再会編48話 再会



相談の結果、儀式はミコト姫が行い、私が補助に回る事になった。巫女姫であるミコト姫の祭祀の経験は、私とは比べ物にならない。そもそも比較するのもおこがましい話だ。私の祭祀の心得など、心転移の術の前に物部さんからレクチャーされただけで、実質、ゼロに等しいのだから。御門宗家の正統な末裔でもあり、巫女の中の巫女である龍姫に主役を張って頂こう。


「教授、儀式を始める前に聞いてもよろしいですか?」


「なんなりと。」


「教授と物部さんはどのような関係なのですか?」


「私は東京の大学で教授を務めていましたが、生まれは京都です。実家は曽祖父の代から物部さんが宮司を務める神社の氏子でした。妻子がキマイラ症候群に罹患し、打つ手がないとわかった私は、神頼みに故郷の神社に願掛けに行って、旧知の物部さんに事情を話しました。事情を聞いた物部さんはこの星の存在を教えてくださり、天掛翔平が残した儀式に関する手紙と勾玉を渡してくださったのです。そして"何も知らずに惑星テラに行ってしまった天掛波平の力になって欲しい"と頼まれました。」


我ながらスラスラと嘘が出てくるものだな。だが問題は、ミコト姫は"その気になれば嘘を見抜ける"という事だ。


「……そうだったのですか。ですが地球人で念真能力を持つ者は稀、しかもキマイラ症候群に罹患する程の力を持つ者はさらに稀なはずですが……」


ミコト姫の仰る事はもっともなのだが、妻と養女の双方がキマイラ症候群に罹患してしまうという偶然は本当に起こってしまった事なのだ。


「総帥の憂慮されている事は理解しています。私が総帥やカナタにとって真に味方であるかどうか、でしょう?」


そのあたりには敏感にもなるだろう。なにせ防衛司令のハシバミ少将に裏切られているのだからな。ハシバミ少将はミコト姫を裏切ったつもりはなかったのかもしれんが……


「信用はしています。照京動乱の折、教授は私やカナタさんの為に命懸けで時間を稼いでくださいました。ですが、いくら物部さんから頼まれていたとはいえ、危険極まりない状況。死んでしまったら家族は救えないのですから、素知らぬ顔も出来たはずです。カナタさんは教授にとっては見た事さえない他人でしょう? そこが少し引っ掛かります。」


「………」


やはり聡明だな。暴君の呪縛から解き放たれた龍が飛翔を始めた、という事か。だが、これはいい傾向だ。


「失礼な物言いですが、教授が赤の他人の為にそこまでのリスクを冒す人間には見えなくて……」


そして慧眼でもある。そう、私は赤の他人の為にそんなリスクを冒す人間ではない。天掛カナタが息子だからこそ、命を賭けたのだ。


「総帥、いえ、ミコト姫。今後の事を考えれば、ハッキリさせておく必要がある。心龍眼を使い、私に質問してください。"御門ミコトと天掛カナタの為に全てを賭ける事が出来るのか?"と。」


大丈夫だ。この為に訓練はしてきた。だが締めてかかれ、表層意識に過去の情景を思い浮かべたらお仕舞いだぞ!


「本当によろしいのですか?」


「はい。私がミコト姫やカナタの味方であり、決して裏切る事はないと証明する最良の手段です。カナタの依頼で親衛隊に選抜された全員に同じ事をなされたはず。遠慮は要りません。」


「……わかりました。教授、私の目を見てください。」


ミコト姫の両眼の輝きが増し、角度によって色彩が変化する万華鏡のような光を帯びる。これが御門宗家の嫡孫が持つという心龍眼か……


「教授、貴方は私の弟、天掛カナタの為に全てを賭ける事が出来ますか?」


誓いを新たに、強く、強く念じろ!


天掛カナタは世界を変える英雄となる男、私は英雄の影として生きるのだ!!


