昇進編8話 アクセルとタチアナの受難
朝メシを済ませたオレ達は挨拶回りに行く事にした。
まずは同志アクセルとタチアナさんからだな。格納区画に向かおう。
「も~、整備オイルの匂いが服に付いたらどうすんのよ。デリカシーがないわね、軍曹。」
「下ネタ女王のリリスにデリカシーとか言われてもな。そんでそろそろ階級で呼ぶのやめないか?」
こいつ初めて会った時から天邪鬼精神でオレを階級で呼んでやがるんだよな。
「や~よ。どうしても名前で呼んで欲しかったら私の愛を受け入れなさい。そうしたら名前で呼んであげる。」
「あのな、オレはリリスが嫌いって訳じゃないんだ。毒舌でお下品なのはさておいて、気が合うのも確かだし。でもオレは20歳でリリスは10歳、お分かりかな?」
嫌いって訳じゃないどころか、大好きなのはオレとボクの秘密だ。
「じゃあ聞くわ、20歳の男と10歳の少女のカップルってどう思う。」
「ズバリ犯罪です。」
「じゃあ30歳の男と20歳の女のカップルはどう?」
「男がうまいコトやったなぁってトコかなあ。」
「40歳のオッサンと30歳のオバサンの夫婦は? 30歳の女がオバサンなのかという議論はこの際おいといてね。」
「オッサン、若い嫁を大切にしなよって思うね。」
「じゃあちょっと飛ばして、80歳のお爺ちゃんと70歳のお婆ちゃんの老夫妻はどうかしら?」
「もう違和感ないなあ。末永くお幸せにって祝福するね。」
「いずれは私と軍曹もそうなる訳よ。つまりなにも問題ないってコトよね。」
「なるほどなぁ、確かに問題なさそう………なワキャねーだろ!危うく納得しかけたじゃねーか!」
「チッ、気付いちゃったか。ボウフラよりは頭が回るわね。褒めてあげるわ。」
「比較対象がボウフラかよ!今朝からミジンコとかゾウリムシとか、それプランクトンと繊毛虫だよな!オレは哺乳類とは比較出来ないほど哀れな存在なのか? せめて類人猿と比較しろよ!サルとかチンパンジーとか!」
「そんな酷いコト出来る訳ないじゃない。サルやチンパンジーにだってプライドがあるのよ?」
「ここまで酷いコト言われたのは20年間生きてきて初めてだよ!!」
「でも安心して、例え軍曹がクラジミア以下の存在だったとしても、世界で私だけは軍曹を愛してあげるわ。」
「ものの10秒でオレの酷い事言われた記録を更新すんなぁ!!虫やプランクトン以下になってんじゃねーか!クラジミアってバクテリアで、しかも性病の原因だろうがよ!!!」
「正確にはそれ以下の存在よ。」
「オレは生物カーストのどんだけ底辺にいるんだよ!そんなオレを愛してるとかいうリリスはどういう存在なんだよ!!」
「女神の愛はどんな生物にも分け隔てなく降り注ぐ慈愛の光なのよ。」
「おまえは神は神でも疫病神だよ!」
「ならしっかりご機嫌を取りましょうね。でないと………
コ、コイツ、言葉の暴力の世界チャンプを狙える逸材じゃねえか?
「はいはい、リリスはダメダメなオレの救いの女神様ですよ。」
「そんなところね、才媛がダメ男にメロメロになるなんて世間じゃよくある話だけど。」
「………もうそういう事でいい。」
コイツは普通の人間なら悶死しそうな罵詈雑言を浴びせてくるんだけど、オレは不思議と不快感を感じない。
………まさか、これが楽しくなってきたりはしねえだろうな。
1番格納庫に着いた。オレとリリスに気付いた同志アクセルとタチアナさんが、こっちに向かって歩いてくる。
「よお、同志。お姫様の再救出に成功したみたいだな。」
「カナタ、こんなお子様を隊に入れてどうする気なのよ。1番隊は小学校じゃないんだから。」
「リリスをお子様だと思ってると酷い目に遭いますよ。リリス、この人はアレクセイ・ルキャノフ少尉。1番隊のリガーチームのリーダーだ。それでこっちの方がタチアナ・カジンスキー少尉。メカニックチームのリーダーで、このお二人にはみんなお世話になってる。」
「よろしくな。アレクセイ・ルキャノフは長いんで、仲間うちじゃ縮めてアクセルって呼ばれてるよ。」
「私はリリエス・ローエングリン。名前を縮めてリリスって呼ばれてるわ。」
「へえ、気が合うねえ。リリスって呼んでいいかい?」
「いいわよ。私もアクセルって呼ぶから。ファーストネームがアレ臭えじゃあんまりだものね。貴方、アレが臭いの? ちゃんと洗ってる? 清潔にしないと病気になっちゃうわよ?」
「んがっ!!!」
「ちょ、ちょっと!カナタ、このコいったいどういうコなのよ!」
「貴方は………尻穴、感じる好き~♡だっけ。やっぱりそっちが趣味なの?」
「タチアナ・カジンスキーよ!!!そっちの趣味ってなんなのよ!!」
「別にいいんじゃない? お尻の方が感じる女って結構いるみたいよ。」
コ、コイツ、いきなりやりやがった!
