懊悩編30話 我が名は剣狼
オレの部屋に突然やってきたマリカさん。間の悪いコトに今のオレは………
ベットに仰向けに押し倒され、体の上にはマウントポジションで乗っかるパジャマ姿のネコ耳リリス。
ねえ、神様。なんでこんなに意地悪ばっかりするの? 性格悪いよ友達出来ないよ!
「申し開きがあるなら聞いてやる、死ぬ前に言っておけ。」
「こ、これには海よりも深い事情がですね……」
「海に沈められたいのか、遠くて面倒だねえ。山にしときな、そこらに一杯あるから埋める場所に事欠かない。」
「殺す気満々ですか。勘弁して下さい。」
オレはリリスの肩を掴んで立たせ、ベットから起き上がる。
「髪は整えてるみたいだね。生意気にメークアップまでしてんのかい。面倒が省けてなによりだ。サッサと着替えな、作戦室に広報部が来てる。」
「はい。軍帽をどこへしまったかなぁ。ガーデンじゃみんな被ってないから、オレもしまい込んじゃったんですよね。」
「軍帽なんざいるか。アタイらは無頼で通ってるんだ。畏まった格好をする必要はない。」
お言葉に甘えてよそ行きじゃなく、いつも通りの格好に着替える。第一ボタンを外してるのも変えない。
「じゃ、リリス、行ってくる。」
「はいはい、私は二度寝でもしようかしら。約束を忘れないでよ?」
「ああ、後でな。」
オレはマリカさんと一緒に小作戦室へと向かった。
作戦室にはインタビュアー1人と記録係2人、それにカメラクルーの2人がオレを待っていた。
オレはさほど緊張していなかった。しょせんは軍の広報部。マズい発言があれば撮り直し、後で適当に編成するに決まっているからだ。
それに取材にマリカさんも同席してくれるのだから、不安な要素は皆無だった。
丸眼鏡のインタビュアーの女性が、カメラに向かって話し始める。
「それでは我が同盟軍100万の兵士の中でも抜群の戦果を上げ続けるアスラ部隊、そのエース大隊であるクリスタルウィドウの隊長、火隠マリカ大尉にインタビューしたいと思います。」
ああ、そういうコトね。ハナからニコイチの取材だったか。いや、マリカさんがメインでオレはオマケだな。
マリカさんはインタビュアーの質問に、格好良く淀みなく歯切れよく答えていく。場慣れしてるねえ。
「それではアスラ部隊の期待の新星、天掛カナタ曹長にもお話を伺ってみましょう。」
うわっ、きたきた。落ち着け、昨日リリスと予行演習は済ませただろ。
「天掛カナタ曹長です。栄えある同盟軍の一員として戦えるコトを光栄に思っています。」
「配属されてから2ヶ月間たっていないというのに、抜群の戦果を上げられているそうですね。素晴らしい戦果を上げる秘訣を教えて下さい。やはり同盟軍への忠誠心でしょうか?」
ズレた姉ちゃんだな。忠誠心で戦争に勝てりゃ世話ねえよ。
「特に素晴らしい戦果とは思っていません。アスラ部隊では普通のコトです。」
「驚きました。破格の戦果も普通の事と頼もしい発言、流石は同盟軍最強と称えられるアスラ部隊の新星です。並の新兵との格の違いを私は感じています。カメラ越しにもその雰囲気は伝わっている事でしょう。それもそのはず、天掛曹長はあの「氷狼」と呼ばれた牙門アギト中佐の甥御さんにあたるそうなのですよ!天掛曹長にとって、偉大な叔父はどういう存在なのです?」
分かってはいたが、イヤな質問がきやがったな。でもアギトを尊敬してるなんざ、嘘でも言いたくねえ。
「特に気にしたコトはありませんね。叔父は叔父、オレはオレです。戦場は誰の血筋だとか関係ない世界なので。」
マリカさんもアタイって一人称を使ってたから、オレって答えても問題ないだろう。
「氷狼の甥だけにクールなのですね。しかし同盟軍最強の兵と呼ばれた氷狼の再来と期待する声もあろうかと思いますが? 私も狼の系譜が甦った事に感動を覚えています!」
しつけえ姉ちゃんだな。アギトから離れろ。プロ野球選手やタレントの二世の気持ちが分かった気がするぜ。
「どんな形であれ期待されれば、その期待に応えるべく努力し、戦うだけです。」
「氷狼の甥、天掛曹長はやはり叔父のように冷静な兵士でした。そんな天掛曹長に………」
だから姉ちゃん空気読めよ!アギトと一緒にされたかねえってオーラがオレから出てるだろ!
