昇進編21話 悪い顔は類を呼ぶ
オレ達は無事に敵の追撃を振り切って、合流地点ポイントΣに到着した。
「司令はバルミット要塞でヒンクリー少将を出迎えるって言ってたんだけどなぁ。」
「状況が変わったって事でやしょう。臨機応変に対応するってのも司令の長所ってヤツで。」
「色んな意味で融通を利かせすぎるってトコもありますよね。」
「じゃなきゃあ、アッシらみてえなのに軍人が務まるわきゃねえって話でさぁな。アギトの話はもうよござんすか?」
「最後に一つだけ。叔父はどんな作戦で戦死したんですか?」
「さて、そいつはアッシも知りやせんね。なんせアギトが戦死したのはアスラ部隊から追放された後の事なんで。」
「叔父は追放されたんですか!一体なんで…………理由あり過ぎですよね。」
「事欠きやせんね。司令が言うにはアッシの片目を潰した件でイエローカード一枚、シグレさんと決闘した件でもう一枚、そんでめでたく退場って次第で。」
シグレさんと決闘? そう言えばシグレさんがアギトと過去になにやらあったらしい事は、入隊の時に聞いたな。その件か。
「叔父とシグレさんが決闘? 一体なにが理由で叔父はシグレさんに喧嘩を吹っかけたんですか?」
「逆でさぁ。シグレさんがアギトに決闘を申し込んだみてえでね。」
「え!!嘘でしょ? シグレさんって私闘とは一番縁遠い人ですよ?」
「アッシにもそこが解せないんでやすがね。なんにせよ2人は真剣で立ち合った。アギトが勝ったみてえですがね。シグレさんの右目の下の三日月傷はそん時の名残でさぁ。」
アギトのヤツ!サンピンさんの片目を潰したダケじゃなく、シグレさんの顔に傷までつけやがったのか!
「司令もマリカさんも止めなかったんですか?」
「ガーデンにいた隊長がアギトとシグレさんの2人だけの時に起こった事件なんでやすよ。他の隊長がいたら止められるとシグレさんは思ったんでやしょう。」
「決闘の理由はなんだったんだろう。余程のコトじゃないとシグレさんが決闘なんて挑むハズがない。」
「そいつぁわかりやせんね。決闘の理由については司令にもマリカさんにも黙して語らなかったみてえですよ。で、司令が下した結論がシグレさんは謹慎と減俸、アギトは追放でさぁ。」
「普通なら処分が逆じゃないかと思いますけど、シグレさんと叔父を天秤にかけたら、オレでもそうします。」
「日頃の行いの重要性がよく分かる一件でやしたな。もっともアッシら4番隊に一番欠けてる部分でやすが。」
サンピンさんは結構親切ないい人っぽいけどなぁ。
「ありがとう、知りたかったコトはそのぐらいです。」
「そんじゃアッシはトゼンの旦那のトコへ行きますかね。」
「オレもマリカさんと合流します。」
オレはサンピンさんに一礼してから不知火へと歩を進めた。
不知火に乗艦して艦橋へと向かう。
艦橋には1番隊の幹部が全員揃っていた。………いや、ホタルとナツメの姿がない。
「カナタ、戻ったか。アタイと一緒に白蓮にいくぞ。」
オレの姿を確認した瞬間にマリカさんは指揮シートから立ち上がって、そう言った。
「はいぃ? のっけから何なんですか一体?」
「いいからいくぞ。ついてこい。」
マリカさんはオレの耳を掴んで歩き出す。
「痛い痛い、行きます、行きますから耳を離して下さいよ。」
「最初からそうすりゃいいんだ。」
「ホタルとナツメの姿が見えませんでしたが………まさか?」
「心配すんな。2人とも無事だ。ナツメは手傷を負ったし、ホタルは消耗が激しいんで、医療ポッドで休ませてるだけだ。」
「ならいいんですが。ホタルのアレはやっぱり負荷が大きいんですか。」
「60匹の同時制御は脳神経に過剰な負荷をかけるんだ。あまりやらせたくないんだが、アタイらへの戦術支援とナツメへの潜入補助を同時にやらなきゃなんなかったからね。」
