照京編27話 最悪を避け、最良を求めよ



「ミコト様、天掛少尉、お疲れ様でした。」


収録を終えたオレは、軍服の第一、第二ボタンを外して天井を見上げた。


慣れないコトをするとやっぱり疲れるぜ。


「カナタさんの振り付け通りに踊ってみましたが、父と雲水はどうなるのでしょう?」


ここで気休めを言っても仕方がない。総帥と議長が処刑される事態は十分にあり得る話なのだ。


「機構軍次第です。ハシバミ少将は総帥と議長の処刑には抵抗するでしょう。皮肉な話ですが、現状では裏切った少将に期待するしかありません。この放送は、機構軍がお二人の身柄を武器に、ミコト様に揺さぶりをかけてきた場合への対抗策。総帥と議長の身柄の安全を担保するものではないんです……」


「……さきほどの放送が、かえって父上や雲水の処刑を後押しするという事はありませんか?」


「ないと思ったので実行しました。総帥には悪政の清算、議長はそのお先棒を担いだ責任、機構軍がお二人を処刑する為の口実は既にあります。ミコト様の投降で総帥達を助命する、という通告を受けるコトが、こちらが一番避けたい事態です。要求通りにミコト様が投降しても機構軍には総帥と議長を帰す気はないでしょう。悪評の高い総帥を自由の身にして、支持者の多いミコト様を虜囚とすれば、照京市民の反感を買います。」


こっちの足を引っ張らせる為に対価なしで解放って奇手は厄介なんだが、機構軍の偉いさん達にそんな思い切った手は打てまい。悪手に見えるだけに空振った時には提案者は責任追及の槍玉に挙がる。順当で妥当な選択をしてくるだろう。


つまり、今は市民感情を刺激しないよう努めるはずだ。


「ミコト様、私も天掛少尉の仰る通りだと思いますよ。照京の支配権を確立したい機構軍にとっては、政治的に出来ない取引です。ミコト様の声明は、お二人の処遇に影響しないでしょう。万が一、影響したとしても、ミコト様に責任はありません。実父を人質に取られたミコト様には酷なお話ですが、理不尽な要求に屈するという前例を作ってはならないのです。」


「……そうですね。」


「ミコト様、まだ処刑されると決まった訳ではありません。元気を出してください。」


顔色の優れないミコト様を慰めてみるが、慰めになっちゃいないんだろうな。


「広報戦略が本職の私の意見としては、すぐに処刑するという選択はあり得ません。処刑はいつでも出来るのだから、もっとも有効な利用法を検討し尽くしてから処遇を決定するはずです。」


……それはどうかな? 総帥は、独裁者の理屈で言えば支配者としての権利の行使、一般的に言えば暴挙悪行を行っている。その全貌をミコト様に話していたとは思えない。


権力の座から転がり落ちた今、その悪行は白日の下に晒されるだろう。


無実の市民を死に追いやっていたと判明すれば、民意は処刑を望み、支持する。融和政策を主張した叢雲ザンマを一族ごと根絶やしにする暴挙をやらかした総帥だけに、似たようなコトをやらかしている可能性は高い。


「しかし上手い手でしたね、天掛少尉。突き付けてられて困る要求があるのなら、要求される前に正当性をオマケして返答してやる、ですか。」


「予想される事態があるなら、先んじて手を打っておく。戦略として、当然だろ?」


最悪の結果を避けながら、最良の結果を求めよ。オレが入隊した時にゲンさんが教えてくれた武人の心得だ。


「言うは易し、行うは難し、です。殺し合いに嫌気がさしたら、広報部に転属されるといい。」


「やめとくよ。基本的に論評批評、アジテーションが仕事の広報だのマスコミだのを、オレは信用していない。チッチ少尉は例外だ。」


偉っそうに問題提起だけして正義面する連中は好きになれない。問題提起も必要な仕事だと理解はしているが、批判されてでも問題を解決しようとする人間をオレは尊敬する。


「天掛少尉に信用されて嬉しいような、私の生きる世界を糾弾されて悲しいような、複雑な気分ですね。」


「人生とはそんなモンだ。理想と矛盾のせめぎ合い、言えるのは理想を持った者ほど、苦悩に苛まれるコトになる。」


「バカほど幸せに生きているという点については同意します。そんな動物みたいな生き方、私は御免ですけどね。」


「気が合うな。苦しみ迷いながらでも、先に進むからこそ人間であり、人生だ。」


受験に失敗して親父に見限られたオレは苦しみから背を向けて、人生を歩むコトを放棄した。


……二度と同じ過ちはしない。死んで途中下車はするかもしれないが、斃れる時も前に向かってだ。オレは人生という任務から、絶対に逃げないと決めたから。


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チッチ少尉と別れ、特別営倉という三ツ星ホテルにミコト様を送ってゆく道すがら、唐突に宣言された。


「カナタさんの決意は伝わりました。私も私の為すべき事を為し、どんな結果になろうと前に歩み続けます。」


「ミコト様、心を読んだんですか?」


「可愛い弟の考えなら、龍眼を使わずとも伝わります。カナタさんは人生に背を向けた過去から目を逸らさず、戒めとしました。家族の絆を断たれ苦しんだ過去を、今と未来を生きる為の揺るぎない信念の糧としたのです。」


