皇女編5話 学ぶべき何かを



桐馬刀屍郎とーまとうしろうね。いいんじゃねえか、響きも。」


ミザルさんは天ぷらを盛った皿を並べながら同意してくれた。


トーマ少佐はリクエスト通りタケノコの天ぷら。ボク達は天ぷらの盛り合わせだ。


「冷めねえうちに、天つゆか抹茶塩、お好きな方でおあがりよ。」


お言葉に甘えて大エビ天を抹茶塩で頂く。


これもおいしい!衣のサクッとした食感、プリッとしたエビの身のハーモニーが最高♪


キカちゃんの足元では太刀風も大エビ天を頭から丸ごと食している。尻尾を振って嬉しそうだ。


キカちゃんは食べるのに夢中みたいだから、ボクが感想を聞いてみよっと。


「おいしいね♪」


「ガウ!(美味!)」


ボクも太刀風みたいな犬の友達が欲しくなってきちゃったよ。凜々しい顔付きの大型犬なのに可愛いなぁ。


タケノコの天ぷらを食べ終えたトーマ少佐が追加のオーダーを口にする。


「おい、ミザ。追加でワカサ……」


「ワカサギの天ぷらも追加だ、こいつは岩塩でおあがりよ。」


………さすが子分を極めし男、ミザルさん。トーマ少佐が言い終える前に注文の品を持ってきた。


この人、どれだけトーマ少佐の事が好きなんだろ? 長年連れ添った熟年夫婦でもこんなに息が合わないよ。


ワカサギの天ぷらを箸で摘まみながら、アマラさんがトーマ少佐に問いかけた。


「それでトーマ様、正規の軍人として兵団に入る件は考えて頂けましたか?」


「せっかくのお誘いだが遠慮しとこう。」


「セツナ様の麾下に入るといっても形式上の事。今まで通りのご関係でよろしいのです。」


「理由はそこじゃねえんだ。」


「では何が引っかかるのですか?」


「税金で食うのは御免でね。」


そう答えてから、トーマ少佐はワカサギの天ぷらを3匹まとめて噛み砕き、温燗を飲み干す。


「あの………ボクは税金で生活させて貰ってる人間なんですけど………」


あ!またボクって言っちゃったよ!


「フフッ、それが姫様の地金かい? 可愛いねえ。」


うう、やっぱり子供扱いされちゃった。でもトーマ少佐の信条は聞いておきたい。


「税金で生活するのがどうしてお嫌なのですか? 貴族だけでなく、公僕の方々も税金で生活しています。」


「それが悪いなんて言っちゃいねえよ。軍人だけじゃなく、消防士に警察官に政治家、公僕がいなきゃ社会は回んねえんだからさ。でもな姫様、公僕には公益に尽くす義務が生じるだろ? 俺にはそこんとこが窮屈でね。」


「窮屈、ですか。」


「ああ。俺はスペック社のエージェントだから、スペック社にだけ貢献すりゃいい訳で、公益に尽くす義務はない。俺がスペック社に貢献出来てるかどうかはさておきな。ま、スペック社は俺が不要になれば切り捨てるだろうし、俺も居心地が悪くなりゃおさらばするだけさ。私企業ならそれで良かろうが、公僕はそう簡単に職責を投げ出す訳にもいくまいよ。納税者である市民全体に迷惑がかかるからな。」


「でも社会正義を守るお仕事は、やり甲斐のあるお仕事だと思います。能力のある人間は正義を重んじ、社会に貢献すべきです!」


これはボクの言葉じゃなく、アシェスやクエスターからの受け売りだけど。


「姫様、俺も社会正義は守られるべきだと思う。けどな、とは思わないんだ。反社会的な人間は許されないが、非社会的な人間はいてもいい。無論、褒められた人間じゃないがな。」


「う~ん、皇女として言わせて頂ければ、人はすべからく社会に貢献する存在でいて欲しいです。そうあるべきかと。」


「姫、自分が高尚高邁である事はいい。が、他人様に強要しちゃいけない。どんな正しい行為であろうと、その行為を他者に強要した時点で正しくなくなる、そう思わないかな?」


