結成編25話 観艦式



「剣狼、ちょっと会わない間にえらく出世したみたいじゃないか。」


「おかげさまで、と言いたいんですが、だいぶ窮屈になりましたよ。」


リグリット市内にある海鮮居酒屋「わだつみ」でジャスパー警部と盃を交わす。


「窮屈でいいから、俺も出世したいねえ。相棒が貧乏くじを引くのが趣味のジャスパー警部じゃ到底出世出来そうにないってのが泣ける。」


下戸のボイル刑事は、甘みたっぷりのカニ足に、甘いカニ酢を入念に浸してから頬張る。


「ボイル刑事が出世を望んでいるようには見えませんけど。ジャスパー警部、これが頼まれてた観艦式のチケットです。」


「すまんなぁ。孫が乗り物が大好きでな。特に戦艦とバイクがお気に入りらしい。将来は軍に入ってリガーになるんだとさ。初孫を軍人にはしたくないが……」


「警部のお孫さんが入隊するまでには戦争を終わらせておきますよ。平和な時代に市民を守る軍人になるならいいんじゃないですか?」


「それだって安全じゃあるまい?」


「警部、俺達だって日夜凶悪犯罪と戦ってますぜ。だろ、剣狼?」


ボイル刑事の言う通りだな。自分は市民の為に命を賭けておいて、孫に安全な暮らしをしろって言ったって説得力がない。オレの故郷、日本でも警官の子が警官になる事例は多いと聞いた。爺から孫まで警官一家なんてのも珍しくないそうだ。


「そうそう。それにジャスパー警部とボイル刑事は結構な財産をお持ちですからね。」


「薄給の公僕に何を言うか。」 「俺に財産があったらバーゲンダッツを店買いしてるさ。」


箱買いなら聞いたコトあるけど、店買いってなんだよ。だいたい店ごと買っちゃったら、もう刑事じゃなくてアイス屋の親父じゃん!


「でも"男としての生き方"という財産は金では買えない。祖父や父親の生き方を尊敬出来るってのは子や孫にとっては幸せなコトなんです。オレも誇りという財産を爺ちゃんから受け継ぎました。だから胸を張って言えるんです、"オレは狼だ"って。」


オレはこの世界に来て爺ちゃんの真の姿とその生き様を知り、人生の羅針盤にした。八熾の狼として生きる決意を固めたんだ。


「……金ではなく、誇りという財産か。子や孫は喜んでくれるかな?」


「クレジットカードの残高が増える財産のが喜ぶんじゃないですかねえ。あ、お姉さん、イクラ丼ちょうだい!」


「ボイル、おまえさんはまずダイエット、それから結婚を考えろ。誇りという財産を残す相手がいないんじゃ勿体ないぞ?」


「へいへい、明日からはダイエットに励みますよ。」


あ、これはダメな台詞だ。明日から頑張る、は頑張らない宣言と同じ。まあボイル刑事は、トドみたいな体型に愛嬌があるんだけど……


────────────────


同盟首都であるリグリットには世界最大規模のドックがある。そのドックから出航した陸上戦艦達は、郊外に設営された会場を行進し、鋼鉄の勇姿を観客に披露した。祝砲が鳴り、ピカピカに磨き上げられた戦艦達を祝福する。戦場では泥と埃に汚れる戦艦達だが、今日だけはその心配はない。


手前味噌だがオレ達の船、眼旗魚が一際威容を放ってるな。他の船とは一線を画す巨大で鋭い衝角だけでも目立つが、今日は追加装甲を目一杯着込んで重厚感も増してる。ガタイこそ小さいが、対ソナー塗装を塗り直した撞木鮫も、いい味出してるぞ。贅沢を言えば貴族専用の貴賓席じゃなく、警部達と一緒に一般席で見学したかった。ジャスパー警部とお孫さんは楽しんでるかな?


「あれがソードフィッシュか。儂の旗艦に欲しいくらいだな。」


来たか、ザラゾフ。そろそろ接触してくる頃だと思っていたぞ。……後ろに連れてる細面で病弱な肌感の男は誰だ?


