昇進編16話 蟲使いホタル



オレが推論の上に推論を重ねた危なっかしい橋を、マリカさんは渡ってみると言う。


信頼は嬉しいけどオレ自身ですら確信に至っているかと言うと、はなはだ怪しい。


頼りないピースをつぎはぎして完成した怪しげな全体図だ。


なにより単独で敵の旗艦近くまで潜入するナツメのコトが心配だ。


だけどその点はマリカさんに考えがあるみたいだ。


一体どうするつもりなんだろう?


シグレさんとアビー姉さんも足の速い車両で先行してきている。


この局面で陸上戦艦の戦力をアテに出来ないのは厳しいが、やむをえない。


既に第5師団が敵と交戦中なのは間違いないからだ。


1、2、8番隊の混成部隊は街道αとβの間の山岳地帯で、ヒンクリー少将と交信を試みる。


何度かアンテナの位置を調整したのちに、ヒンクリー少将と通信が繋がった。


3人の隊長を代表してマリカさんが話をする。


「クライド・ヒンクリーだ。おまえが緋眼のマリカか。今は立て込んでてな。話は手短に頼む。」


ヒンクリー少将はいかにも叩き上げって感じのイカツイ顔の白人だった。鼻の中央あたりを真横に走る刀傷が、いかにも前線指揮官という風貌を際立たせている。


「シノノメ中将経由で連絡がいってたはずだろ。なぜアタイらを待たなかった。」


相手は少将閣下だっていうのにマリカさんは通常運転である。大丈夫なのかね。


「おんぶに抱っこをしてもらわんと戦争がやれん統合作戦本部の腰抜け共と一緒にするな。」


叩き上げの軍人らしくマリカさんの不躾な物言いにも気分を害した風はない。


単にそれどころじゃないだけなのかもしれないけど。


「それで状況は? 敵はラウル・レブロン中将の機構軍第3師団だろ。」


「ああ、今回はしてやられた。形勢打開を図って背面に向かわせた遊撃部隊の中核が、殲滅部隊に奇襲されたようだ。遊撃部隊と連携がとれんまま交戦を余儀なくされて、本隊も逆襲を受けた。指揮系統が混乱している遊撃部隊の各隊と連絡を取って、兵をまとめている最中だ。」


「そりゃ背面からの挟み撃ちを読まれてたんだよ。殲滅部隊の奇襲を受けた遊撃部隊の中核は全滅だろう。残存戦力は?」


「総数で4000名といったところか。無傷なのは半分ぐらいだ。」


「現在の機構軍の第3師団はどのぐらいの戦力だ?」


「約6000、おそらく戦闘可能な兵員数は約4500から5000の間。」


「少将、酷い負け方をしたもんだね。」


「わざわざ嫌味を言いにやってきたのか?」


「尻ぬぐいにきてやったんだ。少しは感謝しなよ。遊撃部隊の残存兵をまとめるのにどのぐらいかかる?」


「森林地帯に展開していた遊撃部隊1000のうち連絡が取れたのは約600。現在交戦しながら収容中だ。2時間はかかる。」


「その遊撃部隊の残存兵600のうち、収容できるのは半分ってとこだろうね。そしてその300を収容している間に本隊の兵士が500は死ぬ。」


痛いところを突かれてヒンクリー少将は渋い顔になった。


「だからと言って遊撃部隊を見捨てて逃げる訳にはいかん。」


「イスカから聞いたがレブロンは以前、少将に痛い目に合わされたコトがあるんだって? だったら少将の首を欲しがってるだろうね。少将が前に出ればそこに部隊を集中させてくるだろう。」


