結成編26話 「災害」ルスラーノヴィチ・ザラゾフ
案内されたのはお披露目を終えた元帥の船「
同盟きっての武闘派元帥は、リグリット滞在中もこの船に在艦するコトが多いって噂だが、ホントなのかもしれない。ここまで生活感のある艦長室は見たコトないから。読みかけの本がデスクの上に置きっぱなし、しかも背表紙が傷むのにも構わず無造作に何冊も。それに灰皿は葉巻の吸い殻でいっぱい、ゴミ箱からはキャビアの空き缶が列を成し、ウォッカの空き瓶も顔を覗かせてる。箱買いのカップ麺まであんのかよ。これじゃあ艦長室っていうより、ただの私室だ。
武骨な指でグラスをテーブルに置いた元帥閣下は、キャビネットに並んだワインを物色し始める。
「剣狼もワインでいいか?」
「おや、ウォッカではなくワインですか?」
「ルシア人はすべからくウォッカ好きだというのは偏見だ。儂はウォッカよりワインを好む。」
「と、見せかけている、の間違いでは?」
「……なぜそう思う?」
「この部屋で飲む酒はプライベート、そしてデキャンタには埃が。もし、本当にワイン好きならデキャンタに埃が付着するのは変です。あまり使ってないってコトですから。ついでに言えば、ゴミ箱からウォッカの空き瓶が顔を出してますよ?」
オレがゴミ箱のウォッカ瓶を指差すと、完全適合者は少し白髪の混じった口髭の中に鎮座している唇を歪めて笑った。
「昨晩この部屋で飲んだのを忘れていたな。」
このゴミ箱の中身は一晩で上げた戦果かよ。まあ、見るからに重量級って威丈夫だし、大食いの大酒飲みに決まってるか。
「ウォッカで結構ですよ。そんな愛称の仲間もいますしね。」
「イワン・ゴバルスキーか。元気にしているか?」
「ウォッカを知ってるんですか?」
「イワンだけではない。アレクセイ・ルキャノフも知っているし、タチアナ・カジンスキーも、それにシオン・イグナチェフも、その親父も知っている。ルシア人には優秀な者が多いからな。その頂点に立つのがこの儂だ。」
不遜に聞こえる台詞だが、大言壮語って訳でもない。「災害」ことルスラーノヴィチ・ザラゾフは戦闘能力なら「軍神」アスラ以上だと評する者もいる男だ。この戦争の序盤から最前線で活躍し、数多くの異名兵士をその手で屠り去ってきた。こないだの大戦役では守護神を敗北一歩手前まで追い詰めたしな。救援に来た死神に敗れはしたが、その原因は「油断」だ。
「元帥がルシア人最強の男であるコトに疑義を挟む者などいません。敵兵にとってはまさに「
「世界最強だ、と言いたいところだが、この間は死神めに蹉跌を踏まされたからな。忌々しいがあっぱれな奴だ。」
へえ、兵士の力量への評価は公正なんだな。いや、相手の力量が読めない馬鹿がこの域に達するコトなどない。
「戦闘映像を拝見しました。油断という劇薬は強者を敗者に変える、という理解でよろしいでしょうか?」
「うむ。まあ勝敗は兵家の常、最終的に勝てばよいのだ。剣狼、固い物言いはせぬともよい。ここには儂とおまえ以外に誰もおらぬぞ?」
「我々アスラコマンドは無頼で通っておりますが、同盟軍元帥に対しては…」
「言い方を変えよう。儂に一欠片の敬意も持っておらん奴に、馬鹿丁寧な言葉使いで話されるのは気色が悪い。わかったらいつも通りに話せ。これは命令だ!」
有無を言わさぬこの眼光。どうやらマジで言ってるらしいな。じゃあ遠慮なく優等生の仮面は捨てて、無頼のアスラコマンドに戻らせてもらうぜ!
