照京編30話 父の天敵、それは愛娘
龍の島を脱出した私とバートはプラナブリーまで逃れてきていた。
ここなら僅かながらとはいえ土地勘もあるし、治安もほどよく悪い。
犯罪者が身を隠すにはうってつけの街だ。
スラムの廃屋にアジトを構えた私達は、今後の方策を相談する。
「コウメイ、これからどうします?」
「バートには調べ事を頼みたい。街に出て故買屋サムチャイの一件がどうなったかを調べて欲しいんだ。」
私はサムチャイの一件をバートに説明した。
「なるほど。この街に居座るならサムチャイの件がどうなったかは重要ですね。おそらく官憲はロードギャングと故買屋の仲間割れとして処理したでしょうが、サムチャイに仲間でもいれば厄介だ。」
「サムチャイに仲間はいないと判断したから獲物にしたんだが、奴の情報を聞き出した連中を皆殺しにした訳じゃない。サムチャイの事を聞き出した男がいて、直後にサムチャイが死んだ。小遣い稼ぎにチンコロした輩がいても不思議じゃない。」
「了解。では街で情報収集してみます。」
「それとこれをガーデンに送ってくれ。」
私はバートに「明日の為の兵法書、その弐」を手渡した。
「郵送でいいんですか?」
「ああ。カナタは私の事をミコト姫以外には話せまい。この街にいる事がわかってもカナタ一人で探すのは骨だし、ガーデンを長く空けられるような体でもない。カナタにはやる事が山ほどあるんだからな。」
意図も正体も不明の同郷人ならカナタも警戒し、なんとか捜索する方法を考えるだろうが、私が味方なのはわかったはずだ。詮索されたくない私の立場をカナタなら
「なるほど。では行ってきます。」
廃屋を出て行く相棒の背中を見送ってから、私は厳重にバリケードで囲った部屋へ入った。
鏡にはめ込まれた宝玉の力を使い、地球と交信する時が来たのだ。
─────────────────────────────────
(……アイリ……アイリ……聞こえるか?……アイリ……)
(……!!……お父さん!)
やった!地球と交信出来たぞ!
(アイリ、風美代は元気か?)
(……ママにもキマイラ症候群が発症しちゃった。)
(なんだと!それで、容態は!)
(大丈夫。第一ステージだから。手術も終わって、もう退院してる。)
クソッ!恐れていた事が起こってしまったか!急がねば時間がない!
(他になにか起こった事はあるか?)
(……ないよ。それよりね…)
(なにかあるんだな? アイリ、お父さんにウソはつかないでくれ。)
(ウソをついたのはお父さんの方でしょ!アイリやママを惑星テラに呼ばないかもしれないんだよね?)
なぜその事を!権藤が喋ったのか? いや、権藤に限ってそれはない。
……あ!私がカナタの様子を見ていたように、アイリは私の事を見ていたのか!
(見ていたんだな、アイリ?)
(……うん。)
バートと私がエリクセルについて話していたのを聞いていたのか。
(子供が見るものじゃない。もうお父さんの様子を見てはダメだ。それで何を隠してるんだ?)
(ごめんなさいが先。)
(すまなかった。でも出来る事ならアイリや風美代には安全な日本で暮らして欲しかったんだ。)
(お父さん、アイリと約束して。)
(約束? どんな約束だ?)
(アイリとママを必ず惑星テラへ呼ぶって!じゃないと話さない!)
アイリは賢い娘だ。そのアイリがそう言うのなら……
(惑星テラから物品を送る方法がわかったんだな? そうなんだろう!)
エリクセルを送れるならアイリと風美代は地球で暮らせる!
(……知らない。……話さない。)
(アイリ、話してくれ!頼む!)
(家族で暮らすの!どんな危険な星だろうと、家族みんなで暮らすんだから!ママとも約束したの、例え地球に残る方法があったとしても、絶対惑星テラへ行こうって!)
(……アイリ……)
(本気だよ? お父さんが治療薬を送ってきたってアイリもママも使わないからね!)
(こんな緑乏しい戦乱の星になにがあるんだ!日本にいた方がいいに決まってる!)
(……お父さんがいるよ?……アイリのお父さんが。……アイリはお父さんに会いたいの!お父さんはアイリやママに会いたくないの?)
会いたいに決まっている!今すぐ会って抱き締めたいさ!
