照京編13話 持つべき者は、よき相棒



塀の背を預け、目を瞑った私は近付いてくる軍靴の足音を聞いていた。最近の死神は軍用ブーツを履いているらしい。


ドゴッという衝撃音とバイクのエンジン音、なにがあったんだ?


目を開けるのも億劫だったが、私はなにが起こったのかを確認しようと音がした方に目を向けた。


兵士達を轢き倒しながら走ってくる1台のバイク。乗っているのは相棒だった。


「コウメイ!手を伸ばして!」


最後の力を振り絞って右手を上げる。その手をしっかり掴んだ相棒は、私の体を引き上げてサイドカーに放り込んだ。


(なぜ来たんだ、バート? プランとは違うだろう?)


声に出して話そうにも、今の私にバイクのエンジン音より大きい声を出すのは無理だ。思念で話せるテレパス通信を使うしかない。


(一緒に裏社会を駆け上がるって約束したでしょう? こんなところでリタイアなんて契約不履行ですよ、コウメイ!)


やれやれ、とんだお人好しの殺し屋もいたものだな。背後には追っ手のバイクとバギーが迫ってきてる。相棒の命懸けの献身を無駄には出来ん!私のこの手で妻子を救うんだ!


風美代とアイリの笑顔が脳裏をよぎる。諦めたりしてすまなかった。私は生きる!家族と共にだ!


震える手でガムシロップのボトルを掴んで一気飲み!よし、気のせいかもしれんが、少し力が戻ってきたぞ!


(バート、気のせいだと思うが、少しは動ける気がしてきた。地下へ逃げ込もう。)


(了解。気のせいでも、勘違いでも、動けるのなら動いてもらいますよ!)


バイクを停めて歩道のマンホールの蓋を持ち上げたバートは、追っ手のバイクにフリスビーのように投げつけて命中させた。


「いい腕だ。殺し屋を辞めてフライングディスクのコーチになったらどうだ?」


「減らず口が叩けるのはいい兆候です。」


バイクを追走していた追っ手のバギーに向かって、バートは袖をまくって指差すように左手を伸ばす。


ガキョンガキョンと変形する左腕が銃に変わり、バギーに向かって火を噴き、たちまち炎上させる。


「最初に会った時、マメ一つない左手だと思ったのだが、そういう事だったか。」


「これでも殺し屋ですからね。隠し芸大会は終わりです。行きましょう!」


バートに続いて私も下水道に飛び込む。私の体をキャッチしたバートの肩を借りながら、暗い地下道を進み始める。入念に仕掛けを施した脱出ルートにさえ到着出来れば、こちらのものだ。


───────────────────────────────────


無事に照京を脱出した私達は、照京郊外の森にある山小屋に辿り着いた。この山小屋はミコト姫の説得に失敗し、鏡を奪って逃走した場合に備えて準備しておいたアジトだ。ここで少し体を休めよう。


バートは私をベッドに寝かせ、酒で消毒したピンセットを使って体から弾丸を摘出してくれた。


「止血パッチは自分で貼るよ。栄養剤のアンプルを取ってくれ。」


「オーケー。まとめていきます?」


「まとめていくさ。元気を限度額一杯まで前借りしておくとしよう。」


「後でどうなっても知りませんよ?」


「元気の前借りなんて官僚時代に散々経験済みだ。与党に準備時間を与えたくないなんてセコい理由で、質疑応答の前日ギリギリに質問内容を送ってくるバカどものお陰でな。」


そんな輩が国会では偉そうにブラック企業がどうの過労死がどうのと論じているんだから、ギャグだとしか思えん。いっちょまえに能書きが言いたいなら、官僚に意味のない残業をさせるのをヤメてからにしろ。


「お気の毒さま。でもそれ、官僚の仕事なんですか?」


栄養剤、滋養強壮剤のアンプルをまとめて受け取った私は、体内に注入する。


「それこそが官僚の仕事さ。官僚の手助けなしに質問に答えられる大臣なんて滅多にいない。ヒドいのになると官僚が作ったペーパーを読むしか出来ないなんてのもいた。度し難いのは官僚上がりの政治家のクセに、政治家になった途端、官僚を酷使し始める輩もいた事だ。」


野党も野党だが与党も与党。官僚生活にオサラバ出来てスッキリしてるよ。


「官僚時代は政治家の横暴に文句を言っていたのに?」


「言っていたのにだ。官僚上がりの政治家は両極端だよ。非常に優秀な者もいる反面、お役所仕事の悪癖が拭えん輩もいる。ま、後者は官僚としての先がないから、政界に逃げ込んだ連中だがね。」


「コウメイの政治談義はいずれ拝聴するとして、これからどうします?」


「鏡は奪取出来たのか?」


「もちろんですよ。ほら。」


バートはナップザックから輝く鏡を取り出し、見せてくれた。私は鏡を手に取り、観察する。……鏡そのものはタダの鏡だな。だが、鏡の額縁にはめ込まれた宝玉から力を感じる。天掛神社の御神体とよく似た波動……これが力の源泉だろう。


「オッケーだ。ついでに宝物庫から宝石類も拝借してきたみたいだな?」


床に置かれたザックから煌めく宝石がこぼれ落ちていた。行き掛けの駄賃、といったところか。


「叛乱軍にくれてやる必要はないでしょう?」


「もちろんだ。だが宝石類は足がつくんじゃないか?」


「普通ならね。私は報酬をダイヤモンドで貰う事にしています。カットも研磨も自分で出来るもので。」


「なるほど。受け取った報酬ダイヤをカットして捌く。多少金額は目減りするが安全、か。プロだな。バート、ここに潜伏してカナタの安否を確認し、それから次の行動に移るぞ。」


カナタ達がヘリで公邸を脱出したのは確かだが、照京から撤退出来たかどうかまでは見届けていない。息子の安否確認が第一優先だ。


「どうやってカナタさんの安否を確認します? 叛乱軍司令部に問い合わせでもするんですか?」


「叛乱軍がミコト姫を殺したか捕らえたかすれば、大々的に発表するだろう。ミコト姫が逃亡したならカナタも無事。そうでなければ……」


「そうでなければ?」


知れた事だ。私の全ては家族の為にある。


「捕まったのなら救出作戦を練る。もし息子が死んでいたりすれば……照京ごと叛乱軍をぶっ潰す。連中をタダではすまさん!」


「ハシバミ少将にとっては、カナタさんが生きていた方がいいみたいですね。」


「そうなるな。バート、テレビをつけてくれ。」


ニュース、いや、革命政府の国営放送とやらでは、総帥と議長の身柄は拘束したが、ミコト姫は国外へ逃亡したとの事だった。


フン、当たり前だがな。土壇場エースのカナタがおまえら如きに捕まるものか。


今のうちにせいぜい我が世の春を謳歌しておくがいい。いい気になっていられるのも今のうちだけだ。




……カナタと私、二匹の狼を野に放った事をいずれ後悔する事になるぞ。



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