再会編53話 息子と酌み交わす酒



「巽財閥とツルんでるグラゾフスキーファミリーをアンチェロッティファミリーにけしかける、か。いいんじゃないか。」


成長した息子と酌み交わす酒、か。親としては至福の時間なのだろうが、話題が物騒極まりないな。


「だろう? アンチェロッティファミリーが抗争に強かったのは、軍事顧問のロッシがいればこそだ。そのロッシがいなくなった以上、グラゾフスキーはアンチェロッティファミリーとの抗争を恐れない。」


ディスプレイモードの机には、アンチェロッティとグラゾフスキー、二つのファミリーのデータが表示されている。カナタはサイドテーブルの河豚皮の唐揚げを口にしながら、詳細なデータを眺め、悪巧みを始める。私が言うのもなんだが、本当に悪い顔をしているな。


「二虎競食、いや、これは駆虎呑狼になるのかな? ま、グラゾフスキーをけしかけての共倒れ戦術だけではアンチェロッティを潰せるとは限らない。教授、毒も埋伏させておこうぜ?」


埋伏の毒か。確かに策は十重二十重に巡らしておくべきだ。


「何をもって埋伏の毒と為すつもりだ?」


「この男だ。この男がアンチェロッティに対する毒となる。」


テーブルの画面には、首にマフラーを巻き、いかにもマフィア風といったファッションの男、フロリアーノ・サンティーニの写真が拡大表示される。


「サンティーニか。以前は独立したファミリーを率いていたが、アンチェロッティファミリーとの抗争に敗れ、傘下に加わった。だが今ではアンチェロッティファミリーの大幹部のはずだぞ?」


「だがアンチェロッティはサンティーニを信用していない。ドン・アンチェロッティには美点がある。これは人物だ、と思えば気前がいい。勃興期には組織の資産の半分をはたいてロッシを招聘している。自分の石高の半分を差し出して島左近を招聘した石田三成のようにな。反面、併呑するカタチで傘下に入った者には冷淡だ。」


治部少に、過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城。古今東西、優れた人物は優れた人材を招聘するのに熱心だ。カナタの上官、御堂イスカも人材集めにとりわけ熱心だな。それはアンチェロッティにも当てはまる。だがカナタの言う通り、アンチェロッティは部下に対して公平な男ではない。傘下に入った経緯で、はっきり優劣をつけている。譜代大名と外様大名のように、な。サンティーニは外様の代表格だ。


「力を信奉する人間は、力になびいた人間を信用しない。サンティーニが"牛尾より鶏頭たれ"という人間であるならつけ込む隙があるかもしれんな。」


「教授、その諺はこの世界にもあるみたいだぜ。」


「ほう、そうなのか。本当に地球そっくりの世界だな。」


「それでな、ウチの司令の言い草が傑作なんだ。"ニワトリの頭など牛の尻尾と変わりがあるか。ニワトリの頭などと小さな事を言わずに牛の頭になるべきだろう"だそうだ。」


幼少から帝王学を叩き込まれた女傑らしい台詞だな。あの女ボスなら、さもありなんだ。


「フフッ。まあ司令の話は置いておいてだ、グラゾフスキーがサンティーニを独立組織のボスとして認めるなら、反旗を翻す可能性はあるな。問題はどうやってグラゾフスキーにその話を持ちかけさせるか、だが……」


「教授、それよりもサンティーニが反旗を翻さざるを得ない状況に追い込んでやればいい。」


「どうやってだ?」


「ドン・アンチェロッティは一人息子のアンジェロを溺愛している。グラゾフスキーとアンチェロッティの抗争が始まったら、アンジェロを暗殺するんだ。サンティーニの仕業に見せかけて、な。マフィアやヤクザの世界に証拠など必要ない。疑いがかかる=有罪だ。アンジェロ殺しの疑いがかかったサンティーニは弁明ではなく裏切りを選択するだろう。」


バートの復讐を完遂し、身の安全を確保する為に、ドンの息子アンジェロも始末する予定だったから問題はない。そして私の息子は戦争だけでなく暗闘にも強かった、か。恐ろしいほど、この狂った世界に順応している。カナタの言う通り、”疑わしきは罰せよ”がまかり通るのがマフィアの世界だ。


「ドンへの裏切りを決意したサンティーニは、抗争相手のグラゾフスキーに取引を持ちかける。取引が成立すれば、冷遇されていた幹部の中にもサンティーニに追随する者が現れるだろう。抗争を指揮するロッシが欠け、組織が割れればアンチェロッティに勝ち目はない。」


「大組織が瓦解する時には、必ず内部分裂を伴う。マフィアでも同じだ。オレが思うに、外敵の存在はむしろ組織を引き締める。恐れるべきは"内なる敵"なのさ。」


……大した息子だ。これでは私が教えられる事など、もうなにもないのかもしれんな。


───────────────────


物騒な話を終えた私達は、酒を酌み交わしながら政治談義に興じてみる。息子とこんな風に話すのはいつ以来だろう?


