結成編27話 みんなでハッピーになろう



観艦式はつつがなく終了し、オレは帰りの車中の人となった。ドレイクヒルに戻る前にシャングリラに寄って司令に報告だけ済ませておくか。


「トンカチ、ドレイクヒルじゃなくてシャングリラに行ってくれ。少し司令と話がある。」


「了解ッス!」


「オレを降ろしたら任務完了だ。帰りはタクシーを使うから。」


「うぃ。大兄貴も司令も悪巧みが好きッスねえ。」


別に好きって訳じゃない。必要に駆られれば厭わないだけだ。……司令は悪巧みが好きそうだけどな。


────────────────


例によってシャングリラのペントハウスに滞在している司令にザラゾフとの会談内容を報告する。司令は報告を聞いてから少し考え、オレに意見を求めてきたので正直に答えた。


「ザラゾフは無関係、本当にそう思うのか?」


「あくまでオレの受けた印象ですけどね。でもシノノメ中将の仰られていたコトと同じ話が出ましたから、根拠ゼロって訳でもない。司令の方がお分かりのはずですよ。アスラ元帥が"機構軍に勝利した後、一騎打ちで決着をつける"なんて約束をする人なのかどうかは。」


「……父ならやりかねない。クランドはどう思う?」


「元帥は周囲の者が"それだけはやって欲しくない"と思う事ほど、嬉々としておやりになるお方でした。主に自分がリスクを負う話であれば、なおさらです。」


アスラ元帥は英雄には違いないんだろうけど、周囲で支える人間、特に腹心のシノノメ中将はホントに大変だったろうな。


「まったく困った親父だな。せめて娘の私に宿題を置いて他界するのはやめて欲しかったものだ。」


アスラ元帥が健在だったら、世界はどう変わっていただろう? たられば話に意味はない、今とこれからを考えるか。


「ザラゾフは無関係となるとトガとカプランの共謀というセンを疑うべきなんでしょうが……」


「言わんとする事はわかる。トガとカプランのタッグでは力不足な気がするな。」


そうなんだよなあ。一代で同盟軍を立ち上げた英雄のおこぼれをもらって肥大化したトガ、カプランが、その英雄本人に対抗出来るだろうか? ザラゾフは同盟結成前から勇名を持って鳴る男だったから、権益を自力で獲得も出来ただろうが、災害はアスラ元帥にとっては害ではなかったようだし……


「トガとカプランの派閥に切れ者が隠れているかもしれません。そうなれば話は変わってきますね。」


「そうだな。派閥の軍人をもう一度洗ってみよう。いや、洗うのは軍人だけでは足りんか。……地位や身分のある誰かを表に立てて、自分は裏で暗躍する。が潜んでいるかもしれんし、な?」


やれやれ、この思わせぶりな話し方よ。ホントに腹芸がお好きですね。


「はい。痛くもない腹を探られたら、腹も立ちますが、腹黒い腹を探る分には問題ないでしょう。ってヤツですから、ね?」


神難と手を結ぶ件が表に出れば、司令は教授の存在に気付く。オレには出来ないコトをやってのけた以上、当然のコトだ。司令の頭は軍帽を乗っける為についてる訳じゃあないんだからな。


「おいカナタ、ワシらを両元帥と一緒にするな。私利私欲の為にこんな事をしとる訳ではないわ。」


……お爺ちゃん、話が見えてませんね。司令は"おまえの影にブレーンが潜んでいるのはわかっている"と言っていて、オレは"お互い様でしょ。痛くもない腹を探らないでくださいよ"と返答したの!


少しは頭を使って司令を補佐してあげないと、いくら司令が天才で完璧超人だとしても疲れちゃうぞ!とはいえ、一本気な頑固爺なのが中佐のいいトコだしなぁ……


──────────────────


翌日、三人娘をショッピングモールに送ってから単独行動を開始する。入念に、時間をかけて尾行がないコトを確認してから教授の邸宅へ向かう。教授からは御門グループの今後の方針についてアドバイスをもらい、代わりにアンチェロッティファミリーとの抗争に関するアドバイスをする予定だ。持ちつ持たれつってヤツだな。


厳重なセキュリティに守られた御門グループ秘密研究機関の最奥に教授の邸宅はある。こぢんまりとしたいいお屋敷だが、地下にあるだけに陽当たり良好という訳ではないのが玉に瑕だ。