「正義を強要するのは正義にあらず、という事ですか。」


「そうそう、そんな話さ。社会正義に反しない限り、生き方は自由でいい。俺はそう思ってる。」


そっか、確かに自分の生き方は自分で決めるべきだ。誰も強制すべきではない。


「………そうですね。」


自分の生き方は自分で決める、か。


………ボクは周囲のお膳立てで、振り付け通りに自分を演じてるだけなのかも。


「姫様は生まれが生まれだ。自由気ままに生きるって訳にはいかないだろう。だがたまには周囲が望む皇女の姿だけじゃなく、自分がなりたい自分の姿ってのを考えてもいい。スティンローゼ・リングヴォルトが皇女に生まれた事は変えようがない。だが皇女スティンローゼがどう生きたかは変えられる……かもな。」


ボクがどう生きるかは………変えられる?


ずっと周囲の期待に応えようと思って生きてきた。それが皇女に生まれたボクの使命だって。


でも………周囲の望むような理想の皇女になれたとしても………そこに


………わからなくなってきた。


「お姫さん、少佐の哲学トークを真に受けなくていいんだよ。少佐はたまに妙に小難しい事を言うのさ。大トロステーキお待ち。」


思考の迷路に入り込んだボクを救出してくれたのは、大トロステーキの香ばしい匂いだった。


「いえ、とても為になります。考えさせられました。」


「考えるにも栄養は必要さ。覇国直送の最上級の大マグロの一番いいとこを切り出した自慢の一品だぜ、コイツは。」


ミザルさんはナイフでステーキの外周部の焦げた部分を削いでくれる。


「中心部は火の通ったレアに仕上がってるぜ? お姫さんの食事にステーキはよく出るメニューだろうが、大トロステーキは獣肉とは違った味わいがある。主役のトロステーキを引き立てる脇役のライスも覇国最高の特選米、ツヤヒカリだ。ご賞味あれ。」


ボクは大トロステーキを一切れ口に入れてみた。


甘~い!甘くて濃厚でおいしい!ライスも米の自然な風味と甘みが楽しめて最高だよ!


「脂身が甘くて濃厚なのに、獣肉のステーキと違ってちっともしつこくない!お米との相性もバッチリです!」


「そこが大トロステーキのいいとこよ。気に入ってもらえて何よりだ。」


「兄ちゃん!早く早く!キカのも早く!」


椅子から身を乗り出してキカちゃんが催促する。可愛い食いしんぼちゃんだね。


「阿呆ゥ!まずはお客さん、それから少佐だ。オメエは最後。」


お盆で妹の頭を軽く叩いて躾けるミザルさん。微笑ましい兄妹だなぁ。


食事を楽しむボク達の背後で、ギィと音がしてゲストハウスの扉が開き、身を屈めるようにして巨漢が入ってきた。


大きい!ボクは今までこんな巨軀の人に出会った事がないよ!


2m半ばを超えてるんじゃないかな?


岩兄ガンにぃ!一緒にごはんにしよーよ!」


岩兄? この人もキカちゃんのお兄さんなのかな。


「ガン、この方はリングヴォルトのスティンローゼ姫だ。姫、コイツは岩猿、ミザの弟でキカの兄貴さ。」


トーマ少佐が巨漢とボクに説明してくれた。


岩猿さんが巨体を折り曲げるように深々と一礼してくれたので、慌てて立ち上がって礼を返す。


「ガン!戻ったなら厨房を手伝ってくれ!見ての通りお客さんが来てっから手が足りねえ。」


岩猿さんはミシミシと床を軋ませながら奥の厨房へ入っていく。


「岩猿さんの食事はいいんですか?」


「ガンの飯作りはひと仕事だからねえ。後でのんびりやるつもりだろ。トロステーキがくるまでに一服するかな。」


「食事作りがひと仕事………なんですか?」


トーマ少佐は窓の傍まで行って煙草を吸い始めた。ボクとアマラさんに気をつかってるみたいだ。


「ガンは一日に3万キロカロリーを摂取するからねえ。」


「3万キロカロリー!」


え~と、成人男性の消費カロリーが2千キロカロリーだから………15倍!


