照京編17話 金か、信念か?



神難を出て1時間もすると、僅かながらに緑の点在する情景は姿を消し、赤茶けた荒野が広がっている。毎度おなじみ、緑乏しき荒廃した世界の現実ってヤツだ。


足のある車両で先行したクピードーの偵察部隊からの状況報告が、逐次、この旗艦に上がってくる。


「1時間後にファーストコンタクトってところよ、少尉。撤退中の友軍は400、追撃部隊は1000。」


ちびっ子参謀の分析を元に、状況を予想する。


アスラ部隊が300、錦城少佐の部隊が500、表面上の数的優位はやはり向こうにあるか。


「リリス、追撃部隊に陸上戦艦はいるのか?」


「いないわ。足の速い車両を足の速い車両で追ってきたみたいよ。」


「だろうな。だったら小細工はいらない。」


「剣狼、数的優位は向こうにあるぞ?」


錦城少佐の質問に、オレは自信を持って答えた。


「いえ、実質兵数はこちらが上です。2000対1000、こちらには艦船の援護もあり。ゴリ押し出来る状況ですね。」


「アスラ部隊は5倍計算か。だったら実質兵数は2500だ。5倍とまでは言えないが、俺の部隊も並じゃない。」


リンドウ中佐の親友だけに、教練も優秀か。でも軍教官の世界でもナンバー2かな? 一番はストリンガー教官だろうから。


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1時間後に始まった戦いは鎧袖一触、言葉にすればその一言で終わった。


硝煙と血の臭いが充満する荒野で損耗状態を確認するオレの元に、豪槍「獅子舞」を担いだバクラさんがやってきた。


「手応えなさすぎで笑えてくるな。ヘッジホッグの一斉砲撃でほとんどケリがついちまってたじゃねえか。」


バクラさんは退屈そうだけど、軍事演習じゃないんだから雄敵と戦ってこそ意義がある、なんて思えない。


実戦では楽に勝てるならそれに越したコトはないんだ。ん? トッドさんから無線が入った。


「カナタ、80名が作戦に加わりたいだとよ。情けなねえなあ、5分の1しかいねえぜ。」


「トッドさん、ガリュウ総帥の施政下にあった兵士に多くを期待するのが酷です。むしろよく残った方かと。」


ゼロじゃないだけマシだ。そう思おう。


「かもなぁ。そんでよ、この分散戦術を提案したのは壬生の親父さんらしいぜ?」


やっぱ大師匠の作戦だったか。作戦目標が増えたな。なんとしても救出しねえと……


「大師匠はどこにいるか分かりましたか?」


「わからん。分散した後は各隊の連絡を絶つ、これが壬生の親父さんの指示だったってよ。」


「無線傍受で位置が割れるのを恐れての指示でしょう。拘束された部隊が命惜しさに友軍と通信し、位置の割り出しに協力する可能性もありますしね。」


敗残兵がガリュウ総帥の精神的従兄弟なら、仲間を売るぐらいはしかねない。


「そんな計算をしなきゃならんあたり、照京も堕ちたモンだな。」


「バクラさん、民度以上の政治家が誕生しないのと同様に、民度以上の軍隊も誕生しません。二代に渡って歪んだ治世が続いた結果の、当然の帰結ですよ。部隊を艦に収容し、第2ラウンドを始めましょう。」


「おう。さて、次の敵さんは楽しませてくれっかねえ。」


バクラさんがエンジョイ出来るような敵と出くわすのは願い下げなんだが……


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オレにとっては幸運で、バクラさんには不幸なコトに、第2、第3ラウンドも混成軍のワンサイドゲームで終了した。


照京の志願兵は200と少しか。今後のコトを考えれば心もとない数だよなぁ。


照京志願兵を再編し、部隊に加える作業を行っていると、深刻顔の錦城少佐がやってきた。


「剣狼、悪いニュースだ。灰島少佐の別働隊は、敗走兵の仲間入りをしたらしい。」


「灰島少佐から連絡があったんですか?」


「その副官からだ。少佐に"島"は必要なくなったらしい。」


灰島少佐は戦場の灰と散ったか。不幸な話だ。だがそうなると……


「兵団が出張ってきてたか。面倒な……」


「兵団の「鉄拳」と「戦鬼」がいたのは確認出来た。どうする?」


鉄拳バクスウに戦鬼リットクか。二人だけならいいんだが……


「兵団の狙いは達人トキサダでしょう。同盟軍の剣術指南役を討ち取れば、同盟全体の士気に影響するでしょうから。だが行き掛けの駄賃を欲張り過ぎだ。達人の命までは取らせない。」


