再会編10話 真剣さには真剣に応えよう



一回戦を終えたオレはメディカルチェックを受けてから控室に戻り、第二試合を観戦する。


試合の合間に御堂財閥系列の芸能プロダクションとのコラボで、新人アイドルに一曲歌わせるあたりが商魂たくましい。


商才の塊の司令が恵まれた資産を持ってたってんだから、気前もよくなる。


ま、オレ達はその恩恵にあずかってる身だ。素直に感謝すべきなんだろう。


オレが毎度おなじみのカロリー補給の友、ガムシロップさんを飲んでモニターを見てると、控室にホタルが入ってきた。


「おや、これはこれは空蝉夫人、汗臭い控室にようこそ。」


勧めた椅子に腰掛けたホタルは、オレを軽く睨んでお説教を始める。


「そうやってすぐ軽口を叩くのはカナタのよくない癖よ? いい? 親しき仲にも礼儀ありって言葉があるように……」


旦那、いや、彼氏と同じようにお小言が好きですね。似た者夫婦になりそうだわ。


お小言が一段落するのを待って、オレはホタルに聞いてみた。


「それでオレになにが聞きたいんだい? たぶん、シュリに関するなにかなんだろうけど。」


「どうしてわかったの?」


「ホタルはシュリとペアシートで観戦していたはずだ。なのにシュリを伴ってじゃなく、一人で控室に来た。少し不自然だね。そしてオレに言いたいコトがあるなら小言が一段落する前に言ってるだろう。だから聞きたいコトがあるに違いない。シュリとホタルはラブラブカップル、聞きたいコトが無関係の話題ならシュリと一緒に来てるはずだ。単純な消去法だろ?」


「カナタってホントに察しがいいというか、気持ち悪いというか……」


「気持ち悪いはヒドかねえ? ホタル、先にオレが話してもいいか?」


「ええ、何かしら?」


「今な、御門グループにハンドクラッカー並みのサイズの小型EMP爆雷の作製を依頼してるんだ。そんで開発班から"範囲が相当に狭くていいのなら作製可能"という返答をもらった。」


「それがどうしたの?……あっ!」


気付いたか。そう小型EMP爆雷は……


「察した通りだ。オレは蟲使い対策に開発依頼した訳じゃないんだが、実用化出来れば蟲使い殺しにもなり得る。ホタルはウチの誘導灯だ、ホタルを倒す為に同じコトを考えるヤツが機構軍に出てこないとは限らない。ホタルがよければEMP防御機能を備えた戦闘用インセクターの開発も頼んでみるが……」


「お願い。でも被覆されたインセクターの戦闘性能は従来機に比べて落ちるんでしょうね?」


「オレは技術者じゃないから確定的なコトは言えないけど、余分な機能を搭載すれば普通は性能が落ちるだろう。従来機にどれだけ近付けるかの話になってくると思う。」


「全てをEMP被覆モデルに切り替えたら私の戦闘能力は大幅にダウンするわね。カナタ、どうすればいい?」


「対EMP防御を備えたインセクターの開発が成功する前提だけど、60機のインセクターのうち、10機は対EMP防御機にするんだ。そのうち1機だけは戦闘性能を持たせて、残る9機は撤退支援専用にする。」


「EMP爆雷で全部殺されたふりをして蜂の一刺しを狙い、しくじれば残り9機で撤退する。そういうプランね?」


さすがホタル。シュリの彼女だけあって聡明だぜ。


「そうだ。一刺しの手法と撤退支援の性能は御門グループの技術者を交えて相談しよう。近いうちにガーデンに来てもらうから。」


「オッケー。じゃあ今度は私の話を聞いて。聞きたいのはお察しの通り、シュリのコトよ。」


「シュリのコトならホタルのがよく知ってるだろ? 生まれた日からの幼馴染みなんだから。」


「聞きたい事というのは軍人、いえ、兵士としての問題だから。シュリはカナタの親友だけど、切磋琢磨するライバルでもいたいと思ってるの。」


「シュリはオレのライバルだよ。」


そこでホタルは少し暗い顔になった。


「ラセン副長はそう思ってない。たぶん、ゲンさんも、そして……マリカ様も……」


「なにがあった?」


「このトーナメントにシュリを出したらどうなるかって話を三人がしてたのを、偶然通りかかったシュリは聞いちゃったの。ラセン副長はシュリだと羅候の代表か、サクヤとあたった時点で負けると言ったわ。ゲンさんは無言で、否定はしなかった。」


「そりゃ芸抜きでの話だろ? シュリの持ち味は初見殺しの必殺芸にある。トーナメントには不向きってだけだ。」


「それからマリカさんが二人に聞いたわ。"優勝を狙うなら誰だ?"と。二人は即答した。"カナタ"だって。」


「オレは5世代型を超える性能の零式を搭載してて、適合率も念真強度も高い。それに汎用性の高い邪眼能力に加え、劣化版とはいえ超再生も持ってる。消耗を回復しながら戦わざるを得ないワンデイトーナメントに向いた特性を持ってるんだ。ラセンさんやゲンさんがオレを推したのは特性を踏まえてのコトだ。」


「カナタ、正直に答えて。もしカナタが敵としてシュリに相対したら勝てる?」


何でそんなコト聞くんだよ!オレとシュリが刃を交える事態なんてあるワキャねえだろ!