「なあ、カナタ。この世界に来てみると、日本の社会はそう悪くはなかったのだと思わないか?」


「同感だね。ま、普通に食える定食屋と食中毒を出した定食屋を比較してるみたいなもんだとは思うけど。」


上手い事をいう。若き日の私は、美味しい定食屋を作りたくて官僚になったのだった。


「カナタの考える"いい定食屋"とはどんなものだ?」


「定食屋らしく、多様性に富んだほどほど美味しい料理が、比較的安い値段で提供され、顧客の要望や季節のニーズに合わせたメニューも用意される店だ。」


多様性、それで定食屋に例えたのか。ほぼ単一民族国家である日本で育ったカナタだが、この世界は人的大災害バイオハザードが引き起こされた事によって民族が大移動し、多民族都市国家が乱立している。その現実がカナタに多様性を重視させたのだろう。


そして"顧客の要望とは"国民の声"、"季節のニーズ"とは"その時の社会情勢"を示唆している。


面白いのは"とても美味しい"ではなく"ほどほど美味しい"で良しとしている点だ。それがカナタの個性なのだろう。高すぎる理想を追求する事はせず、現実的な目標を掲げる。私の好きなタイプの政治家は皆そうだった。叶いもしない理想をまくしたてるだけの政治家より、実現した政策を果実として国民に渡せる政治家に私は価値を置く。


「政治の話といえば、カナタは実際に為政者になったのだろう? なにか困った事はないか?」


為政者としての素質の片鱗は、さっきの比喩で伺えた。だがカナタは日本にいたならまだ大学三年生だ。財務官僚として施政に携わってきた私が力になれる事があるかもしれない。


「教授、為政者に"なった"ではなく、"された"んだ。実務は家人筆頭のシズルさんがやってくれているが、世襲議員問題が生じている。現状、特に軋轢がある訳ではないんだが、将来を考えれば是正はしておきたい。」


「世襲議員問題か。日本でも深刻だったな。だがカナタ、世襲議員=悪、ではないぞ。確かにスタート地点が有利で、選挙の公平性という観点から見れば問題があるのだが、それを言えばタレント候補のがよっぽど問題だ。芸能活動やスポーツに打ち込んできた人間が、知名度があるからといって選挙に出てくるのだからな。タレント候補の全部がそうだとは言わないが、ほとんどの候補は見識にも能力にも問題がある。」


ヒドいのになると当選するまで、衆議院と参議院の区別もついていなかったのだからな。そんな人間が六年間も議員バッジをつけていたのだ。


「教授、タレント候補に一義的な責任はない。そんなのを担ぎ出す政党側に問題があるのさ。能力のない人間を登用する人間も無能。票欲しさに信念を売るような志の低さが問題なんだ。だいたい能力も見識もない人間が自分達と同じ選良としてバッジをつけて登院するなんて、政治家としての誇りがあるのなら許せないはずだろ?」


「全くだな。選挙権は全員に与えられるべきだが、被選挙権の獲得には資格試験を導入するべきだ。スポーツの審判には資格試験があるのに、政治家にはないのが不思議で仕方ないよ。」


「話がそれたがイギリスの上院下院を参考に、世襲議員問題への対策を考えた。オレは議院内閣制には否定的なんだが……」


「ほう? 私達の育った日本では議院内閣制を採用しているのにか?」


「日本で暮らしていたからこそ、議院内閣制の問題点がよくわかる。一番の問題は直接選んだ訳でもない人間が国のトップに立つコトが普通にあるってコトだ。そしてそのトップも、党の顔色を見ながら政治を動かさないといけないから果断な決断を下しにくい。」


首相候補がわかっていて選挙が行われても、その後の状況で総理の首のすげ替えが起こるのが議院内閣制の欠点ではある。首相は大統領に比べて権限も抑制されているから、"決められない政治"に陥る事も多々あるしな。


その点、大統領制なら直接選挙で選ばれた大統領は、一人で議会と対峙出来る権限を与えられている。だがそれにも問題があって、とんでもない人物が大統領に選ばれてしまった場合、一人で国を滅茶苦茶にもしてしまう。果断に決断し迅速に実行出来るリーダーシップ、それは個人的資質に起因する暴走リスクでもあるのだ。


「だけど今、八熾の庄が抱える問題の解決には議院内閣制が参考になる。身分家柄に関係なく選ばれる領民議会と、家格の高い家から任命される賢人会議とに権力を分散させようかと思っている。」


なるほど、イギリスでは世襲貴族が任命される上院と、選挙で選ばれる下院で政治が営まれている。もっとも、実権を握っているのは民衆が選ぶ下院なのだが……そういえばかつての日本でも華族を中心にした貴族院があったな。カナタの案は、段階的措置として妥当なのかもしれん。科学こそ地球より進んでいるが、民主主義や人権意識という概念が弱いこの星ではな。


「あえて会議と命名したのは、家格の高い者達への配慮だ。長きに渡って八熾の指導的立場を担ってきたという自負は尊重したい。だが旧態依然の体質を改善させる種は植えておきたいんだ。議題や政策は領民議会が提案、立案し、賢人会議で可否を採決させる。これなら指導者層を担う名家に決定権を持たせたまま、身分にこだわらない領民議会が領地運営の方向性を論議出来るはずだ。」


改革を行うにしても落としどころを考え、既得権益者達の顔も立てる、か。正しいのだから全部変える、今までの経緯など知った事か、などという急進改革者の施政は大抵頓挫する。


まず領地の人間が施政に参加出来る枠組み作りから始める。カナタは焦らずに手順を踏み、バランス感覚も備えた指導者だ。




だが甘さもある。謙譲は美徳だが、時には害悪にもなるのだ。シビアな権力闘争を経験してきた身として、アドバイスはしておこう。……まだ息子に教えられる事があるのは父として嬉しい。


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