争奪編3話 災難の報酬
「ねえ、カナタ君。あなたは将校カリキュラムの受講の為にリグリットに行ってたのよね?」
ディスプレイの数字やグラフとにらめっこしていたヒビキ先生がため息をつきながら質問してきた。
「そうですよ。苦労の甲斐あって無事に合格……」
「そうじゃなくて!!私が言いたいのは、どうして適合率と念真強度がこんなに跳ね上がってるのかってお話!」
ヒビキ先生はバンッとデスクを叩きながら叫んだ。
やっぱ爆上げしてたか。そりゃオレがリアルに体感出来るレベルの上昇だもんなぁ。
1~2%の変化じゃないと思ってた。
「どのぐらい上がってました?」
「適合率が11%、念真強度は6%も上がってる。だからカナタ君の現在の適合率は77%、念真強度は108万ニューロン。これってもう一流どころか超一流兵士の数値だわ。80%前後の適合率を持った兵士は、精鋭揃いのアスラ部隊でさえ中隊長以上にしかいないのよ。例外はナツメぐらいかしら。」
「そりゃそりゃ。後は剣の腕さえ上がれば結構やれそうですね。そのデータを見ればシジマ博士は小躍りしそうだな。」
「クローン実験は失敗続きみたいだし、従兄弟にとっては久々の朗報でしょうね。本当になにやったらこんなに適合率が上がる訳?」
「いきなりテロ事件に巻き込まれ、その後に暴動鎮圧に出動し、挙げ句に
自分で言っててなんだけど、もう呪われてるレベルのツキのなさじゃねえか?
ヒビキ先生は心底、ホントに心底呆れた目でオレを眺め、またため息をついた。
「………ねえ、カナタ君。悪い事は言わないから、休暇を取って照京の神社でお祓いをしてもらったら?」
「マリカさんにもおなじコトを言われましたよ。しかし適合率はともかく、念真強度も上昇してたか。こりゃ隠すのは無理ですね。」
「そうね。今後の事の相談はイスカが帰ってからにしましょう。」
「司令は留守ですか。」
「ええ、悪巧みの為にあちこち飛び回ってるみたいね。」
ヒビキ先生、ジョークのつもりでしょうけど、それただの事実ですからね。
医務室を出たオレは兵站部のオフィスに行ってみるコトにした。
ヒムヒムことヒムノン少佐が兵站部長兼法務室長に就任して仕事に励んでいるはずだ。
オレ達は昨晩遅くにガーデンに帰投してきたから、まだ顔も合わせてない。
帰還の挨拶と就任のお祝いを言いにいった方がいいだろう。
確か兵站棟は司令棟のとなりだったよな。
新品のデスクとキャビネットに囲まれたヒムノン少佐は、流麗なブラインドタッチでお仕事中だった。
オレが透明なガラスで仕切られた個室のドアをノックすると、手を止め顔を上げる。
「カナタ君か。色々災難だったようだが無事でよかった。入ってくれたまえ。」
ヒムノン少佐はガラスドアを開けてオレを迎え入れながら、生還を喜んでくれた。
「洒落たオフィスですね。司令室よりよっぽど立派だ。」
ヒムノン少佐は高価っぽいコーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れ始める。
「司令は故意にオフィスの居心地を悪くして書類仕事を捗らせる主義らしいが……」
「少佐は年中書類の相手をする事になるから、いいモノを使えってコトですか。気前のいいボスはありがたいですよねえ。」
「まったくだね。このコーヒーメーカーも最高級品なんだよ。味見してみたまえ。」
少佐の淹れてくれたコーヒーからは、香ばしい香りが漂ってくる。
「うまい!いい豆使ってるなぁ。うまいと言えば少佐からもらったうるかは絶品でしたよ。昨晩の晩酌のアテに早速頂きました。」
リリスがヒムノン少佐からもらってくれたうるかは今夜も活躍してくれるはずだ。
晩メシのメニューはリリス特製のうるカレーなんだからな。
「そうだろう。あのうるかは母が作った特製のうるかだからね。」
「さっそく仕送りが届いたんですか。いいお母さんですね。」
「いや、母もガーデンに引っ越してきたんだ。司令は御堂グループ最高の養護施設を準備してくださったのだが、母が私と暮らしたいと言ってね。6畳一間でいいから私と同居する方が幸せなんだそうだ。だから妻帯者用の官舎で私と同居生活さ。」
「いいコトですよ、少佐。あれ? その階級章は中佐の……」
「ああ、法務室長を拝命した時に昇進した。ヒンクリー准将を司令が説得してくださったんでね。」
「じゃあこれからはヒムノン中佐かな? いや兵站部長でもあるし、法務室長でもあるのか………」
「室長と呼んでくれたまえ。私は法務のプロを自任しているんでね。」
「じゃあヒムノン室長、コーヒーも頂いたしこれで失礼しますよ。生還の挨拶に回らなきゃいけないんで。」
「うむ、これからよろしく頼むよ、カナタ君。」
「こちらこそ。」
オレはヒムノン室長と握手してからオフィスを後にした。
師匠であるシグレさんにも生還の挨拶をしなきゃな。
この時間なら凜誠の詰め所か食堂で朝食を取っているはずだ。
食堂からあたってみるか、磯吉さんにも挨拶しなきゃいけないし。
食堂ではマリカさんとシグレさんが向かい合わせで朝食を食べていた。
オレに気付くとシグレさんは手をあげてくれる。
オレも手をあげて応え、オーダーをしにカウンターへ向かう。
「磯吉さん、特製朝定ひとつね。出汁巻き卵はネギと紅ショウガで!」
「おう!カナタさん、無事でよかったなぁ!なんでも魔女の森に落っことされたんだって?」
「そうなんだ。だからマトモな食いモンに飢えててね。職人技をいっちょよろしく。」
「まかせときねえ!」
捻り鉢巻きを巻き直して気合いを入れた磯吉さんが作ってくれた特製の朝定はスゲえ旨そうだ。
銀シャリ、出汁巻き卵に豆腐とワカメの味噌汁。アジの開きに三種の漬物に大根サラダ。
ひゃっほう!これこそオレの渇望していたメシだぜ~!
