照京編12話 苦渋の決断
「最後の兵団が来てやがる!ハシバミ少将は兵団と手を組んだんだ!」
「隊長!総帥府が見えてきました!」
巨大な総帥府のあちこちから煙が上がってる!クソッ、遅かったか!
コクピットまでやってきたツバキさんは左手で屋上を指差した。
「剣狼!屋上を見ろ!」
オレはアイカメラを最大望遠にして屋上に目を向ける。オレの目に屋上を転がるように走る総帥と議長の姿が映った。
「父上!」 「父上がいる!」
照京の支配者と宰相の娘は座席から立って後部座席の窓に顔を傍付けた。
「シオン、急げ!二人を回収する!」
総帥、議長の二人に続いてリンドウ中佐が親衛隊を伴って屋上に出て来た!あの人数じゃ回収出来ないぞ!
いや、総帥府の屋上にもヘリがある!
「父はヘリの操縦が出来ます!」
なら望みはある!
屋上へ追い縋ってきた叛乱部隊の兵士達は鮮やかな手並みでリンドウ中佐が斬り伏せていく。さすが円流の師範、いい腕だ。
だが新手の追撃部隊は手練れだった。あれは……兵団の「剣聖」クエスター!
「機構軍の剣聖だと!マズい!急げ!急ぐんだ!」
「もうやってる!これ以上速度は出ないわ!」
焦るツバキさんに怒鳴り返すシオン。間に合え!間に合ってくれ!
リンドウ中佐が万全の状態なら、相手が「剣聖」クエスターであろうと互角の勝負が出来たのかもしれない。
だが屋上までの血路を開くのに力を使い、傷付き疲労していたリンドウ中佐は、剣聖相手に苦戦中だ。
親衛隊達も騎士達相手に戦い、一人、また一人と倒されていく。
数的優位にあるクエスターだが、騎士の誇りなのか、配下の騎士達に手出しはさせず、一騎討ちでリンドウ中佐と雌雄を争っているのが救いだ。
マズい!苦戦するリンドウ中佐の横を、真銀の騎士が走り抜けていく。
「守護神」アシェスは離陸しようとするヘリのローターに念真衝撃波を飛ばして破壊、すぐさまヘリに乗り込んで総帥と議長を引きずり出した。
「ああっ、父上!」 「当主様、父上が!」
クソッ!オレに守護神に拘束された二人を助けられるだろうか?
オレは席を立って後部座席のドアを開いて身を乗り出し、ヘリが屋上に近付くのを待つ。
リリスは悪魔形態完全解除の準備に入ったか。使わせたくないが、切り札を切るしかないかもしれん。
……それでも、ワンチャンスだな。しくじれば次はない。
オレの姿に気付いたリンドウ中佐からテレパス通信が飛んでくる。
(カナタ君、逃げろ!)
(今、助けます!)
(ミコト様だけでも連れて逃げるんだ!早く!)
最後まで諦めずに勝利を掴もうと奮戦するリンドウ中佐、だが剣聖クエスターが繰り出す2本の長剣の凄まじい連撃がリンドウ中佐の胸を貫いた!
「リンドウ中佐!!」 「兄上ーーーー!!」
「ごはっ!!……カナタ君……ミコト様を……頼んだぞ!!」
叫びながらガクリと膝を着くリンドウ中佐。そのまま前のめりに倒れ込む。
守護神は拘束した二人と自分を囲うように強力な念真障壁を展開、か。……畜生!!
「シオン!全速離脱だ!撤退する!」
「ダー!」
「待て剣狼!!兄上を見捨てるつもりか!」
「もう無理だ!わかるだろ!」
「まだわからん!ヘリを戻せ!戻すんだ!!」
片手でオレの襟首を掴んで怒鳴るツバキさん。目には涙が滲んでいる。苦渋の決断だが、万が一すら望めない状況では他に選択肢はない!
