休暇編10話 コルクボードに貼られた思い出
スネークアイズで開催された飲み会は明け方近くまで続いた。
バクラさんは部隊長の名を冠したオリジナルカクテルを考案していたらしく、レパートリーは豊富だった。オレはチャッカリ全部のカクテルを味合わせてもらって、楽しい夜だったな。
しかし豪放磊落なバクラさんの意外な一面だよな、趣味がオリジナルカクテル作りなんてのは。
オリジナルカクテル「マリカ」はカンパリソーダよりも赤い真紅のカクテルで、エッジの効いた味。「クラッシャーアビー」はオレンジを使ったパンチの強い味、と隊長達の個性と専用色に合わせた作りになってて、どれもいい出来だった。無言のマスターもレシピを教えて貰って店で出してるそうだから、商品に使える完成度なんだろう。
「トッド・ザ・フール」だけは不味かったんだけど、これはトッドさんへの嫌がらせだな。バクラさんも人が悪いぜ。
隊長達だけじゃなくて「鷲羽」もあったから、ガーデンの名物兵士は軒並みカクテルにされてるらしい。オレは司令のカクテルはどんななんだろうとオーダーしてみたんだけど、"「イスカ・マイ・ラブ」は俺とイスカ専用のカクテルでな、一般販売はしてねえんだ"と断られてしまった。"代わりにウォッカベースの「アブソリュート・ゼロ」を考えといてやるよ"と言われたので、オレは丸め込まれるコトにした。バクラさんがシオンをイメージして考案したオリジナルカクテルはどんな味なのか、今から楽しみだぜ。
……しかし「イスカ・マイ・ラブ」ねえ。まさかバクラさん、司令を口説いてたりしねえよな?
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「隊長、そろそろ起きてください。」
明け方に眠ったオレは、尽くしたがりの副官殿に起こされて目を覚ました。網膜に表示した時間は昼前を指している。
「もうこんな時間か。ちょっと飲み過ぎたかな。」
ベッドから身を起こしたオレに氷を浮かべたミネラルウォーターを持ってきてくれるシオンさん。なんて優しいんだ。
「ありがとう、金髪の天使さん。」
「どういたしまして。」
おや? シオンさんの頬がほんのり赤い。テレちゃってますね?
「そういや銀髪の小悪魔さんは?」
「デメル少尉のお手伝いみたいです。」
「正確には司令に仕事を押し付けられたデメル少尉のお手伝い、だよ。元祖の天使さんはどうしてる?」
「私のベッドでまだ寝てます。」
ナツメはシオンの寝室にまで忍び込んでんのか……
「ナツメはシオンにも甘えてるみたいだけど、度が過ぎるようなら…」
「いえ、私を思い遣っての事だと思います。」
「なんだそれ?」
思いやりで寝床に忍んでくるとか意味がわからん。
「……ナツメは不思議なコですね。私が悪夢にうなされそうになる夜がわかるみたい。」
……そっか。たぶん、それがわかるのは……
「ナツメも悪夢にうなされる日々を送ってきたから……わかるんだろう。」
「はい。ナツメのお陰で悪夢にうなされる夜はずいぶん減りました。ナツメは悪夢にうなされる私の寝汗を拭いてくれる、私は同じ悲しみにうなされるナツメの涙を拭ってあげる、そんな関係でいいんだと思います。」
「ああ、それでいいんだろう。シオンの苦しみ、ナツメの悲しみ、同じ痛みを抱える二人が、傷を埋め合って生きるコトが……オレに出来るコトもあればいいんだけど……」
でも……オレには深いところで二人の悲しみは理解出来ないんだろう。薄っぺらく、わかったような気にはなっててもだ。
シオンはオレがコップを返す手を包み込むように握り、優しい笑みを浮かべた。
「隊長と出逢えた事で私の世界は広がったんです。私はもう一人じゃない。強く、心の底からそう思える。独りぼっちの冷たく狭い世界から私を救ってくれたのは……隊長です。」
気の利いた言葉を返したいのに、納豆菌はオーバーヒート。ヤバイ、顔が思いっきり上気しちまってんぞ。
「あの~、とてもいい雰囲気のところ、大変恐縮なのでありますが……」
「おわっ!」 「ビ、ビーチャム!」
瞬時に伸ばした念真髪で、墜落したコップを救出したビーチャムは敬礼しながら後ろ手でドアを閉めた。
「隊長殿、お邪魔でしたら自分は後から出直して参りますが?」
もう少しシオンさんの手のぬくもりを感じていたかったが、ビーチャムを部屋に呼んだのはオレだ。