「ああ、腰抜けのレブロン自身は絶対に前線には出てこないだろうがな。」


「そんなコトは期待しちゃいない。少将に命を張って部下を救う気があるのかどうかだ。」


ヒンクリー少将のとなりにいた副官らしい痩せぎすの男が、甲高い声でがなり立てる。


「き、貴様!少将閣下にオトリになれと言うのか!そんな事よりあるだけの戦力を集めて早く我々の救援にこないか!これは命令だ!」


「干物がガタガタ騒ぎ立てんじゃないよ!アタイは少将と話してんだ!どうなんだ、やるのか、やらないのか!」


「俺が前に出てオトリになったら、おまえ達はどうするつもりだ?」


「戦力が薄くなったところを切り裂いて遊撃部隊の残存兵を収容する道を切り開いてやる。」


「そっちの戦力はどのぐらいだ。」


「300足らずだ。」


「そんな数でか!いくらアスラ部隊といえどそれは………」


「アタイらを並みの兵隊と一緒にしてもらっちゃ困る。少将、時間がない。決めてくれ。」


「………わかった、アスラ部隊のエース、緋眼のマリカを信じよう。」


「20分後に行動を開始してくれ。切り開いた退路はこっちから連絡する。少将は2時間持ちこたえて欲しい。」


ヒンクリー少将はニヤリと笑って答えた。


「なんだ、たった2時間でいいのか。お安い御用だ。」


「ありがとう少将。ご武運を。」


「そっちもな。」


交信が終わるとオレ達はすぐに行動に移る。


ヒンクリー少将は司令が助けようというだけのコトはあって、部下想いで肝も座っているようだ。


「タチアナ、聞いた通りだ。α街道、β街道の仕掛けは2時間以内で終わらせろ!その後は地雷埋設予定地に移動してアタイからの連絡を待ちな!」


「イエス、マム!」


「シグレ!アビー!抜かるなよ!」


「委細承知!」


「おう、野郎共、楽しいドンパチの時間だよ!」


オレ達アスラ部隊のゴロツキはめいめいのバイクや車両に乗り込んで、最前線へと最大戦速で突撃する。


そして疾走すること20分、ついに狂瀾怒涛の乱戦の真っ只中に突入した。


「いよいよ軍曹と初デートね。おめかししてきた甲斐があったわ。」


「リリスは指揮車両でゴロツキ共の指揮をやんな。」


「なんでよマリカ!私は軍曹と一緒にバトるんだから!」


「頼む。今回はアタイが細かいトコまで目が届くか分からない。」


マリカさんに頼むと言われると流石のリリスも断れない。


「う~、分かったわよ。仕方ないわね。」


「ホタル、ナツメ。指示通りに上手くやんだよ。」


ナツメはこっくりと頷き、ホタルはゆっくりと目を瞑る。


そして一拍おいてから目を開いたホタルの眼球を見てオレはギョっとした。


な、なんだ。人間の目じゃない。昆虫の複眼みたいになってる。


「インセクター60機、発進させます。アクセル、天井ハッチを開いて。」


「あいよ。頼むぜ、蟲使い。」


ホタルがジュラルミンケースを開くと小型昆虫型ドローンのインセクターが大量に飛び出し、天井ハッチから外へ飛び立っていく。


「マリカさん、なんなんです。ホタルのあの複眼と大量のインセクターは。」


「普通は一人で一匹しか制御できないインセクターを、ホタルは60匹同時に制御できるのさ。60匹同時起動をやるとそれ以外はなにも出来なくなるが、代わりに戦場全体を見渡す無類の索敵能力を得る訳だ。1番隊、いやアスラ部隊最強の索敵能力を持つ女。それが「蟲使インセクトマスターい」灯火ホタルさ。」


ホタルの見た情報を元にナツメをレブロンの旗艦まで接近させる。


マリカさんの自信はホタルの能力があったからか。


まさに1番隊を誘導する灯火って訳だ。


「ホタル、ナツメの誘導とアタイらへの索敵情報提供、難しいが両方やれるか?」


「やれます。任せてください。」


そこにリリスが真顔で口を挟んだ。コイツいつもこういう顔してりゃ、ホントに凜々しくて可愛いのに。


「ホタル、一時休戦よ。アンタはナツメの誘導をメインにやって。マリカ達への索敵情報提供は私に教えてくれれば、状況を判断しながら戦術指示と併せてやったげるわ。」


ホタルは一瞬考えたが、頷いてくれた。


「わかった。お願い。」


この調子で仲良くやってくれれば嬉しいんだけど。


「軍曹!指揮車両に機構軍のインポ野郎共を近づけさせないでよ!」


分かってるさ。オレも以前のオレじゃない。


シグレ師匠の元でパワーアップした今のオレは、言うなればカナタマークⅡなんだぜ。


オレはマリカさんの後に続いて指揮車両を飛び出す。


「カナタ、アタイの小隊と一緒に指揮車両を守んな!アタイはピクニックに行ってくるからな。」


「安んじてお任せあれ。」


一端いっぱしの口を利くようになりやがったな。頼んだぞ。」




さて、2度目の実戦開始だ。状況は、と。


おうおう、見渡す限り敵、敵、敵ときやがったな。


敵兵2人が左右から同時に切りつけてくるのを、補助動作なしで念真障壁を形成し、受け止める。


「なぁ? アンタらまさか今のが攻撃とか言って、オレを笑わせようとしてるんじゃないだろうな?」


不遜な顔に上から目線をブレンドして、そう言ってやると2人の敵兵は面白いぐらい青ざめた。


ビビってるねえ。そりゃアスラ部隊最強のクリスタルウィドウが相手だもんな。


それでもめげずに攻撃してくるあたりがカワイイカワイイ。


「オッケー、オレを笑い死にさせようってんだな。先に逝って待ってなよ!」


オレは新調した愛刀オニキリーに念真力を込めて、お笑い芸人2人を同時に両断する。


オレはなぁ、普段超一流のマリカさんやシグレ師匠に鍛えられてんだぜ?


言っちゃなんだがマリカさんやシグレ師匠に比べたら、おまえらなんかものの数にも入んねえよ。


それでも数の力を当て込んで、指揮車両にジリジリと寄ってくる機構軍の有象無象共。




いいさ、死にたいってんならこいよ。オレの覚悟は完了してんだぜ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る