照京編29話 本末転倒の戦唄



あらがえぬ縁ならば、沿ってみせるまで。


本丸が陥落してから覚悟を決めるってのがオレらしいが、とにかく八熾の当主になってしまった。


リリスに言われた通り、やるしかないなら、やるまでのコトだ。


なに、押し寄せる荒波全部を平らげてから、シズルさんに当主の座を譲ればいいだけだ。


元、波平としてそんぐらいはやってみせるさ。


当主であろうと、兵士でもある。当主様、お討ち死に、なんてコトにならねえように、今日も鍛錬だ。


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工事用杭打ち機の立てる轟音の中、ロードワークに励む。


先を見据えた計画を立てる司令だけに、増員に備えて兵舎棟には十分な余裕を持たせてあった。


だから照京兵達の住居は問題なかったのだが、さすがにミコト様の住居まではない。


なんでも突貫工事で基礎だけ作り、上物はどこかから持ってくるとか言ってたな。


司令らしい力技だぜ。


午前中のメニューを済ませ、シャワーを浴びに部屋に戻ったオレに吉報が待っていた。権藤から新しい本が届いていたのだ。


生きていた!やっぱり権藤は生きていたんだ!


……送り元はプラナブリーか。権藤は今、プラナブリーにいるらしい。


本は後からじっくり読ませてもらうとして、すぐに動かないと。


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本を墓地に隠し、昼食を済ませたオレは、ミコト様のご尊顔を拝しに特別営倉に向かう。


特別営倉を警備している照京兵達に敬礼しながら特別営倉の廊下を進み、ドアの前に佇立している次元流高弟に用件を告げると控えの間のドアを開けてくれる。


控えの間には牛頭馬頭兄妹が詰めていて、二人で将棋を指していた。


「これはお館様。」


立ち上がって一礼してくる牛頭馬頭兄妹。


「牛頭さん、ミコト様はいらっしゃるか?」


「中におられまする。馬頭、中に連絡だ。」


馬頭さんは卓上電話でオレの来訪を告げ、ドアを開けてくれた。


「馬頭さん、桂の頭に歩を叩いてみたらどうだ?」


「桂馬が飛ぶだけです。」


「そしたら歩の前に香打ち。牛頭さんは持ち駒に歩がないから受けれない。重なった飛車角のどっちかは取れる。」


「お館様!将棋に助言は禁物です!」


「飛車角が同一線上に並ぶような打ち方をするのが悪いんだよ。ちょっと考えれば誰だって気付くさ。」


「兄上の番ですよ!さあ、さあ!」


恨めしげな牛頭さんに手を振ってから、オレは奥の間へ入った。


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奥の間ではミコト様がイナホちゃんとティータイムを楽しんでいた。二人の傍には執事服を着た侘助が立っている。


「八熾の当主様だ!一緒にお茶にしましょう!」


イナホちゃんも少し元気になったみたいで、よかったぜ。


「はい、そうしましょう。」


「私に固い物言いはおかしいのです!私は御鏡家の娘ですが、当主様は八熾家の惣領で、侯爵なのです。」


「そうだね。じゃあ一緒にお茶にしよう。これでいいかな?」


「うむ、よろしい。」


大仰に頷くイナホちゃんの姿が面白かったらしく、ミコト様は袖口で口を隠して笑った。


「お館様は珈琲でしたな。すぐに淹れて参りまする。」


そう言ってキッチンに向かった侘助は、すぐに珈琲カップをトレイに載せて戻ってきた。


「侘助、無理な頼み事をしてすまなかったな。」


「私と弟は執事です。これが本来の姿、ミコト様の執事役はお任せくだされ。」


オレは侘助にミコト様の執事を頼んだ。兄の侘助がミコト様、弟の寂助がオレの執事役、という分担だ。


オレに執事は必要ないから、寂助には八熾の庄でシズルさんの補佐役をしてもらってるが。


ミコト様達と十分慣れ親しんだら牛頭馬頭兄妹はロックタウンへ戻そう。代わりの護衛は大師匠の高弟から選抜すればいい。


「そういやツバキさんはどうしたんだ?」


「親衛隊に漏れた未熟な照京兵の鍛錬に出ております。照京奪還の尖兵となるには力不足だと仰っておいででしたな。」


気が早いな。照京奪還はそう簡単にはいかないぞ。


(ミコト様、少しお話が。)


(なんですか、カナタさん?)


(権藤から新しい本が届きました。連絡の件はどうなっています?)


(権藤さんは生きておられたのですね!準備は出来ています。いつかかります?)


