懊悩編4話 牙を抱いて滅べ



バー「スネークアイズ」が会場の4番隊中隊長達の飲み会に参加したのはいいけど、上司のトゼンさんの悪口が話の俎上に上がった時にトゼンさんがやってきてしまった。


噂をすれば影とはよくいったもんだよ。


だが中隊長達は気まずい顔どころか、顔色ひとつ変わってない。


青くなってんのはオレだけかよ。


「おや、旦那じゃねえでやすか。今、旦那が生まれつきどうしようもねえ人間だって話してたとこでさぁ。」


サンピンさん、挨拶代わりにとんでもない爆弾を投下しないでよ。心臓に悪いでしょ!


ウロコさんがぞんざいな感じで空いてる椅子を引きながら、


「せっかくだし座んなよトゼン。ツマミはいつものかい?」


「おう、それと冷や酒をな。」


「マスター、トゼンはいつものヤツだ、酒は冷やで頼む。」


ウロコさんのオーダーに、バーカウンターの奥にいる蝶ネクタイの渋いマスターが無言で頷く。


「あ、あの、怒ってないんですかトゼンさん?」


「あ? なんで怒る必要があんだ?」


「普通は生まれつきどうしようもない人間とか言われたら怒りません?」


トゼンさんが普通の人間じゃないのは分かってるけどね。


「事実じゃねえか。俺は生まれつきどうしようもねえ男だ。変な表現だが生まれつきどうしようもねえのはどうしようもねえだろうがよ。真っ当なレールからクソみたいなレールに路線変更したコイツらのがよっぽどタチがワリぃ。そう思わねえか、小僧?」


「タチ悪いですねって言ったらオレは死にますので、ノーコメントで。」


「コイツらぐれえ返り討ちにしてみろってんだ、しょうもねえガキだな。」


4番隊の中隊長4人を相手に勝てるワケないでしょう。無茶言わないで下さい。


トゼンさんの注文の品が運ばれてくる。早いなスピードメニューか?


テーブルの上に並んだのはスルメイカの干物にチーズ鱈、サンマの蒲焼きの缶詰にカップ酒だった。


は? じょ、ジョークかな。


「干物とチーズ鱈はまだ分かりますけど、缶詰はサンマじゃなくてオイルサーディンとかじゃないですかね? しかもカップ酒て!升酒ぐらいあるんじゃないですか?」


これじゃあチープな家飲みのメニューじゃん。バーにくる必要ないじゃん!


バイパーさんが缶詰を、パイソンさんがカップ酒の蓋を開けながら答えてくれた。


「兄貴はこういうのが好みなんだよ。」


「高価で手の込んだモンは口に合わねえんだとさ。」


はぁ、好みっすか。好みじゃしょうがないよなぁ。


そういや作戦の時もスルメをシガシガ噛んでたなぁ。ホントに好きなんだねえ。


「貧民街の出なんでな、舌が貧しいのはしょうがねえだろう。貧民街は関係ねえか、ウロコみてえに味の分かるのもいんだしな。」


「2人はおなじ街の出身なんですか?」


「よしとくれ。アタシもトゼンも貧民街出身だが、おんなじ街って訳じゃない。このご時世だ、貧民街がないメガロポリスなんてありゃしないんだよ。アタシが仕切ってたシマにやってきた風来坊がトゼンさ。腕が立つんでね、用心棒みたいに雇ってたんだ。見ての通り飲み食いはチープな男で安くすむしね。」


シマを仕切ってた、か。つまりヤクザの女親分と用心棒の先生の関係だったのね。さもありなん。


「じゃあ、ウロコさんの部下の人達って………」


「ああ、アタシとトゼンがイスカにスカウトされた時に一緒に来た連中だよ。物好きだねえ。」


暗黒街からヘッドハンティングとか司令も無茶すんなぁ。剛腕すぎでしょ。


「ぜ、前科とか問題にならなかったんですか?」


「アタシとトゼンはキレイなもんさ。前科がつくようなドジは踏んでないからね。アタシの部下には前科があるのもいたみたいだけど……」


「言わなくていいです!」


司令がもみ消したに決まってるからな。聞かない方がいい。


トゼンさんが片手で器用にチーズ鱈の袋を開けながら、


「驚くほどの事じゃねえよ。兵団レギオンにゃあ、ムショからスカウトされたってのもいんだぜ?」


「はいぃ? 刑務所からですか!」


兵団レギオンの4番隊、ヘルホーンズ隊長の「狂犬マッドドッグ」マードックでやすよ。ヤツぁ懲役400年とかいう囚人だったみてえでやすね。」


アスラ部隊の4番隊だけじゃなくて、兵団の4番隊も不吉なのかよ!


