争奪編2話 胸の傷痕
艦橋で一番隊の手荒く手厚い歓迎を受けたオレは、ロリコン野郎カナタと銘打たれたネームプレートが輝く
ホタルにも礼を言いたかったんだけど、オレがもみくちゃにされてる間に艦橋から姿を消しちまってた。
仮にも仲間だから見捨てる訳にはいかないが、馴れ合いたくはない、ってコトなんだろう。
そのホタルとシュリは業炎の街でどんな話をしたんだろう?
気にはなるが、その件はガーデンに帰ってからでいい。
とにかく体を休めないと。魔女の森のヌシから受けた胸の傷は結構深い、仮眠を取ったら医療ポッドに入れってマリカさんに言われてるしな。
胸の傷に手を当てると、ペンダントの金の鎖が手に触れる。
オレは剣のペンダントを手のひらに載っけて、思い出していた。帝国の
ローゼは強い決意を瞳に込めてオレに言った。
この戦争も悲劇もボクが終わらせてみせる、と。
………オレはローゼを茨の道へと
でもなローゼ、オレは期待しちまってんだぜ?
ローゼならこの歪んだ世界を変えてくれるかもしれないって。
今、オレが考えてるコトを司令が知ったら刀のサビにされちまうな。
オレは………世界を変えてくれるなら、司令よりローゼがいいって思ってるんだ。ホントだぜ?
仮眠してから医務室に行き、軍医の
「疫病の心配はない。負傷も胸の傷以外は大した事ないよ。胸の傷を塞ぐために医療ポッドに入ってもらわねばならんがね。完治までに二日間ってところかな?」
「了解、ありがとうございます。」
「この脅威の回復力は零式ならではだ。マリカ大尉もそうだが凄いユニットだよ、零式は。製法が失われているのが残念でならんね。」
「軍事的には極めて有用ですよね。継戦能力が桁違いだ。」
「兵士のカナタ君にとってはそうだろうが私は医者だ、零式の可能性は医学に役立てたい。特に毒無効の基本能力に興味があるよ。環境汚染が進んだこの世界ではなおさらね。」
「……オレも殺伐とした世界に毒されてきちまったかな。技術は殺すコトよりも生かすコトに使われるべきですよね。」
「最前線で戦う兵士のカナタ君が生き残る事を考えるのは当然だよ。医療ポッドの準備が出来た。入ってくれたまえ。」
オレは胸の傷を癒すために医療ポッドに入った。
培養液の中の目覚めは何度経験しても心地良いものじゃない。
「お目覚めのようだね。おはよう、カナタ君。すぐに培養液を抜くから。」
パンツ一丁で医療ポッドから出たオレは、ハシバミ先生から渡されたタオルで体についた液を拭き取る。
森のヌシから受けた傷は塞がっていたが、胸板に4本の爪痕が残っている。
「胸の傷痕はガーデンに帰ってからヒビキ先生に施術してもらうといい。彼女は整形の腕も超一流だから綺麗に戻してくれるはずだ。」
「先生、この傷痕って残ってちゃマズイんですか?」
「いや、見た目だけの問題でしかないが。」
「だったらこのままでいいです。なんだかちょっとカッコイイでしょ?」
「ハハハッ、確かに歴戦の勇者っぽく見えるよ。」
傷痕を残す理由はカッコ良さげってだけじゃないんだけどね。
………魔女の森での出来事を、文字通りこの胸に刻んでおきたいんだ。
医務室を出たオレは早朝の艦内を散歩するコトにした。
体内時計の示す時間は4:50、まだ朝日も昇ったばかりみたいだ。
少し風にでもあたってみようかな、この艦の特等席で。
オレは艦首に行ってみるコトにした。
船の舳先から見る朝焼けの荒野はいつもと少し違って見える。たぶん感傷に過ぎないんだろうけど。
舳先から振り返れば、
オレは大きく息を吸い、刀を抜いて夢幻一刀流、変移夢想の構えを取った。
そして
ガーデンを出てから僅か一ヶ月半にも満たない月日、だけど………オレはまた強くなった。その実感を噛み締める。
この力を………オレは生き残る為だけに使うのか?
