昇進編18話 優しさは弱さ?そうは思わない



敵の団体さんがやってくる、ね。ただ後退するんじゃ芸がないな。


シュリ程の芸は無理でも、なにか工夫を凝らす余地はないかな。


………古典的だが有効な方法はあるな。


「シュリ、ワイヤートラップを仕掛けよう。」


「カナタ、そんな時間はないぞ。」


「シュリ隊のみんなとリムセは先に下がらせる。足のあるオレとシュリだけ残って一つだけ仕掛けるのさ。それなら出来るだろ?」


「………なるほど!巧妙に一つだけトラップを仕掛けて、上手く先手の敵が引っ掛かれば………」


「そうさ、後続もトラップを警戒せざるを得ない、十中八九ハッタリだと見抜いていてもな。なんせ賭けているのは命のチップだ。そうそう思い切った張りはできないだろ。」


「よし、やろう。僕はトラップ埋設は結構得意なんだ。カナタは補助を頼む。」


シュリのマメで几帳面な性格なら確かに得意そうだな。それに控えめなシュリが得意って言ってるんだ、本当に自信があるんだろう。


「よしきた。手伝うぜ。」


シュリは樹木を利用し、ピアノ線とハンドクラッカーで器用にトラップを仕掛け始め、オレはその手伝いをした。


「これでよし、と。うまく引っ掛かってくれればいいけど。」


「発見されてもいいのさ。トラップを警戒して追い足が鈍ればそれでいい。」


「だね。僕らも後方に転進しよう。」


「素直にズラかるって言いなよ。」


オレとシュリは先に後退させたシュリ隊に追いつくべく、樹木の間を縫うように全力で走る。


シュリは流石に火隠れの上忍というだけあって足は速い、なんなくオレのトップスピードに併走してくる。


「流石に足があるな。」


「僕はアサルトニンジャだよ、足が自慢に決まってるだろ。コマンドサムライなのに僕についてこれるカナタが凄いんだ。」


「オレは逃げ足には定評のある男なんだ。」


「それは自慢するコトじゃない。いいかい、時には戦術的撤退はやむをえない。だけどね、本来、軍人として撤退するっていうのは…………」


「頼むからお小言は合流してからにしてくれないか。TPOってのは大事なん………」


後方から爆発音、うまく引っ掛かってくれたようだ。


「goodjob、シュリ。」


「nice、assist、カナタ。」


オレ達は併走しながらハイタッチをした。これでシュリは1得点、オレは1アシストだな。


狙うはクリスタルウィドウのMVPだぜ。


オレ達は先に後退させたシュリ隊のメンバーと無事に合流出来た。


「隊長、ご無事でしたか。」


「僕とカナタがあんなトロい連中に捕捉されるワケがないだろ。全員無事か?」


「今のところは。」


「これからもだ、僕の隊から戦死者は出さない。」


…………ん? なにか微妙な音がする。


「シュリ、少し静かにしてくれ。」


「? 分かった。」


オレは周囲を見渡す。


樹木の枝の間でなにか光ったな。あれは!


