出張編29話 ビッグゲームのその後に



コンドルズ対ブレーズのビッグゲームは序盤から白熱した展開になった。


ビッグゲームに相応しいビッグプレーの連発、見にきた甲斐があるってモンだ。


「う~む、ここでインターセプトは厳しい。ディフェンスチームに頑張ってもらうしかないね。」


贔屓チームの窮地にヒムノン少佐の表情は冴えない。


「コンドルズはディフェンスチームがやや弱いですからね。いきなり正念場ですか。」


「基本、攻撃型の両チームだけにディフェンスチームの負荷がおっきいのよねえ。」


「………カナタ、なんで攻撃権が変わったらチームを入れ換えるの?」


「パワーボールはスペシャリストのスポーツなんだよ。オフェンスチームとディフェンスチームで役割を分担してるんだ。」


「アンタそんな事も知らないでパワーボールを見にきた訳?」


「………別にいいでしょ。暇だったから来ただけ。」


「いいじゃないか。ナツメ君もこの機会にパワーボールが好きになるかもしれないのだし。生で見るパワーボールの感想はどうかね?」


「………私がボール持って走ったほうが速そう。」


そりゃナツメは5世代型でもトップクラスのスピードがあるからなぁ。


元の世界のアメフトそっくりのパワーボールは、レギュレーションとして4世代型までしか認めていない。


5世代型となるとスピードの上昇率が激しすぎて、ランが有利になり過ぎるかららしいけど。


パワーボールのルールはアメフトとほとんど同じだけど、違いはとかく荒っぽいコトだ。


アンスポーツライクコンダクトやアンネセサリーラフネスといったルールの適用が緩いし、頭部へのタックルも反則じゃない。


レギュラーシーズンで死人が出ない方が珍しいくらいだ。


末世的と言えば末世的なんだけど、スポーツで死人は出して欲しくないもんだよ。


隙あらばシャンパンに手を伸ばそうとするリリスを牽制しつつ、ゲームを楽しむ。


「ケチ!シャンパンぐらい、いいじゃない!」


「ダメ!お酒は二十歳になってから!」


ん? そう言えばシャンパンって、フランスのシャンパーニュ地方で生産されるからシャンパンなんだよな?


こっちの世界じゃどうなってんだ?


オレはシャンパンの瓶を手に取って、産地を読んでみる。


産地………シャンパルムね。確かにシャンパンです。


「逆転された!やっぱりあそこからインターセプトされたんじゃ厳しかったか!」


おっと、つまんないコトに気を取られて、いいトコを見逃しちまったか。


「まだ第一クォーターですよ。ここからです。」


「そうだね、反撃に期待しよう。」


「………カナタ、ラムステーキも食べたい。」


………ゲームそっちのけでよく食べますね、ナツメさん。




ゲームは白熱した展開のまま、最終第四クォーターまで進んだ。


パワーボール好きのオレらをよそに、ナツメはひたすら食べてたけど。


パワーボールにさして興味がないのになんで見にきたのやら。


いいコトか。誰とも関わろうとしなかったナツメがこうやってスタジアムまで来てるんだから、理由はなんだって構わないさ。


アメフトと同じく、パワーボールも第四クォーターの駆け引きに醍醐味がある。


残り時間を計算に入れてのゲームメイク、ここが最高に盛り上がって見応えがあるところだ。


第四クォーターの攻防は将棋の詰め将棋に似ている。


相手の意図を読んでの頭脳戦、僅差のゲームでは特に重要なポイントだ。


そしてゲームは最大の山場を迎えた。


ワンポゼッションリードしているコンドルズが、敵陣に入って少し進んだ距離で4Thダウンを迎えたのだ。


オマケに攻撃権獲得までもうちょっとの距離、最高に面白い局面だ。


「残り時間を考えても、ここが勝負どころね。」


頭脳戦好きのリリスも身を乗り出して試合に集中してる。


「だな、パントか4Thダウンギャンブルか………」


悩ましい選択だ、どっちを選んでくるかな?


「………どういう状況なの?」


チョコパフェを頬張りながらのナツメの質問に、悩ましい顔のヒムノン少佐が解説する。


「攻撃権を諦めてパントキックで守備を有利にするか、攻撃権継続を狙って4Thダウンギャンブルにいくかの選択なのだよ。コンドルズ側はゴールラインまで半分を切っているから攻撃権を継続したい。タッチダウンを取れればツーポゼッションリードになって残り時間を考えれば逆転は不可能、ワールドシリーズ制覇だ。だが4Thダウンギャンブルに失敗すれば、パントで距離も稼げず攻撃権が相手に移る。失点の可能性が高くなって危険だ。」


