出張編34話 刑事ってドーナツが好きだよな



狩人は自分が狩られるとは思わない。なぜなら狩るのは自分のハズだから。


これは心理の死角、盲点だ。司令のアドバイスに従ってオレは考えを巡らす。


まずすべきコト、それはヤツらの計画を知るコトだ。


獲物の足跡を追ってくる狩人をトラバサミで捕らえる。獲物の足跡とはヤツらの計画だ。


オレはフィンチとオルセンのデータに目を通しながら考える。


犯罪の最も困難なポイントは犯行よりも逃走にある。


生還を考えない自爆テロが厄介なのは、最も困難な逃走を考えていないからだ。


ヤツらはどうやって逃げるつもりだ?………これか!


「………フィンチもオルセンもヘリの操縦が出来ますね。となると脱出にヘリを使ってくるんじゃないでしょうか?」


データを見ながら司令が答える。


「パイロットが複数いるならそうしてくる可能性は高いな。陸路よりも早いし警戒もしやすい。」


「大都会のど真ん中で撃墜するワケにもいかないですしね。市長の家族をヘリに乗っけておけばヘタなコトもできない。」


「リグリットから出さえしてしまえば無法の荒野が広がっている、捕捉される可能性は低い。本線はヘリ、それは間違いあるまい。」


司令が断言するなら、逃走ルートはヘリと考えていいだろう。


「それを確認する為にもハンディコムの傍受をすればいいんじゃないか? 直ぐに許可を………」


そう言ったボイル刑事をジャスパー警部が止める。


「待て、ボイル!許可なんか取ったら、ハンディコムでやりとりしてる事を知ってますと教えてやるようなもんだ。」


「警察の上層部にも内通者がいるってんですかい?」


「可能性は否定出来んだろう。フィンチは刑務所内でスクランブル機能付きのハンディコムを入手してるんだ。」


ジャスパー警部の懸念はもっともだ。


「ハンディコムでやりとりしてるコトを知ってるのが、コッチの唯一のアドバンテージです。失うリスクはおかせない。通信を傍受したいのは山々ですが………」


「すればいいのさ。器材はあるんだ。」


「………無許可でやるんですか? 後で面倒な事になるのは必定ですが?」


オレは念を押したが、老刑事の決意は固かった。


「俺が始末書を書けばいいだけだ。謹慎に降格もセットでついてきそうだが、人質の命とどっちが重い?」


「じゃ、俺が器材の操作をやりますよ。これで共犯です。」


「ボイル、俺がやる。おまえまで………」


「通信傍受となればアナログ人間の警部は信用出来ませんね。それに………相棒でしょ、俺らは。」


「すまんな、相棒。」


「お礼はカタチでお願いしますぜ。バーゲンダッツのアイスクリームで手を打ちましょう。」


ジャスパー警部はニヤリと笑いながら、


「オーケー、3段積みのどデカいヤツだろ? 事件が解決したら奢るよ。」


ボイル刑事が顎下の肉を震わせながら笑って応じる。


「ドーナツもつけてもらいましょう。それじゃ俺は器材車に行きます。こっちのコンピューターに傍受記録を即座に転送出来るようにセッティングしておきゃいいんですよね?」


「頼むぜ。」


ボイル刑事はサムズアップすると、巨体を揺すりながら指揮車両を出て行く。


「いい相棒みたいですね。」


俺がそう言うとジャスパー警部は誇らしげな顔で答えた。


「ああ、ナリはあんなだが頼りになる相棒だ。近頃じゃめっきり減っちまった本物の刑事デカさ。満点フルマークには一歩足りんが。」


「なにが欠けてるんです?」


「酒が飲めない。女房と飲むより相棒と飲む酒のが旨いもんだ。」


オレはリリスの酌で飲む酒が一番旨いけどなあ。


「司令、市長に連絡はつきますよね?」


「ああ、つけられる。そこから手をつけるか。」


「どういう事だ?」


ジャスパー警部の疑問にオレは解説を入れる。


「フィンチかオルセンが市長を直接脅迫してると思うんですよ。ヤツらの計画じゃ交渉相手は市長でしょうから。」


「なるほど、市長に脱出用のヘリを用意させ、警察も押さえさせるか。いい手だ、腰抜けの上に腰巾着のウチの上司は市長命令に刃向かえるタマじゃない。」


オレは上司に恵まれてる分、ジャスパー警部より幸せなんだろうな。


司令はハンディコムを有線でコンピューターに繋いでから市長に連絡を入れる。


会話をオレ達にも聞かせてくれるらしい。


「アロー、市長シティメイヤー。ご機嫌はいかがかな?」


「御堂総帥、すまないが後日かけ直してくれないか? 今は手が離せなくてね。」


「忙しいのは承知している。歳を取ってからの子はひときわ可愛いといいますからね。」


「!!! み、御堂総帥………キミはなにを………」


「私はラビアンローズの前にいる。不本意ながら越権行為に手を染めなくてはならない事態なものでね。」


………全然不本意そうに見えませんし聞こえませんよ、司令。


「総帥、頼む。静観してくれないか?」


「市長が人間より向日葵ヒマワリが大事な輩を信用出来るとお考えならそうしましょう。フィンチが過去になにをやらかしたかご存知か? 殺した人間の血で向日葵を育て、その種をツマミにワインを嗜むようなサイコ野郎だ。愛人と隠し子を向日葵の肥料にしたいのなら、どうぞご随意に。」