「……はい。髪の一本、血の一滴に至るまで、私は天掛カナタの味方で有り続ける!」


私の瞳を覗く龍眼の光が弱まり、ミコト姫はゆっくりと目を閉じた。


「……教授はカナタさんが世界を変える英雄になると思っておられるのですね?」


「仰る通りです。まだ成長過程にありますが、カナタは八熾レイゲンから黄金の瞳とその志を受け継いだ狼。英雄の卵はいずれ殻を脱ぎ捨て、ミコト姫と共にこの澱んだ世界に光をもたらす者になるでしょう。妻や娘をこんな世界で生きさせたくはない。ミコト姫とカナタ、龍と狼の系譜に連なる姉弟で世界を変えてください。私は影として支えましょう。」


カナタを想い、慈しむミコト姫こそカナタの真の家族だ。手を取り合い、を燃やして遥かを目指す姉弟は一条の光。このを守り、敵をらげる者。それがこの私、天掛なのだ。私はカナタの家族には戻れないが、いしずえにならばなれる。


「ふふっ、教授は随分、カナタさんに惚れ込まれたようですね?」


「大望を抱いた大器の織り成す英雄譚などありふれていて面白くもない。ヒネた小市民が世界を変える冒険譚を見てみたいのです。」


私は聖人じみた劉備は嫌いでね。気さくで無頼な亭長から成り上がった劉邦のが好みに合う。私の役割は張子房(張良)といったところかな?


「では儀式を始めましょう。教授、二人を同時に転移させますよ?」


「えっ!」


「私と教授、勾玉と鏡、二人の術者と二つの祭器があらば、なにも問題はありません。」


龍ヶ島の神台を使って天掛神社の御神体である勾玉は入手してある。御鏡家の聖鏡もあるから祭器は二つある訳だが……


「同時に呼べるのならそれが理想ですが……出来ますか?」


「私と教授なら出来るはずです。」


アイリ、風美代の順でこちらに呼び寄せるつもりでいたが、親父とカナタ、私にアイリと周囲の人間に次々と異変が起これば、風美代に面倒事が起きかねない。権藤や雨宮のアリバイ工作が一度で済む事も考えれば、やってみる価値はあるか。


私は勾玉を使ってアイリに計画変更を伝え、ミコト姫と共に儀式を開始した。


─────────────────────


座禅を組んで祝詞を唱えながら妻子の姿を強くイメージし、ポッドの中に眠る体への転移を念じる。


(お父さん!!いま行くよ!)


愛する娘、アイリの声が脳裏に響く。


(感じます、あなたの存在を……そこにいるのね!)


そうだ!私はここにいるぞ!風美代、アイリ、さあ、おいで!!


思念を力と為した私は、精神体となった妻子の手を取り、輝く翼をはためかす龍の背に乗る。


日輪を纏った龍は光の回廊を駆け抜け、惑星テラへの扉を開いた。……儀式は成功したのだ。


──────────────────────


巫女王、ミコト姫といえど、二人の同時転移は負担が大きかったらしい。正座を崩して床に両手を突き、肩で息をしている。


「……ハァハァ……教授、成功しましたね。」


「ミコト姫のお力があればこそです。……ありがとう。」


ミコト姫のお力を借りれたのは本当に僥倖だった。やってみてわかったが、他者を転移させるのは自身を転移させるよりも難しい。ミコト姫の助力がなければ不可能だっただろう。


「私は少し休ませてもらいますね。教授、ゆっくり家族と対面してください。」


そう言ってミコト姫は儀式の間を出ていった。遠くからカナタの声が聞こえる。テレパス通信より遥かに強力な天心通でカナタを呼んだのだろう。大仕事を終えたミコト姫は、弟の元へと戻ったのだ。


医療用ポッドのアラームが鳴り、妻子の意識が覚醒した事を知らせてくれる。私は逸る気持ちを抑えながらゆっくりポッドの蓋を開く。覚醒し、半身を起こした妻と娘は涙ぐんでいた。


「風美代!!アイリ!!」


私は涙を拭ってから妻子の体を引き寄せ、三人でしっかりと抱き合った。


「あなた!!」 「お父さん!!」


もう離さないぞ!私は絶対に家族を離さない!この星で、私は家族と共に生きていくのだ!




このぬくもりが私の全て。……この輪の中に息子もいれば……だが、それは許されない事だ。


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