照京編11話 もう一人の狼
広い庭ですれ違う人達に敬礼しながら私は公館へと歩いてゆく。
ミコト姫は公館の最上階にいるはずだ。
突然の爆発音、私は反射的に歩道脇の茂みの中へ飛び込んだ。
いったいなにが起こったんだ!?……!!……公館前の衛兵が銃弾に倒れた!
正門前に乗り付けられた複数の軍用車両から降りて来る軍人達、……まさかクーデターなのか!
どうする!? どうすればいい! ハンディコムが鳴ってる、バートからだ!
「コウメイ、緊急事態です!!御鏡家の屋敷が襲撃されています!」
「こっちもだ!どうやらクーデターらしい!」
「どうします!?」
「騒ぎに乗じて邸内に侵入、鏡を奪って脱出してくれ!出来るか?」
「ええ、騒ぎのお陰で奪取自体は容易になりました!脱出地点で落ち合いましょう!」
「了解だ!無事を祈る、相棒!」
「コウメイも!」
反乱部隊はミコト姫を狙っている。もう説得どころではない。私も上手く脱出せねばならんが……
公館内でも同士討ちが始まっている!いや、反乱部隊は公館内にもいたのだ!
コッチに向かって走ってくる兵隊二人、コイツらはどっちだ?
「ミコト姫はどこにいるんだ?」
「公館最上階!だが気をつけろ!ミコト姫のボディーガード、「円剣」ツバキは手強いぞ!」
「公館内の内通部隊に先を越される前にミコト姫を捕まえるんだ。捕らえた者には1億クレジットの報奨金が出るんだぜ!」
反乱部隊か。なら遠慮はいらんな。
不意討ちで一人を仕留め、返す刀でもう一人も始末する。未熟者が分不相応の夢など見るからこうなるのだ。
素早く死体を引きずってコートを頂く。カナタと間違われてはたまらんからな。フード付きの装甲コートはありがたいぞ。これで反乱部隊のフリをして脱出出来るかもしれん。
……着替えた私が脱出しようと茂みから出た時に、目に映ったのは息子の姿だった……
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「どけえ!オレの邪魔をするヤツは全員殺す!」
20メートルも離れていないところに……息子がいる!私の息子が!!
三人の女の子達と共に群がる敵兵を始末したカナタだったが、正門からさらに多数の反乱部隊がなだれ込んで来た。
「クソが!もうお代わりが来やがったのかよ!」
カナタ、どうして逃げなかった!……ミコト姫を見捨てて逃げるなんて出来る男じゃない。カナタは決して信念を曲げない狼なのだ。
フードを被った私はカナタ達に迫る反乱部隊に向かって駆け寄り、狼眼をお見舞いする。
首尾良く全員を仕留めたが、さらなる反乱部隊が迫って来ている。だが私の息子を死なせはせんぞ!
「今のは狼眼!? アンタはまさか!?」
「私の事などどうでもよかろう!ここは私に任せて先にいけっ!」
「し、しかし……」
「いけっ!いくんだ!!」
私の事など案じている場合か!いくんだ、カナタ!
「少尉!いくのよ!」 「カナタ!いこう!」 「隊長、決断を!」
そうだ!みんなでカナタの背中を押してやってくれ!
ギリッと歯を食いしばったカナタは駆け出し、叫んだ。
「いくぞ!ミコト様を護る!」
それでいいんだ。いけっ、カナタ!ここは命に代えても、絶対に誰も通らせんからな!
殺到する反乱部隊に私は片っ端から狼眼を食らわせてやる。私の息子の邪魔はさせん!
走り去るカナタからテレパス通信が飛んできた。
(アンタは権藤杉男だな!)
父だと名乗ってしまいたい。ここが私の死に場所になるかもしれないのだから……ダメだ!カナタの心にシミは残さない!
(……そうだ。死ぬなよ、カナタ。)
これでいい。これでいいんだ。
(アンタこそ!この恩は忘れない!また会おう!)
(……ああ、また会おう。)
……この恩は忘れない、か。やっと、やっと一つだけ息子の力になれたぞ。
その言葉を胸に抱いて……ここで死のうと悔いはない!私が死んだら、風美代とアイリの事は頼んだぞ!
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「おまえは味方のようだが、所属はどこだ!」
「オレだ。ここで時間を稼ぐぞ!」
私は正門を守るべく駆けつけてきた公館の衛士長に顔を見せた。少ないとはいえ部下も引き連れている。
「天掛少尉!我々と一緒に戦ってくれるのですか!」
「ああ。オレの部下三人がミコト様を連れて脱出するまでの時間を稼ぐんだ!」
「無論だ!皆、我々の死地はここぞ!ミコト様への忠誠は死せども滅びぬ!」
数こそ少ないが士気は高い衛士達と共に白刃を振るい、邪眼と炎術を駆使する。カナタ達を逃がす為の時間を稼がねば!
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死力と刀を振るって第三陣までは食い止めたが、そろそろ限界が近い。カナタほどの技量を持たない私は、かなりの手傷を負ってしまっている。
「……天掛少尉……後は……頼んだ……」
最後の台詞を口にした衛士長は崩れ落ちた。衛士長を仕留めた敵兵達を睨み殺したが、目が霞む。
衛士長が死に、衛士隊も全滅。カナタ達は脱出出来ただろうか?
……霞む視界に映ったのは、屋上から飛び去ってゆくヘリ。カナタは上手くやったのだ!
私は逃亡に備えて準備しておいたスモークグレネードをあるだけ使って、新手の放つ銃弾を躱しながら庭を突っ切り、念真皿を足場に塀を跳び越えた。
塀の外に着地しようとしたが上手くいかず、地面に倒れ込む。
躱し切れずに何発か銃弾をもらったからな。疲労も限界で、もう立てそうに……ないな。
狼眼の酷使と出血で、視界が霞む。四肢に力も入らない。
公館の周辺を固めていた敵兵が倒れた私の姿を発見し、大声を上げた。じきにゾロゾロと敵がやってくるだろう。
……ここまでのようだな。私が死ねば、バートは用意していたビデオメッセージをカナタに届けてくれるだろう。風美代とアイリを救う事、バートの復讐の手伝い、カナタならやってくれる。
駆け寄ってくる複数の兵士の姿を確認し、私はゆっくり目を閉じた。
……カナタ……風美代……アイリ……元気でな……
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