昇進編20話 聞けば聞くほど最悪の男



アスラ部隊第三の完全適合者の人斬りトゼンは、戦意を失った兵士を黙って見逃した。


オレの予想は結構ハズレるよなぁ。


そして指揮官を失い、トゼンさんの強さを目の当たりにした追撃部隊は、蜘蛛の子を散らすように撤退していった。


とりあえず一息つけそうだ。予想をハズしたオレは一息ではなくため息をついた。


オレは肩をすくめながら、ウロコさんにボヤくように呟く。


「意外だな。てっきり後ろから斬り殺すものだとばかり思ってました。」


オレの問いかけにウロコさんは苦笑しながら答えた。


「いかにもトゼンがやりそうなコトだもんねえ。そういう印象でしかないわね。トゼンの本質はちょっと違うんだけどね。」


「そうみたいですね。」


「まぁトゼンは誤解されやすい性格してるし、誤解を解こうともしないから仕方がないわ。トゼンは快楽殺人者シリアルキラーじゃなくて、戦闘中毒者バトルジャンキーなだけなんだけど。」


「…………似たようなモノではないでしょうか?」


「やってるコトはそうかもね。ただトゼンは戦意を失ったヤツは殺さない。それはもう殺し合いじゃないから。殺し合いは大好きだけど、虐殺は趣味じゃないのよ。」


なるほど、オレだって戦う意志を持って眼前にいるヤツには容赦しない。どんな事情があるにせよ一切斟酌しないし、出来ない。


オレはそれが出来る程の強者じゃないから。


「司令がアギト以下だって言うからちょっと誤解してました。」


「そりゃイスカのジョークだよ。もっともアタシはトゼンにくっついて4番隊に来たから、前任のアギトとやらと直接面識はないんだけどね。」


「ウロコさんはトゼンさんと付き合いが長いんですね。」


「腐れ縁も極まれりって感じなんだけどね。ま、乗りかかった船だ、トゼンがくたばるまでは、付き合ってやんなきゃだねえ。」


「…………あの人を殺せるヤツっているんですかね? 完全適合者で戦闘の鬼才でテレパス、三種の神器持ちですよ。」


「トゼン本人が戦場でくたばる気満々だからね。俺みてえなヤツが畳の上で死ぬようなこたぁありえねえし許されねえってさ。それに完全適合者は絶対的強者だけど、不死身でも無敵でもない。絶対的と絶対は違うのさ。現に氷狼も完全適合者だけど死んだだろ?」


「確かにそうですね。絶対的と絶対は違う、か。学習しました。」


「うんうん、素直なコは好きだよ。トゼンも最初っからあんな強さじゃなかった。斬った張ったが大好きなだけの男だったのさ。好きこそモノの上手なれって言葉があるけど、あんがい真理なのかもねえ。だけどトゼンにとって才能があったことは、果たして幸運だったのかどうか。斬ったり斬られたりを楽しんでいたのに、強くなりすぎたせいで斬ったり斬ったりになっちまうとはね。」


