再会編51話 消去屋VS剣狼



ロッシの部下が上官に投げた装甲コートはサイコキネシスで軌道を逸らした。せっかくガウン姿でくつろいでるのを邪魔しちゃ悪いからな。


「剣狼、俺が武装するのが怖いのか?」


ふぅん、慌てて装甲コートを拾いに走らず、サーベルを構えたまま、か。拾いに行きたくなる絶妙な位置に落としてやったんだがな。ま、そんな安い罠に引っ掛かられちゃ興醒めだ。


「おや、俺をご存知なのか。不名誉除隊したってのに異名兵士録ソルジャーブックを読んでるのかい?」


「不名誉除隊? 不勉強だな。標的ターゲットの略歴ぐらい調べてこい。」


不満げに呟いたロッシは構えたサーベルに気流を纏わせる。調べてきたさ。おまえが同盟屈指の颶風使いだってコトはな。


「これから死ぬヤツの略歴を知ったところで意味はない。わかってるのは、おまえの死装束は装甲コートよりも、その趣味の悪いガウンのが似合ってるってコトぐらいさ。」


気流を纏ったサーベルに対抗するべく、俺も刀に殺戮の力をチャージする。


「マッシモ!赤毛を殺れ!」


了解ベーネ!」


チッ、一番未熟なのがビーチャムだって見抜きやがったか!


「シオン、カバーを…」


だが暗殺部隊上がりで機動力に秀でるロッシ・チームは、機敏な動きでシオンとリックの抑えに回る。ロッシ・チームの副隊長、「吸血鬼」マッシがビーチャムを仕留めるまで邪魔させないつもりだ。重量級の二人が軽量級のロッシ・チームの二人を振り切るのは無理、このままいくしかないな。ミスマッチではあるが、ビーチャムにはそうなった場合の戦術を教えてある。やれるはずだ。


「ビーチャム、噛み付きに注意しろ!ソイツの歯は特別製だ!」


「了解であります!」


おっと、ロッシのヤツ、風でコートを巻き上げて腕に巻き付け、盾にしやがったか。流石にオレの前でコートを羽織るような真似はしない。場数を踏んでるだけのコトはあるな。


「あの赤毛にマッシの相手は荷が重い。剣狼、もっと人数を連れてくるべきだったな?」


「4対4、フェアな勝負がしたくて、わざわざ頭数を合わせてやったんだ。数の差で負けました、なんて言い訳されちゃかなわんからな。」


「少々名を上げたからといって驕るな、若僧が!」


「軍人相手がしんどくなって、チンピラ相手の小遣い稼ぎに宗旨替えしたチキン野郎がいきがるなよ。さあ、かかってこい!」


風を纏い、風切る刃を黄金の刃で受け、すぐさま返しの刃を入れる。だがジェット気流を利用したロッシは高速で後退し、刃を躱した。


……サクヤと同じ芸当も出来るのか。だが、気流を活かした体術はサクヤほどじゃないな。


最初の出血ファーストブラッドだな。軍隊の模擬戦なら勝負は終わっている。」


刃に纏った鎌鼬に、頬の薄皮を一枚、切られたか。流れる血を親指で拭い、ペロリと舐める。ブルース・リーの物真似だ、一度はやってみたかった。


「これは模擬戦ではなく実戦だ。だいたいファーストブラッドなんて意味あるか? どっちかが死ぬまで終わらないのが戦争だろ?」


神威兵装をオンにしてるから消耗が早い。ロッシの部下の相手もするなら早めの決着を目指すべきなんだが、その必要はあるまい。


横目でみんなの様子を観察する。シオン、リックは優勢だな。ロッシ・チームの隊員二人もなかなかの腕前だが、シオンとリックは異名兵士、時間を稼ぐのが手一杯のようだ。そしてビーチャムは……やはり苦戦している。腕を捉え、巻き付けた念真髪は長く生やした犬歯で噛み切られ、剣の技量ではマッシが上。……だが、問題はない。


「よそ見をしている暇はないぞ!」


ジェット気流で加速したロッシの繰り出すサーベルを跳ね上げ、横腹を蹴って弾き飛ばす。この手応え、ロッシはデータ通りに中量級だな。そして骨に亀裂が入った音がした。今ので肋を二本はもらったはず。タフさは並と判断しよう。


「速さはまあまあだが、動きが単調だ。ジェット気流は操れるようだが、直線的な動きしか出来ないようだな。」


変幻自在のタコ焼き女サクヤの体術に比べれば可愛いもんだ。だがパワーはサクヤ以上。これまで戦ってきた相手では「追い風」ウィンザースに近い。だがウィンザースと違って狡猾さもある。ウィンザースの身体能力と念真力を持った「強欲」オルセン、そう考えればよさそうだな。