オレはホルスターのマンイーターを抜いて、昆虫型ドローンを撃ち抜き破壊する。


「カナタ、どうした?」


「ドローンだ。敵も馬鹿ばっかりじゃねえみたいだな。」


「そうか、こっちが寡兵なのはバレたと見ていいね。」


「消耗してるってのもな、こりゃかさにかかってきやがるな。」


まったく、いつも窮地で綱渡りだぜ。


「コマンドリーダーよりシュリ隊へ。軍曹、クソ眼鏡、聞こえる?」


「今は眼鏡はしてない!いい加減その口の悪さをなんとかしなよ!」


「戦場では眼鏡を外すんだったわね、じゃあ只のクソ、いいこと? 今から10分で援軍がそっちに到着するから、そこで迎撃態勢を整えて。」


「クソ眼鏡の方がマシだろそれ!10分で援軍が到着? マリカ様か?」


「違うわ。ホタルの情報では敵の総数は約550。向かってる援軍は50ちょいよ。」


「僕の隊と合わせても80人いないぞ。戦力差5倍以上じゃないか!」


「そんぐらいちゃっちゃと計算出来ないの? 550対78だから戦力比は7,05128205128倍ってトコね。」


たまらずオレはツッコんだ。


「小数点以下要らねえよ!約7倍でいいだろ!ああ、ああ分かったよ。一人頭7人仕留めりゃいいんだろ。お安い御用さ。」


「僕とカナタはそれでいいけど、僕の部下には荷が勝ちすぎる。本当に迎撃するしかないのか?」


「死ぬのは援軍に任せたらいいわ。向かってるのは4番隊よ。」


「4番隊!トゼンさんが来てるのか!」


「ええ、不穏な気配を察したイスカが他の戦地から帰投中の4番隊を直接ここに送りこんだんだって。」


アスラ部隊の仲間のコトぐらいは、おおまかにだがオレも知っている。


アスラ部隊第4大隊「羅候ラコウ」。羅刹でそうろうって意味らしい。


「死の4番隊」とか「死番隊」とも呼ばれている。


4番隊はアスラ部隊の中で最も戦死者数の多い部隊だ。


それだけ聞くと弱兵のようだが、殺した敵兵の数もアスラ部隊のナンバー1なのだ。


殺されもするがもっと殺す。いや、無茶苦茶殺すって部隊、それが羅候だ。


前任隊長は牙門顎がもんあぎと。オレのオリジナルで「氷狼」と恐れられた男。


現任隊長は大蛇ト膳おろちとぜん。通称「人斬りトゼン」だ。


イスカ司令に「アギトも大概だったがそれ以下がいるとは思わなかった。」と言わしめた男。


うぇぇ。怖えな。アギト以下ってどんな最低人間なんだよ。


「わかった。4番隊とトゼンさんがいるなら7倍差でもどうにかなる。カナタ、迎撃の準備をしよう。」


「大丈夫なのかよ? そのトゼンって人、隊長だから強いのは分かるけどマリカさん程じゃないだろ?」


「戦えばマリカさんが勝つさ。でもトゼンさんの相手が出来るのはアスラ部隊に人多しと言えど、マリカさんと司令だけじゃないかな。」


「シグレさんなら?」


「シグレさん本人が言ってる。あんな人を殺す為だけの天命を受けて生まれた奴には勝てそうにないって。」


人を殺すだけの為の天命って、ヤな天命もあったもんだよ。


「トゼンって人に会いたいような会いたくないような。でもこの場においては最高の援軍だよな。」


「そうなる。4番隊到着までの時間稼ぎにスモークを張る準備をしよう。多分、トゼンさんは怒るだろうけど。」


「なんで怒るんだよ、当然の一手じゃねえか。」


「獲物が見えにきいじゃねえか、小僧!オレの狩り場で余計な真似すんな、ってトコかな。」


うはー、頼もしいがやっぱ怖えな。


オレ達はせっせとスモークを張る準備をする。


オレはシュリとシュリ隊の面子が手際良く仕掛けていくのを手伝うだけだけどさ。


戦うコトにばっかり注力して小細工の訓練がおろそかだったな。


生きて帰れたらシュリに教えてもらおう。


準備が終わった時に敵の先手が現れた。援軍はまだだ。


「スモークを張るんだ。時間を稼ぐ!」


シュリの号令の元にオレ達はスモークを張って応戦を開始する。


サーモセンサー搭載の敵兵がどんぐらいいるかが問題だな。


2人ばかり斬り倒したが、やはり圧倒的な数の圧力に押されていく。


オレは周囲を見渡し、フォローが必要なところを探す。


!! リムセがマズい!敵のかなり出来る顎髭と雑魚3名を同時に相手して押されている。


顎髭はパッと見でも高そうな装束を身に纏っていて、腕も装束に見合ってやがる!


