争奪編4話 脳と心臓
「カナタを凜誠に? なんだってまた!」
素っ頓狂な声でマリカさんが問い質した。
シグレさん、オレも理由を聞きたいです。
「アスナが中隊長を退いて支援に回りたがっているのだ。慰留はしているのだが、意志が固そうで困っている。アブミとアスナはカナタが後任に適していると言うし、私もそう思う。」
「だからカナタを寄こせってのかい? いくらシグレの頼みでも無理だね。」
「どうしてだ? カナタの先を考えれば悪い話ではあるまい。クリスタルウィドウの中隊長は盤石の体制だ。カナタが中隊長になるにはウチに来たほうがいい。」
「アタイにはアタイの考えがある!カナタはアタイが育てるんだ!」
「カナタの師は私のはずだが?」
「うっ!………そ、それは剣の話だ。指揮官としての話じゃない。」
シグレさんはコッチを向いた。イ、イヤ~な予感がする………
「カナタはどうなのだ? 凜誠に来るのは嫌か?」
ほらきたぁ!そ、その質問だけは聞きたくなかった………
「………え、え~と。その、なんと言いますか………」
「カナタ、ハッキリ言ってやんな。クリスタルウィドウがいいって!」
「カナタ、そうなのか?」
ど、どうしろっちゅーんだよ!マリカさんは恩人で尊敬する上官。でもシグレさんも恩人でオレの師だ。
ええい!こんなの選べるかぁ!無茶な選択すぎんだろ!
「無茶言わないで下さい!脳と心臓どっちが大事だって聞かれて答えられますか!」
オレの答えを聞いたマリカさんとシグレさんは同時に吹き出し、矛を収めてくれた。
「ハハハッ、脳と心臓じゃ選べないねえ。どっちもないと死んじまう。」
「うむ、私としたことが大人げなかったな。アスナもすぐにとは言っていない。マリカ、この件はゆっくり考えよう。」
「そうだな。アタイも直接アスナから話を聞いた方がいい。シグレ、近々一席設けてくれ。」
「承知した。」
ホッ。なんとか乗り切ったぜ。
「ねえ准尉。私は人体で例えればどこなの?」
リリスさんがオレの脇をチョンチョンつつきながら聞いてきた。
「え~と………盲腸?」
「それ人体で一番いらない部位じゃない!!アッタマにきたのニャー!!」
オレは怒髪天を突くネコ耳リリスさんに思いっきり引っかかれましたとさ。
食堂を出たオレはスキップ未満のかる~い足取りで各所に生還の報告やお礼を済ませ、中庭のベンチで一休みする。
思わぬ争奪戦に巻き込まれて冷や汗をかいたが、切り抜けさえすれば悪くない気分だ。
マリカさんはクリスタルウィドウからオレを出したくないってコトで、シグレさんは凜誠に欲しいって言ってくれてるワケなんだからな。
「どうした坊主、ニヤニヤして。元から締まりのないツラが最高にみっともなくなってンぞ?」
「カーチスさんのリーゼント程じゃありませんよ。」
「言ってくれるじゃねえか。ま、生きててよかったな。」
「どーも。それでオレになにか用ですか?」
カーチスさんは義手でポリポリと頬をかきながら、
「シグレに頼まれてな。おまえに重火力ガンナーとサイボーグの対処法を教えてやってくれってな。」
「そりゃありがたい話ですけど、いいんですか?」
「シグレに頭を下げられちゃあな、嫌とは言えんよ。おまえはいい師匠を持ったって感謝すべきなんだぜ?」
「もちろん感謝してますよ。」
「バクラは長モノ対策を教えてやってくれって頼まれたみたいだし、アビーも重量級対策を頼まれたって言ってたな。おそらくガーデンにいる隊長全員に頼んで回ってるんだろう。隊長連中はそれぞれスタイルが違う強者だからな。」
シグレさんはオレの為にそこまでしてくれてるのか。
オレは凜誠に行くべきなのかもしれない。ホタルもオレが同じ隊じゃなければ、なんとか折り合いをつけてくれるかも………
!! オレの顔面に迫る義手!
オレはとっさに掴んで捻り上げようとしたが、カーチスさんはトカゲの尻尾みたいに腕だけを切り離した!
そして唸りを上げるキックを繰り出してくる!
掴んじゃダメなんだ! オレはベンチの背を掴んでバク宙して躱し、距離を取る。
サイボーグの手足を掴むのは悪手。極めようにも切り離せるし、なにが仕込んであるか分かったもんじゃない!