守りたいモノ、守りたい人はいる。でもその先に………まだなにかあるんじゃないのか?
「………早朝から精が出るね。剣の稽古かい?」
紙コップを両手に持ったシュリに声をかけられ、我に返った。
「まあな。リグリットで夢幻一刀流の秘伝書を手に入れたんでね。」
「夢幻一刀流の秘伝書だって!骨董市に出回るような代物じゃないぞ!」
「リグリットを訪問されていた照京のミコト様から頂いたんだ。司令主催のパーティーで出逢ってね。」
オレの言葉にシュリは納得顔で応じる。
「そうか、カナタは八熾宗家の人間だもんな。世が世ならお殿様でもおかしくないんだ。」
「よせよ。地位や権力に興味はない。」
「興味があるのはおっぱいだけとか言うなよ。」
シュリはジト目で釘を刺しながら、紙コップを手渡してくれる。
「サンキュー、コーヒーが飲みたいって思ってたんだ。」
オレとシュリは並んで舳先に腰掛け、コーヒーブレイクと洒落こむコトにした。
「シュリはなんだってこんな朝早くに起きてたんだ?」
「僕はいつもこの時間には起床してるよ。艦橋のオペレーターに差し入れを持っていったら、カナタの姿が見えたんだ。それで様子を見に来たって訳。」
「ホントに真面目だな、たまには肩の力を抜いたらどうだ?」
「僕が真面目なんじゃない、カナタ達が不真面目なの!」
シュリに限らず、真面目なヤツって大抵、自分は真面目だと思ってないよなぁ。
「分かった分かった。それで? 様子を見に来ただけじゃないんだろ?」
「ああ、業炎の街で………ホタルと話したよ。目を合わせて、ね。」
「………話の内容を聞いていいか?」
「それを聞かせたくてここに来た。ホタルと話したって言ったけど、実は話を出来た訳じゃないんだ。ホタルは僕になにかを話そうとしたんだけど、涙を浮かべて言葉に詰まっちゃって………だから無理に聞き出すべきじゃないと思ってね。ホタルがちゃんと目を合わせてくれただけで、僕は十分だから。」
一歩前進、かな? そう、ホタルの件は性急に進めるべきじゃない。一歩一歩でいいんだ。
「じゃあホタルが何を話したかったかはわからないのか?」
「わからない。」
「知りたくはないのか?」
「知りたいよ。でも無理強いはしたくない。それにわかった事もある。」
「わかった事?」
シュリはコーヒーを啜ってから、険しい表情で口を開く。
「ホタルになにかがあったんだ。それがなにかはわからない。でもとても深刻で悲しいなにかだ。カナタに心当たりはないか?」
「どうしてオレに聞くんだ?」
「前に言っただろ、カナタのそういうところは見習いたいって。」
「そういうところ?」
「みんなが言うところの納豆菌、観察力や分析力だ。僕は気付かなくても、カナタならなにか気付いてるかもしれない。………それにカナタは僕の友達だから。」
ああ、オレ達は友だ。だからこそ言えない事もある。だが、いい加減な答えだけはしない。
「シュリ、ホタルはおまえになにか話そうとしたんだよな?」
シュリはオレから目を離さずに、強く頷いた。
「だったらそのなにかを知っていたとしても、オレは話さない。ホタルが自分で話そうとしている大事なコトを、横からベラベラ喋るヤツを友達に持ちたいか?」
「………そうだね。ホタルに伝える意志がある以上、僕はホタルから直接聞くべきだ。」
そうさ。ホタルを大切に、誰よりも大切に想ってるシュリにだけは、ホタルは自分で話すべきなんだ。
ホタルがシュリに秘密を打ち明けて、オレの顔を見るのが耐えられないっていうのなら………オレはガーデンから消えるよ。
オレの存在が、シュリの大事に想うホタルの心の傷の瘡蓋を剥ぎ続けるっていうなら、オレが消えるしかない。
心の傷だけは、どんな名医でも跡形もなく治すってワケにはいかないんだからな。
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