昇進編7話 悪魔がきたりてホラを吹く



オレがシグレさんに師事してから10日がたった。


午前中にいつもの日課を済ませ、昼食の後、一時間瞑想し、その後でシグレさんに稽古をつけてもらう。


そんな10日間だった。


オレの浸透率は2%も上昇し、ヒビキ先生を驚かせた。


訓練で上がる事自体が稀なのだという話だった。


でもオレは浸透率上昇による身体能力の向上よりも強くなった実感がある。


シグレさんは心のあり方だけでなく、オレに欠けている剣術の基礎も教えてくれたからだ。




今日は星の綺麗な夜だ。部屋の電気を消したので星空がより鮮明に楽しめる。


オレはベットに横になって星空を眺めながら、リリスの事を考えていた。


研究所に行ってからもう10日以上経つぞ。アイツ研究所で何か問題を起こしたんじゃないのか?


まさか開発部に送られたまんま、帰ってこないとかないだろうな?


いやいや、それはない。そんな事したら司令が黙っちゃいないだろう。


司令の逆鱗に触れる=自分の死刑執行命令書にサインするのと同義だ。


口を開けばお下品な暴言を生産する毒舌兵器だけど、いないとなるとなんだか寂しい。


ちぇ、もう考えるのはヤメだ。寝よう寝よう。そのうち帰ってくるだろ。





オレは体内時計のアラームでいつものように目を覚ます。


おや、随分と髪が伸びたみたいだ。そろそろ散髪しないとな。


銀髪もいいもんだね、サラサラしててほのかにいい匂いもするし………


………って違げーよ!オレは銀髪じゃねーし、そもそもこんなに髪が長くはねーよ!


毛布を放り投げるとスヤスヤお眠りだったリリスさんが目覚めて、寝ぼけまなこをこすってる。


「………なによぅ、私は低血圧で朝は弱いんだからもうちょっと寝かせてよ。zzz」


しれっとオレの腕を枕にすんじゃない!


「おいまてコラ!なんでおまえがここにいんだよ?」


「バカなの? 研究所から帰ってきたからに決まってんでしょ。あ、疑問符じゃないわね。バカなのは確定だっけ。」


コイツ帰ってきていきなりご挨拶だな!


「とにかく起きろ!起きれ!ウェイクアップ!」


「はいはい、私が研究所に行ってる間にタマっちゃったからヌケってんでしょ? 仕方がないわね。」


「タマってねーわ!タマったとすればストレスだ!それも今この瞬間にマッハでな!」


「あら、そんなこと言ってるけど、このコかなりお元気よ?」


オレのうまい棒をさわさわすんなー!おまえホントに10歳なのか!


体は子供、中身は大人、しかも大人って~か、オトナなお姉ちゃんなのかよ、おまえは!


「これは若い男の朝の生理現象なの!そういう作りなの!」


「素直になんなさいよ。口がいい? それとも手? やっぱり胸かしら? マニアックに髪コキなんてコースもあるわよ伍長?」


「三つだ! 三つツッコませろ! 一つ、まずおまえは胸で出来るようなサイズしてねえから! 二つ、オレは昇進して今は軍曹だ! 三つ、髪コキなんて言霊ことだまをオレは初めて聞いたわ!」


「そして四つ目、まだ未成熟な私のピーーにオレの欲望ならぬ欲棒をツッコませろ、でしょ?」


………頭が痛くなってきた。これがシュリを悩ませてる偏頭痛か。


「不勉強な軍曹に教えてア、ゲ、ル。髪コキってホントにあるのよ。美しいモノを汚したいっていう器の小さな男特有の願望ね。あらやだ、軍曹にピッタリ。」


「………おまえはオレをディスらないと死んじゃう病気にでも罹患りかんしてんのかよ。」


「そうね、恋の病にはかかってるかもね。」


「それは断じて「恋」じゃない。あえて言えば「変」だ。………研究所じゃなくて病院に送るべきだったようだな。もうオレのライフはゼロに近いが、それでもあえて聞こう。どうやって入ってきた。鍵はかけておいたハズだ。」


「この程度のチンケな鍵なんて、私にとってはないも同然よ。」


………コイツ………折角の天才頭脳のベクトルがダメな方にまっしぐらに向いてやがる。


「じゃあ、さっそくリリス先生の愛のレッスンの時間よ、軍曹。」


いらねえよ、レッスンは剣術だけでお腹いっぱいだからよ。


………ぶっ飛んだ会話で思考力が麻痺しかけていたが………よく見たら………コイツ、なんて格好してやがんだ!