「アハハ、間違いないのは機構軍の兵士にとっては災難だってコトですね。」


「違いない。………あのバカ!!まだバトるつもりかい!!ホントに潮時ってモンを知らないんだから。だからアタシの苦労が絶えないってんだよ!!」


ウロコさんは慌ててトゼンさんの処へ走っていく。


ついていく必要はないかもだけど、なんとなく行き掛かり上って感じで、オレもウロコさんの後に続くコトにした。




「トゼン!!いい加減にしな!!さっさとゴロツキをまとめて下がるよ!」


「あ~ん? やっと愉しくなってきたトコじゃねえか。もうちょい遊ばせろや。」


トゼンさんと最初に話していた隻眼がウロコさんに同調する。


「旦那、副長の言うように下がりやしょうぜ。潮時ってヤツでやしょうよ。」


「サンピン、テメエもウロコの肩を持ちやがるのかよ。鉄火場の醍醐味がわかんねえヤツらだな。」


「旦那、こいつぁ負け戦なんでさぁ。引き時を間違えっと鉄火場が墓場に変わりやすぜ?」


「かまいやしねえじゃねえか。生まれた以上は一度は死ななきゃならねえんだ。早いか遅いかだけの違えだろ。」


「あいにくアッシはまだ酒や女を楽しみてえんでね。」


「サンピンも引こうって言ってんだろ。いい加減にしな。まだ殺りたいなら一人でやんなよ。アタシらは下がる。」


トゼンさんは玩具を取り上げられた子供みたいにつまらなそうな顔で、プイッと横を向く。


「あ~、分かった分かった。濡れ鼠みてえに尻尾を巻いて逃げ出そうじゃねえの。くっだらねえ!」


この人、確かに人でなしの人殺しなんだろうけど、どこか憎めないって言うか。


なんだかちょっと気が合いそうな感じが。いやいや、それはないない、危ない危ない。


気をつけよう。オレはリリスといいサイコ的な人間と波長が合っちゃうヤツなのかもしれない。


「そんじゃ後のこたぁ適当にやっとけ。俺は先にいくからな。」


トゼンさんは胸ポケットから乾燥スルメを取り出して、シガシガとしがみながら去っていった。


ウロコさんとサンピンと呼ばれた隻眼男が顔を見合わせて苦笑する。


「副長も苦労が絶えやせんなぁ。」


「まったくだよ。アタシはトゼンのボケの尻ぬぐいをするために生まれたのかって、運命を呪っても許されると思うね。」


「ん? この若えのは…………アギトの縁者ですかい?」


サンピンさんは訝しむような目でオレを見る。もうそういう目で見られるのも慣れたけどね。


「1番隊所属の天掛カナタって言って氷狼の甥っ子らしい。」


「へぇ、そいつは難儀なことで。坊主、苦労してんねえ。」


「着任したてで坊主は坊主なんですけど、カナタって呼んでもらえると嬉しいです。」


「こりゃおでれえたね。おまえさん、ホントにアギトの縁者ですかい? 性格がまるで違えやすねえ。」


「みたいですね。サンピンさん、でしたね?」


「ええ、三槌一みずちはじめが本名なんでやすがね。サンピンで通ってやさぁ。」


ああ、三で一だからサンピンって訳ね。


「いいんですか? サンピンって下級武士への蔑称だったんじゃ?」


「先祖代々由緒正しい百姓のアッシが、下級とはいえサムライ扱いでやすからね。文句はありゃあせんよ。」


本人に文句がないなら問題ないか。


しかしウロコさんといい呼び名に無頓着なのは4番隊の気風なんだろうか?


「サンピンさんは叔父のコトをよくご存じなんですよね? 色々教えて欲しいんですけど。」


「アッシはトゼンの旦那が隊長になる前から4番隊にいやすからね。そりゃアギトのコトは知ってやすが、カナタさんが聞いて気分のいい話じゃねえコトは確かでやすぜ?」


「だと思いますけど、叔父とは一度も会ったコトもないので。聞いておきたいんです。」


「ようがすよ。けど話は撤退しながらにしやしょうか。なんせ負け戦の尻ぬぐいの最中だ。」


負け戦ほどおもしろいって傾き者は言ってたけど、オレ達は傾き者じゃないからさっさと撤退しよう。


4番隊とシュリ隊は揃って合流地点であるポイントΣに向かって撤退していく。


撤退の道中でサンピンさんから氷狼アギトの話を聞いてみる。


「叔父はどんな人だったんです?」


「オブラートは御入り用ですかい?」


「オブラートなしでお願いします。」


「ようがす。端的に言えば強いだけのイヤなヤツでやしたねえ。」


うは、ストレートですわ。予想通りのどストレートな答えがきましたわ。


「噂通りでしたか。さぞかしウチのマリカさんとは折り合いが悪かったんでしょうね?」


「正確に言わしてもらえりゃあ、マリカさんとは折り合いが悪かったって言うべきでやしょうねえ。」


「………つまり他の部隊長全員と折り合いが悪かったんですね?」


「プライドがたけえのはいいとしても、高慢で残忍で思いやりに欠けるってんじゃあ嫌われねえのが無理ってもんで。思いやりに欠けるってのは違いやすかね。人を傷つけて楽しむみてえな? そんなお人でやしたね。」


それっておおよそ人として最悪じゃねえか。そんなのが叔父って設定なんて、もう罰ゲームの領域じゃんかよ!


「聞きしにまさる嫌われっぷりですね。」


「さらに始末に悪いトコもありゃあしてね、戦場での強さは超一流でやしたが、名誉欲や支配欲もおんなじぐれえ強えってんだから、救えねえでやしょう。誰が見たってアスラ部隊のエースは、強さも実績も人望も兼ね備えてるマリカさんでやしょうよ。だけどアギトはそいつが気に入らねえし、認められねえときたもんだ。自分のが上だって事あるごとに主張してやしたよ。司令の親友だから贔屓されて、エース扱いされてるってね。」


「誰も聞く耳もたなかったでしょうね、そんな主張には。」


「無論でさぁ。ただ一応弁護しておきやすがね。強さと実績なら確かにアギトはマリカさんに引けはとらなかったんでやすよ。ただねぇ…………」


「…………分かります。壊滅的に人望がなかったんですね。」


「さいでやす。人に嫌われる天才でやしたね、アギトってお人は。」


うん、どこの世界でも才能があって性格が悪いってヘイト収集マシンだよね。


「部下だったサンピンさんが叔父のコトを嫌いだったぐらいですから、さもありなんとしか言い様がないです。」


「アッシがアギトが嫌いだと、どうして思うんでやすかい? カナタさん、言っちゃあなんだがアッシを含めて4番隊に人格者なんて誰一人いやせんぜ? 同じ穴の狢でやしょうよ。」


