昇進編19話 人斬りトゼン



戦場に轟いた蛇の咆哮。


敵も味方もその異常な奇声に一瞬動きが止まる。


「なんだよ、今の異様な咆哮は!」


敵兵を斬り伏せながら、シュリが声を弾ませる。


「トゼンさんだ!きてくれたんだ!」


そして後背から現れるゴロツキ達。


アスラ部隊の兵隊は自虐的に自分達をゴロツキと称している。


だけど現れた4番隊の兵隊は正真正銘のゴロツキさん達だった。


アビー姉さんの率いる8番隊はマッチョ軍団でゴロツキの名に相応しいと思ったが、4番隊こそそうだった。


まさにキングオブゴロツキ、そんな集団だ。


隻眼、入れ墨、弾痕、刀傷、スキンヘッド、モヒカン、そして全員に共通するチンピラチックな人相の悪さ。


悪い意味での百花繚乱、色とりどりのゴロツキ達。


そしてその先頭に立つ隻腕で痩身の男、あれが「人斬りトゼン」だ。


怖えとは聞いていたが確かに怖え。司令も怖いけど司令の怖さとは異質の怖さがある。


なんていうか、人類というより爬虫類っていったほうがしっくりくる人だ。


そうだ、巨大な人食い大蛇に遭遇しちまったような恐怖、そんな感じを受ける。


言葉を持たない動物でも、哺乳類には感情が感じられるが…………この人にはそれを感じない。


そして隻腕の人斬りは戦場を本物の爬虫類のような目で見渡し、


「い~い感じであったまってんじゃねえの。ええ、おい。楽しくなってきやがったなぁ。そう思わねえかよ?」


となりに立っていた隻眼が隻腕の人斬りに答える。


「見渡すかぎり敵だらけ、修羅場の鉄火場って感じでやすね。しかしアッシらはガーデンに帰投の途中だったんですぜ。人使いが荒すぎやしやせんかね。」


「イスカが言うにはよ、私は全ての駒を集める、捨て駒も含めてな、だとよ。いい事言うねぇ。」


「アッシらは捨て駒ですかい。感心するところじゃねえと思いやすがねぇ。」


「イスカは人の使い道ってえのを分かってやがるのさ。俺らみてえな死にたがりの人でなしを捨て駒に使わねえでどうするよ?」


「違えねえでやすな。そんじゃあ、人でなしの人でなしたる由縁を見せてやりやしょうかね。…………野郎共!殺しまくりない!運の悪い奴ぁ勝手に派手にくたばりゃいいでやすよ!骨なんざ拾わねえでやすがね!」