「オレがつまんないコト言い出したせいで、ホタルに負担をかけましたね。」
「つまんなかないさ。リスクを取る価値はあった。それでリターンもあったんだ。問題ないさ。」
「リターン? 死神のコトが何か分かったんですね?」
「カナタが戻る直前に死神とレブロンの通話の傍受記録が届いた。そいつをイスカに報告に行くって訳さ。分かったら急ぐぞ。今は砂金が入ってる砂時計を使ってんだぜ、アタイらはな。」
オレとマリカさんは駆け足で白蓮に乗り込んで艦橋へ向かう。
艦橋には指揮シートにふんぞりかえった司令と、そのとなりで葉巻を吹かすクランド中佐、それとガーデンでゴロツキっぽくない唯一の部隊である零番隊のブリッジクルー達が忙しそうに働いていた。
「マリカか、一体どうした?」
「そりゃこっちの台詞だよ。バルミット要塞で出迎えるって話だったろ?」
「予定は未定だ。状況が変われば行動も変わる。死神が出てきてるっていうなら叩いておきたいんでな。戦略的要地に興味を示さないといっても、いつ行動方針が変わるやら分からん。交戦した部隊をことごとく殲滅している悪魔共だ、叩ける時に叩いておきたい。」
マリカさんはラセンさんばりのしれっと顔で答える。
「そりゃ無理だね。」
クランド中佐が葉巻を灰皿にこすり付けて消しながら、
「無理な訳なかろう。イスカ様にマリカ、念のためにトゼンまで投入しとるんだ。完全適合者3人相手に勝てる者などおらん。それに加えてアビー、シグレ、支援の為にトッドとカーチスも呼び寄せたのだからな。」
うへぇ、アスラ部隊が零、一、弐、四、六、七、八で7個大隊もいるのかよ。
司令はやると決めたら徹底してんなあ。
「無理って言ってんのは、もう死神は逃げ出したからさ。」
司令が不機嫌そうな顔で応じる。
「逃げただと? 何故分かる?」
「ヤツとレブロンの会話を傍受した。死神はアタイらがヒンクリーの援護に入った時点で逃げ出してる。だが死神の正体は割れたよ。」
「なんだと!!」
「コイツを聞きなよ、ナツメとホタルの苦労の結晶だ。」
マリカさんは零番隊のオペレーターにメモリーチップを渡して再生させる。
「応答せよ
「…………聞こえてんよ。今、仕事を終えた後の至福の一杯を楽しんでたんだ。ギャーギャーがなり立てないでくれ。気分が台無しだろ?」
「まだ仕事は終わってないぞ死神!アスラ部隊が出張ってきた。」
「なんだと!クソ面倒な。…………構わねえほうがいい。始末に負えんぞ、あの連中は。」
「そうはいかん!儂に煮え湯を飲ませてくれたヒンクリーめを打ち倒す好機なのだ。逃せばきゃつはまた軍を立て直してくる。ここで息の根を止めておきたいのだ。」
「ヒンクリーが軍を立て直してきたら、中将閣下にゃ荷が重いからなぁ。気持ちは分からんでもないが………」
「儂は二度もヒンクリーに不覚を取ったりせぬわ!」
「そうかねえ。中将閣下はヒンクリーが挟撃してくるのを読めてなかっただろ。あのまま挟撃されてたら負けてたんじゃねえの?」
「…………数に劣る側が兵を二手に分けるなど、理論的にありえん愚かな行為なのだ。賢者に愚者の行動は理解出来ぬ事もある。事実、理に反した戦術を取ったヒンクリーは敗走しておるではないか!」
「そりゃ俺達が別働隊の中核部隊を掃除したからだろ。」
「貴様と戦術論を交わしたい訳ではない!とにかくすぐに戻れ。アスラ部隊を叩く手伝いをさせてやろう。アスラ部隊を叩けば殲滅部隊の名も上がろうというものだ、違うか?」
「断る。アスラ部隊と殺り合うとか冗談じゃねえな。」
「アスラ部隊と言ってもたかだか3個大隊だぞ!」