「さすがアスラコマンド、骨がある。マフィアのチンピラとは格が違うと認めてやろう!小細工抜きで勝負だ!」


サーベルに纏わせた風を止め、真っ向勝負に打って出てきたロッシと斬り合う。相当な技量だな!情報を上方修正、技においてもオルセン以上の手練れだ。


……だが、気に入らんな。直線的な動きしか出来ないと見切られたジェット気流を封印したのはわかるが、刃に纏わす風刃まで止める理由があるか? この男は、性格的にはオルセンの従兄弟だ。小細工抜きでの勝負とか、そういうのにこだわるタイプじゃないよなぁ?……なるほど、そういうコトか。


(シオン、合図をしたら氷壁を頼む。場所はオレの右側だ。)


(ダー。隊長、ビーチャムがそろそろ…)


(わかってる。もう十分な経験は積んだな。)


攻めたててくるロッシの刃を捌きながら、テレパス通信は完了、と。


「死ねぃ!剣狼!」


(シオン!)


強風が巻き上げた芝の煙幕は、シオンの立てた氷壁によって防がれた。


「ロッシ、芝刈りは休日にやれよ。おっと、今日がバカンス初日だったな。」


「き、貴様……」


中庭の芝生をこっそり風刃でカット、強風で巻き上げて目眩ましに使う、か。この別荘には細工されるのを避ける為に管理人を置いていない。手頃な長さに伸びていた芝生は、格好の目眩ましに使えるって訳だ。


「策を見抜かれたおまえが考えてるコトを当ててやろう。マッシがビーチャムを仕留めるまで時間を稼ごう、だろ?」


……それも無駄なんだがな。


背後で断末魔の悲鳴が上がる。もちろん、ビーチャムではなく「吸血鬼」マッシの悲鳴だ。


吸血鬼の返り血を浴び、見えない刺客の姿が赤く彩られる。


「ナツメさん、サンキューなのです!」


「ビーチャム、頑張ったね。1対1の勝負に夢中になった吸血鬼は背中がガラ空きだった。」


ビーチャムの脱いだ装甲コートを身に纏ったナツメは鏡面迷彩ミラーステルスを解除し、姿を現した。


「バ、バカな……俺の副官、「吸血鬼」マッシが……け、剣狼~!!」


「おいおい。まさか、頭数を合わせてやったってオレの台詞を鵜呑みにしてたのか? 「消去屋」ロッシは海千山千の軍人と聞いていたんだが……」


血が流れるほど唇を噛み締めたロッシ、化かし合いに不覚を取ったのがだいぶ屈辱だったらしい。


「ビーチャム、納屋の前にガーデニング用の木杭がある。吸血鬼の心臓に刺しとけ。生き返られちゃかなわんからな。」


「その必要はないのであります。コイツは吸血鬼のコスプレをしたタダの人間でありますから!」


ビーチャムと冗談言ってる間に、シオンとリックもロッシ・チーム隊員を仕留めていた。隊長は劣勢、副長は敗死、精鋭といえど、気落ちすれば脆いものだ。


「さて、ロッシ、残るはおまえだけだ。よかったな、"弱いから負けました"じゃなくて"バカだから負けました"って言い訳出来るぞ?」


「貴様だけはブッ殺す!!」


最速、最高のジェット気流を噴出させながら挑みかかってくるロッシの目を天狼眼で睨み、怯ませる。


「ぐあっ!!」


立派な戦歴を持ってはいても、自分以上の相手と戦ったコトがない。それがおまえの弱点だ。窮地においても冷静であればこうはならなかった。ジェット気流の加速力を特攻ではなく、逃亡に使えていただろうに……


「貴様だけはブッ殺す、そんな台詞を吐いた時点で負け確定だ!消えろ、消去屋!!」


振り抜いた刃がロッシの体を両断し、消去屋ロッシの消去は完了した。


──────────────────


桟橋に戻ったオレ達は、定刻通りにクルーザーで迎えにきたリリスと合流、帰りの船旅は自動操縦ではなく、リックが舵輪を握る。陸の海賊、ヒンクリー少将はクルーザーも所有していて、リックは操舵に慣れているらしい。


「兄貴、せっかくだから首都湾内をクルーズしようぜ。」


「いいね。酒がないのが残念だが。」


キャビンの冷蔵庫を開けたリリスが口笛を吹いた。


「ヒュウ♪ お酒、あるみたいよ。冷蔵庫にはお酒が各種と冷製オードブル、気が利いてるわね。」


教授の仕業だな。ノンアルコールビールもあればいいんだが。


甲板でパーティーを始めた仲間達を眺めながら、キャビン内の無線機で教授に報告を入れる。


「教授、ロッシのデリートは完了した。」


「ご苦労だった。カナタ、冷蔵庫に…」


「もうパーティーが始まってるよ。それじゃな、教授。」


「ああ、いい夜を。」


通信を終えたオレは甲板の馬鹿騒ぎに参加するべく、デッキの階段を上る。




アンチェロッティファミリーの軍事顧問、ロマーノ・ロッシは死んだ。強引なやり口で急成長したファミリーの瓦解が始まる。今夜はその前夜祭だ。


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