「………コイツは氷狼の甥なんて呼ばれちゃいない。アタイらの仲間内では「
はいぃ? マリカさん、いきなり何言い出すの!初めて聞いたよ、剣狼なんて!
あ、そういやオレの異名はアタイがつけてやるって言ってたな。でもそういうコトは早く言ってよ~。
「剣狼!やはり天掛曹長は、氷狼アギトに連なる狼の系譜なのですね!」
「いや、アギトは関係ない。………大事な事だからもう一度言うぞ、コイツの牙は断じてアギトから受け継いだモノじゃない!自らの意志で牙を剥き、戦う狼なんだ!今はまだヒヨッコ狼だが、アタイが剣を牙とし戦う狼、剣狼に育ててみせる!」
さっきまでどちらかと言えば冷静に淡々とインタビューに答えていたマリカさんが、本来の姿である激情家の素顔を垣間見せた。
…………ありがとう、マリカさん。オレの気持ちを汲んでくれて。
マリカさんが力強くオレを狼に育てると宣言してくれたので、インタビュアーのお姉ちゃんはオレはアギトの系譜じゃないと撥ねつけられたのをガン無視出来るぐらい興奮したようだ。
「剣狼と呼ばれるアスラ部隊の新星、天掛曹長!曹長のように正義の為に戦うべく、同盟軍に入隊した新兵達に向かってなにかメッセージを!」
死を恐れず戦え、とか言うのを期待してるんだろ? そこまでリップサービスしてやる気はねえよ。
「………死ぬな、ですかね。」
姉ちゃん、眼鏡がずり落ちたぜ?
「………ええと………死ぬな、実に含蓄のあるメッセージですね。死んでしまえば同盟軍の為に戦う事が出来ませんから!死ぬな、しかし死を恐れずに戦えという深い意味が込め………」
オレは眼鏡と考え方のズレた姉ちゃんの言葉を手で制して止めた。もうウンザリだ。
言いたいコトだけ言わせてもらう。オレのからの宣告だ。
「な、なんでしょう? 天掛曹長、なにか……」
「………最後に一つだけ言わせてもらう。同盟軍の兵士にじゃない。機構軍の全兵士にだ。」
言葉を繕う名人の姉ちゃんにも、オレの本気の言葉は伝わったらしい。
「は、はい。ど、どうぞ。」
オレらがそうしているように、同盟軍の広報部のデジペーパーぐらい機構軍の連中だって見てるだろう。
オレは決意を込めて、オレの宣告を言葉にする。心に紙魚を残さない為に。
「………オレの前に戦う意志を持って立つな!立った以上は死ぬ覚悟があると見なす!以上!」
行きましょうとマリカさんに声をかけて、オレは立ち上がった。
オレとマリカさんが部屋を出る前に、インタビュアーの姉ちゃんが間抜けな声で礼を言ってくる。
「………あ、あの~……ほ、本日は……貴重な時間を……割いて頂きありがとうございます……なのかな?」
黙ってろ。気分悪いぜ、ちきしょうが!