「たられば話に意味はない。なんでそんなコトを聞くのさ!」


「私は真剣なの!お願い、答えて!」


ホタルは真剣みたいだ。たられば話に意味はない、がポリシーのオレをだけど、真剣さには真剣に応ずる、もポリシー。親友の恋人が真剣だってんなら、真剣に答えるしかない。


「シュリの芸のカラクリを知ってる前提でいいか?」


「ええ。」


「……だったら勝てると思う。シュリの芸は念真人形をシャッフリングして本体を隠蔽しなきゃいけない。つまりある程度の距離を取り、助走しながら念真人形と本体が入れ替わり立ち替わりする必要がある。芸のカラクリを知ってる前提なら、オレは分身全部に邪眼を使う。邪眼が通じないのが分身、瞬きしたのが本体だ。必殺芸さえ躱せばスピードは互角、パワーはオレが上だ。テクニックに劣ってても相打ち上等のゴリ押し戦術で勝てるんじゃないかな? オレは頑丈だし。」


「……カラクリを知らなくても、邪眼使いならそうしてくるわよね?」


「……ああ、その可能性は高い。」


「マリーさんみたいな機関銃使いなら広範囲に弾丸をバラまく戦術も取ってくるわよね?」


「アラを探せばいくらだって探せるさ!でもな!シュリの芸は一時期流行って今は廃れた分身戦術と侮った相手がしたり顔でサーモセンサーを入れ、体温で判別出来ないと驚愕させる点にある。シュリが忍者だけに本当に分身したのかも、とか混乱した相手が正気に返るまでに、シュリの刃は喉笛に突き刺さってるんだ。」


「……シュリがあの芸を身につけるまで、どれだけ努力してきたか、私は知ってる。でも無双の必殺技じゃない。シュリ自身がそれを誰より分かってるの。相性のいい相手を必殺芸で葬る、シュリはそれが自分の役割だと納得してきた。でもカナタに会ってから、もっと上に行きたい、相手を選ばず戦える強者になりたいって考え始めたみたい。」


「それはいいコトだと思う。シュリはもっと自分を前面に出していってもいい。でもシュリ隊は部隊の工作兵だから裏方に回るコトも多い。それも重要な任務なんだ。」


シュリ隊の工作で戦況が変わったコトは一度や二度じゃない。シュリは重要なセクションを担当してるんだ。


「うん。私もそう思う。それでね、さっきの試合をシュリと一緒に見てたんだけど、私もシュリもカナタが勝つって思ってたわ。でも射撃戦でマリーさんに勝つなんて思ってもいなかった。"……もう僕はカナタの背中を追いかける立場なんだ"試合が終わった後にシュリはそう言ったわ。強くなりたいシュリに何かアドバイスをしてあげたいんだけど、私じゃ……」


……シュリにはシュリの悩みがある、か。野球でも守備職人って呼ばれる人がいて、勝ちゲームを勝ちきる為に途中出場する。それも大事な役割だけど、プロとして舞台に立つのに、ホームランが打ちたくない選手なんていないだろう。ましてやシュリもオレもプロの兵士、兵士が個の強さを追求するのは重要なコトだ。羅候の連中みたいに個の強さが全て、なんて考えにオレは同調しないが、戦場では個の強さに頼らざるを得ない局面だってある。個を磨き、仲間を信じて戦う。それがオレの信念だ。


「オレがシュリならもっと武器を活かすだろう。悪い言い方をすれば武器頼みの剣術、戦術を志向する。シュリの持つ紅蓮正宗は無双の剛剣、世界広しと言えど至宝刀を持ってるヤツなんて滅多にいない。最強の兵士達が集うアスラ部隊にだって、司令、マリカさん、トゼンさんだけだ。他の兵士にはないアドバンテージがあるなら、カッコつけずにそれを活かすね。」


トゼンさんの餓鬼丸は至宝刀じゃなくて怨霊刀だけどね。でも大師匠曰く"持ち主に凶運をもたらす"という点を考慮しなければ、餓鬼丸の力は至宝刀に匹敵するって言ってたからな。


そんな曰く付きの兇刀を手渡す方もどうかしてるけど、受け取る方はもっとどうかしてる。しかもトゼンさんときたら餓鬼丸の呼び込む凶事を楽しみにしてるらしいから、完全にイカレてるよなぁ。


「カナタ、シュリの性格だと"武器頼みの強さなんて"とか言いだしそうだけど……」


「優れた装備も力のうちだ。それにシュリがマリカさんから託された紅蓮正宗を手放すコトなんてあるのか? 絶対ないだろ? つまりシュリの紅蓮正宗はオレの天狼眼のように、シュリの体の一部なんだ。自分の体を有効活用して何が悪い。敵だってオレが邪眼持ちなのを知ってるから目潰しを狙ってくるし、シュリが至宝刀持ちだと知ってるから武器を奪おうとしてくる、何も変わりはない。生まれながらに持っていた邪眼、信頼を勝ち得て託された至宝刀、だが現在の結果としては同じじゃないのか?」


実はオレのこの体も、後天的に与えられたモンなんだけどね。


「そ、そうよね!シュリの紅蓮正宗だって、マリカさんの信頼を勝ち得たからこそ得た力なんだわ!」


「そうそう。シュリもホタルも生真面目すぎ。トゼンさんが正々堂々の正統派の剣術で勝負してるか? "剣術に正統も邪道もないもんだ。要は人殺しの技術だろうが。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃあな"とか言ってんじゃんか。」


「ふふっ、そんな事を言ってたわね。うん、これでシュリにいいアドバイスしてあげられそう。"カナタに追いつきたいなら、カナタみたいに小狡くなりなさい"ってね!」


「さりげなくオレをディスるのはヤメて頂けませんか?」


「じゃあ、私はシュリのところへ戻るわね。カナタは次の戦いも頑張って。シュリが背中を追いかけるって言ってるんだから、優勝しないとダメよ!」


プレッシャーかけんなよぅ。




オレの背中を追いかけるだなんて、シュリの謙遜病も重症だな。だけどオレは空蝉修理ノ助の親友にして好敵手。負けたら色々ヒドい目に遭わされかねない身として、次の戦いも絶対勝つ!



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