休暇編11話 息子の写真



「旅行の途中で面白い物を見つけたので、お土産に買ってきましたよ。」


ロックタウンから帰ってきたバートから差し出されたのは、一枚のブロマイドだった。


「芸能人には興味がないのだが……これは……カナタか!」


この世界で最高のアスリートと認知されているのはスポーツ選手ではない。最高のスターだと民衆が憧れるのはスポーツ選手でも芸能人でもなく、異名兵士達なのだ。


それは御用マスコミが作り上げた虚像でもあるが、実像でもある。同盟のエース、緋眼のマリカがパワーボールのランニングバックになれば、すぐさま得点王の記録を塗り替えるであろう事を大衆は知っているからだ。


大衆とは現金で残酷な生き物だ。彼らは最強で最高の存在を愛する。彼らは戦争で活躍する最高のプレーヤー達に熱狂する。このゲームじみた戦争は、大衆にとって最高の娯楽でもあるのだ。


元の世界で言えば、カナタは殿堂入り選手である叔父も所属した事のある名門球団にスカウトされたルーキープレーヤーだ。そして見事にチャンスを掴み、一軍選手として認知された。残酷な大衆は無責任に期待する。カナタがかつての最強兵士、「氷狼」の再来となる事を……


私はカナタのブロマイドを執務机の引き出しにそっとしまった。


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戦役は終わった。そう遠くないうちにカナタはこの街にやってくるだろう。


私の準備は整っている。ミコト姫の館の近くのホテルの部屋を押さえ、その部屋にはアスラ部隊のニセ軍服からカジュアルな私服まで数々のなりすまし用の小道具を揃えてある。


問題は鏡の奪取計画の方だな。バートは御鏡家近くの下水道に隠れ家を作った。私がミコト姫の説得に失敗した場合に鏡を奪取する為の前線基地で、そこから御鏡家の邸内までの侵入ルートの確保は出来た。だがそこから宝物庫へ至るルートが構築出来ない。侵入してから当主の雲水か、その執事を脅して宝物庫へ入る以外に方法がない。


今の状態では鏡の奪取は運任せ、という事になる。残された時間でもっと成功率の高い作戦を考える必要があるな。バートに無謀な挑戦をさせる訳にはいかない。状況が変わらないなら鏡の奪取は見合わせるべきだろう。その場合は、私がミコト姫を説得出来るか否かに全てが懸かってくる。


方法はさらに考えるとして、鏡を奪取出来たとすれば、そこからの逃走ルートの準備は万全、逃走先である神難のスラムにも、この街同様の隠れ家を準備してある。


鏡の奪取に問題はあるが、カナタがつるかめ屋にやってきたのをキャッチした時点で入れ替わり作戦の開始だな。私がミコト姫の説得に成功しさえすればいい。その可能性に賭けよう。


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「しかしコウメイの息子さんは大したものですね。ロックタウンでは部隊長候補の筆頭だと噂されていました。」


シャワーを浴びて旅の垢を落としたバートがリビングに戻ってきた。


「カナタ自身も優れた兵士だが、三つのしもべも優秀だからな。」


「三つのしもべ?」


「日本にはそういう名作アニメがあるんだよ。三つのしもべに支えられながら戦う超能力少年の物語なんだがね。」


「超能力少年と三つのしもべねえ。どんなしもべなんですか?」


「変身能力を持った黒豹ロデム、空飛ぶ怪鳥ロプロス、大海原の巨人ポセイドンだ。」


「万能秘書役のリリス嬢、空中殺法が得意なナツメ嬢、長身でパワータイプのシオン副長、まさに三つのしもべですね。」


「まったくだ。違いは見た目が可愛い女の子だというぐらいだな。」


「フフッ、剣狼カナタと三つのしもべですか。話は変わりますが、これにも目を通しておいてください。少し気が早い話なのですがね。」


……これは……ロックタウンへの旅すがら、バートはアンチェロッティファミリーの動向も調べてきたんだな。


アンチェロッティファミリーのボスであるアドリアーノ・アンチェロッティこそがバートの家族の仇、この男には地獄を見せてやらねばならない。


……敵は純構成員数3000を越える犯罪組織か、相手にとって不足はない。


「復讐にそう時間をかける訳にもいかんな。」


相棒に旅の疲れを癒してもらうべく、濃い珈琲を淹れてテーブルに置いた。悪党同士のティータイムだ。


「もっかのところ、3000対2の勢力比ですよ? コウメイの知謀を以てしても、時間はある程度かかるでしょう?」


難しい顔で厳しい現実を指摘したバートだが、珈琲を口にして相好を崩した。


新しく試す銘柄だが気に入ったらしいな。薫りの強い珈琲は私とバートに共通する好みだ。


「アンチェロッティには息子がいる。まだ二十歳だが、結婚されて子供でも作られると面倒だ。悪党の私でも子供や妊婦を殺すのは気が引ける。」


「ドン・アンチェロッティだけでなく息子のアンジェロも殺りますか?」


「二十歳とはいえファミリーの幹部だ。いい大人が自分の意志で麻薬も扱う犯罪組織に入った以上、同情する余地などない。だから死んでもらう。名こそ天使アンジェロだが、天国には行けんだろうがね。」