オレは慌ててリリスの口をふさいでから、華奢な体を小脇に抱えて180度ターン。全力ダッシュで逃亡にかかった!
当然ながら、後ろからスパナやレンチが雨あられと飛んでくる。
「スンマセン!こんなの引っ張りこんで、ホンットにスンマセン!」
叫びながら逃げる以外にオレになにが出来るってんだよ!
リリスの凶悪なお下品トークのせいで、オレ達は基地外れにある小高い丘まで逃げてくる羽目になった。
リリスを小脇に抱えたまま全力疾走してきたんだけど、コイツずっと楽しそうに笑ってやがったよ。
いくらオレには迷惑かけていいっつってもかけすぎだろ。
ど頭からとんでもねえオイタをかましてくれやがって!
安全圏まで逃げ切ったオレはリリスを降ろして一息つく。
「ねえねえ、軍曹。あの二人の顔見た? 傑作だったわね。」
「おまえいきなりど頭からなにかましてくれてんだ!シャレになんないだろーが!」
「子供の言う事よ。真に受けちゃダメダメ。」
「子供扱いされたら怒るくせしやがって!」
「そうよ、私を子供扱いしないで。でも私が子供だって主張してる時は子供扱いでいいわよ。」
「状況によって大人と子供を使い分けんなや!そういうのはワガママっつーんだよ!」
今朝から怒鳴りすぎて喉が嗄れそうだ。
振り回される覚悟はしていたが、メリーゴーランドぐらいだと思ってた。
ところが実態は絶叫コースターだった訳だ、オレも見込みが甘い。
オレ達は小高い丘の上で並んで体育座りすることにした。
オレは恥ずかしくてイヤだったけど、リリスが並んで体育座りしたいと言い張ったのだ。
そして折れたのはやはりオレの方だった。
やれやれ、迷惑の等価交換って約束だろ?
司令じゃないが貸借対照表はオレの方が大赤字だと思うぜ。
リリスが長くて綺麗な銀髪をかきあげながら言う。
「さっきの二人は本気で怒ったりしないわよ。ちゃんと相手を見て言ってるから。」
「だといいけどな。後が大変っぽいぞ。」
「で、
「ナツメにはまだ会ってないだろ?」
「1番隊の隊員のプロフィールは、昨日軍曹の寝顔を見物しながら全部目を通しておいたから。内蔵カメラを使うまでもなく、記憶する気で一度見たら覚えちゃえるのよね、私。」
さすがIQ180以上の天才。
そしてリリスはサイコキネシスでその辺りの小石を浮かせて、ピラミッドを作り始める。
機構軍の最新鋭バイオメタルで、世界的数学者を祖父に持つIQ180以上の天才。
伯爵家のご令嬢にしてお下品で毒舌でぶっ飛んだメンタル。
まだ足りないとばかりにカメラアイに加えてサイコキネシスかよ。
他にも速読術とか読唇術とかも持ってそうだな。
司令が盛りすぎって言ったのがよく分かる。
「で、ナツメってどんな奴なワケ?」
「あんまり気分のいい話じゃない、それに子供に聞かせる話でもない。」
「軍曹、さっきも言ったハズよ。私を子供扱い………」
「分かってる。だから話す。」
オレはラセンさんから聞いたナツメの昔話をそのまま話した。
リリスの性格上、言っておかないと必ずトラブルを起こすだろうし、リリスの感想を聞いてみたかった。
リリスは積み上げたピラミッドを睨みつけただけで破壊すると、つまらなそうに言った。
「はん、バカみたいな女ね。」
「おい、そんな言い方はないだろう。」
「悲劇のヒロインを気取りたいならそうすればいいんじゃない。くだんない。聞いて損したわ。」
一刀両断だな。そんな事を言いそうだとは思ったが。
「二重の意味で救いようがないわね。不幸? ええ、文句のつけどころのない不幸ね。でもだからなに?って話でしかないわ。」
「二重の意味?」
「まず、両親の事よ。ナツメの両親はベットの下にナツメを隠して、なんとしても守ろうとしたワケじゃない? つまりナツメの両親はナツメを心から愛していたわけよ。このあたりの気持ちは軍曹にも分かるんじゃない?」
オレは高校受験で名門校に入れず、父に見放された。私大に通わせて何不自由なく暮らす金を出してくれてたんだから、別に恨んじゃいないけど…………確かに愛されはしなかった。
リリスは母親からは才能を嫉妬されて、コンプレックスによる八つ当たりを受け、父親は出世の為に実の娘であるリリスを研究所へ送った。愛するとか以前の問題、論外だ。
だよな、ナツメの両親は気の毒だったけど、ナツメを心から愛していたんだ。
………オレ達とは………違う。