三下口調の号令と共に、戦場になだれ込んできた4番隊の皆さんは死をまき散らし始めた。


うへぇ、聞きしにまさる暴れっぷりだ。敵兵に同情したくなってきたぜ。


明らかに4番隊の連中は戦争中毒者ウォージャンキーの集まりだ。


この人達、1対7の戦力比なんか気にもしちゃいない。


むしろ殺せる敵が多くていいって喜んでんじゃないのかって思えてくる。


明らかに頭のネジが緩んでるよ。いやネジがぶっ飛んでやがる。


あまりの凄惨さに敵兵達が怯んで後退すると、


「かかってこいやオラァ!!!おまえらワシらがさぶうてようこんのんかい!!!」


ワシらがサブうてってスゲえ台詞を吐くなあ。まるでチンピラヤクザだよ。


確かに敵さんさぶがっちゃいるけどさ。


味方のオレも肝が冷えてんだ、敵はもっとだろう。


その怯んだ敵兵の集団にトゼンさんは一人で無造作に突っ込んだ。


たちまち鮮血が飛び散り、文字通りに血煙が上がる。


「シャーーーーーーーーーーー!!」


隻腕の人斬りは、蛇の威嚇音みたいな奇声を発しながら、凄まじい速度で死体を量産していく。


敵の指揮官らしき男が懸命に号令する。


「怯むな!数では我々が圧倒しているのだ!「人斬りトゼン」を討ち取ったとなれば昇進は間違いナシ、多額の報奨金も出る!かかれ!」


名誉欲と物欲ってカンフル剤を注入された敵は、数を活かしてオレ達を包囲にかかる。


ヤベエな。包囲されると面倒だぞ、元気一杯の4番隊と違ってシュリ隊は消耗してる。


そこに別の方角から新たな集団が現れた。


ハイ、味方ですね。見れば分かります。


その人相と風貌は間違いなく4番隊の皆さんです。


新たな集団は敵が形成しつつある包囲網を噛み砕きにかかる。


その先頭に立っているのは、はすっぱな感じの女性だった。


そんでこの女性も滅茶苦茶強い、さほどの時間もかけずに敵に応戦しているオレ達のところに、血路を開いて到達してきた。


「シュリ、頑張ったねえ。後はアタシらに任せて下がんなよ。」


「ありがとうございます、ウロコさん。後ろから援護に回ります。」


ウロコさん、と呼ばれた女性はオレの顔を覗き込んできた。


「アンタ、戦死した前任隊長の氷狼によく似てんねえ。縁者かい?」


「はい、甥の天掛カナタって言います。オレはまだ余裕があるんで前線を支えます。」


情に厚いオレの戦友が口を挟んでくる。


「カナタが前線を支えるのなら僕も残る。」


「シュリはシュリ隊の隊長だろ? 下がって隊の指揮を取る責任がある。リムセのコトも頼むぜ。」


「………分かった。無理するなよ。ウロコさん、カナタを頼みます。」


「あいよ。任せとき。」


オレは4番隊の別働隊であるウロコさん達と肩を並べて戦い、シュリ隊の後退を援護する。


ウロコさんは相当な腕で群がる敵をものともせずに斬り捨てていく。


戦いながらオレはトゼンさんが率いる本隊と、ウロコさんが率いる別働隊の違いに気が付いた。


本隊は個人技主体だが別働隊は組織戦術に長けている。


死角をカバーしあって、さらに数的優位を生じさせない位置取りも巧みだ。


それを指揮するウロコさんは優れた指揮官なんだろう。


「見事な指揮ですね。感心しました。」


「これでも一応4番隊の副長をやってるからね。」


「そうでしたか。ウロコさんが4番隊の副長だったんですか。」


「ウロコってのは渾名なんだよ。本名はリンさ。でもアタシはリンなんて可愛い響きの名前が似合う女じゃないし、仕方がないかねえ。」


「そんなコトはないと思いますけど。」


敵と斬り合いながらそんな会話を交わすオレ。我ながらだいぶ戦慣れしてきたよなあ。


「あんがとね、氷狼の甥。世辞なのは分かってるけどさ。」


オレと斬り合ってた敵をこっちも見ずに屠り、返す刀で自分の眼前の敵も斬り捨てるウロコさん、マジで手練れだわ。


「フォロー感謝です。オレはカナタでいいですよ。」


「そうかい。アタシはウロコでいい。蛇鱗くちなわりんが本名なんだけどね。」


りんを訓読みされてウロコさん、か。


しかしクチナワリンかあ。まさに…………


「ちなみに敵からは「蛇女リン」で通ってる。」


ですよね~。トゼンさんほどじゃないけどウロコさんも蛇っぽいもん。


「ちなみになんで蛇女って呼ばれてるかって~とね。」


敵兵の斬撃を蛇のように身をくねらして躱し、蛇のようにしなる腕から繰り出された手刀が敵兵の喉笛に突き刺さる。


「こんな具合に体が柔らかくて蛇みたいにしなるから、だよ。」


そして鮮血にまみれた手を細く長い舌でペロリと舐めるウロコさん。


………この人が敵じゃなくてマジで良かったぜ。




ウロコさん率いる別働隊は敵を押し返す事に成功した。


余裕の出来たオレが本隊の方を見てみると………


ヤバくないか、いや本隊の戦況がじゃなくてトゼンさん個人がだ。


隊長のトゼンさんは多数の敵に完全包囲されちまってるぞ。


いくら腕に覚えがあるからって単独で突出しすぎだろ!


いくら本隊が個人技を頼みに暴れまくるスタイルだっても、隊長が討ち取られたんじゃどうしようもない。


「ウロコさん、ヤバくないですか!トゼンさんのフォローに回んないと!」


「ん? ああ、トゼンね。ありゃほっときゃいいんだよ。」


「でも死んだらなんにもならないですよ。」


「カナタはトゼンの戦闘バカっぷりをまだ見たことないんだっけね。ま、見ときな。笑えるからさ。」


笑えるって。いや、トゼンさんは愉しそうに笑ってるけどさ。


トゼンさんを包囲した敵兵達はセオリー通りに一斉攻撃を仕掛ける。


同士討ちさえ避けられるなら実に有効な戦法だ。


迎え撃つトゼンさんは例によってシャーーーーーーと奇声を上げながら、一斉攻撃を器用に躱し、敵兵をみるみるうちに葬る。


最初は敵の急所を突いて一撃で倒す攻撃に目を奪われたが、異様さに途中で気が付いた。


………なんなんだ。あの人の防御は?


蛇のように柔らかく体を使うのはウロコさんと同じだけど、背後からの攻撃まで見えてるみたいに躱す。


気配を感じ取ってるってコトなんだろうか。でもそれにしたって…………


「な、笑えるだろ? トゼンの変態的曲芸剣法は。」


「笑えませんって。なんなんですか、あの人。攻撃がくるのが分かってるみたいだ。」


「分かってるんだよ。トゼンはテレパスなのさ。」


「テレパス? 希少能力保有者なんですか?」


「ああ、トゼンは「俺は鼻が利くからな」、なんて呑気に言ってるが、危険を感知できる精神感応能力を持ってるらしいんだ。アスラ部隊の皆はトゼンの危険感知能力を「蛇の嗅覚スネークセンス」って呼んでる。トゼン本人は無頓着でバカだから、自分が希少能力保有者だって事なんざ気にもしちゃいないけどね。」