「離脱だ!急げ!」
急旋回したヘリは総帥府が離れていく。諦めきれないツバキさんはコクピットに戻ろうとするが、ナツメのボディブローを喰らって気を失った。
「……カナタ、これでいい?」
「ああ、イヤな役をやらせたな。……ミコト様、申し訳ありません。」
「あの状況ではどうしようもありませんでした。撤退の判断は私がすべきだったのに、カナタさんに責任を押し付けてしまいましたね……」
頬に涙を伝わせるミコト様は肩を落とし、涙ぐむイナホちゃんを抱き抱える。
「ぐすっ……ミコト様、父上と総帥が捕まってしまいました……」
「捕まっても、生きています。望みはあります。」
「左内は? 胸を刺された左内は?」
「……きっと生きています。竜胆左内は強い男です。」
それが気休めなのはミコト様もわかってるんだろう。リンドウ中佐は心臓を貫かれた。いくら適合率の高いバイオメタル兵士でも……生きてはいまい。
「隊長、進路の指示を!」
コクピットに戻ったオレは戦術タブレットの画面を確認しながら副操縦席に座った。
「わかった。包囲の手薄なルートを探す。」
……リンドウ中佐、ミコト様はオレが護ります。だから安心して休んでください。
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手薄と思われるルートを飛行してはいるものの、いつ叛乱部隊の追っ手が現れても不思議はない。
!!……テレパス通信の接続要請だと!?
(誰だ!?)
(これから脱出ルートを指示する。)
(どこの誰だかわからんヤツの指示なんか信じられるか!名乗れ!)
(つるかめ屋で警告を出した。これで信じたはずだ。)
つるかめ屋!あのメッセージがなければミコト様の危急に間に合わなかった。信じてもよさそうだが。……!!……上空を飛んでるヘリにテレパス通信を届かせてる? そんな芸当はリリスみたいな化け物級の念真強度が必要なはず……
(わかった。その脱出ルートとは?)
(街を囲う防壁に設置されてる対空ミサイル網を突破する手段を思案していたはずだ。4時方向の防壁の対空ミサイルは沈黙させた。そこから脱出しろ。途中でヘリに会っても構うな、こちらで処理する。)
(ヘリに出くわしたら対空ロケットランチャーの届く高度で飛べばいいんだな?)
(察しがよくて助かる。幸運を。)
眼下に見えるビルの屋上に人影が見えた。フードを被ったその男はヘリを見上げてから、背中を向けて去ってゆく。
……謎の男といい、権藤といい、フード男によく助けられる日だぜ。
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謎の男の言ったコトはウソではなかった。途中で数機の叛乱部隊のヘリに出くわしたものの、全て地上からの攻撃で撃墜され、事なきを得た。
「隊長の言葉通りでしたが、どうやって地上からの援護を?」
「謎の勢力が援護してくれてるらしい。切り抜けてから詳しく話すよ。」
「ダー。もうすぐ対空ミサイル網の射程に入りますが、どうしますか?」
「4時方向の対空ミサイル網は沈黙しているはずだ。街を出て距離を稼いだらUターンし、9時方向へ飛んで神難を目指すんだ。」
「ダー。謎の勢力の援護に感謝ですね。」
……ああ。ヤツに助けられたのはこれで二度目、いや、三度目になるのか……
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照京を脱出したヘリは飛行を続け、神難の街から近いところまで到達した。脱出したのは日暮れ前だったが、もう日が完全に落ち、満月が淡い光を放っている。
「シオン、もうすぐ森が見えてくるはずだ。降ろせるところに着陸してくれ。」
「ダー。」
オレは副操縦席から立って後部座席へ移動する。
意識の戻ったツバキさんは、オレを鋭すぎる目で睨みながら罵ってきた。
「ハッ!……剣狼、よくも兄上を見捨てたな!よくも…よくも!おまえは…」
「ツバキ、今は…」
「ミコト様!剣狼は兄上だけでなく総帥も議長も見捨てたのですよ!」
「では聞きますが、あの状況でカナタさんに何が出来たのです? 左内は倒され、父上と雲水は捕まった。剣聖と守護神に多数の騎士達、彼らを相手に私達を護りながら戦って勝利しろとでも?」