「もう一つ、1番隊のゴロツキ達はみんなナツメを大切に思ってるワケでしょ。気付いていないのか気付かないフリしてんのか知らないけど、1番隊の連中の気持ちを両手から砂みたいにこぼしてるワケよね。バカとしか言いようがないでしょ、そんな女。………アホくさ。くたばるまで不幸に浸ってりゃいいのよ。」
「………でもリリスも一つ見落としてる。」
「あによ、言ってみなさいよ。」
「ナツメの両親が一方的にナツメを愛してたワケじゃない。ナツメも同じように両親を愛してた。オレ達と違ってな。愛してやまない両親を昨日までナツメに優しかった近隣の住民達に殺された痛みと苦しみは………オレ達には分からない。」
リリスは唇を尖らせて黙ってしまった。
「リリス、おまえはナツメに関わるな。多分、おまえにとってもナツメにとってもいいコトはない。」
「なによ!軍曹は関わる気? 軍曹は私だけに構っていればいいの!あんな不幸自慢の女に構わないで!」
「なあ、リリス、オレは20年間、一人の友達もいなかった。」
「私もいないわよ!でも今は軍曹がいるからそんなものいらないわ!」
「ありがとな。オレもリリスがガーデンに残ってくれて嬉しい。オレ達は同類で気が合うもんな。おかしな関係だとは思うけど、なんだかリリスはもう一人の自分のように感じてる。」
「………話を続けて。」
「オレについこないだ友達が出来た。その友達ってのはシュリの事なんだけどな。」
「あの糞真面目眼鏡? それこそ奇妙な組み合わせね。」
「オレはシュリがオレの事を友達だと思ってくれてるなんて思いもしなかった。な? オレだって手のひらから砂をこぼしてたクチなんだ。多分、オレの20年間はずっと手のひらの砂をこぼし続けてきた日々だったんだと思う。そんなオレをシュリは救ってくれた。だから、オレもシュリのようになりたいんだ。尊敬している友に相応しい自分になりたいんだよ。ナツメを救いたいって気持ちもないワケじゃない。でもやっぱり自分本位な理由なんだよ。ただのオレの自分勝手さ。」
「………軍曹らしい考え方ね。………でも私は軍曹にはいつも私だけに構って欲しいと思ってる。それを分かってくれてるならいいわ。」
「それは分かってる。なんでリリスみたいな才覚のあるヤツがオレに拘るかは正直分かんないけどな。」
「軍曹が自分の価値を分かってないだけよ。とにかくやっと見つけた退屈しのぎなんだもの。私を退屈させないでよ?」
「努力はいたしますよ、
リリスは体育座りをしたまま、オレに頭だけ寄せてくる。
リリスは造形的には完璧に美少女である。
これで年さえ近けりゃなあ、夢のようなシチュエーションなんだけど。
そのリリスの端正な唇から発せられたのは、やはり自分勝手な主張だった。
「軍曹、私を置いて勝手にくたばったりしたら許さないからね?」
「死なない努力は今もしてるさ。だけど死ぬ時は死ぬかもな。」
「ダメ、許さない。もし私を置いて死んだりしたらブッ殺すから!」
「リリスがいくら天才でも死人は殺せないだろ。」
「私がブッ殺すと言ったら死人でもブッ殺すわよ!その後で軍曹の墓標に唾を吐いてやるからね!」
ブッ殺すって台詞はブッ殺した後に使うものだってプロシュート兄貴は言ってたけどなぁ。
そんで墓標に唾まで吐くのかよ。リリスならホントにやりかねないな。
こりゃ絶対に死ねねえぞ。
「分かった、オレは死なないよ。殺されても死なないから。」
なんたってオレは生命の奇跡を起こした天掛翔平の孫だからな。
なんでも爺ちゃんは若い時に交通事故にあって植物人間になってしまったそうだ。
医者も匙を投げたってのに、2年後に復活して新聞に載ったコトがあるんだと婆ちゃんが教えてくれた。
載せたのは当時は新聞記者だった婆ちゃんその人だけどな。
それが出逢いで結婚したんだからドラマみたいな話だ。
リリスはオレの返答に満足げな笑顔を見せて、珍しく毒のない台詞で応えてくれた。
「よろしい。私は軍曹の行く道がどんな地獄でもついていくからね。こんなに人生が楽しいなんて思わなかったわ。帰る家なんかもうない私だけど、例えあったとしても絶対家になんか帰んないわ。」
いや、これは甘美な毒と言うべきかな。キュンってきちまったじゃねえか。
オレをロリコンへの道に
絶対家になんか帰んないわ。リリスの言葉がなぜかオレの胸に突き刺さった。
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