「ビーチャム、大人をからかうもんじゃない。休暇中に悪いがビーチャムには仕事がある。」
「どんな仕事でありますか?」
「スカウト業務だ。教練がてら、辺境基地をいくつか回ってもらう。司令が准将に昇進するにあたって部隊規模も拡張されるコトになったんでな。頭数が要る。」
「新人の自分に新人のスカウトなんて無理であります!」
「心配すんな。バクラさんのお供だから、兵士の目利きはバクラさんがやってくれる。ビーチャムは辺境基地の雑魚兵士をボコるだけでいい。最初に向かうのはブロッサムベリー陸軍基地だ。」
「自分の古巣の!」
「……見せてやれ。出来損ないだ、みそっかすだと侮ってた連中に、今のおまえの力をな。」
「イエッサー!」
ブロッサムベリーの兵隊が10人束になろうが、今のビーチャムの敵じゃない。オレの人間の小ささなんだろうけど、ビーチャムを馬鹿にしていた連中に吠え面をかかせてやりたいんだ。
「隊長殿、才能はアスラ部隊の兵士に必要不可欠な要素ではありませんよね?」
いい質問だ。そう、おまえはそういうヤツだよ、ビーチャム。尻込みって言葉は似合わねえんだ。
「ビーチャムもシグレさんの弟子ならわかるだろう? 才能はないよりあった方がいいが、必要不可欠って訳じゃない。才能があっても根性のない兵士より、才能はなくとも根性のある兵士のが、最終的には強くなる。」
重要なのは才能よりもメンタルだ。戦闘技術の差は根性では埋まらないが、根性さえあれば一流の技術は身に付く。その先にいけるかどうかはわからないが……
「ですよね!自分もそう思うであります!」
「ビーチャム、オレがバクラさんに頼んで枠を4人分、用意してやる。任せたぞ?」
「お任せください!」
「話は以上だ。行ってよし。」
「それでは失礼しますです!隊長殿は存分に副長殿とイチャついてください!」
「ビーチャム!私達はイチャついてなんか…」
シオンの台詞を聞き終えるコトなく、ビーチャムは風のように退出していった。
「もう!ビーチャムったら、ガーデンの雰囲気にすっかり染まってしまって……」
「ここの空気を吸ってればああなるさ。ビーチャムに限った話じゃない。」
「隊長、ビーチャムは自分でも新人をスカウトする気なんですね?」
「チャンスさえ与えられず、辺境で燻っているヤツの気持ちがビーチャムにはわかる。バクラさんでは気付かない、掘り出し物を拾ってくるかもしれないな。素質のある者はバクラさんの目に留まるだろう。だがオレが欲しいのは、素質はなくとも強さへの渇望を持つ兵士だ。」
「強さへの渇望を持つ兵士、まさしく掘り出し者ですね。」
「その掘り出し者はビーチャムに預けてみる。あいつは視野も広く、指揮官の適正があると思うんだ。」
「ビーチャムには指揮官適正がある、ですか? まだ新人兵士ですよ?」
「オレの買い被りかもしれん。だけどビーチャムが可能性を見せてくれた以上、オレは賭けてみたい。」
パソコン机の上に置かれた何枚かの写真から、ビーチャムとの2ショットを選んでコルクボードにピンで留める。
……最初はウォッカや同志アクセルと撮った写真しかなかったコルクボードは、ずいぶん賑やかになってきた。一番隊のみんなや1,1中隊の連中、それにガーデンの部隊長やゴロツキ達と撮った数々の写真は、コルクボードからはみ出し始めている。……この一枚一枚が、オレの大切な宝物だ。
「良く撮れてます、広報部のチッチ准尉からもらった写真ですね。では私も……」
シオンはオレとの2ショット写真をコルクボードの真ん中にピンで留めた。
「ど真ん中に来ましたか。万事に控え目なシオンらしからぬ行為ですな。」
「たまにはいいでしょう。……ところで隊長の心のコルクボードの真ん中にいるのは誰ですか?」
「えっ!?」
「ふふっ、冗談です。ビックリしましたか?」
「ビックリするに決まってんじゃん!」
泡を食ったオレの顔を見たシオンは可笑しそうに笑った。
尽くす系女子のはずのシオンさんにからかわれはしたが、穏やかで可愛い笑顔だ。癒されるよ。
照京から帰ったらもっと大きいコルクボードを買おう。その時にはミコト様と撮った写真も加わるんだろう。
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