「剣狼に精鋭の部下三人、それに私もいました!なんとかなったはずです!剣狼が兄上を見捨てたのは事実で…」
「お黙りなさい!ツバキは今、冷静さを欠いています!……カナタさん達が救出に来てくれなければ、私達も捕虜か、さもなくば殺されていた事でしょう。恩人への暴言は許しません!」
「………」
「ツバキ、アンタが少尉を逆恨みすんのは勝手だけど、行動に移したら私は容赦しないわよ? 相手が誰であろうと…」
やぶにらみのリリスがツバキさんに釘を刺しにいったので、オレはリリスに釘を刺す。
「やめろ、リリス。ミコト様、近くの森に着陸します。よろしいですね?」
「神難に行くのではないのですか?」
「そのつもりですが、神難が安全とは限りません。照京と似たような事態になっているかもしれない。街に向かうのは安全を確かめてからです。」
「なるほど。今はカナタさんだけが頼り、全て任せますので、最善の策をとってください。」
「ありがとうございます。ナツメ、任務だ。」
「まかせて。街の安全を確認、安全なら司令への連絡、それから戻ってくればいいんだよね?」
「そうだ。ヤバいと判断したらすぐ逃げろ。3時間経って戻らなければ、危険と見做してオレ達は移動する。その場合の合流地点はここな?」
ナツメの戦術タブに地図を映し、オレは合流地点を指で示した。
「ラジャー。」
「隊長、着陸を開始します。」
シオンはゆっくりとヘリを森の開けた平地に着陸させる。
行動を開始する前にオレは三人娘を呼び寄せ、命令ではなく頼み事をした。
「みんな、公館の中庭で会った男のコトなんだが、誰にも話さないでくれないか?」
「隊長、あの男は狼眼を使いました。八熾の血族なのでは?」
「それも含めて内密にして欲しい。頼む!」
権藤杉男のコトを報告すれば、司令は17号だと気付く。命の恩人で同じ星から来た同胞に不利益なコトは出来ない。
「少尉、事情は話せない。でも内密にして欲しい。私達との信頼関係はどうでもいいの?」
……だよな。もう全ての事情を話してしまうしかないか。戦乱の星で生き抜く力をくれるこの体には感謝してる。でも出来るコトなら、仲間にだけはオレがクローン人間であるコトは知られたくない……
「いいよ。私は誰にも話さない。だからそんな顔しないで。」
「ナツメ、いいのか?」
「知りたくない訳じゃない。カナタのそんな顔は見たくないだけ。ほら、いつもみたいな締まりのないニヤけ顔を見せてよ?」
オレは笑おうとしたが上手く笑えなかった。顔芸には自信があったんだがな……
「はぁ、仕方ないわね。了解よ、少尉。」 「隊長、話せる時が来たら話してくださいね?」
すまない。オレはみんなの思いやりに甘えてばっかりだな。
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笑顔で口止めに応じてくれたナツメはヘリに収納されている小型バイクを取り出して、神難の偵察に出掛けていった。
「シオン、葉っぱの付いた枝を集めてきてくれ。気休めにしかならんが、ヘリを偽装する。」
「ダー。」
「私は不味い珈琲でも淹れておくわ。」
リリスがキャンピングキットを取り出したので、大木の傍に設置してやる。
「なんで木の下にセットすんの?」
「立ち上る煙が枝葉にあたって、発見されづらくなるからだ。」
「素敵なチキンっぷりね、少尉。」
「褒めてもなにも出ないぜ。」
珈琲で口直し出来るってんなら、ガムシロップでカロリー補給しておくか。
う~、甘え。でもガムシロップさん、ありがとう。いつもお世話になってます。
「少尉、またあの目を使ったみたいだけど、大丈夫なの?」
リリスはオレに珈琲を手渡しながら心配げだ。
「問題ない。もういつでも使えるようになった。」
「そう。少尉の中で眠っていた狼が目覚めたのね。」
オレは珈琲片手に夜空に浮かぶ満月を見上げながら、狼眼を持つもう一人の男のコトを考える。
権藤、アンタのお陰で生き延びたぜ?……アンタも無事でいてくれよ?
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