佐じゃないがお邪魔するぜ。」 「御免つかまつる。」


「ローゼ様、ひっさしぶり!」 「ガウ!(お久しゅう!)」


わっ!少佐じゃなかった上に大人数だったよ!


え、え~と……キカちゃんと太刀風は知ってるけど……


後頭部で丁髷ちょんまげ風に長髪をまとめた侍っぽい人が、一同を代表してお辞儀をしてから名乗ってくれた。


「拙者は戦場兵馬いくさばへいまと申す、お見知りおきを。」


短髪に無精ヒゲの野武士っぽい人がそれに続く。


「俺は轟弾正とどろきだんじょう。兵馬とおなじく戦団の幹部だ。少佐から挨拶してこいって言われてね。」


「そうでしたか。トーマ少佐からお聞き及びでしょうけど、ボクの事はローゼとお呼びください。ヘーマさん、ダンジョーさん、これからよろしくお願いします。」


「キカだよ!」 「ガウガウ!(太刀風でござる!)」


……それは知ってる。手と尻尾を振ってる仕草はとっても可愛いけど。


「キカちゃんと太刀風がサビーナの事を調べてくれたんだよね? ありがとう。」


「サジりんとダンジョー達も一緒だったんだよ!」


サジりん? 猿尻さじりさんの事かな?


「そうでしたか。ダンジョーさん、ヘーマさん、ありがとうございます。」


「少佐の命令に従ったまでの事にて。お気遣いなく。」


「ヘーマはカテえなぁ。どうもいたしまして、でいいじゃねえかよ。」


「戦団幹部という事はヘーマさんもダンジョーさんも、さぞお強いのでしょうね?」


「あたぼうよ。調査任務で前回の作戦には参加出来なかったんがな。剣狼はツイてやがる、俺がいれば取り逃がしたりしなかったもんをよ。」


ふんぞり返った胸を親指で差しながら豪語するダンジョーさんの姿を、冷ややかな横目で見やったヘーマさんがツッコミを入れた。


「お主は関係あるまい。キカと太刀風がいれば、だ。」


!!……そっか、それで逃げたカナタ達を捕捉するのを断念したんだ。よ、よかったぁ。


「キキッ!(遊んで!)」


「ガウ?(せ、拙者が?)」


「キッ!(そう!)」


「遊ぼ遊ぼ~♪ あ、そうだ。これをタッシェに渡すんだった!」


キカちゃんは金の腕輪をタッシェの両腕に取り付けた。


「可愛い~。タッシェ、お礼は?」


「キキッ!(ありがとなの!)」


「使い方は後で教えるね♪」


「使い方? アクセサリーじゃないの?」


「ん~と、発信機とぉ、煙幕とぉ、指向性爆薬が仕込んであるの!」


「爆薬~!だ、大丈夫なの、それ!」


衝撃でドカンとかしないのかな? 心配するボクにダンジョーさんが説明してくれる。


「二つの腕輪のロックを外して組み合わせないと絶対に爆発しない仕組みだ。二液混合型爆弾ってヤツさ。」


聞いた事がある。二つの液体を混ぜ合わせないと爆発しない爆弾、だったかな?


「だったら大丈夫だよね。ビックリしちゃった。」


「作った俺がいうのもなんだが、爆弾はいい。威力があって汎用性が高いだけじゃなく、ロマンがある。その小さな腕輪には俺のロマンが詰まってるのさ!」


ロ、ロマンが!?……あるのかな、本当に?


ダンジョーさんは見かけはワイルドだけど、こんな小さな腕輪にそんな仕掛けを施せるって事は手先が器用なんだ。


「ローゼ様、この男の戯れ言を真面目に聞かぬ方がよいかと。耳が腐ります。」


「言いたい事言ってくれやがんな、兵馬!根性が捻くれてんのオメエもだろ!今時、戦国の侍なんぞ気取りやがって!」


「だが腐ってはいない。付け加えれば、根性もお主よりは真っ直ぐなつもりだ。」


そして小突き合いを始める二人。仲良く遊んでるキカちゃん達を見習って欲しい。


ミザルさんとコヨリさんもいつも口喧嘩して小突き合いしてるし、トーマ少佐も大変だなぁ。




いや、絶対トーマ少佐は気にもしてない。……たぶん、苦労してるのは周囲の団員さん達だ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る