(すぐにも。司令もしばらくは新たな作戦を行わないでしょうが、状況が落ち着けばオレに出撃命令が出るかもしれません。権藤は今、プラナブリーにいるようです。プラナブリーとその周辺都市に広告を出してください。)


戦地にいる時に権藤から連絡があったらなにかと面倒だからな。


「そうそう。カナタさん、これが自然食レストラン「白鯨」の絵図面です。まずリグリットにテスト店を出店して、リサーチを行うつもりなのですよ?」


本気で出店するってのか。でも自然食レストランはいいかもな。食と健康にお金をかける層にはウケるかも。


「メニューは磯吉さんに監修してもらいましょう。アッパーミドルをメインの客層に据えて、お冷やにまでこだわるんです。リピーターを飽きさせない為に期間限定メニューも充実させて…」


「お館様、いっそ全席禁煙にしてもよいかもしれませんな。」


タバコで肺ガンにならないこの世界では、分煙化は恐ろしく遅れてる。賭けではあるが、客層を考えれば賭ける価値はある。


「うんうん。テスト店なんだから、そのぐらい思い切った手を打っていい。ニッチな客層をガッチリ掴めば商売になるはずだ。そうだ!考えてみりゃ、ガーデンの食堂って自然食レストランみたいなもんなんだから、仕入れのノウハウも揃ってるぞ!」


ここの食堂のメニューには人工肉や化学調味料は全然使ってない。舌の肥えたゴロツキどもだらけだからな。


「ミコト様、八熾の当主様が本気なのです!」


「……カナタさん、そこまで本気にならずとも……」


「なにか強力な売りがいるな。よし、オープニングフェアに目玉メニューを出そう!キャッチコピーは"焼き鳥の鳥玄監修「常勝軍鶏鍋」、あのアスラ部隊の精鋭達の舌を唸らせた逸品がここに!"で、どうだろう?」


「おお!鳥玄の軍鶏鍋ですか!あれなら他にはない名物メニューとして売り出せまするな!」


侘助も食べたらしいな、あの魔性の旨味を持つ軍鶏鍋を。


「それに名誉味も加味してみよう。」


「八熾の当主様、名誉味ってどんなお味なのですか?」


「当店の売り上げの一部は戦災孤児への義援金にあてられます、と明記しておくんだ。美味しいものを食べて、人助けをした気分にもなれる。アッパーミドルの自尊心を買いにいくのさ!」


「カナタさん、それはいいアイデアです!」


「トドメに来店ポイントが貯まればアスラ部隊の部隊長グッズが当たるクジを引けるようにする。ダミアンは婦女子に熱狂的なファンがいるらしいから、これだけで客を呼べるかも!」


「しかもそのクジにはレアアイテムも仕込んであるのですな?」


ニヤリと笑った侘助に、オレは悪い顔で答える。


「レアアイテムを仕込むのがクジの基本だ。」


あれ? 権藤と繋ぎをつける為の方策だったはずなのに、なんだか方向性がおかしくなってきたような……


まあいいか。この自然食レストラン出店計画が、新生御門グループの新規事業第一号だ。


「ミコト様、こんな感じでやってみましょう!」


「はい。磯吉さんや鳥玄、それにガーデンの肖像権を管理するミドウ司令とお話をしなくてはいけませんね。」


「ミコト様、そのお役目は、私めにお任せを。」


「侘助、頼めますか?」


「お任せあれ。お館様、司令殿にアポイントメントをお願い致しまする。」


ふむ、侘助め。一番の難敵から挑むというのか。その意気やよし!


「侘助、抜かるなよ? 司令は一筋縄ではゆかぬ相手ぞ?」


「ハハッ。この侘助、辺境暮らしの間は、我らの足元を見て法外な値をふっかけてくる商人どもと交渉して参りました。司令殿は海千山千の猛者でしょうが、決して引けはとりませぬ。」


「司令は御門グループとは協調していきたいはずだ。ゆえに法外な要求はしてこないだろうが、旨味を独り占めさせてはならぬ。」


「委細承知。少々お待ちくだされ。」


奥の部屋に引っ込んだ侘助は法螺貝を持って戻ってきた。


「なぜに法螺貝?」


「これは我が貝ノ音かいのね家に伝わる法螺貝にござります。」


プオプォ~と法螺貝を吹き鳴らす侘助。洋装の執事服で法螺貝を吹くシュールな姿にオレ達は絶句した。


「いざ出陣!参りましょう、お館様!」


執事服の襟を正した侘助は意気揚々と部屋を出て行った。


「法螺貝の奏でる戦唄か。本物の戦でもやってみるかな?」


「当主様!帝に仇なす者達が都に迫る時、法螺貝の戦唄と共に白狼衆は出陣していったと聞きます!」


へえ、そうなんだ。古式ゆかしい戦法らしいが、今の時代でも戦争は"ビビらせた方の勝ち"だ。姿を隠す必要のない会戦では面白いかもな。




本末転倒な話の流れになっちまったが、本来の目的は権藤へのコンタクトだ。権藤、オレに連絡してきてくれよ?



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