「これはこれは元帥閣下。お初にお目にかかります。アスラ部隊11番隊隊長、天掛カナタ特務少尉であります。」


社交辞令を口にしながら、敬意のこもってない敬礼をしてやるか。そもそもお初にでもない。オレが研究所の闘技場で10号と戦わされた時、お高い場所にはめ込まれてたスモークガラスの向こう側にいやがったに違いないんだ。


「剣狼よ、戦果を積み重ね、ずいぶんと出世したようだな。見事だ、と言っておこうか。」


見事だ、じゃなく、実験体の分際で、って言いたいんだろ? 顔に書いてあらぁ。


「身に余る地位を得ました。上官が有能なものでね。」


わかるかい? アンタとは違ってな、って言ってるんだぜ? 同じ完全適合者でも、司令はアンタの数倍有能なんだ。


「その有能な小娘は不届きにも「軍神」を名乗ったようだな。剣狼、おまえのボスに言っておけ、"10年早い"とな。」


自分で言え、自分で。アンタ、一応同盟軍元帥だろ。


ザラゾフは分厚い体から生えてる丸太みたいな腕を、後ろに控える細身の男に向けた。色白男の身長は170半ば、歳もオレより上みたいで、細身だがかなり絞り込まれた体、人種は白人だとしかわからんな。……だが、白人にしても肌が白い、白すぎる。コイツ、メラニン色素がゼロなんじゃねえか?


「……紹介しておこう。此奴がKだ。」


この病弱っぽいのがK? 複製兵士培養計画と同時に進められていた「超人兵士作製計画」の被験者か。対死神用に調整されたとかいう噂の……


「よろしく、剣狼。僕には…」


差し出された手を握る。兵士同士の握手は相手の力量を計る儀式でもある。手の平のマメがだいたいの力量を教えてくれるからな。……なるほど、コイツは「使う」な。


「本名も階級もない。だろ?」


「……ああ。そういう事だ。」


Kはクローンって訳じゃないだろうが、かなり特殊な改造手術を受けているとみていい。名の知れた異名兵士5人を完封可能なぐらいのな。帝国の守護神を超える絶対防御を誇るというが、な~んかデメリットも抱えてそうだよなぁ。死神は世界最強の攻撃力と引き換えに、短命というデメリットを負ってる。この男にも……なにか弱点があるはずだ。


「……長い握手だな。まさかアンタ、そっちのケがあったりする?」


握手は済んだろ。手を離せよ。オレの数ある疑惑の中でも、ホモ疑惑だけは事実無根だ。


「……キミは強いね。僕とどっちが強いかな?」


握る手に力がこもる。そうきますか。力比べがしたいってんだな?


ギリギリと手を握り潰し合いながら睨み合う。……病弱っぽい割りにはパワーがあるな。だが体格は並でもオレのパワーはアスラでも上の方なんだぜ!


ミシッと手の骨が鳴り、僅かにKの顔が歪む。痛がり屋め、この程度のダメージを顔に出しちまうとは未熟だな!


「……挨拶は済んだろう。Kも剣狼も、そこまでにしておけ。」


その言葉に頷き、手を離したKは上官に一礼して、両手を装甲コートのポケットに入れた。元帥の前だってのに無礼な野郎だな。そんな態度が許される関係、と考えるべきか。


「剣狼、キミって見目麗しい女性をたくさん部下に持ってるよね? 一人でいいから僕にくれないか?……そうだな、金髪のコがいいかな。銀髪のコも将来性が高そうだけど。」


「同じコトをもう1回言ったら殺す。その病弱ボディには戦艦が買えるだけの予算が注ぎ込まれてるんだろうが、オレの知ったコトじゃない。」


オレの目が黄金に輝いたのを見たザラゾフが、オレとKの間に割って入った。


「K!おまえは先に官舎に帰っていろ!」


「いやだな。冗談ですよ、冗談。僕が帰っちゃったら、元帥の護衛がいなくなります。」


「儂に護衛など必要ない!黙って命令に従え!」


「はいはい、了解しました。それではご機嫌よう。」


踵を返して貴賓席から離れるK。去り際に元帥に向かって敬礼する。


「元帥、お役御免なら官舎じゃなくてホテルに行きます。官舎に女性を呼ぶのはマズいでしょう?」


「勝手にせい!この色ボケが!」


青筋を立てて怒鳴る元帥の姿を見てニヤリと笑った色ボケ男、心底ヤな野郎だな。


オレの「ヤな奴リスト」の最上位に躍り出た男の姿が見えなくなってから、元帥閣下に具申してみる。


「あの青っ白い細首をへし折るおつもりになったら声を掛けてください、オレが殺りますから。特別サービスでお代は無料にしときますよ?」


「いや、儂が殺る。機構軍が無条件降伏した日が奴の命日だ。」


ギリリと奥歯を噛み締める元帥閣下。どっちもワルだが、まだ武人らしさのあるザラゾフのがマシっぽいぜ。歯ぎしりが済んだザラゾフは、オレを顎でしゃくる。


「剣狼、儂について来い。Kの非礼の埋め合わせをしてやろう。」


別に埋め合わせなんて要らないけどな。とはいえ、ザラゾフには探りを入れにゃならんのだし、渡りに舟ではある。



さて、ザラゾフの腹からは鬼が出るか、蛇が出るか。腹の探り合いといきますか!


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