再会編54話 たとえ父とは名乗れずとも



息子の杯に悪代官大吟醸を注いでやりながら私は質問した。


「カナタ、賢人会議と領民議会に権力を分散させるのはいいアイデアだと思うが、一つ聞きたい。その場合、領主のカナタは何をするのだ?」


「軍事においては白狼衆の選抜と指揮、政務においては賢人会議に参加する人間と議長の任命だ。軍務に関してはオレが全権を握るが、領地運営は皆で考えながらやってくれればいい。」


となると、議長は八乙女シズルだろう。彼女はカナタの腹心にして忠臣。八乙女シズルを介して議会をコントロールする算段か。


「軍務はそれでいいが、政務はそれだけでは不足だ。領主のカナタは賢人会議の否決した案でも採用し、可決した案でも廃案に出来る権限を有しておく。また、領民議会を通す事なく、領地法を制定する権限も併せ持つ、これが最良の選択だ。」


「教授、それじゃあオレは独裁者だよ。」


返杯を受けながら私は息子を説得する。


「この世界で私有領を持った貴族は、自分と側近だけで施政を行うのが普通だ。ロックタウンも形ばかりの市議会はあるが、重要決定はすべて市長が独断で行っている。ロックタウン市長、コムリン氏が有能だから司令は統治を委任しているが、そうでなければ自分が指示を出しているだろう。」


「皆がそうしてるからオレもしていいコトにはならない。だいたい、オレはコムリン市長ほど有能でもない。」


「やってもいないのに決めるのはどうかな。それにカナタの案には問題点があるぞ? 領民議会が上げた政策を賢人会議がことごとく否決したらどうなる? それこそ対立構造を生むのではないかな。」


「そうならないようにシズルさんを介してコントロールする。」


「家人頭を矢面に立たせて、影から操る黒幕になるつもりか? それこそ卑怯だと思うが。」


「………」


「カナタ、最良の政治体制とは"見識と良識を備えた為政者による独裁"なんだ。意思決定が迅速で、大胆な変革も可能なのだからな。だが現実にはそんな体制は長続きしない。権力は魔物だ。その魔物は人を変え、改革者を独善的な圧政者に変えてしまう。」


青雲の志を抱いて財務省に入省した私は、いつしか権力闘争のみを目的にした魔物になっていた。自戒の意味を込めて、話せる事がある。


「だが、現在の八熾の庄には、カナタの庇護が必要なんだ。場合によっては強権で、領民の意識を高めていかねばならない。領民議会が領民の為に為すべき施策を賢人会議が否決したなら、容赦なく誤りを正せ。耳当たりだけいい衆愚の施策を可決した場合にもだ。上意下達が常識化した領民の意識が変わるまで、先頭に立って導くのが、カナタの責任だぞ。」


「……オレはそんな大層な人間じゃ…」


「すぐそれだ。総帥も仰られていたが、カナタは自己評価が低すぎる。王政から民政に移行した事例を参考に、私もアドバイスするから独裁者をやってみろ。いつかお飾りの領主になれるよう、今は領主としての務めを果たすんだ。権力なんて手放すのはいつだって出来る。手放しても問題のない体制だけ作っておくんだ。」


