再会編49話 ファミリービジネス



儀式の間から私室に移動し、妻子に相棒バートを紹介する。


「貴方がバートさんね? 夫がお世話になっています。特に照京では命懸けで夫を救ってくださって、なんとお礼を言ったらいいのか……」


ペコリと頭を下げた風美代に倣ってアイリも頭を下げる。


「お気になさらず。私も自分の目的があってやった事です。」


「あんちぇろってぃふぁみりーはお父さんが叩き潰してくれるよ!お父さんは失敗しないから!」


いやいや、私は失敗だらけだよ。カナタとの関係もそうだし、苫米地なんぞを腹心にしていたし……


「フフッ、コウメイの娘さんだけあって勇ましいですね。はじめまして、アイリさん。」


「はじめまして、バート!アイリに"さん"はいらないよ、アイリって呼んでね!」


「はい。これからよろしく、アイリ。」


長身のバートは少し屈んでアイリの頭を撫で、握手する。


「じゃあ、あなた、ファミリービジネスを始めましょうか。まずはバートさんの仇討ちからよね?」


ファミリービジネス? 確かにマフィアは組織犯罪をファミリービジネスと呼んでいるが……


「無茶言うな!キミは自分が何を言ってるのか分かってるのか!マフィア相手の戦争なんだぞ!」


「だからなに? 夫の敵は妻の敵よ。この星で日本の常識なんて通用しない。戦国時代だと考えるなら、私も戦うのが当然でしょう。」


「アイリもねー、まふぃあは嫌~い!お父さんと一緒に戦うよ!」


いやいや、待て待て。私の妻と娘は、なにを言っているのか……


落ち着けと言う前に、私自身が落ち着かないとな。深呼吸だ、深呼吸。


「落ち着いて聞いてくれ。いいかい? とりあえず風美代とアイリは安全な場所で…」


私の立てたプランを風美代は最後まで聞いてはくれなかった。


「それはお断り。安全な場所で隠れて暮らせ? 冗談じゃないわ。夫と息子が戦ってるのに、家で編み物でもしてろって言う訳? それで家族だって言えるのかしら?」


「バイオリニストのキミと幼いアイリになにが出来るんだ。暗闘もカナタへの支援も私がやるから…」


「ヤダ!アイリも戦うの!」


「アイリ、ワガママを言うものじゃない。お父さんの言う事を聞きなさい。」


「イ~ヤ!アイリの言う事を聞いてくれないならバラしちゃうよ!"アイリはお兄ちゃんの妹なんだよ!"って!」


娘はもう恫喝術をマスターしたようだ。頼もしいが、困ったものだな。


「ふふっ。カナタもそんな顔で困惑してるんでしょうね。」


「うん!お兄ちゃんそっくりだよ!」


聞いてないよと困惑するのはカナタの持ち芸だ。私は真似したくないぞ。


「コウメイ、私が折衷案を出しましょう。隠れて暮らすにしても安全な場所などない世界です。高級住宅街にだって強盗は押し入る世界なんですからね。それを避けたければ多数のボディーガードに守らせる必要がありますが、そうすれば機密保持が危うくなる。A級市民証を持ち、身分も出自も非の打ち所のない人間でなくては安穏とは暮らせないんです。だったら徹頭徹尾表には出ず、黒幕として働く私達の傍にいた方が安全かもしれません。風美代さんとアイリには最新型のバイオメタルユニットを用意し、私が戦い方と逃げ方をレクチャーしましょう。一緒に戦うというのなら、それなりの技術を身に付けてもらわねば話になりません。」


「お願い出来るかしら。私もアイリも死に物狂いで頑張るわ。」 「頑張るよ~♪」


「おい、相棒。折衷案になってないぞ。風美代とアイリの意向を丸呑みじゃないか。」


「話は最後まで聞いてください。風美代さんとアイリが戦力としてモノにならないと判断すれば、コウメイの言う通りに隠遁生活に入ってもらいます。足手まといを抱えて戦うのは、私達の負担が大きいですから。風美代さん、いいですね?」


「了解よ、バート。」 「アイリね~、この世界に来てから、力が溢れてくるの!」


そう言って両拳を握ったアイリの髪とスカートの裾がはためき始める。幼い体から、精神力を具現化させる超能力、念真力が発露しているのだ。……生身の体でこれか。図抜けた念真力を持つ娘だと思っていたが、想像以上だったかもしれん。カナタの運命共同体、リリス嬢に匹敵する素質があるんじゃないか?