「3個大隊も出張ってきてんのかよ!なおさら御免だね。」
「臆病風に吹かれたか!死神の名が泣くぞ!」
「勝手につけられた渾名に責任なんか持てねえよ。明日から疫病神か貧乏神にでも改名するさ。とにかく俺は降りる。そもそも俺の仕事は新兵器のデータを取るついでにヒンクリー師団に勝たせるまでで、ソイツは達成したろ?」
「貴様はスペック社のエージェントだろう? 儂の一存で納入兵器をトロン社に変える事も出来るのだぞ!」
「ご随意に。俺は現場の人間でセールスマンじゃないんでね。閣下、悪い事は言わねえ。さっさと引き上げたほうがいい。3個大隊でも始末に負えねえが、連中がもっと出張ってきてたら勝ち戦にミソがつくどころか、ひっくり返されかねねえぞ?」
「黙れ!臆病風に吹かれた貴様などもう当てにせぬわ!儂の師団だけでヒンクリーを撃滅してみせる!」
「忠告はしたぜ? では健闘を祈る。俺の祈りは通じた試しはないんだがね。」
そこで通信は途切れた。
司令が煙草を咥えると従卒がさっと火を付け、いつものように紫煙を吐きながら司令が呟く。
「死神は軍人ではなくスペック社のエージェントだったのか。どおりでおかしな動きを見せる訳だ。」
頷きながらクランド中佐が相槌をうつ。
「精鋭の癖に戦略的には意味のない作戦行動に出る理由も分かりましたな。新兵器の実験をしておったのか。」
マリカさんも煙草を取り出し、司令の煙草の先から直接火をもらう。
司令とマリカさんの顔がかなり近づいて………う、なんかちょっとえっちぃぞ。
「ま、そういうこった。死神はスペック社のエージェント、殲滅部隊は実験部隊だったって訳さ。しかも死神って男はかなり狡猾で引き時ってのもわきまえてる。逃走を躊躇しない指揮官ってのは始末に悪いねえ。」
「さすがマリカだ。よく突き止めてくれた。統合作戦本部の分析官達は、神出鬼没の戦争中毒者なんて分析をしていたが、的外れもいいトコだったな。」
「アタイじゃない。データを分析して、殲滅部隊は軍需産業の実験部隊じゃないかって予想を立てたのは、カナタだ。レブロンの旗艦の通信傍受を言い出したのもな。」
そこで司令はオレのほうを見やって感慨深げな、それでいて呆れたような顔をした。
「………本当にネチネチ考えるのが得意なのだな。カナタの脳内は納豆のように粘ついてそうだ。」
「………素直にお褒めの言葉を賜りたかったですが………」
「冗談だ。よくやった。正体不明の死神と殲滅部隊の正体を暴いた。これだけで昇進に値する。生きて帰ったら新しい階級章をやろう。」
「有難いですが、オレだけの手柄じゃありません。データの要点を分かりやすくまとめたのはリリスですし、通信傍受に成功したのはホタルとナツメです。」
「分かってる。私は吝嗇な女ではない。十分な対価を用意しておこう。さて、今の通話でもう一つ重要な点があったな。」
「イスカ様、死神と殲滅部隊の正体以外になにかありましたか?」
「おいおいクランド、おまえらしくもないな。レブロンの動きだよ。我々アスラ部隊が出張ってきているのを知ってなお、追撃をかけてくるつもりのようだ。我々も舐められたものじゃないか。ん?」
「そのようですな。身の程知らずめが。」
「身の程知らずには、身の程を教育してやる必要があろうよ。なあマリカ?」
「だねえ。アタイらをそこらの有象無象とおんなじように考えたら死ねるってことだきゃあ、教えてやんないとねえ。」
司令、クランド中佐、マリカさんはスゲえ悪い顔で微笑みあってる。
死神の判断は正しい。こんな悪い顔した人達と殺り合うとか、正気の沙汰じゃねえよ。
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