懲役400年ってデビルリバースじゃねんだから。いやデビルリバースは懲役200年、倍も刑期が長えわ。


なにやらかしたら400年もの懲役をもらうんだよ。


「しかも身の丈が240cmもあるんだ。俺っちより40cmもデカいヤツがいるとは驚いたね、兄ぃ。」


「おう、しかも念真強度も600万nだとよ、ボーイの彼女のおチビさんと同等の強度だ。」


「身長240cmで念真強度600万n!? そのマッドドッグ・マードックってホントに人類なんですか? ついでにツッコミますけど、リリスはオレの彼女じゃありませんからね!」


なんだよその化け物は!落ち着け、デビルリバースは身長20m。240cmなんて可愛いもんだ。


約8分の1じゃんか。大したコトない大したコトねえよ。…………そんなワケがあるか~~!!


大したコトありまくりだっちゅ~の!………ま、まさかとは思うけど……


「きょ、狂犬は完全適合者ハンドレッドだったりしませんよね?」


トゼンさんがスルメを煙草みたいに咥えたまんま答える。


「おいおい、小僧、まさかだろ?」


「で、ですよねえ、その上に完全適合者とか、タチが悪すぎて洒落にもなんないですよね。」


「まさかオメエ、そこまで条件の揃ったヤツが完全適合者じゃねえなんて、甘え事を考えてたのか?」


「やっぱりか~~~!!逃げる!狂犬に会ったらオレは逃げるぞ、絶対にだぁ!!」


「誰もオメエに狂犬の相手をしろなんて言ってねえだろうが。チキンな決意を大声でがなり立てんじゃねえよ、みっともねえ。タマキンついてんのか、オメエはよ。」


童貞ですけどタマキンはついてますよ。トゼンさんみたいに心臓に毛は生えてませんけど。


ウロコさんがビビリのオレを慰めてくれる。


「心配しなくても1番隊がヘルホーンズと交戦する時には、マリカが狂犬の相手をするさ。たけど気をつけな。狂犬の部下も曲者揃いだよ。特に「イカレ女」ドーラとかね。」


「イカレ女? そんなのがいるんですか?」


「ああ、ドーラ・ザ・クレイジービッチ。狂犬の情婦で元はSM嬢だったんだとさ。」


「サーカスの魔術師あがりのアルハンブラなんて全然普通ですね。元犯罪者に元SM嬢とか、兵団は奇天烈軍人の集団かってーの。なに考えてんだよ。」


「元犯罪者じゃない、現役さ。兵団の4番隊は基本的に囚人ばっかりで構成してあるらしい。刑期の短縮を条件に軍務に服してるだけみたいだね。アタシらも似たようなモンだけどさ。」


「よくそんなヤツらが命令に従いますね。」


「そこは兵団もバカじゃねえんで。狂犬達のドタマの中にゃあ、爆弾が埋め込まれてるって寸法でさぁ。」


「逆らったり逃げたりしたらドカンですか。なるほどね。」


身に詰まされる話だ。オレは逃げる気なんかないけど、逃げたらなにがこの身に起こるのやら。


「他にも「天才」ユエルン、「凶獣」コットス、「鷲鼻」ハモンドと、狂犬の部下はヤバイヤツばっかりでさぁ。ヘルホーンズに限らず兵団の隊長や中隊長は、基本的にヤバイヤツだと考えたほうがいいでやすよ。」


「そこいらはアタシらアスラ部隊も一緒だけどね。」


「そうですね、同盟軍と機構軍の最強部隊なんだ。隊長クラスは強いに決まってる。」


「隊長と言やあアスラ部隊の部隊長が全員ガーデンに揃うのは久しぶりでやすねえ。半年ぶり位になりゃあすか。司令の誕生日を祝う為に集合したって訳でもねえんでやしょうが。」


「全員? 3番隊の隊長もガーデンに帰投してきてるんですか?」


「おう、俺っちと兄ぃはさっきバクラさんに会ったよ。」


「イッカクさんとバクラさんがじきに帰投してくると分かったから、司令は基地を空っぽにしてでもSNC作戦にあるだけの戦力をつぎ込んで勝ちにいく決断をしたって事さボーイ。」


「そういう事情だったんですか。3番隊隊長は鬼道院馬鞍きどういんばくら大尉、たしか「獅子髪バクラ」って呼ばれてるんですよね。やっぱりライオンみたいな髪型なんですか?」


「これぞライオンって感じの髪型してるから、ボーイも見ればじき分かるだろうよ。ま、獅子髪の由縁は見た目だけじゃないんだけどな。」


「そう言えばマリカさんから聞いたんですけど、シグレさんとバクラさんは昔馴染みなんですってね。バクラさんをアスラ部隊にスカウトするように進言したのもシグレさんだったとか。」


