再会編32話 友である為に、決断すべき事



祝勝会がお開きになっても飲んべえどもの夜は終わらない。要塞都市の夜は長いのだ、明日が休養日にあてられていれば特に。


実戦形式の激しい演習だった為に、師団と財団、双方の兵は疲労し怪我人も出ている。怪我は明日一日で治るものではないが、なんにせよ休養はさせないといけない。


財団の企業傭兵は元からいた連中に、照京からの敗残兵を加えた混成部隊だ。各隊の中隊長クラスにはコミュニケーションを取る為に寸志を渡して、積極的に交流を深めるように指示しておいた。"職場での飲み会が楽しいのは地位の高い者だけだ"とは親父の弁だが、役所や一般企業と軍人は毛色が違う。まあ、親父は官僚、縦割り社会の最たる場所だったから、そういう面が強いのもあったには違いないんだろうけど……


「カナタ、たまには二人で飲まないか?」


悪くないね。シュリとは一緒に飲む機会が多いけど、二人だけで飲むのは久しぶりだ。


「いいね。どこで飲む?」


野郎二人の会話を耳敏く聞きつけたちびっ子が、やっぱり毒を吐いてきた。


「野郎二人で飲むつもり? ホモホモしいわね!少尉には色んな噂があるけど"剣狼、実はホモだった説"はいらないわよ?」


「オレのロリコン説の起源にだけは言われたくないわい!それにその他諸々のろくでもねえ噂にも関わってるだろうが!」


「私は話に空気を入れて膨らませただけ。風船が存在しなきゃ空気を入れようもない、つまり少尉が悪いのよ。」


可愛い顔で可愛げのない台詞をのたまうちびっ子をホタルが抱き上げ、未来の良人に優しく声をかける。


「シュリ、"あまり遅くならないでね"なんて言わないから。ゆっくりしてきてね?」


「ありがとう、ホタル。」


「いいご夫婦ですな。だけど旦那が心配じゃないのかい?」


ロブが混ぜっ返そうとしたが、ホタルはしれっと答えた。


「シュリとカナタを心配? この二人に誰がどうやって危害を加えるの? そんなの兵団の隊長級でもなきゃ無理よ。ねえシオン、女は女同士で飲みに行かない? 堅物男と剽軽男のグチで盛り上がりましょ?」


「そうね。吐き出したいグチは山ほどあるから。それじゃあ隊長、ごゆっくり。」


「え、オレってそんなにシオンさんにストレスをプレゼントしてんの?」


「自覚がねえのが一番始末に悪いんだぜ、大将。さて、元貴族の坊ちゃん、俺達は反省会だ。演習での戦いぶりを見てわかったが、坊ちゃんの戦術には穴がある。」


経験値の高いロブは、オールドルーキーにアドバイスか。"便利屋"が異名だけあっていいバイプレーヤーだ、自分の役割を熟知している。


「うむ、苦しゅうない。僕を成長させる為のアドバイスとやらを聞かせてもらおうじゃないか!ギデオン、供を!」 「ガッテンだ、坊ちゃん!」


ギャバン少尉、そこは威張るトコじゃねえぞ。空気を読まないトコだけは以前と変わってねえな。そしてギデオンのこの小判鮫ぶりは、一生変わんねえんだろうな……


───────────────────────


シュリの提案で街の外で飲む事にしたオレ達は、コンビニで酒とツマミを買い込み、撞木鮫からバイクで出掛ける。この世界の高級車両には自動運転機能が実装されているから、酒が入っていても問題ない。


月の光と夜風を受けて荒野を走る2台のバイク。飲み会兼ツーリングなんて元の世界じゃ出来ない贅沢だよな。


「カブトGX、カナタの専用機はいいバイクだね。僕も専用機が欲しくなってきたな。」


「御門グループに頼んで開発させたらどうだ? 財団理事に就任したコトだしさ。」


「公私混同はよくない。組織を腐らせるガンだ。」


相変わらずお堅いねえ。……三人娘を全員秘書にしたオレって公私混同の極みじゃねえのか? シオン、リリスは秘書としても有能だけど、ナツメは……


アイツは書類を全部紙飛行機にして窓から飛ばしたって逸話のある女の子だからなぁ。


手頃な高台でバイクを止め、大岩の上にビニルシートを敷いて陣取る。そして携帯式虫除け器のスイッチオン、と。ここはシュガーポット攻略戦の時に偵察に使った高台、キーナム中尉がヤバい目になった場所でもある。


「いい場所を知ってるね。ここからなら街を一望出来る。」


要塞都市の夜景を眺めながら、オレ達は氷袋の中で冷やしておいた缶ビールで乾杯する。


「だろ? まあ、街を一望出来るだけに、機構軍の斥候と鉢合わせするかもだけど。」


「そしたら返り討ちさ。」


シュリは自慢の愛刀、紅蓮正宗の束頭を叩いて笑った。至宝刀の威力を前面に剣術を磨き直したシュリの闘法は以前より荒々しくなったと評判だ。マリカさん曰く、"いい傾向だよ。シュリの剣術は技巧が先走りしてて、巧さはあっても怖さがなかった"そうだから、オレの友も着実に成長しているんだ。


缶ビールで乾杯した後はウィスキー、紙コップなのはいささか風情に欠けるが、そこは立地の良さがカバーしてくれる。ツマミは羅候のアイドル、白ちゃん大好きスライスサラミだ。


たわいもない話で爆笑したり苦笑しながら、オレとシュリは酒を酌み交わす。ホント、くっだんねえ話なのにそれでも話が弾むのはオレとシュリが気の合う友だからだろうな。


「カナタ、一つ聞いてもいいかい?」


「いいぜ、オレとシュリの間に遠慮はいらない。でもスリーサイズだけは勘弁してくれ。ホモ説に説得力を与えたくないからな。」


着実にバストサイズはアップしてんだけどね。大胸筋は自分でもわかるほど分厚くなってる。


「じゃあ遠慮なく聞こう。"私とカナタさんは羚厳様に育てられた本当の姉弟だったのです"、ミコト様がそう仰っていたけど、どういう意味なんだ?」


!!!……あ、あの時の会話を聞いていたのか!!でも周囲に人影はなかった。バイオセンサーを使ってチェックもしたのに!


「カナタ、内緒話ならテレパス通信を使わなきゃ駄目だ。僕は火隠のしのび、読唇術は心得てる。司令部の窓から遠目にだけど二人の姿が見えてね。すごく微笑ましい雰囲気に見えたから、ついついズーム機能を使ってしまったんだ。覗き見したのは悪かったけど……」


照京動乱の一報を受けたシュリとホタルは探偵旅行を中断してとって返してきたんだが、ガーデンに帰投してきた時には趨勢は決していた。……だから、あの会話をしてた時にはガーデンにいたんだ。


「………」


「羚厳様というのは八熾の惣領、八熾羚厳様の事だよね? そうだとすれば、時系列も事実関係も合わない。ミコト様やカナタが産まれる前に羚厳様はお亡くなりになっていたはずだ。」


「……シュリ……オレは……」


「話せないなら話せないでいい。だけど空蝉修理ノ助は天掛彼方の友で、力になりたいと思っている。それだけはわかってくれ。」


決断しろ。シュリはオレの秘密の一端を知ってしまった。シュリはオレが"話せない"と言っても変わらず友でいてくれるだろう。だけどオレはそれでいいのか? それで空蝉修理ノ助はオレの友だと胸を張って言えるのか? 誰に対してでもなく、オレ自身に対してだ!




……答えは出たな。オレは空蝉修理ノ助の友、天掛彼方だ。


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