「救出作戦続行か。了解だ。兵団率いる追撃部隊は灰島少佐の敗北地点から、こっちに向かっているだろう。次か、その次あたりでご対面、となりそうだな。」


……いよいよ兵団と激突か。覚悟が必要な時がきたらしい。


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「カナタ君、君が来てくれたのか!」


照京兵の陸上戦艦と通信が繋がり、画面に現れたのは大師匠だった。


「はい!アスラ部隊の獅子髪、鉄腕、流星もいます。そっちはどういう状態ですか?」


「追撃部隊を二度退けたが、今度はそうはいかないだろう。背後から兵団が迫ってきている。鉄拳バクスウ、戦鬼リットク、蛮人バルバネスに不死身のザハト、兵団もサービスが良すぎだね。」


大師匠はシグレさんと同等以上、アスラの部隊長は3人、面子的には4の4で互角か。カーチスさんを支援砲撃に回せれば兵同士の戦いは有利に運べる。その場合はオレが兵団の誰かを相手しなきゃなんねえな。


……だが今のオレにやれるだろうか? いや、今回の作戦は兵団の撃破が目的じゃない。


「大師匠、逃げ切れそうにないですか?」


「向こうの足の方が速いようでね。距離は狭まってきている。」


やるしかないならやるだけ、か。……上等だ。


「そっちの進行速度とこちらの位置から計算した予想合流地点を転送します。リリス、計算を頼む!」


「もうやってる!ええと……ああなって、これがこうなって……出来たわ!」


転送されたデータを元に、大師匠は決断を下した。


「カナタ君、この合流地点手前の峡谷出口で私が追撃部隊に蓋をする。」


「大師匠、それは危険です!兵団がいるんですよ!」


「私のいるこの部隊がメインの敗残部隊なんだ。より多くの兵を逃がす為にはこれしかない。出来るだけ早く来援してくれ。」


峡谷出口に蓋を出来れば、追撃部隊の展開を阻止出来る。理にはかなってるんだが……


「大丈夫だ。私も伊達に「達人」と呼ばれている訳ではない。精鋭の照京兵に次元流の高弟達もいる。なんとかなるさ。」


「了解です。大師匠、オレ達が行くまで持ちこたえて下さい!」


「任せておきたまえ。」


通信を切った後、オレはすぐに行動に移った。


「錦城少佐、足の速い車両を全部出して下さい。強い連中を乗っけて先行します。」


「分かった。俺も行こう。」


「錦城少佐はこの艦に残って後続部隊の指揮をお願いします。錦城少佐が到着したら蓋を開いて、応戦します。」


「なるほど。峡谷出口を包囲するように展開すればいいんだな?」


「はい。その布陣を任せられるのは少佐だけなんで。一刻も早くお願いしますよ?」


「任せておけ。世界第2の包囲網を敷いてやるさ。」


錦城少佐、別に第1でもいいんですよ?


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足のある車両にアスラ部隊と根性あり敗残兵を乗せて先行する。


「シオン、約束してくれ。もし兵団のオリガを見つけても、血気に逸らないと。」


先頭を走るバギーの助手席に座ったオレは、ハンドルを握るシオンに警告した。冷静な副長のシオンだけど、仇の姿を見れば平静ではいられないかもしれない。大師匠の話ではオリガはいないようだが、大師匠とて撤退中に完全な索敵を行うのは不可能だろう。


「ダー。」


声が固い。大丈夫だろうか?


「オリガからは必ずケジメを取る。だが今じゃない。」


「……わかっています。まだ私にオリガを殺せる力はない。」


わかってくれたようだ。そう、シオンは戦場では「絶対零度の女」。氷のような冷静さが持ち味だ。


「よし。シオンの援護射撃が要の局面だ。期待してるぜ。」


これで懸念はなくなった。後は死力を尽くして戦うのみだ。


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峡谷出口に蓋をしながら奮戦する照京兵の姿を確認し、オレは偵察ドローンの送ってきた映像を確認する。


右にブラックジャッカル、左にヴァンパイアバットが展開中か。


「バクラさんが右、トッドさんが左を支えて下さい。カーチスさんは重砲支援!」


「おう!いくぜ、野郎ども!」 「俺の銃が火を噴くぜ!」 「このカーチス様がまとめてローストしてやらあ!」


正面の敵にはオレ達が対峙し、なんとかカーチスさんの砲撃射程まで引っ張り込む!


「照京兵は正面だ!叛乱部隊に一矢報いる時がきたぞ!」


照京兵を連れたオレは正面へ突撃し、乱戦の真っ只中へと飛び込んだ。


「同盟の剣狼が現れたぞ!奴の首には5000万Crの懸賞金が懸かってる!」


欲目にかられ、群がってくる敵兵達。だがな、"金で命は買えない"んだぜ?


「5000万Crの懸賞金? ハシバミ少将に化けて出て伝えろ!"5000万じゃ安すぎる"ってな!」


群がる敵兵を天狼眼で睨み殺し、戦場に道を開く。


「功を上げて生き残った者は、ミコト様の親衛隊に推挙してやる!御門家の御為おんため、命を懸ける覚悟があるヤツはオレに続け!!」


ハシバミ少将が金で兵士を釣るってんなら、オレは名誉で釣ってやらぁ!




覚悟しな!金と信念、どっちが強いか。白黒つけてやるぜ!



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