「言っておきますが戦力というのは戦闘能力だけでなく、頭脳面でも、ですからね? コウメイから聞いた日本という国は、私から見れば天国のような国だ。天国の住人に地獄での戦いは無理ですから。」


日本が天国だったとは思わないが、この世界と比較すれば天国に近いだろうな。


「コウメイ、どうです? 家族としてファミリービジネスに加わるかどうかは、風美代さんとアイリ次第。モノにならずに隠遁生活を送ってもらうにしても、自分の身を守る訓練の必要はあります。折衷案にはなってると思いますが?」


いちいちもっともな提案、これは反論出来そうにないな。


「わかった。サワタリ所長に頼んで最新型のバイオメタルユニットと戦術アプリをインストールしてもらおう。」


「それってかなり時間がかかるんだよね?」


小首をかしげたアイリの質問に私は即答した。


「丸一日では終わらないだろう。生身の体をバイオメタル化してから、戦術アプリをまとめてインストールする訳だからな。」


「その前にお兄ちゃんに会っちゃダメ? 妹だって言わなきゃいいんでしょ?」


「アイリは一面識もないからバレないだろうが、風美代は……」


「ええ。私の写真をカナタは見ているかもしれない。それに……名乗らないにしても、私はカナタに会わせる顔がないわ。あのコを捨てた母親ですもの。」


「……ママ……じゃあ、アイリも我慢する。……でも、おかしいよ。……家族なのに……アイリのお兄ちゃんなのに……」


すまない、アイリ。せっかく兄が出来たというのに、私達がこんなだから妹だと名乗れないとは。


「バート、インストールが終わったら妻子を隠れ家セーフハウスへ送ってくれ。私はカナタとの打ち合わせが終わったら先に帰って、乙村君とロッシ排除計画の詳細を練ってるから。」


「了解です、コウメイ。」


私の家族は呼び寄せた。今度はバートの家族を奪ったアンチェロッティへの報復を始める時だ。


────────────────────


ミコト姫の休息する寝室に付随する居間で、私とカナタは対面していた。


ロマーノ・ロッシとロッシ・チームのデータは事前に送っておいたので、カナタは目を通してくれていた。私は戦術タブをテーブルの上に置いて、ロッシがリグリットの離れ小島に持つ別荘のデータを表示させる。


「これがロッシの所有する別荘だ。見ての通り、ちょっとした要塞だと思ってくれればいい。だが、これを見てくれ。」


バートが別荘のセキュリティシステムを配備した会社に忍び込み、その計画図を盗み出してきてくれた。そして二人で検討し、セキュリティの穴を発見したのだ。


「ここから、ここ。そしてこう、この別荘島のセキュリティシステムにはわずかながら穴がある。この間隙をカナタなら突けるんじゃないか?」


タブレットで詳細を確認したカナタは黙って首を振った。いい作戦だと思ったが、精鋭のアスラコマンドといえど不可能なのか。相棒バートは"コウメイには無理でも、私一人なら可能でしょう"と言っていたのだが……


「やはり無理か。穴と言っても微細な隙でしかないからな。」


カナタはショットグラスのウィスキーを煽ってから答えた。


「そうじゃない。罠に飛び込むのはバカバカしい、という話だ。」


「罠、だと!?」


空になったグラスにウィスキーを注ぐカナタの顔は凄味がある。打ち合わせの前にウィスキーボトルとショットグラスをキャビネットから持ち出してきた時には"いっぱしに酒の飲み方なんぞ覚えおって"なんて思ったが、こと荒事となれば、私とカナタは大人と子供だ。それだけの格の違いを、否が応にも感じる。


「ロマーノ・ロッシは特殊部隊上がりだ。この手の工作には十分なキャリアを積んでいる。そのロッシが自ら監修したセキュリティシステムに、こんな穴がある訳がない。この穴を見つける目を持った刺客には、ロッシチームが自ら手掛けた罠が待っているんだろう。」


淡々と推察を述べる息子の目は、獲物を狩る狼の目になっている。


「言われてみればその通りだな。すまない、役に立たない情報だった。」


役に立たない情報どころか、息子を死地に追いやるところだった。しかし危ないところだったな。もし私がカナタの手を借りずに事を成就しようと試みていれば、返り討ちにされていただろう。


「いや、役には立ったよ。セキュリティシステムを調べてくれたお陰で、ロッシの思考の方向性、そしてなにを恐れているのかが、わかった。教授、この島には橋が掛かってない。つまり、シェフや食材を載せた船が島に向かうはずだよな? その船はわかるか?」


「ああ。ロッシの所有するクルーザーを使っているようだ。どの船かも調べはついてる。だが船内に侵入するのは…」


「無理だろう。クルーザーの中に忍び込むのはな。だから船底に張り付いて行く。クルーザーが入港する時には、レーダー網に穴が開く。」


「出来るのか? かなりの速度が出せるクルーザーだぞ。その船底に張り付いて港まで耐えるなんて……」


「大した距離でもない。オレと部下なら出来る。島内への侵入はそれでオッケーだ、別荘の攻略法はゆっくり考えるよ。」


「船底に張り付いての侵入では、部隊を動員する事は不可能なはずだが……」


「部隊を動員する気などない。最初から少人数のチームで始末する予定だった。伸び盛りの部下を抱えてる身としては、こういう機会は逃したくないんでね。「消去屋」ロッシとそのチームは、オレの部下達のいいになってくれるはずだ。」


凄味を増した顔で冷笑するカナタ。リリス嬢の言う「二律背反する人間性」の闇の部分が垣間見えたな。狼の群れのリーダーは、手頃な獲物を若い狼達の狩りの練習台にする。私の息子は狼なのだ。




送り込んだ私が言うのもなんだが、ロマーノ・ロッシ、おまえも不幸な男だ。こんな化け物に狙われたのでは、もはや助かるすべはない。


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