平均的な重量級バイオメタルの消費カロリーが6千キロカロリーだから………それでも5倍だよ!


「ローゼ様!キカは軽量級だから少食なんだよ!」


「ウソつくんじゃねえ!オメエはおやつも入れりゃ4千キロカロリーは食ってるよ。作ってる俺が言うんだから間違いねえ。」


トロステーキを載せた鉄板皿をテーブルに並べながら、ミザルさんがツッコむ。


「せーちょーきだから仕方ないんだもん!」


「オメエのはただの食いしんぼだ!」


仲がいい兄妹、少し羨ましい。ボクとアデル兄様もこんな関係だったらいいのになぁ。


トロステーキを食べるために席に戻ってきたトーマ少佐がアマラさんに質問する。


「そういやアマラ、同盟のブレイクストーム作戦に対抗するのにザハトとバルバネスを組ませるって話は本当か?」


「ええ、やむを得ません。」


「不死身の」ザハトと「蛮人」バルバネス、兵団の部隊長だけど悪評が高い指揮官だ。


「狂犬」マードックが際立ちすぎて目立たないだけで、あくどさで言えばザハトとバルバネスのが上なんだってアシェスが言ってた。


抜群の戦果を上げる兵団なのに、悪評が絶えないのは奴らのせいだって。


「やれやれ、ばらけさせて方々で悪辣な真似されるよか、固めておいて一カ所で済ませた方がマシとかいう話じゃなかろうな?」


「セツナ様はそう仰っていましたね。」


「奴らに比べりゃ狂犬のがなんぼかマシってもんだ。そんなのを使わなきゃならんあたり、セツナも苦労が絶えんな。」


トーマ少佐の他人事みたいな論評に、アマラさんは苦言を装いながら勧誘を試みる。


「その苦労を軽減させる為にも、トーマ様が兵団に入団して下さるというのは如何です?」


「よせよ。この上、皆殺しの死神が入団なんかしたら火に油だ。」


トロステーキを豪快に頬張り、咀嚼し始めたトーマ少佐はフォークを振って入団拒否のサインを出す。


「私は諦めませんから。きっとトーマ様に入団して頂きます。」


アマラさんは諦めきれないらしい。よっぽど有能なんだろうな、トーマ少佐って。


皆殺しの死神、か。ボクもそんな噂をよく聞いた。戦争中毒の快楽殺人者だとも。


噂なんてアテにならない。実際に会ったトーマ少佐は気さくで、思慮深い人だった。


「あの、お話の途中ですがいいですか?」


「なんだい、姫様?」


「時間が出来た時に、ここを訪ねてきてよろしいですか? キカちゃんとまた遊びたいし、トーマ少佐のお話をもっと聞きたいんです。」


「ホントに!ローゼ様、またキカと遊んでくれるの!」


「うん、また遊んでくれる?」


「もっちろん♪」


そうすれば今は兵団所属のアシェスやクエスターにも会えるし、良いこと尽くしだ。


「俺はかまわないが、セツナがなんて言うかねえ。」


「よろしいのでは。送り迎えは私が行けば問題ないかと。」


「じゃ、セツナに話を通しておいてくれ。剣聖と守護神は兵団の主戦力だ。その主君のご意向には居候として沿っておいた方がよろしかろうよ。」


「となると、俺も料理のレパートリーを増やさねえと。お姫さんに飽きられねえようにな。デザートは杏仁豆腐だ。冷えてて旨いぜ。」


プルッとした食感で、あま旨の杏仁豆腐はボクの好みのど真ん中だった。


ここに来ればミザルさんの作ってくれるおいしいごはんも食べられる。


公館のシェフに不満がある訳じゃないけど、いかにも格式ばった「料理」そのものなのだ。


ミザルさんの作ってくれるのは「ごはん」って感じで、ボクは気に入っちゃった。


公務の合間にまた来よう。ここにはボクの学ぶべき、いや学びたい事がきっとある。




………それが何なのかは、まだわからないけれど。



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