「なんだよ、そのスッケスケのネグリジェ!おっぱいもろくにないクセにノーブラとかざっけんな!謝れ!すべてのおっぱい様に謝れ!おまえのおっぱいも含めてだ!」


オレの弾劾もどこ吹く風でリリスは体を密着させてくる。


「ちなみにパンティはシルクよ。脱がせて確かめてみる?」


「聞いてねえからそんな事!とにかく胸を隠せ!ヤバいポッチが2つばかり透けて見えそうだ!それを凝視しちまったらオレは人間として一巻の終わりだから!」


「そして二巻に続くのね?」


「続かねーよ!どこで手に入れたんだ、そんなヤヴァイ寝間着!」


「ヘリポートで渡した買い物リストにあったでしょ?」


シュリの渋面が容易に想像出来る。それでも揃えてしまうのがバカ真面目の真面目たる由縁か。


「とにかく、ちょっと落ち着こう。いくらなんでも飛ばしすぎだ。」


「そうね、先は長いんだし。」


むしろ先が思いやられると言うべきだろう。


オレは必死でなだめすかしてリリスを着替えさせた。


オレがオレの名誉の為に言うが、リリスが着替えている間は部屋の外で待っていた。


ここはオレの部屋だっていうのにだ。なに、この理不尽な状況!


「はい、軍曹もさっさと着替える。ちゃんと見といてあげるから。」


「見ないでいいんだよ!」


私服に着替えたリリスはローエングリン伯爵家の令嬢だっただけあって、服の趣味も貴族的だ。


世界広しと言えど、ゴスロリチックな黒ドレスを着た10歳児がウロウロしてる基地なんて、ローズガーデンだけだろうよ。


「ここはアミューズメントパークみたいだけど、一応は軍事基地だぞ。軍服はなかったのかよ?」


「どこの世界に10歳用の軍服があるってのよ!バカなの死ぬの? ミジンコやゾウリムシだってもうちょっと考える頭があるわよ。まさか頭蓋骨の中にまでおっぱいが詰まってるんじゃないでしょうね?」


ご説ごもっとも。だが中盤から後半部分は必要あるか? いや、ない。


「おまえオレにはどんな罵詈雑言を浴びせてもいいとか思ってねーだろーな!」


「そこまでは思っていないわ。軍曹には私の言葉の暴力の80%までは行使してもいいかな、って程度よ。」


「まだ全力じゃなかったのかよ!そんで言葉の暴力っていう自覚はあんだな!確信犯じゃねーか、タチが悪いにも程があんぞ!」


「つけ加えるなら私はまだ二回の変身を残しているわ。」


おまえはフ〇ーザ様かよ!


「はい、着替えたみたいね。じゃあ、動植物の死骸をむさぼって、喰い散らかしましょう。生命を蹂躙する愉悦と快楽を享受できる約束の地にいざゆかん!」


「………素直に食堂に行って朝メシ食おうって言うたらあかんの?」


「そんな言い方じゃ軍曹の食欲が減衰しないでしょ? さ、行くわよ。」


………悪魔や、デビルがリバースしたモノホンの悪魔なんやコイツは。





「うん、ここのシェフはいい腕をしてるわね。星を出してあげてもいいかな。」


「だな、食ってのは人間の欲の根幹的な部分だからな。うまい飯はやはりいい。」


「軍曹の食べてる鯛のお刺身、イノシン酸がよく出ていて美味しそうね。死後10時間経過ってトコかしら?」


「………リリスさん。オレの事が嫌いなら嫌いって言ってもいいのよ?」


「なんでオネエになってるのよ。逆よ逆。軍曹の事が好きだからイジメたくなるのよ。」


「そんなはた迷惑な愛情は熨斗ノシを付けてお返ししたい。」


「残念ながら私の愛情は返品不可ですの。私達が出逢ってから8日以上が経過してるでしょ。クーリングオフの期間はもう過ぎちゃってますのよ。」


この世界でもクーリングオフは8日なのかよ。


諦めるしかないな。人間、諦めが肝心だ。


「飯を食ったら1番隊の仲間に挨拶回りに行くからな。」


「え~、そんなの何時でもいいじゃない。それよりシアターでデートしましょうよ。「筋肉重装甲アニキング~劇場版~」をやってるみたいよ?」


それは正直、心惹かれるが先に挨拶回りだ。


「ダメ、挨拶回りにいくの!最初が肝心なんだから。」


「ちぇ、つまんないの。軍曹のイケズ。」


「おまえにだけは言われたくない。………それから劇場版アニキングを先に見て、オレにネタバレとかマジでやめろよ?」


「心が読めるの? やるじゃない!」


やっぱりそんな事考えてやがったか。


「おまえは推理小説の謎解きの直前の章で「コイツが犯人」とか赤ペンで書き込みいれそうな性悪だからな。」


「研究所でやったわね、それ。任務の合間の暇つぶしに推理小説読んでた衛兵達の顔ったらなかったわ。」


その挙げ句にオレ達の襲撃を受けてお亡くなりになったのかよ。





同情はしない主義のオレでも同情したくなってきた、衛兵の皆さんが不憫すぎる。





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