「そんな立派なモノじゃ…」


「私もカナタさんと同じです。父の悪行から背を向けて逃げてしまいました。私は対峙し、戦うべきだったのに。……ですが、もう逃げません。私は戦います!」


「まず、すべきコトは御門グループの完全掌握。総帥は自由の身になれば御門グループの総力を挙げて照京奪回を強行しようと画策するでしょう。」


「……そうでしょうね。」


「その試みが成功するとは思えません。多くの犠牲を払ってなにも得られず、安全な場所から命令だけ下した総帥はまた暴挙を繰り返す。御門グループが瓦解するか、甚大な被害に厭気がさしたグループから三下り半を突き付けられるまで、ね。」


「カナタさんは現状ではお父様は囚われの身である方がいいと考えているのですね?」


「はいとも、いいえとも、言えません。それはミコト様次第だからです。ミコト様、ガリュウ総帥から実権を剥奪する御覚悟がないなら、グループは司令に預けた方がいい。覚悟のない人間はトップに立ってはいけないんです。」


「私は戦うと言ったはずです。お父様が無事にお帰りになられても、引退して頂きます。子供じみた虚栄心の為に犠牲者は出させません。」


「及ばずながらオレがミコト様の刃になります。それが自分の命と引き換えに道を開いてくれた爺ちゃんの願いであり、オレの意志だ。」


「私は羚厳様に心から感謝しています。人としての道を説き、カナタさんを私のもとに送ってくださったのだから。私はカナタさんを弟のように思ってきましたが、間違いでした。」


「え!?」


早くも弟失格ですか?


「弟のような存在ではなく、私とカナタさんは羚厳様に育てられた姉弟だったのです。」


……爺ちゃん、オレにこんな素敵な家族を残してくれてありがとう。


─────────────────────────────────────


ミコト様を特別営倉に送った後、屋外演習場にリック小隊を呼び出す。


いろいろやるコトがあったんで、後回しにしてしまったが、リック達にも心配をかけていただろう。


「兄貴、忙しいのはわかっちゃいたが、帰ったんなら顔ぐらい見せてくれたってよかっただろ?」


姉が出来たオレの弟分に文句を言われた。やっぱり心配かけちまってたみたいだな。


「スマンスマン。さっきの放送を見てわかったと思うが、御門と八熾の関係修復やら、機構軍の先手を打つのやらに忙しくてな。後回しにせざるを得なかった。」


「大兄貴が無事でよかったッス!」 「隊長はどこ行ってもトラブルに出くわすんだなぁ。」


トンカチは喜び、ウスラには呆れられる。ウスラも無事は喜んでくれてるようだが。


「ウォッカさんやリムセさんも心配してました!」 「隊長殿が無事で自分も嬉しいのであります!」


ノゾミとビーチャムの頭に手をあてて、笑ってみる。お、後から会いにいくつもりだったが、ウォッカとリムセがやってきたな。後ろに連れてる連中は誰だ?


「カナタ、のけ者はよくないのです!」 「兵団のバクスウに勝ったんだって? 大したモンだぜ、カナタ!」


リムセの肩を叩いて、ウォッカとは拳を合わせる。


「ウォッカ、この自信なさげな新顔どもはなんだ?」


ウォッカが連れてきた若年兵達は、一斉に敬礼してきた。


「ビーチャム・チームだ。俺とリムセで揉んでやってたとこさ。」


ビーチャム・チーム? ああ、そういやビーチャムにスカウトをやらせたんだったな。


「ビーチャム、また頼りにならなさそうなのばっかり連れてきたモンだな?」


「ハッ!この連中が、自分が選抜してきたゴミ達であります!」


ゴミと呼ばれた4人の若年兵達は萎縮し、小さくなってしまった。


「なるほど、確かにゴミだな。」


「……自分達はゴミではありません!」


顔を見合わせた新兵のうち、勇気を振り絞った一人が、抗議の声を上げた。


「いーや、おまえ達は一山いくらのゴミだ。だが再生可能なゴミではある。再生可能なゴミは資源、オレ達がおまえらを貴重な人的資源として再生してやる。覚悟はいいな!」


「!!……イエッサー!」


イマイチ覇気のない新入り達にビーチャムが活を入れる。


「声が小さい!辺境で燻っていた昨日に戻りたいのか!自分に出来ておまえ達に出来ないなんて事はない!ゴミだと見下していた奴らに見せてやれ!連中に見る目がなかっただけだと証明するんだ!」


「イエス、マム!!!」


ビーチャムめ、自分と同じような境遇の連中を選んできたのか。……だがそれでいい。


さて、この新入り達をどういう方針で教練するかな?


オレがガーデンに来た時みたいに、ド頭から異名兵士と戦って地獄を見せるか。自信喪失してリタイアするかもしれんが、ビーチャムの連れてきた連中だから、内に秘めた反骨心はあるはずだ。その後にゴロツキ達と戦っても"アレよりはマシ"だと思えるだろう。


そして腕が上がってから再戦させて、自分の成長を実感させる。この方針でいこう。


格上の怖さを知り、自分の成長に自信を持った兵士が欲しいからな。


「リック!格上の怖さを教えてやれ!まず自分の弱さを認識させるんだ!」


「おうよ!さあ、まとめてかかってきな!」


リックが指コキしながら新兵達を顎でしゃくる。


(ウォッカ、危ないと思ったら止めろ。)


(おう。リックの新兵教練の教練でもあるって事だな?)


(そうだ。リックは兵士としては十分、だが指揮官としても育てないといけない。ノゾミに訓練映像を撮らせておいてくれ。後から皆で個々の適正を判断しよう。)


(了解だ。)




ビーチャム・チームはしばらくガーデンで訓練漬けだな。明日からギャバン少尉とギデオンも混ぜて基礎訓練を開始しよう。


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