邸の主は邸内にオレを招き入れ、珈琲を淹れてくれた。……この珈琲、なんだか懐かしい味がする。


「……教授も濃い珈琲が好きなんだな。」


「いや、私はアメリカンが好きだ。カナタの好みに合わせたんだよ。」


「そりゃ気を使わせちまったな。次からはアメリカンでいいぜ?」


「こっちではアトラス共和国だから、アトランティックスタイルというらしい。」


珈琲の好みは真逆だが、休日だってのにノリの効いたカッターシャツと、折り目の綺麗なスラックスで過ごすスタイルは親父と一緒か。親父に限らず、仕事人間のテンプレスタイルってコトなんだろう。オレなんざ部屋でゴロゴロしてる日は、終日パジャマで過ごすけどな。


「教授、やはり司令には察知された。痛くもない腹を探るな、と警告はしておいたが……」


教授は肘掛けの付いた揺り椅子に座り、煙草を吹かしながら答えた。


「だろうね。だがあれほどの女傑にずっと気付かれずにいるというのは不可能だ。いずれは悟られる手札なら、早めに晒しても問題ない。バレている前提で我々の行動を考える方がいいだろう。もう一つ、情報を開示しておく必要があると私は考えている。」


「どんな情報をだ? あまり手札を司令に晒すと、してやられるぞ。ウチの司令を甘く見ない方がいい。」


「御堂司令に開示はしない。カナタ、私達の事情をシュリ君には話したのだったな?」


「ああ。だが"私達"ではない。教授のコトは伏せておいたから。」


「そうか。では夫妻、いや未来の夫妻には全ての情報を開示しようじゃないか。空蝉修理ノ助君と灯火蛍君はサンブレイズ財団の理事だし、能力と人格に優れた二人には、我々の完全な味方になってもらいたい。」


「シュリは恋人のホタルにもオレの真実を話していない。オレの"話したくても話せない苦しみ"を共有したいからって。今、それを話せば…」


教授は椅子を揺らすのを止めてオレに向き直り、ほとんど同じ顔をしているオレを鏡を覗き込むかのように見つめてくる。


「ひと悶着あるだろうな。だがカナタ、このままでいいのか? 親友の好意に甘えるのはいいが、その甘えが原因で、親友とその恋人の関係に亀裂が入るかもしれない。亀裂というものは些細であっても、時間と共に広がってゆくものだ。恋人や夫婦であっても違う個性を持つ人間同士、ちょっとした隠し事ならあってもいい。だが重大な隠し事があってはいけない。私はおかしな事を言っているかね?」


「……ぐうの音、ぐうの音、ぐうの音……」


「なんだね、それは? 何かのおまじないか?」


「ぐうの音も出ないのは口惜しいから、口に出してみただけだ。教授の言う通りだよ。親友だからって甘えるのは良くない。……いや、親友だからこそ甘えちゃいけないんだ。オレにはない能力を持ってるシュリやホタルの力を借りるコトはこれからもある。でも信頼し、助力を仰ぐのと、甘えは違うよな。」


「そうだ。自立した人間同士で手を携え、力を合わせて生きていくんだ。私はそのおこぼれに預からせてもらうよ。」


「サンティーニの仕業に見せかけてアンジェロを暗殺するには、最高の索敵能力を持つホタルに事前調査をしてもらうのがいいってコトだろ。教授もチャッカリしてんなぁ。」


「相棒の私怨が事の発端だが、アンチェロッティファミリーの持っていた権益は合法化し、御門グループに編入する。犯罪組織が一つ消えるのは社会にとっての利益で、御門グループには新たな収益部門が誕生し、私も相棒に借りが返せる。御門グループの得た収益、その余禄は理事である夫妻にも還元され、二人の間の秘密も解消、カナタは全てを話せる相談相手が一人増える。みんなハッピーじゃないか。」


ここまで見事な正論、というか、策略は見たコトがねえ。まさに全員の利益が一致してるな。


「わかったわかった。シュリを呼んでくるから…」


「もう迎えを出している。カナタは電話だけしてくれればいい。」


教授は煙草をもみ消し、すまし顔で珈琲を啜った。




……この手の平で踊らされてる感よ。確かに教授は司令と張り合えるワルだな。



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