「だって、オレみたいな青二才の若造をさん付けで呼んでくれるサンピンさんが、元隊長の叔父はアギトって呼び捨てなんですよ? 嫌いだったに決まってます。」


サンピンさんの片方しかない目が鋭く光る。


「首の上に乗っかってるのは飾りって訳じゃあなさそうでやすね。アッシはアギトを呼び捨てに出来る権利ってもんがありゃあしてね。対価をなもんで。」


「対価を支払い済み?」


サンピンさんは隻眼の傷跡を人差し指で撫でながら、


「対価ってのはコイツでやすよ。」


「それ、敵じゃなくて叔父に潰されたんですか!!」


「4番隊が設立されてアギトが隊長として赴任してきたんでやすが、アッシとはソリが合わなくてね。どうにもアンタが気に入らねえんでアギトさんとか隊長なんて呼びたかねえ、アギトで十分でやしょうって言ってやった結果がこれでさぁ。」


「スイマセン、ホントにスイマセン!!」


「カナタさんにゃあ関わりのねえことでやしょう。謝る筋合いはありゃしやせんよ。それでね、こう言ってやったんでさあ。対価は支払いやしたよ、心おきなくアギトって呼ばせて頂きやすが、よござんすね? それがイヤならアッシを殺すしかねえんでやすがどうしやすかいってね。そしたらあのアギトが黙り込みやしたね。ありゃあ実に気分が良かったってもんで。片目の代償としちゃあ悪かねえ話でさあ。」


そう思い出話を語るサンピンさんはこの上もなく楽しそうだった。


この人も十分イカレてるよな。流石に命知らずの4番隊だ。


敵だけじゃない、自分の命も羽毛のように軽く扱う。


「しかしてっきり殺されるもんだと思いやしたがね。氷狼も全部が氷で出来てた訳じゃねえって事でやすかねえ。人ってモンは分かんねえ生きモンでさあね。」


「分かりますよ。単にカッコ悪かったってだけでしょ。」


「ほう、カッコ悪かったからアッシを殺さなかったってんですかい?」


「だと思います。サンピンさんは片目を潰されても、平然と見栄を切ってみせたワケです。そこで殺したら男伊達を張り通したサンピンさんに比べて、叔父は周囲からどう見られます? 小さいヤツだ、カッコ悪い、じゃないですか? 叔父は名誉に拘るタイプだったんでしょ。」


「なるほど、そう言えばそうでやすねえ。案外そんな事だったのかも知れやせんね。」


「もちろん本音ではサンピンさんを殺したくてたまらなかったでしょうけど。」


サンピンさんはクックックと笑いながら頷いた。


「なかなかの心理学者でやすね、カナタさんは。だがいいことでやすよ。考えなしのバカは早死にする、アッシらみてえにね。」


「叔父と違って4番隊は噂とはちょっと違ってたみたいです。オレはサンピンさんやウロコさんとは気が合いそうです。死なないで下さいよ。」


「ねえカナタさん。そこんとこは勘違いをしてやすよ。捨て駒にされるってのは誰でも嫌うでやしょ? ですがね、アッシらは望んで捨て駒やってるイカレポンチの集まりなんでやす。派手に殺しまくって、派手に殺される。副長は比較的マシに思えるかも知れやせんがね、虎の群れに山猫がいりゃあ可愛く見えるってだけの話で、イカレてる事にゃ変わりはねえんで。アッシらも噂通りなんでやすよ。そこは勘違いしちゃいけやせんよ?」


「派手に戦って派手に散る。それで楽しいんですか?」


「それしか楽しくねえんでさぁ。カナタさん、世の中にゃあ、大義も正義も理想も理念もいらねえって輩がいるモンなんでやす。その上アッシらは戦闘狂ときたもんだ。命を持て余して腕に覚えがあるヤツが吹き溜まりのように集まったのが、アッシら4番隊なんで。おっ、合流地点が見えてきやしたね。」


オレ達は合流地点であるポイントΣが視認できる処まで撤退できたようだった。


オレ達の母艦である不知火をはじめ、シグレさんの五月雨やアビー姉さんのジャガーノートといった陸上戦艦の姿が見える。


その中に一際目立つ白い優美な陸上戦艦の姿があった。


「なんです、あの白い陸上戦艦は?」


「ありゃあ司令の白蓮でさぁ。司令がわざわざ出張ってきて、このまんまガーデンに帰るってこたぁないでやしょう。こりゃ一波乱ありそうでやすな。」


そう言ったサンピンさんは既に肉食獣の顔になっている。


うん、この人もやっぱり死の4番隊の人だ。




それにしても司令が出張ってきてるとはね。確かに一波乱も二波乱もありそうだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る