(……会いたい。私だってアイリや風美代に会いたいさ。)
(じゃあ一緒に暮らそうよ!アイリは手の届かない世界にいるお父さんの心配ばっかりして生きるのはイヤ!)
(……本当にいいのか?)
(最初っからそういう話だったでしょ!お父さんがアイリやママの幸せの為だって勝手な事を考えてただけ!私やママの幸せは家族みんなで暮らす事なのに!)
……もう痩せ我慢はよそう。自分の心をどう取り繕っても、本心では家族と暮らしたいのだ。
(わかった。アイリと風美代を必ず呼ぶよ。約束する。)
(絶対だよ? 絶対にだからね!)
(ああ、絶対にだ。私の幸せはアイリや風美代の傍にしかない。)
(じゃあ話すね。お父さんがソッチに行ってから、権藤のおじさんは勾玉ちゃんの事を調べたんだって。)
権藤の好奇心はとどまる事を知らないようだな。
(それで?)
(権藤のおじさんは、勾玉ちゃんは地球のモノではなくて、惑星テラから送られてきたものなんじゃないかって言ってた。)
(なるほど。権藤はそういう仮説を立てたのか。)
(それでね、勾玉ちゃんのルーツを色々調べてたおじさんは、龍ヶ島って孤島に辿りついたんだって。今、その島を調べに行ってるよ。)
親父も勾玉の出所を調べていたが、何も分からなかったとミコト姫が言っていたが。……いや、権藤はプロのジャーナリストだ。素人の親父とは違う。
(アイリ、権藤に伝えてくれ。龍ヶ島の緯度経度を私が知りたがっていたと。)
地球にそっくりのこの星だ。もし龍ヶ島に秘密があるのなら、同じ場所にある島が怪しい。
(わかった!他には?)
(アイリと風美代、それに私と息子の髪の毛を用意しておいてくれ。)
(あ!そっか!こっちから何か送れるのなら!)
(そうだ。アイリと風美代の依り代となるクローン体を作製出来る。)
(お父さん、あったまいい~!)
よせよ。照れるじゃないか。
(よし、現状報告はこんなところだ。アイリ、定期報告のルールを決めておこう。)
(うん!)
私とアイリは定期報告、緊急報告の手順を打ち合わせ、通信を終えた。
久しぶりに娘と話せたお陰で、元気が出てきたぞ!今の私ならなんでもやれそうだ!
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「コウメイ、戻りましたよ。」
相棒の姿をドアの覗き穴で確認してから、蝶番を外す。
「お疲れ様。インスタントだが珈琲でも淹れよう。」
珈琲ブレイクがてら報告を聞くか。
「サムチャイの件は問題なさそうです。官憲は仲間割れで事件終了。付き合いのあったマフィアも、故買屋仲間にも動きはありません。」
「官憲は何を考えてる? 私は死体をまとめて焼却しておいたんだぞ。少なくとも死体を焼いてバイクで逃走した誰かがいたと、バカでもわかりそうなものだが?」
「わかったでしょうね。で、それで儲かるんですか?」
どこまで腐ってるんだ、この世界の官憲は!
「……盗品の買い付け金を私は奪ったが?」
「ロードギャングと故買屋の用心棒をまとめて始末出来る相手を追うには安い、官憲にしては珍しく賢い判断をしたものです。コウメイ、この世界の官憲は成果主義じゃないんです。手付金として薄汚れた紙幣を丸めて胸ポケットに突っ込まれない限り、捜査は始まりません。」
「世も末だな。犯罪者の我々には都合がいいと前向きに考えるか。……バート、誰かにつけられたか?」
「まさか。私はプロですよ。」
「では予期せぬ来客か。見てみろ。」
テーブルの上には監視カメラの映像を映すモニターがある。モニターにはこの廃屋に近付く男達の姿が映っていた。
「この家に誰かが入居したのに気付きましたか。カーテンを買っておくべきでしたね。」
窓の明かりを見られたらしいな。目張りを忘れたのは迂闊だった。
「まったくだ。この連中は、家賃の取り立て、といったところかな?」
答えながら私はコートのフードを被った。
「私が片付けてきますよ。コウメイはまだ傷が癒えてないでしょう?」
「適度な運動が健康の秘訣だよ、相棒。」
ポケットからナックルダスターを取り出して指を通す。チンピラ相手に狼眼や銃を使うまでもあるまい。
やれやれ、こんな世界に妻と娘を呼ぼうというのだから、我ながら困ったものだな。
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