「2人はガキの頃からの知己のハズさ。シグレの親父さんの壬生観流斎みぶかんりゅうさいと、バクラの師匠の鬼道院槍念きどういんそうねんが友人だったからね。」


不機嫌な顔になったトゼンさんがウロコさんに毒づく。


「壬生の親父の話はすんな!酒がまずくならぁ!」


トゼンさんはシグレさんの親父さんと何か因縁があるみたいだ。


「ハイハイ分かった。んでバクラって男は鬼道院流豪槍術を極めた槍の達人だ。戦場では槍を使ってくる敵も多いから、槍術対策はバクラがガーデンにいる間に習ったほうがいいかも知れないよ。」


鬼道院流豪槍術かぁ、元の世界で言えば槍の宝蔵院みたいなモンかな? 槍念ってお坊さんの名前っぽいし。


「シグレさんの昔馴染みなら頼んでもらおうかな。」


「バクラは大雑把で気さくな性格だから普通に頼んでも問題ないと思うけどね。似たようなメンタリティのバクラ、トッド、カーチスはガーデン3バカトリオって呼ばれてんだからさ。」


「そうなんですか。あ、もうこんな時間か!」


「逃がさないぜボーイ。朝までコースに付き合ってもらうからな。」


「逃げませんよ、ちょっとリリスのハンディコムに連絡を入れるだけです。」


「俺っちが思うにそんなの女房か彼女相手にしかやんないぜ? あんちゃんマジロリ?」


「ち~が~い~ま~す~!連絡しとかないと後が怖いんです!アイツ執念深くて嫉妬深いから。」


オレはハンディコムを取り出して、通話アプリでリリスにメッセージを残す。


「帰りが遅くなる連絡とか自分のスケにしかやんねえだろうが。……ん? 小僧、オメエいいストラップつけてんじゃねえか。」


へえ、トゼンさんでもストラップとかに興味があるんだ。意外だね。


「ゲームセンターの景品ですけどね。珍しいでしょ、剣歯虎サーベルタイガーのストラップって。結構気に入ってます。」


「狂犬に会ったら逃げます宣言したチキンな小僧にゃ不釣り合いだと思うがね。」


「トゼンさんはサーベルタイガーが好きなんですか?」


「ん、まあな。小僧、サーベルタイガーがなんで滅んだか知ってるか?」


「ええ、長くて鋭い牙が災いしたって説が有力ですよね。皮肉なモンです。剣歯虎が剣歯虎たる由縁の自慢の牙のせいで滅びるなんて。さぞ不本意だったでしょうよ。」


「俺ぁそうは思わねえんだ。牙を無くして生き長らえるぐれえならよ、いっそ牙を抱えて滅びるってのが本望だったんじゃねえか? それでこそ剣歯虎ってモンだろうよ。」


トゼン名言集その2だな。牙を無くして生きるよりも、牙を抱えて滅べ、か。


名言その1の、「生まれた以上は遅かれ早かれ一度は死なねばならぬ」といい、清々しいくらい破滅的な方向に向かってるよなぁ。


破滅のカタルシス、この人が醸し出す粋な雰囲気って、打ち上げ花火みたいなモノなのかもな。


夜空に派手に咲いて、暗闇に消える定め、か。


「剣歯虎が好きみたいですから、このストラップはトゼンさんにあげますよ。代わりに今度オレに稽古をつけて下さい。」


「そりゃ無理だな、俺ぁ稽古なんざしねえんだ。俺に言わせりゃ稽古だのトレーニングだのは、ズレてるとしか言いようがねえんでな。」


「ズレてる?」


「ああ、ズレてんだ。刃を潰した剣で斬り合いの真似事したりよ、銃で陶器の皿を撃ち落としたからってなんになるってんだ。人殺しを上達させたきゃあよ、人を殺すしかねえだろうが。」


「トゼンさんは今まで全く稽古したことないんですか!全部実戦だけで!」


オレの問いかけにトゼンさんは不機嫌な顔になった。


「不本意な理由で1年だけ道場で修業とやらをやらされたが、それ以外は全部実戦だ。」


「でもその方式だと強くなる前に死んじゃう人もいるんじゃないですか? やっぱり稽古は大事だと思いますよ。実際、トゼンさんもその不本意な修業とやらが糧になってるんじゃ?」


「なってねえよ!クソみたいな1年だったってダケだ!稽古しなきゃ強くなる前に死んじまう? そんな野郎は稽古しようがいずれは死ぬさ。所詮その程度の器だったって事よ。」


う~ん、なんとかトゼンさんに稽古をつけてもらう方法がないもんかな。


オレが強くなる為に有益だと思うし、他にも下心があるんだよな。




よし、いささか酔いが回ってるけど、オツムの納豆菌に働いてもらうとしよう。




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