再会編43話 ロスパルナスの協定



ロスパルナスの街で戦後処理を終えたスリーフットレイブンはガーデンへ帰投を開始する。やれやれ、リードとの戦いよりも戦後処理で疲弊する羽目になるとは思わなかったぜ。


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リードが本格的に街への攻撃を仕掛ける前にケリをつけられたので、物理的な戦後処理の道筋を付けるのは容易だった。その道のエキスパートであるシュリ先生にぶん投げして終わりだ。


問題は破壊された壁の修復ではなく、人間の心の間に立つ壁の修復だった。


奇襲されたロスパルナスは即座に周辺都市に救援要請を行ったのだが、援軍を出した街と出さなかった街があった。当然、ロスパルナスとしては援軍を出してくれなかった街を恨む。だが援軍を出さなかった街にも言い分がある。"都市防衛の最重要ポジションである索敵班に裏切られる間抜けの救援よりも、自分達の街を守る事を優先させるのが当然"という言い分だ。この言い分にも一理はある。腰抜けの言い分だとしてもだ。


間抜けと腰抜けの言い争いを静観しようかとも思ったが、この状態を放置すれば、再度の工作を招く。オレは街の補修の監視役はシュリに任せ、ホタルに頼んで街が索敵班をどう遇していたかを調べてもらった。結果は無惨なものだった。元の世界でいうところのブラック企業そのもの、これじゃあ裏切ろうって気にもなる。そして火隠上忍のホタル先生はその原因も突き止めてくれた。原因は獲得した領地に赴任した市長という名の領主がロスパルナスの財政状況が芳しくない事を憂慮し、経営コンサルタントを雇った事にあったのだ。


その経営コンサルタントの再建コンセプトはいたってシンプル、"不採算部門を全て切り捨てれば、おのずと黒字化する"だった。アホな経営コンサルの先生は街全般の人員整理に励み、索敵班の人員も例外ではなかった。索敵は24時間体制で行う必要がある仕事、人員が減れば個々の負担も当然増える。ロスパルナスの防衛司令部からは懸念の声が上がったが、市長から街の財政再建を委任されたコンサルタントは取り合わなかった。そして防衛司令部が懸念した通り、激務は索敵班から忠誠心を削いでいき、機構軍の工作を許す土壌となった訳だ。この状況をどうにかしておかないと、また同じ事が起こりかねない。間抜けと腰抜けの間に生じた不和もだ。


ロスパルナスは戦役でザラゾフ元帥が獲得した領土、市長は当然、その派閥に属している。ザラゾフ元帥は現在、神難に駐屯しているはずだが通信は繋がる。この街を救った救援部隊のトップで、シノノメ中将の副官でもあるウタシロ大佐なら元帥だって会談に応じない訳にはいかないだろう。うまくいくかどうかはさておき、話をつけるなら中ボスよりも大ボスのがいい。


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「ウタシロ、ご苦労だったな。せっかく手に入れたロスパルナスを三月もしない間に奪い返されたのでは面白くない。スミルノフに最前線の街の市長は荷が重かったようだ。」


スクリーンに映ったザラゾフ元帥の風貌は威厳に満ち、完全適合者にして最強の元帥と詠われているのはフロックではないと教えてくれる。純粋な戦闘能力なら軍神アスラ以上だと評する者がいるってのも頷けるぜ。歳は壮年と初老の狭間あたりか。


「私はなにもしていません。ロスパルナス救援部隊の指揮を執り、豪腕リードを撃破したのは天掛少尉であります。」


「……ほう。おまえが剣狼カナタか。御堂の小娘がえらく気に入っているとは聞いていたが……」


白々しい台詞をしゃあしゃあと抜かしやがる。複製兵士作製計画の黒幕のクセしやがって。


「お初にお目にかかります、元帥。さっそく本題に入らせて頂きますが、元帥のお言葉通り、スミルノフ市長にロスパルナスを任せるのは危険かと思われます。機構軍の侵攻を招いた原因を調べてみたのですが……」


話を聞き終えたザラゾフ元帥は太い腕を組んで思案し始め、暫くしてから白髭に覆われた口を開いた。


「スミルノフの雇ったコンサルタントは企業経営と軍の運営の区別がついておらんようだな。軍事とは採算が取れるものではない。採算が取れぬからこそ軍事なのだ。」


……ふぅん、見た目は武力バカっぽいが、そうでもないのか。ま、武力一辺倒のバカでは元帥にはなれないか。


「仰る通りです。生産を伴わない破壊と消費、それが戦争ですから。戦争だからいくら浪費しても良い、というものではありませんが、劣悪な環境におかれた兵士に忠誠を求めるのは無理があります。ましてやロスパルナスは最前線の街なのです。」