オレは廊下を大股で早足で歩く、一刻も早く胸クソの悪い広報部の連中から離れたい。
もともとナツメの件があったから広報部は嫌いだったが、今日で大嫌いになった。
「オレの前に戦う意志を持って立つな、立った以上は死ぬ覚悟があると見なす、ときたか。いい台詞だ。格好良かったぞ、カナタ。」
「茶化さないで下さい。オレはマジで気分が悪いんです!なんなんだアイツら!」
マリカさんはやれやれと肩をすくめながら、
「怒るな怒るな、マジメに取り合うような連中じゃない。奴らは煽るのが仕事だ。」
「無責任に、が抜けてます。」
「そうだな、いつの時代も煽動者は責任を取らないもんだ。」
「一番ムカつく
「奴らは兵士を高揚させる偶像を作りたいんだよ。そんな奴らにゃ他人(ひと)さんの事情なんざ分かりゃしないし、分かろうともしない。」
「筋書きは決まっていて、それに沿って取材の名の下にストーリーを書く、ですか。奴らの筋書きではオレは偉大な叔父の背中を追いかけ、同盟軍の為に喜んで死ねる兵士って役割になってんのかよ。ろくでもねえ。」
喜劇役者じゃあるまいし、そんな役回りはゴメンこうむる。奴らの期待に応える義務はオレにはない。
「そういう事だ。ま、奴らは同盟軍の広報部だからやむを得ん部分はある。同盟軍のイメージアップが奴らの仕事なんだからな。………問題は広報部から渡されたニュースソースをそのまま垂れ流すマスコミの方だ。」
「権力におもねるだけのマスコミって存在価値あるんですかね? 反権力だけがモットーのマスコミにも反吐が出ますが。」
「カナタ、今も昔もマスコミが正義を代弁した事なんざ、ただの一度もありゃしないんだよ。反戦主戦、主義主張に関わらず、マスコミが報道と称するのはマスコミの意見と都合なのさ。手前勝手な報道に左右されずに自分で考え答えを出せ、何事もだ。ま、脳内で納豆菌を培養するカナタは言わずとも分かってるか。」
マリカさんは徹底的にマスコミを信用していないらしい。
オレはマリカさんを見送ってから、ロックタウンに向かう足を借りる為に格納区画へ向かった。
オレの脳内の納豆菌は勤勉で、一兵士に過ぎないオレが考えてもどうにもならない事まで考えてくれる。
今日のテーマは政治とマスコミですか、お堅いテーマですね。
………オレもマスコミはあまり信用しちゃいない。元の世界にいた頃からだ。
業腹だが、マスコミ不信は官僚だった親父、
親父曰く、選挙で選ばれた政治家が民意を主張するのは分かる、票という裏付けがあるからだ。
中にはルックスと詭弁で票を掠め取る政治家もいるが、だがそれとて民意なのだ。
だから官僚である私は、自分より馬鹿で人気取りにだけ長けた衆愚政治家であろうとその意向は尊重する、と。
………親父は尊大な人間だったが、民主主義の信奉者ではあったんだな。ご立派な事で。
マスコミの問題は記者の中に、なんの裏付けもないのに自分が民意を代表していると勘違いしてる馬鹿がいる事だ。
記者は入社試験に受かればなれる。だがマスコミの入社試験は民意ではない。
政治家は思想信条が民意と隔離すれば落選する、マスコミは民意の洗礼を受けない。
民意と隔離すれば視聴率や発行部数は落ちるかもしれんがな、と親父はのたまった。
………天掛光平のこの意見は屁理屈かも知れないが、さほど的外れではないとオレも考えている。
問題はこの世界の権力者は選挙で選ばれてないケースが多いって事だな。
世襲による独裁か、選挙という名の信任投票かって違いはあれど、とにかく特権階級がはびこってる。
どうせ独裁政治がまかり通る世界なら、司令に頑張って独裁者になって頂こう。
独裁がいいなんて思わないが、司令なら衆愚政治家や独善的なマスコミが自分の立ち位置の都合で勝手な意見を言おうが抹殺する事はないと思う。………黙殺はするかもしれないが。
オレは器の小さい男だ、スケールの大きい話は器の大きな人にやって頂こう。
オレにとっては理想的な政治体制の確立なんかより、リリスのおっぱいの成長具合の方がはるかに重要だしな。
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