「シグレさん、ご心配をおかけしました。なんとか生きて帰ってきましたよ。」
シグレさんのとなりに座って生還の挨拶をする。
「心配などしていない。私の弟子が魔女の森ごときに殺される訳はないとわかっていた。」
シグレさんは渋茶を飲みつつ、落ち着き払ってそう答えたんだけど………
「どうだか? カナタを助けにいく!って息巻いてたのは誰だっけね?」
「マリカ!カナタには言うなと言ったではないか!師としての威厳がだな……」
「悪い悪い。カナタ、冷めないウチにメシを食いな。」
お言葉に甘えて朝定の攻略にかかろう。
軍用米とは比較にならない輝きを放つ銀シャリ!ブランド米のツヤヒカリだぁ!
浅漬けの胡瓜!ふわっふわの出汁巻き卵!あったかい味噌汁が身に染みわたる!
生きてるって素晴らしい!
「准尉!探したわよ!もう、勝手にフラフラしないでよ。手間がかかるわね!」
朝食を食べ終えた頃にリリスが食堂にやってきた。
「悪いね、マイスィートフォーリンエンジェル。」
「さりげなくフォーリン入れてんじゃないわよ!私のどこが堕天使なの!」
「全身くまなく隙なく堕天使だろ。おまえはカナタの保護者か?」
マリカさんの、どストレートな悪魔認定にリリスは反撃する。
「保護者ですけど、それがどうかした? マリカ、准尉は小隊長になるみたいだけど、私は当然准尉の隊に入ってるんでしょうね?」
入ってなかったら殺すわよって顔に書いてあるぞ、物騒な10歳児だ。
「まあ座れ。まずおまえは正規の軍人じゃないから……」
「イエスかノーかで答えて!」
「リリス、イエスかノーで答えろって聞き方は、私はディベートが下手ですって言ってるようなもんなんだよ?」
さすがマリカさん、オレもそう思います。
イエスかノーで答えろって言うのは、複雑な言葉の意図や裏が読めない輩の言う台詞だ。
だいたいイエスかノーで答えろって言われて、イエスノーで答えるヤツなんかいないんだからな。
額に銃でも突き付けてりゃ話は別だが。ま、力関係で圧倒的に優位な場合じゃなきゃ意味のない台詞なんだよね。
つまりは頭の悪いヤツが使う台詞で、リリスには似つかわしくない。
………あれ? イエスかノーで答えろっていう輩は、元の世界の国会にたくさんいたような………
「む!………確かにそうね。じゃあ私の処遇に関する大隊長の見解をお伺いしてよろしいかしら?」
「その前に聞くが、おまえはカナタ以外の命令を聞く気があるのか?」
「ないわ!私に命令していいのは准尉だけよ。」
ふんぞり返って、清々しいほどキッパリ言い切りやがったよ。
「ならしょうがない。カナタの小隊は
「もの分かりのいいボスって素敵よ、マリカ。」
「カナタ、聞いての通りだ。アタイの隊から3人の隊員を選べ。」
「その人選なんだが、少し待ってくれないか?」
黙って聞いていたシグレさんから待ったがかかった。どうしてだろ?
「なんでだいシグレ?」
「カナタをしばらく凜誠で預かりたいのだ。アスナに代わる中隊長候補として。」
はぁ!? オレが凜誠に!き、聞いてないよ!なんでそーなんの!
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