兵士は実戦の場において劣悪な環境におかれる覚悟はしている。だがロスパルナスの街では常時、劣悪な環境におかれていた。実戦も地獄、帰投しても地獄じゃ兵隊なんてやってらんねえ。ガーデンみたいな天国は用意出来なくても、平時においては兵隊の労苦に報いられる環境を用意するのがマトモな為政者ってモンだ。


「である、な。その経営コンサルタントには儂が責任を取らせよう。何年か収容所で冷飯を食えば、切り捨てられる側の気持ちも分かろうというものだ。スミルノフから市長の椅子を奪ったりせんが、ロスパルナスの防衛には口は出させん。儂が送る部下を防衛司令に任命し、全てを担当させよう。」


市長は更迭出来ない、か。無能と知りつつも冷遇出来ないとは、派閥の長ってのも窮屈なものらしい。


……ロスパルナスが落とされれば、この地方を攻略する橋頭堡になる。ここいら一帯はザラゾフ派の領地だからどうでもいいっちゃどうでもいいんだが、万が一、この一帯を制圧されればグラドサル地方に機構領が隣接するな。それはアスラ派としても面白くない。……オレは何考えてる!派だの閥だの言う前に、街に暮らす市民のコトを考えろよ!


「ご英断、感謝致します。元帥、この地方の安全の為に一つ協定を妥結させて頂けませんか?」


「協定? どのような協定だ?」


おや? 即座に却下せず、話を聞いてはくれるのか。自派閥のコトとはいえ、聞く耳はあるのかね? いかにもワンマンなお方に見えるんだが……


「この地方を攻略する為にはロスパルナスを落とす必要があります。ですので周辺都市にロスパルナス防衛への助力をさせるべきです。」


「どんな助力が必要なのだ?」


「人、物、金、全てにおいて。各都市は自治権を持つ独立国家のようなモノですが、こと安全保障に関してのみは共同体としてあたるべきです。」


「それをやるのは自由都市同盟軍だ。同盟の成り立ちを知らぬのか?」


知ってらぁ。進学する度にドロップアウトしていったオレだが、社会科の成績だけは良かったんだ。好きこそものの上手なれ、この世界の歴史も貪るように読んでる。


「それだけでは、いささか不十分かと。機構軍が直接攻撃が不可能な都市に遊兵を置く必要はありませんし、都市同士の連携にも温度差があります。此度こたびの戦、ロスパルナスが落とされれば次は我が街の危機と判断し、多数の増援を派遣した都市と、日和見を決め込んだ都市とがハッキリ分かれました。かたや人員と物資を損耗しながら防衛に協力し、かたや何も損耗せず成功の果実だけを甘受する、これでは不公平なのでは?」


ザラゾフ元帥は貴族の生まれだが、その地位は戦働きで勝ち得た男だ。バーバチカグラードの会戦でも旗艦から一度も降りなかったゴッドハルト元帥とは対照的に、自ら先陣を切って戦った。ザラゾフ元帥は権謀術数や駆け引きで出世した兎我やカプランとは違う。戦いに関しては卑怯でも臆病でもない、この点だけは信用出来るかもしれない。複製兵士作製計画の黒幕だけに倫理観に関してはお察しだが……


「である、な。前線で防人となる都市に対して、後衛の都市は十分な支援を行う必要はあろう。そのエリアにはロスパルナス以外にも襲撃される恐れのある都市はある。各都市に即応部隊を編成させ、等分の戦力、戦費を負担する地域協定を結ばせよう。それでよかろう?」


「さっそくのお聞き届け、ありがとうございます。」


真面目くさった顔を作り、スクリーンに向かって滅多にやらないよそ行きの敬礼をやってみた。オレとの因縁はさておき、地域協定妥結の判断には敬意を表しておくべきだろう。


「ザラゾフ元帥、その協定は発祥となった街の名を取り、「ロスパルナス協定」と名付けては如何です?」


ウタシロ大佐の提案に完全適合者は重々しく頷き、答えた。


「よかろう。今回のお主らの働きに関しては儂から兎我に話しておく。固い財布の紐も少しは緩むはずだ。」


意外と話の分かる男のようだ。……だがそれだけに、司令に天下を取らせる為には邪魔になりそうだな。


「それから剣狼、観艦式の招待状を送るゆえ、必ず出席しろ。おまえのボスも参列するはずだから、従卒として丁度よかろう?」


正直、クローン実験の黒幕なんぞに会いたかねえが、この男に会う必要はある。アスラ元帥暗殺の黒幕でもあるか、探りを入れたいからな。もう一回、よそ行きの敬礼でもやっとくか。


「ハッ!閣下にお会い出来る日を心待ちにしております。」




……しかし観艦式ねえ。軍隊に付き物のイベントではあるんだが、またぞろ厄介事が起きねえだろうな。


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