リムセの危機を救うために、オレは慌てて加勢にいく。


なんとか間に合った、顎髭の広刃剣を刀で受けて割って入る。


「リムセ、雑魚3人は任せる!出来るな!」


「ハイです!助かったのです軍曹!」


よし、コイツさえオレが相手をすれば、リムセの心配は要らない。


顎髭はフフンと笑いながら、


「お優しい事だな。だが戦場では優しさなど弱さに過ぎん。」


「そういうコトをしたりげに語る奴の特徴を教えてやろうか? 自分を守るのが精一杯で、誰も守れない負け犬が好んでそう言うのさ。おまえみたいにな。」


「小癪な!目にモノ見せてくれるわ!」


「お生憎様、目でモノは見えてるよ!おまえの敗北する姿もな!」


オレの刀と顎髭の広刃剣が火花を散らす。


なかなかのパワーとテクニックだ。こりゃシメてかかんねえといけねえな。


そして数合の斬撃を交換しあったが雌雄は決しない、オレと敵との力量は拮抗していた。


「やるではないか!この「美髯びぜんの」クリフォード相手に食い下がるとはな!」


おまえは三国志の関羽さんかよ。ならもっと髭を伸ばせ。頬から伸びてる髭を美髯って言うんだよ。


「おまえの顎髭は美しいどころかむさ苦しいダケだよ。誰もそんな風に呼んでるとは思えねえな。美髯なんておまえの自称だろ?」


「この!口賢しい小僧が!」


口で喧嘩しながら手で殺し合いもする。さて、どうやってコイツを倒すか。


今回はオレに余裕がない。早くコイツを倒して他のフォローもしないといけないんだ。


…………!!………了解だ!よし、勝ち筋は見えたぜ。


オレは相手の払いに斬撃を合わせる、コイツの技量そのものはオレより上だ。


シグレさんみたいに上手くカウンターを合わせられるワケはない。


自称、美髯のクリフォードもそれが分かったのだろう、勝利を確信して僅かに頬が緩んだ。


アホ、自分の力だけしか信じない。だからおまえは負け犬なんだよ。


後出ししたはずのオレの斬撃は、先にクリフォードの体に到達していた。


アバラの合間を縫って肺まで到達する。


グボッっと口から血を吐いたクリフォードの体に蹴りを入れて仰向けに転がし、手向けの言葉を送る。


「さっきおまえのコトを自分を守るのが精一杯で誰も守れない負け犬と言ったが訂正する。おまえは自分さえ守れない負け犬だった。」


「い、いった………い…………なに………が…………」


「一体何が起こったのかって? おまえの右肩を見ろ。見えたらだけどな。」


光を失いつつある瞳でクリフォードは右肩を見る。


そこには手裏剣が刺さっていた。シュリの脳波誘導手裏剣、それがオレの勝ち筋への道だった。


オレはカウンターを狙ったんじゃない。


手裏剣が刺さって斬撃の速度が落ちると分かってたから、カウンターに見せかけたんだよ。


シュリが他の敵と戦いながら、オレにアイコンタクトしてくれたんだ。


「…………卑怯………な…………」


「卑怯? リムセを相手に4人がかりで戦っといて何を言う。自分はやるけどやられるのはイヤだってのは通らない、だろ?」


「……………確かに、な。………して…………やられた………わ……………」


クリフォードは血を吐き、笑いながらそう言った。


バイオメタルってのはホントにタフだ、致命傷を負ってるのにまだ生きて喋れるってんだから。


「もう一つ訂正させてくれ。むさ苦しいだけって言ったが、アンタのその髭は確かに手入れが行き届いたいい顎髭だ。よく見りゃ男前だったな………あばよ。「美髯の」クリフォード。」


「…………フッ…………あり…………がと…………よ………………………」




「美髯の」クリフォードの傍から離れ、オレはシュリと肩を並べて戦う。


「いいアシストだったぜ。シュリ。」


「今度はカナタが得点したみたいで何よりだ。」


今はハイタッチをする余裕はない。


オレもシュリも群がる敵兵を倒すので手一杯だ。


「こりゃ逃げる準備を始めたほうがいいな。」


「僕らはともかく部下がそろそろマズいね。そうすべきかも。」


そのシュリの台詞を遮るように戦場に奇声が轟いた。




蛇って生き物は叫んだりはしない。だがそれは蛇の咆哮、とでもいうしかない奇声だった。




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