「……わかった。教授の言う通り、強権を振るえるようにはしておくよ。オレのガラじゃないんだが……」


ガラでなくても適任ではある。配慮しながら改革を断行出来るバランス感覚は稀有な素質なんだ。


「それでいい。領民議会議員の選出に関する領地法の改正案は私が作成してみる。参考にするといい。」


「助かるよ。教授は行政に詳しいみたいだな?」


「政治法学と国際政治学が得意分野だ。ぶっちゃければ、自分の理論を実地で試せそうなので、楽しんでいる部分もある。」


「……おためごかしを聞きたい訳じゃないんだが、そんな本音も聞きたくなかった……」


だろうな。だが実際、楽しんでいるのだから仕方あるまい。為政者となった息子に陰から助言、なんという理想のポジションなのだろうか。


「という訳なので、領民議会の議事録は私にも送ってくれ。御門グループだけでなく、カナタの領地運営も陰からサポートしよう。」


「そりゃ構わんけど、仕事は真面目にやってくれよ? 楽しむだけじゃなくな。」


「もちろんだ。議会対策は私に任せろ。よちよち歩きの新米議員達をうまく誘導して道筋をつけさせる。」


それが私のもっとも得意とする仕事だからな。


「政治部門のブレーンゲットか、喜んでおくべきだな。そういや教授はオレの親父、天掛光平を知ってるかい? 教授が教鞭を執っていた大学を卒業してるんだけど。」


む、政治の話だけに熱くなりすぎたか。父親を想起しただけならいいが、私が父だと疑ってはいまいな?


「ああ、知っているよ。話は物部さんから聞いているが、それ以前から名前は知っていた。学年は違うが母校を首席卒業した英才だからね。財務省に入って順調に出世しているようだ。」


自画自賛してるみたいで居心地が悪いが、首席卒業は事実だからな。天掛光平の母校で教鞭を執っていたという設定上、知らない方が不自然だ。今ついた嘘で、教鞭を執っていただけでなく、教授の母校でもある、という設定を追加だ。


「やっぱ知ってたか。ま、出世にしか興味のない男が、出世出来なきゃピエロだからな。オレにとってはもうどうでもいい人間だが。」


……自分の撒いた種とはいえ、面と向かって言われるとヘコむな。


「そのあたりの経緯も物部さんから聞いている。文句を言おうにも地球は遠すぎるな。」


「文句で済ますかよ。もし親父と会ったらぶん殴ってやらぁ。」


それは勘弁してくれ。異名兵士剣狼に、豪拳イッカク直伝の拳で殴られたら私は死にかねんぞ。


「天掛光平氏は地球にいて幸いだったようだ。」


「家族と言えば、教授の妻子の転移は成功したんだったな。おめでとうが遅れた。よかったな、教授。」


「ありがとう。妻と娘は、偽りの身分で安全な場所で暮らしているよ。」


「家族と離れて暮らしてるのか?」


「私はマフィアを共倒れさせようと目論んでいる男だぞ。間違っても妻子を巻き込みたくない。ドン・アンチェロッティの息子は始末するのだから、身勝手な話ではあるがね。アンチェロッティの始末を終えても暗闘は続くだろうし、家族に米国の証人保護プログラムみたいな生活を送らせるのは心苦しいが、やむを得ん。」


「……そうか。それがいいのかもな。」


「そんな顔をするな。時々、顔を出す事にはしている。カナタ、家族の居場所を知っているのは…」


「教授と警護役だけでいい。秘密を守る最良の方法は話さないコトだ。これは司令の受け売りだけどな。おっと、話しておかなきゃいけないコトはまだあったな。教授、御門グループ役員会の手筈はどうなってる?」


「全て完了している。一週間後、御門グループは生まれ変わる事になるだろう。」


「……血を見ずに済めばいいが……」


「それは追放された者達の出方による。そっちは私が対処するからカナタは関わらなくていい。」


「荒事ならオレがやった方がよくないか?」


「追放される連中はロッシとは違う。御門グループ役員の肩書きが外れれば、なにほどの事もない。だからこそ、放逐されるのだ。」


「確かにな。」


「面倒で物騒な話はここまでにして、飲もうじゃないか。ツマミに河豚刺しを用意しておいた。」


バートの河豚好きにも困ったものだな。いや、気の利いたツマミではあるのか。


「ヒレ酒は?」


「あるに決まっている。地球でもテラでも、河豚は人気者だな。少し待っていてくれ。ヒレを炙って酒を温めてくる。」


私は客間を出てキッチンに向かった。今夜だけはゆっくり飲もう。明日になれば息子は表舞台で、私はその舞台裏で戦う日々が始まるのだ。




表舞台で脚光を浴びる息子を私はプロデュースする。たとえ父とは名乗れずとも、息子と共に歩めるのなら本望だ。



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