皇女編4話 死神トーマ



ボクのお姉さん計画は、はかなく砕け散った。


キカちゃんは手先が器用で頭脳明晰、さらに運動神経は抜群と三拍子揃った天才少女だったのだ。


あやとり、折り紙、縄跳び、チェス、全部キカちゃんが上だった。


チェスにいたってはキカちゃんは盤すらないのに、目隠しチェスを始めようとする始末だ。


このコ、どれだけ知能指数が高いんだろ。


結果を見越していたらしいアマラさんがヘコんだボクを慰めてくれる。


「キカちゃんは天才なんです。セツナ様もチェスは強いのですが、キカちゃんとだけは指そうとしません。」


………やっぱり団長は負けず嫌いなんだね。ラスボス的存在はそうでないとね♪


「キカちゃんが天才なのはよく分かりました。このコも兵士なんですか?」


「兵士と言いますか………一応は民間人なのですが………」


「ローゼ様!キカと一緒にご飯食べようよ!あんちゃんの作るご飯は超美味しいよ!」


キカちゃんにはお兄さんがいるんだ。やっぱり兄弟揃って天才だったりするんだろうか?


「もうお昼を回っていますね。キカちゃんもこう言っている事ですし、ご馳走になりましょう。」


ご機嫌で鼻唄を口ずさみながら、太刀風に跨がったキカちゃんの後をボク達はついていく事にした。


「ごはんごはん♪兄ちゃん自慢のおいしいごっはん~♪」


歌ってるのはさしずめ「ごはんの歌」ってところかな?


白夜城の一角に、シンプルなレンガ造りのゲストハウスのような建物が見えてきた。


キカちゃんの目的地はあのゲストハウスのようだ。


屋根から突き出た煙突からは煙が立ち上っている。ご飯時だからかな?


「たっだいま~!キカ、おなかぺっこぺこだよ!」 「ガウ!」


大きな声でそう言ってから、元気よく扉を開けてキカちゃんはゲストハウスに飛び込んでいった。


そして空いたドアからピョコッと顔と手を出しておいでおいでしてくる。


招かれるままゲストハウスに入ったボクはギョッとした。


中のテーブルで食前酒を飲んでいたのは………髑髏だった。


「キカ、お客様がいるなら、そう言わないといけねえよ?」


「てへっ♪」


髑髏のマスクを付け、帯刀したアーマーコートの男性がそう言うと、キカちゃんは可愛く舌を出す。


キカちゃんは動作がいちいち可愛いんだから♪はぐはぐしたい!


目がハート形になっているであろうボクをよそに、アマラさんは髑髏マスクさんに声をかける。


「久しぶりにミザルさんの料理が食べたくなって。」


髑髏マスクさんがアーマーコートを脱いで、空いてる椅子の背中に掛けるとズシッと音がした。


結構な重さのある装甲コートみたいだ。


「そうかい。そっちのお姫様は確かリングヴォルトの………」


「スティンローゼ・リングヴォルトと申します。貴方は………」


危うく、何者なのですって言っちゃうとこだったよ。無理ないよね、髑髏マスクなんだよ、この人!


「まあ、お座んなさいよ、お姫様。」


髑髏マスクさんがそう言うと、キカちゃんが椅子を引いてくれる。


ボクはおずおずと腰掛けたけど、アマラさんは特に構えた様子もなく、くびれの綺麗な腰を掛けた。


見た目は怪しい髑髏マスクさんだけど、隣に座ったアマラさんは平然としてるから、怪しい人じゃないみたいだ。


「あ、あの、貴方は………」


「俺かい? 俺は機構軍じゃ死神って呼ばれてるらしいよ?」


殲滅部隊の死神!こ、この人があの………皆殺しの死神なの!?


兵団とどういうご関係なんだろう?


「少佐、お客さんかい?」


ナイフみたいに鋭利で細い目をした人が奥から現れた。


ハムスター柄のエプロンが恐ろしいほど………似合ってない!


「そうらしい。なんとリングヴォルトのお姫様だよ。驚いたねえ。」


全然驚いた顔してないよ!いや、髑髏マスクだから表情は分かんないんだけど!


「へえ、お姫様とはね。俺はミザルってんだ、よろしくな、おひいさん。おい、キカ。おめえ、お姫さん相手に無礼な真似をしやがってないだろうな?」


「してないモン!遊んでもらっただけだもん!」  「ガウ!(然り!)」


「それを無礼っつーんだ、このおバカ!ったく、アマラさんがいたなら止めてくれよな。」


「微笑ましい光景でしたよ。」


微笑ましい? 子供相手に全敗したボクの姿がぁ? アマラさんって結構イジワルなの?


「まーまー飯にしようや。ん~、今日は………」


食前酒のグラスを片付けながら、ミザルさんは死神さんの様子を観察し、口を開く。


「アサリの佃煮、タケノコの天ぷら、メインにトロステーキって顔だな。酒は悪代官大吟醸を温燗でってとこかい?」


だから顔は分かんないよね?


「おう、そんなところだ。毎度ながらよく分かんなあ。」


………それであってるんだ………


「え~と、ミザルさん、ですよね? 顔で死神さんの食べたいものが分かるんですか? テレパス通信とかしてないです?」


「姫様、テレパス通信なんざいりゃしねえよ。俺は少佐の一番の子分なんだぜ? 子分を極め過ぎて、もはや自分と言っても差し支えがねえぐらいだ。自分の食いてえモンが分かんねえ奴ぁいねえだろ?」


子分って極め過ぎると自分になっちゃうんだ!初めて知ったよ!