パワーボールを初めて見たらしいナツメには分かんないだろうけど、一応補足しとくか。


「攻撃権を維持さえすればタッチダウンを取れなくとも時間は潰せるし、もう少し進めばキックゴールも狙える。点差状況的にはキックゴールじゃブレーズがツータッチダウンを取ってツーポイントコンバージョンを決めれば逆転されるけどな。とはいえキックゴール出来れば試合を決められなくても優位性は増す。」


「………よく分かんないけど、タッチダウンを取れれば勝ち。でもリスクが大きいって状況なのね。」


「そうなのだよ。タイムアウトもそろそろ終わりだ。コンドルズはどっちを選ぶかな?」


「ヒムノン少佐だったらどうします?」


「パントだね。失点したとしてもまた攻撃権が回ってくるんだから、そこで点をとればいい。」


「私だったらギャンブルね。ここは賭けに出るべき局面よ。准尉ならどうする?」


「ギャンブルだ。ブレーズは三年連続で優勝した王者チャンピオンチーム、かたやコンドルズは二十年以上ワールドシリーズを取ってないチーム。挑戦者が守りに入るべきじゃない。相手の喉笛を噛み切るチャンスがあるなら賭けるべきだ。」


タイムアウトが終わったコンドルズの選択は………ギャンブルだった。


ヒムノン少佐は手を合わせて祈り始める。


そしてヒムノン少佐の祈りは天に通じた、4Thダウンギャンブルは成功。


それだけじゃなく、ゴールライン手前のレッドゾーンまで進んだのだ。


「よし!よぉし!これでタッチダウン出来なくてもキックゴールは確実だ!」


祈りの手を握り拳に変えたヒムノン少佐が渾身のガッツポーズを披露する。


「ここまできたらタッチダウンで勝利を決めなさいよ!勝利の女神がここにいるんだから!」


ちっこい女神もいたもんだ。


………ちびっ子女神の加護を受けたコンドルは天高く羽ばたいた。


タッチダウンパスが通り、決定的な得点を決めたのだ。


タッチダウンが決まった瞬間、ヒムノン少佐は泣いていた。


よっぽど嬉しかったんだなぁ。良かったですね、少佐。




帰りのダックスフントの車内では、興奮冷めやらぬヒムノン少佐が上機嫌でシャンパンを飲んでいる。


「今日は人生最良の日だよ、カナタ君。失脚してもうお仕舞いだと思っていた私がアスラ部隊に正式配属され、離婚も成立し、コンドルズが優勝した。キミは私にとってチャンスの神だったのだねえ。」


「ヒムヒムは知ってる? チャンスの神サマって前髪しかないのよ。後頭部はツルッ禿なの。」


「そりゃまたどうしてだね?」


「一度掴み損ねたら二度と掴めないからですよ。ヒムノン少佐はチャンスを掴んだ。自力でね。オレはちょっと背中を押しただけです。」


ヒムノン少佐は嬉しそうに笑った後、少し寂しげな顔になった。


「ありがとう。しかし今夜のゲームで分かったよ。私は勝負師にはなれないとね。あの局面で迷わずギャンブルにいける人間でなければ、軍人として大成出来ないのだろうねえ。」


「結果を見てからなら、なんとでも言えますよ。たまたま、ああなっただけです。」


「そうよ、裏目に出る可能性だってあったんだから。慎重屋だって組織には必要、特にウチはイケイケ軍人ばっかりなんだし。」


毒舌がウリのリリスが珍しくフォローに回ってる。ヒムノン少佐を気に入ってくれてるのかな?


「ハハハ、ありがとう。司令のおかげで最高の夜を最高の部屋で堪能出来たが、やっぱり私は小市民なんだねえ。一般席で焼きトウモロコシを齧りながら観戦してるほうが落ち着くみたいだよ。」


「ビール片手にね。オレもそうみたいです。」


我ながら小市民だと思うけど、本音なんだから仕方ないよな。


「貴賓席からだとクラウドノイズで援護も出来ないしねえ。」


「楽しそうですよね、あれ。」


ホームチームの特権だもんな、クラウドノイズは。


「ちょっと!ナツメ、何してんのよ!」


「………眠いから寝る。ホテルに着いたら起こして。」


「寝るのはいいけど、准尉の膝を枕にする事ないでしょ!そこは私の席なの!」


「………早い者勝ち。おやすみ。」


「准尉!頭をどけさせなさいよ!」


「いいじゃないか、膝ぐらい。減るモンじゃなし。」


オレ的にはちょっと嬉しかったりするしな。


「じゃあ私も寝る!独り占めは許さないから!」


リリスは憤慨しながらオレの膝に頭を乗っける。


「カナタ君も大変だねえ。若さが羨ましいよ。」


気楽な口ぶりのヒムノン少佐が他人事のように論評する。実際他人事だろうけどさ。




こうしてオレは貧乳美少女と胸部未発達美少女に膝を貸して帰路につくコトになった。




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