「フフッ、神がいたとしても返品するでしょうね。」


「生かしておけば必ず父親の復讐を考えるだろうし、組織が息子を旗印に再興するかもしれん。二重の意味で生かしてはおけない奴だ。そしてアンジェロはドン・アンチェロッティよりも先に殺す。」


「ドン・アンチェロッティよりも先に?」


「溺愛する息子を失う苦しみを味わってもらうのさ。バートの家族を奪った以上、対価は同じ家族の命で払ってもらおう。」


「……ありがとう、コウメイ。ですが私から条件をつけさせてください。」


「条件? なにか不満でもあるのか?」


「復讐に時間がかかってもいい。まずはコウメイの家族の件に区切りをつけましょう。家族が地球にいるならよし、この世界に呼び寄せるのなら、私達とは無関係の人間にする工作を完璧に済ませてからです。息子を奪った時点で、アンチェロッティには権利が生じますから。」


アンチェロッティに生ずる権利だと?……そうか、そういう考え方もあるか。


「仇ではない家族を始末した時点で、アンチェロッティには私の家族に報復する権利が生ずる、か。奴の息子が組織の幹部である以上、無関係ではないとしてもな。」


「自業自得とはいえ息子を奪われた親になる訳ですからね。私の復讐に巻き込んでいいのはコウメイまでです。コウメイの家族は絶対に巻き込めない。もしアンジェロに妻子が出来たら、見逃しましょう。もちろん、夫の復讐を目論むようなら始末します。私一人でね。」


女子供の始末をつけるのは自分一人でやる、か。そんな条件は飲めないぞ。


「バートひとりに負わせはせんよ。誰かを殺す決意をして行動に移した以上、女子供であろうと容赦はしない。殺す覚悟とは殺される覚悟もするという事だからな。」


私の提案に対し、バートは話題を変える戦術に出て来た。


「仮定の話はここまでにして実際、アンチェロッティファミリーをどうにか出来そうですか?」


「3000とは言わんがそれなりの組織は要るだろう。弱体化した組織にトドメを刺す為にな。」


「トドメ? 弱体化させるのに組織は要らないと?」


「犯罪組織に敵がいない訳はない。アンチェロッティのように強引に成り上がればなおさらだ。犯罪組織同士の共存共栄なんてお題目は、砂上の楼閣よりも脆いものさ。悪党と悪党を食い合わせるように仕向け、弱ったところを仕留める。」


黒澤明の映画のようにな。必要なのは工作資金と手足となる忠実な実行部隊、それに情報を得られるコネ、といったところか。


「コウメイの悪巧みが結実する日が楽しみですよ。無事にその日を迎える為に目の前の計画を練り直しましょう。帰り際に情報屋に寄ってきたんですが、そこで面白い情報を聞けたのです。私達の計画に利用出来るかもしれません。」


「どんな情報だ?」


「御鏡家の執事の従兄弟がセキュリティ会社の役員なんです。御鏡家の宝物庫のシステムを納入したのはその会社からかもしれませんよ?」


「おそらくそうだ。この街の宰相である御鏡雲水自らがその手の雑事を手がけているとは思えん。雑事は執事任せだろう。カナタがいつこの街に現れるか分からん。急いでその線をあたってみよう。」


「そう思ってその会社の事も調べてきました。」


さすがバートだ。実に有能だよ。私はバートからセキュリティ会社の資料を受け取り、ざっと目を通した。


「この資料から警備状況までは分からんが、セキュリティ会社だけに警戒は厳重だろう。……だがシステムの設置は子会社に回しているようだな。子会社はさらに下請け業者を使っているかもしれん。もしそうなら、そっちから崩せる可能性がある。」


「明日にでも調べてみます。カナタさんがいつこの街に来るか分かりません。急いだ方がいいでしょう。セキュリティシステムの機能と設置場所さえ分かれば人質などいなくとも鏡を盗み出せます。」


「そうだな、急ごう。セキュリティ会社は必ず宝物庫へ入る方法とシステムオフの方法を知っているはずだ。」


こうなるとカナタにはガーデンでのんびりしてから、照京に向かって欲しいものだが……


大丈夫、カナタも部隊を率いてる事だし、帰投後に体一つで気軽に動けはしないはずだ。




それにこの世界に来てからというもの、私にはツキもある。きっと上手くいくだろう。



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