そんなサイコ野郎がよく死刑にならなかったもんだよ。司法取引でもやったのかね。


「………あの子と母親を必ず助けると約束してくれるかね?」


「神ならぬ我が身でね。助けられる算段はついているが、絶対とは言い切れん。無論全力は尽くすが。」


「……………」


「選んで頂こう!!同盟最強の精鋭部隊である我々か!血も涙もないサイコ野郎か!どっちだ!!!」


うは、超ドスが効いてるなぁ。市長はチビっちゃったんじゃないか?


「………私はなにをすればいい?」


「まずなにを要求されたか教えてもらおう。」


「警察に手を出させないように圧力をかけ、脱出用のヘリを手配する事。見返りに私の交渉によって人質のほとんどが解放される手筈だ。その中に私の家族は含まれていないが。」


当たり前だろ。切り札を手放すもんかよ。


家族を取り戻したらアンタは即、強行突入に踏み切るだろうが。


「なるほど、刑務所にヘリをやってフィンチ達を乗せ、ラビアンローズの屋上から市長の家族を人質にヘリで脱出か。なかなかよく考えたものだな。」


「乗せるのはフィンチだけだ。幹部全員という要求をフィンチ一人まで妥協させたというのも私の手柄になると言われたよ。」


知能犯だな、市長に花を持たせて要求を飲みやすくしている。


「ヤツらの要求に応じてヘリを用意すればいい。そのヘリに私の部下を乗り込ませる。それでうまくいくはずだ。」


「ほ、本当にうまくいくのかね?」


「私の部下は優秀だ。次の連絡を待て。………それからな、市長。」


「なんだね?」


「仮にも市長なら自分の家族だけでなく市民の心配もするものだ!!例えフリだけでもな!!」


乱暴に言い放つと司令は通話を打ち切った。お怒りだね、当然だけど。


「素晴らしい市長ですね。リグリット市民の民意で選ばれるだけのコトはある。」


オレの皮肉にジャスパー警部が嘆息する。


「皮肉を言わんでくれ。選挙権のあるB級市民以上の人間は総じてバカばっかりだ。あ、俺はC級市民だぞ、年収が足りんからな。」


18歳になれば誰でも選挙権のもらえる日本っていい国だったんだなぁ。


「カナタ、民度以上の政治家は出現せぬものだ。同盟の首都がこれだぞ、先が思いやられるな。」


「そこは司令がなんとかしてくださいよ。独裁者をやるっていうなら親衛隊になりますから。」


「最悪の民主主義と理想の専制政治なら、前者を選ぶのが知識人だろう?」


「オレは知識人じゃなく凡人なんで。政治体制は人間が暮らしていくための手段にすぎません。手段の為に人間が犠牲になるなんて馬鹿げてる。」


「専制政治の問題は、君子豹変がありえる事だ。それに代替わりした次の専制君主が賢人とは限らんだろう?」


「豹変もせず、次の君主に理想的な人物を据える、そこまで完遂してこそ理想的な専制政治ですよ。」


「小難しい話は後にしませんか?」


話が横道に逸れたのでシオンが口を挟んできた。コイツも司令には丁寧な話し方をするんだな。


まあ市長すら恫喝する司令相手に通常運転は、絶対零度の精神でも無理かもしれんが。


「そうだな、確かイグナチェフ曹長だったか。狙撃の腕は親父譲りなんだろうな?」


「わ、私をご存知なのですか!あ、火隠大尉から聞き及んで………」


「マリカから聞かずとも「皇帝ツァーリラヴロフ」の娘ぐらい知っている。元気のいい跳ねっ返りらしいな。」


「べ、別に跳ね返ってる訳ではありませんが。私からも提案があるのですがよろしいでしょうか?」


「聞こう、なんだ?」


「将校カリキュラムに「琴鳥ライヤーバード」がいました。彼女の力を借りるべきかと。」


琴鳥ライヤーバード? コトドリって世界一物真似が上手い鳥だったよな。


もしコトドリがオレの期待通りの能力の持ち主なら………




イケる!よし、この作戦でいこう!



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