「兄ちゃんはすっごいんだよ!しょーさの身の回りのお世話はぜ~んぶ兄ちゃんがやってるの!」


ボクの隣でキカちゃんがへへんって感じで胸を張る。


なんだか色々すごいって事は分かったよ。………訳は分からないけど。


「キカちゃんのお兄さんはすごいんだね。キカちゃんはキカザルってお名前なの?」


確か覇国には見猿、言猿、聞猿って言葉があったはず。


「だよ♪でもみんなキカって呼ぶの!キカもキカって呼ばれる方が好きなんだ~♪」


ボクがローゼって呼ばれるのが好きなのと一緒だね。


「お姫さん、飯は俺のお任せでいいかい?」


「は、はい、お任せします。ありがとう、ミザルさん。」


「キカと遊んでくれた礼代わりに腕を振るわせて貰うぜ。期待しててくんな。」


期待しよっと♪




最初に出てきたのはお刺身だった。


「すごい!白身のお刺身で薔薇が描いてある!それに胡瓜で作った薔薇の細工物が添えてあって……食べるのが勿体ないぐらいです!」


「ローゼ様!キカのキュウリはちょうちょだよ!ちょうちょ!」


ホントだ!すっごく細かい模様の蝶々。どうやって作ってるのか見てみたい!


「覇国には飾り切りって技法があってね。少佐、アサリの佃煮と温燗な。」


「おう、ミザはドンパチなんぞから足を洗って、料亭でも開きゃいいのによ。」


「ふふふっ、一流料亭でもミザルさん程の腕の板前はそういないでしょうね。ミザルさん、本当に板場に立たれては?」


アマラさんの胡瓜は細やかな扇形だ。ホントに上手だなぁ。


「そりゃ無理だねえ。」


「どうしてですか? おいしそうなお刺身、遠慮なくいただきますね。」


わっ!このヒラメのお刺身超おいしい!プロのお仕事だよ!


「綺麗なだけじゃなく、とってもおいしいです。本当に料亭に来てるみたい。なのに何故無理なんですか?」


「俺にゃ料理人に一番必要なもんが欠けてるからよ。」


「こんなにおいしいのに? 帝国お抱えの料理人にだって引けはとらないです。」


「お姫さん、料理人ってのはな、見ず知らずのイチゲンの客にも心を込めて料理を作れねえといけねえのよ。俺は少佐や少佐の客になら精魂込めて作れるがよ、一見の客には無理だ。そういうこったよ。」


そう言ってミザルさんは厨房へ戻っていく。


死神さんが苦笑いしているのが、ボクにも分かった。髑髏マスクなのに表情が出るんだ!


「死神さん、そのマスクは?」


「耐熱ラバー製なんだが造りが特殊でね。象が踏んでも壊れない上に、ある程度は表情も出せる。」


「そうなんですか。あの、死神さんはお名前はなんと仰るのですか?」


「今ソイツを考えてたとこだ。頓馬土屍郎とんまどしろうってのはどうだい?」


「とんまどしろう!? それに考えてたってどういう事ですか?」


「俺は名前がないんでねえ。故あって、しばらく兵団に居候させてもらうんだが、名前がねえとマズいんだとさ。」


トンマ少佐?は温燗を飲みながらそう言った。


「名前がない? 今まではどうされていたんですか?」


名前のない人なんていないと思うんだけど………なにか事情があるんだろうか?


「ウチの連中は普段は少佐って呼ぶし、作戦中はファントムリーダーだ。俺達亡霊戦団はみんなそんなもんなんだが、そうもいかない事情になっちまってね。」


正規軍である兵団の居候が名無しはマズいって事なのかな?


「それで頓馬土屍郎と名乗られるんですか?」


「ああ。トンマなド素人だから、とんまどしろうさ。オレは気に入ってるんだが、姫様はどう思う?」


しょ、正直に言っていいよね?


「う~ん、「死神トンマ」なんて間が抜けているように思います。」


「それがいいんだよ。同盟の連中の油断を誘えるだろ?」


「そのお名前は却下させて頂いてよろしいですか? セツナ様のご友人がトンマだなんて私的にちょっと………」


アマラさんが苦言を呈した。そっか、トンマ少佐(仮)は団長の友人なんだ。


「面倒くせえなぁ。そうだ、姫様が考えてくれねえかね? トンマなド素人っぽい名前をよ。」


ええっ!ボ、ボクが考えるの!


「姫様、お願い出来ますか? 少佐に任せると同じような名前が出てきそうですし。」


う、う~ん。トンマなド素人っぽくて、団長の友人に相応しい名前だよね?


それって難易度高すぎない?


「………そ、そうですね。トンマではあんまりですから、桐馬とーま。立派なこしらえの刀をお持ちですから刀屍郎とうしろうで如何ですか? 覇国では素人しろうとの事をトーシローとも呼ぶのでしょう?」


「いいお名前ですわ!「死神トーマ」ならセツナ様のご友人に相応しいです。少佐、せっかくローゼ姫が考えて下さった事ですし、そう名乗られては?」


トンマだけは避けたいらしいアマラさんが熱弁する。


肝心の死神さんは………髑髏マスクの顎に手をあて、少しだけ逡巡したようだった。


「………桐馬刀屍郎とーまとうしろう、か。よし、俺は今日から桐馬刀屍郎だ。ありがとう、姫様。」


こうして名前も正体も不明とされている「死神」は「死神トーマ」になった。





ボクが名付けたんだ。………ちょっと誇らしいな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る