「蛇の嗅覚ですか。危険を事前に嗅ぎ取って対応されたんじゃ、たまったもんじゃありませんね。」


「だよねえ。その能力のお陰で不意打ちされないし、狙撃も無駄。初見のどんな奇抜な技であろうがトゼンには通じない。それに加えてあらゆる流派から使える技をパクってアレンジした我流剣法を使うわ、危険感知能力以外の五感も獣じみてるわ、トドメに完全適合者ハンドレッドときたもんだ。」


「トゼンさんは完全適合者なんですか!」


研究所でシジマ博士はアスラ部隊には最低でも2人の完全適合者がいるって言ってたけど、最低でも2人なんだから3人目がいたっておかしかないか。


「そーだよ。イスカ、マリカ、そんでウチのトゼンがアスラ部隊の完全適合者さ。イスカとマリカはともかく、なんだって神さんもトゼンみたいな奇天烈キテレツ殺人マシーンにそんな天分を与えちまったのやら。理解に苦しむねえ。」


自分のトコの隊長を奇天烈殺人マシーンとかヒデえ言いようだな。


「神サマって気まぐれらしいですからね。」


「もしくはそんなモンはいないって証明してるのがトゼンなのかもだねえ。」


そんな感じでウロコさんと話している間にトゼンさんは死体の山を築いていた。


敵指揮官は部下の死体の山を前に覚悟を固めたようだ。


部下に命令し、再度トゼンさんを包囲させ、自らも一番前に出る。


「聞きしにまさる悪鬼羅刹の類だな、人斬りトゼンよ。だがその命、もらい受ける!我が名は機構軍………」


カッコつけた敵指揮官の台詞を最後まで聞いてやるような思いやりは、トゼンさんにはなかった。


「やかましい!能書き言ってねえでとっととかかってきやがれ。死体の山を見るまでケツもまくれねえチキン野郎が!」


「な!き、貴様!」


「こねえんならコッチからいくぜぇ!」


疾走する隻腕の人斬り、迎え撃つ敵指揮官。


流石に指揮官だけあって、苛烈で鋭利なトゼンさんの斬撃を辛うじて凌いでいる。


その隙に兵士がトゼンさんの背後から襲いかかった。


トゼンさんは背後の敵兵の突きが繰り出される寸前に体を捻って攻撃を躱しながら背後に回り、刀の柄頭で敵兵の剣を持った腕を後ろから思い切り叩く。


当然ながらトゼンさんに叩かれた敵兵の腕は勢いを増し…………そして指揮官の腹に剣の切っ先が突き刺さった。


「ガハッ…………き、貴様…………よくも…………」


「じ、自分はそんなつもりはありませんでした!こ、コイツが自分の腕を!」


「ど素人が。敵を挟んで背後から攻撃するときゃあ突きなんざ使うもんじゃねえよ。偉い人が痛そうだぞ。はやく抜いてやんな?」


指揮官を刺してしまった敵兵は慌てて剣を引き抜く。


途端に指揮官の腹から吹き出る大量の鮮血。敵兵は完全に血の気が引いている。


トゼンさんはまるで他人事って感じで酷薄に笑いながら、


「あ~あ、やっちまったな。刺さった場所によってはいきなり引き抜くと大量出血もあるんだぜぇ?」


もう完全に悪役である。誰がどう見ても悪役である。


「だ、騙したな!中佐!しっかりして下さい!しっかり!」


「…………貴様は…………戻ったら軍法会議だ。…………生きていられると思………ゲフゥ!!」


トゼンさんは中佐にトドメをさした。


「いや~悪いコトしたなあ。罪滅ぼしにトドメをさしてやったぜぇ。軍法会議を免れてよかったなぁ小僧?」


アカン人やん、この人はアカン人なんやん。


小僧呼ばわりされた健気な兵士は剣を構え直してトゼンさんに対峙する。


あっけにとられて経緯を見守っていた敵兵達もトゼンさんを包囲し、ジリジリと距離を詰める。


逃げて!敵兵の皆さん全力で逃げて~!!


オレの願いもむなしく、一斉攻撃をかけた敵兵達はトゼンさんの餌食になった。


健気な兵士さんが一人残されたが、トゼンさんは無慈悲な斬撃を振るう。


神の慈悲が働いたのか、兵士さんは辛うじてトゼンさんの一撃を防ぎえた。


が、剣は弾き飛ばされ絶望の表情を浮かべる健気な兵士さん。


「まだやるかい、小僧?」


「………自分の負けだ。殺せ。」


「…………いきな。オレの気が変わらんうちにな。」


意外な台詞に呆気にとられたみたいだが、気を取り直した健気な兵士さんは脱兎の如く逃げ出した。


ハイハイ、後ろからグサッと殺るんでしょ。おんなじ殺すにしても酷いやり口だ。


さすがアギト以下って評判だよ。


……………オレの予想は外れた、トゼンさんは黙って兵士を見逃したのだ。





意外だな。どういう人なんだろ。アスラ部隊第三の完全適合者って人は。





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