「………なるほど。もうそんなレベルまで到達してるってのか。しかも一手で学んだようだな。」
カーチスさんは切り離した義手をカチンとはめ込んでから、葉巻に火を点けた。
「サイボーグの手足を掴むのは悪手なんですね?」
「そうだ。今みたいにヤバけりゃ切り離すし、ブレードやスタンガンを仕込んでるのが普通だ。………カナタ、おめえは大したタマだよ。俺が認めてやる。まあ座んな。」
カーチスさんの抜き打ちテストには合格出来たみたいだ。
オレはベンチに戻ってカーチスさんの隣に腰掛け、話を聞く。
「ガンナー対策は日を改めるとしてだ。サイボーグ対策のレッスン1、迂闊にサイボーグの手足は掴むな。レッスン2、まず相手が一流の義体使いかどうかを判断しろ。」
「どこで判断すればいいんですか?」
「技量もあるが、根本的に二流の義体使いは手足の使い方がぞんざいだ。痛みも感じねえし、いくらでも替えが効くからな。カナタは二流が相手なら
「なるほど。一流の義体使いを相手にする場合はどうすればいいんですか?」
「一流の義体使いでも勘違いしてる事がある。そこを突け。」
「勘違い?」
「ああ、一流の義体使いでも義体は生身より頑丈だって思ってんのさ。ンな事ねえのにな。」
「高精製マグナムスチール製の義体なら生身より頑丈なんじゃ?」
カーチスさんはチッチッチと葉巻を振りながら、
「そこが勘違いよ。適合率の高いバイオメタルの骨格は義体より頑丈なんだ。強度の数値だけならマグナムスチールのが上だが、生身の体は
オレの脳裏にトゼンさんやウロコさんの闘法が思い浮かぶ。
あの蛇のようにしなる手足を生かした殺しの技術は、金属には出来ない芸当だ。
「トゼンさんやウロコさんがうまくしなりを利用してますよね?」
「あそこまでいくと変態だがな。だが一流のバイオメタル兵士は肉体の強度としなりを上手く使いこなしてる。そいつは生身だけの特権なんだ。」
生身だけの特権、か。頷くオレにカーチスさんはレクチャーを続ける。
「一流の義体使いでも硬度において生身を凌ぐってメリットを生かす事ばっかり考えてる。それ自体は間違いじゃねえんだが、硬さの持つデメリットを失念してんのよ。硬いだけのモノはポキッといきやすいって欠点を自覚してねえんだ。義体の持つ有利さに目が眩んでな。」
「痛みも感じず、使い捨ても可能で、武器まで内蔵出来る、確かに有利なコトだらけですもんね。」
「だが見てみな。足元をよ。」
オレはアスファルトで舗装された小道を見てみた。小道の際には雑草が生えている。
………雑草はアスファルトを貫通し、大地に力強く根付いていた。
「な? 雑草ですらアスファルトを貫通出来るんだ。この雑草達は真理を教えてくれてンだぜ? 究極のところサイボーグは、鍛え上げられ、雑草のような生命力を身につけた生身の兵士に真っ向勝負じゃ勝てないって事をな。」
同盟最高の義体使いの言葉には重みがあった。
「サイボーグ化した奴は皆、勘違いしてる。手軽に強さを得た代償として、生命の可能性を軽んじてる。だから負けるのさ。俺以外は、な。」
「カーチスさんは違うんですね。」
「俺は目先の有利さに惑わされたり、分かりやすい強さを過信したりもしねえ。義体の脆さを知ってるからな。兎のように臆病に、ガラスを扱うように繊細に義体を使う。だから超一流なのよ。」
ガーデンに来てつくづく思う。
ここには一流の兵士達が集い、その兵を率いる隊長達は紛れもなく超一流の男達だって。
男だけじゃないか。超一流の男女達、だ。
「遠い先の課題ですけど、超一流の義体使いに勝つにはどうすればいいんですかね?」
カーチスさんは吸い終えた葉巻を携帯灰皿にしまい込みながら怖い笑顔を見せる。
「ほう、俺に勝とうってのか?」
「夢は見たいじゃないですか。」
「ソイツは自分で考えろ、と言いたいところだが、特別に教えてやろう。………生命の持つ究極の輝きを具現化した奴にはサイボーグの俺は勝てねえ。例をあげればマリカのような兵士だ。」
「マリカさんみたいな輝きは持てそうにないです。オレになれそうなのは雑草の中の雑草ですかね。」
「………雑草の中の雑草か。面白え、なってみな。美しいがひ弱な高山植物よか、ゴミ溜めに生きる雑草のが強えに決まってる。ハハッ、シグレの弟子は愉快な小僧だぜ。」
オレの答えをカーチスさんは気に入ったらしく、愉快そうに笑った。
「愉快ですか。確かにシグレさんはオレの闘法はユニークだって言いますけど。」
「そのシグレだがな、俺らの当面の敵だって事は忘れんなよ?」
「シグレさんが敵!? 冗談じゃないですよ!オレの師匠なんですから!」
カーチスさんはなに言ってんだ? 意味がわかんねえ。
「シグレはガーデンの風紀を取り締まる凜誠の局長だろうが。明日の22:00時、08区画1番倉庫だ。」
08区画1番倉庫!………0・8・1………おっぱい! カーチスさんはまさか!
「そういう事だ、
そう言ってカーチスさんは舞い散る木の葉と共に颯爽と去っていった。
08区画1番倉庫はおっぱい革新党の党本部、明日の22:00時に
クックックッ、臨時党大会!………こいつぁ楽しみになってきやがったぜ!
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