「そりゃどうも。でも一欠片の敬意は芽生えましたよ。元帥は本物の兵士だ。一杯もらえます?」
「よかろう。同盟軍元帥「災害」ザラゾフに注がせた酒など、そうそうあるものではない。薔薇園のゴロツキどもに自慢するがいい。」
オレが差し出したグラスに並々と注がれる酒。返杯してから軽くグラスを合わせ、ウォッカで喉を湿らせる。
「いい土産話が出来ましたよ。じゃあ本題に入りましょうか。オレに何の話があるってんです?」
「言いたい事があるのはおまえの方ではないのか? 遠慮せずに言ってみろ。」
「では遠慮なく。どうして複製兵士培養計画なんてモノが必要だったんです?」
「同盟軍には強き兵が必要だからだ。氷狼アギトは人格はともかく、卓抜した強さを持っていた。ああいう兵士が10人いれば広範囲の戦局を傾かせ、100人もいれば戦局そのものを一変させる。一個大隊で一個師団を撃破する事さえ可能だろう。」
戦い方次第だが、確かに可能だろうな。完全適合者とはそういう兵士だ。
「倫理と引き換えの勝利にどれだけの価値があるものやら、はなはだ疑問ですがね。」
「言い訳する気はないが、
「シジマ博士が正気に戻ったら、再開はあり得る、というコトですか?」
イエスってんなら、今のウチにlet’s 暗殺だ。博士が少し可哀想な気もするが、二度と馬鹿げた計画なんぞやらせない。
「いや。超人兵士作製計画が軌道に乗りつつある今、資本はそちらに注入する。研究所からの報告に目を通した限り、剣狼の誕生は偶然の産物としか思えんからな。1/18の確率が確立されているならともかく、現状では話にならん。部下には二度と勝手な真似はするなと厳命しておいた。」
「ってコトは元帥は当初、複製兵士培養計画のコトをご存知なかったのですね?」
「うむ。常日頃から"手段を問わず、優れた兵士を作り出せ"とは言っていたがな。儂が以前から力を入れておったのは超人兵士作製計画の方だ。現在は適性の高い犯罪者をベースに、実験を行っている。技術が確立されれば、同盟兵士にも転用するつもりだ。」
……犯罪者を被験体にねえ。犯罪者だってんなら、あんまり同情する気にはなれないが、政治犯も混じっちゃいないだろうな?……いや、政治犯を強い兵士にするのは同盟首脳部にとってリスクが高すぎる。おそらくただの犯罪者を被験体にしているだろう。そして被験体の体には叛逆防止用の爆弾でも埋め込んでおく。兵団の4番隊方式だな。Kとやらは超人兵士作製計画の最高傑作、というところか……
「釈然とはしませんが、培養計画の再開がないとわかって安心しました。アスラ元帥が健在なら人体実験など許さなかったと思いますが……」
「だろうな。だが機構軍はやりたい放題、こちらは倫理の鎖でがんじがらめでは戦争に敗北する。今は綺麗事など言っていられん。それでもアスラは儂のやりようを是とはせんだろうが、勝手に死んだあやつが悪い。世界を制覇した後、儂と一騎打ちで頂点を決めようという約束を反故にしよって!」
元帥はイッカクさん級に鍛えられた拳をテーブルに打ち付けた。
勝手に死んだあやつが悪い? 約束を反故?……この怒りは演技か、本物なのか、どっちだ?
グラドサルでシノノメ中将から聞いたな。アスラ元帥がザラゾフについては"同盟が勝利した後、一騎打ちで倒すから問題ない"と仰った、と。あの話は冗談じゃなかったのかもしれない。だとすれば……ザラゾフはアスラ元帥の暗殺に関してはシロだ。ザラゾフと話してみた印象、司令や中将から聞いたアスラ元帥の人となり、二人なら本当にそんな約束を交わしていても不思議じゃない。暴勇の男と剛毅の男ならではの約束事はあったのだと、オレの納豆菌が囁いている。
「アスラ元帥との決着はあの世なり来世なりでお付けください。オレの話はもう済みました。元帥のお話とやらを伺いましょう。」
「ふん!勝負なら付いたわ!勝手に死んだあやつの負けよ。儂の話というのはな。……剣狼、おまえ、儂のところへ戻って来い。経緯に言いたい事はあるだろうが、儂は強者を厚く遇する。強さこそ正義、が儂の流儀だ。」
戻ってこいもなにも、アンタの下にいた事なんざねえよ。製造者だと言いたいのかもしれんが、そもそもアンタは培養計画には気乗りしなかったんだろ。オレに利用価値が出てきたからって、ちょいとばかりムシが良すぎるぜ?
「遠慮しときます。そもそも旨い話をチラつかされたからってホイホイ寝返るようなヤツを信用出来るんですか? 一度裏切ったヤツは何度でも裏切る。」
「………」
「三元帥の中で誰かを選べと言われれば「締まり屋」トガでも「日和見」カプランでもなく「災害」ザラゾフを選ぶでしょう。でもオレは「軍神」イスカの部下ですから。同盟が勝利した後、司令と勝負して雌雄を決したらどうです?」
「……よかろう。同盟が勝利した後、小娘は親父の下へ送ってやる。二代目軍神にそう伝えておけ。」
「了解しました。」
元帥が指を鳴らすと、部屋の隅にあったクローゼットが勝手に開き、木箱が浮遊してきた。釘で打ち付けられた板が見えない手で引き剥がされるように飛び散り、ウォッカ瓶が二本、オレの前に漂ってくる。
……釘板を引き抜ける程のサイコキネシスとはな。同盟最強の重力操作能力とサイコキネシスの保持者ってだけはある。
「土産を持って帰れ。」
「年代物のウォッカですね。……これは!」
醸造元はゴバルスキー酒造!じゃあこのウォッカは……
「ゴバルスキー酒造で生産された最後のウォッカだ。イワンは親父の作った酒を飲んだ事があるまい。」
「2本だけ? 箱ごと欲しいですね。」
「これは儂のお気に入りでもある。全部やれるか。」
あらら、意外にケチンボなのね。それだけいい酒ってコトなのかな?
「いい手土産をありがとうございます。
「やっぱりおまえは戻ってこんでいい。ひと言多い性分のようだ。」
おやおや、意見が一致しましたね。オレは酒瓶を持った手で敬礼し、艦長室を後にする。
いい手土産にいい土産話を得られた。実りのある会談だったな。
アスラ元帥の暗殺事件、三元帥の共謀というセンは消えた。じゃあトガとカプランのタッグだろうか? だが締まり屋と日和見のコンビで軍神を殺せるとは思えない……
トガとカプランが共謀したにせよ、何か裏がありそうだな。
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