照京編15話 獅子は弟分を千尋の谷に落とす



通信室には入ったオレとカーチスさんは、不機嫌顔の司令のご尊顔を拝謁して肩を竦めた。


「三流コメディ番組の役者じゃあるまいし、大げさに肩を竦めるな。カナタ、またやらかしたようだな。」


「オレがやったみたいな言い方はヤメてもらえません?……司令、申し訳ありません。多勢に無勢、ミコト様とイナホちゃんを連れて逃げるのが精一杯でした。」


「あの状況でそれだけやれれば上出来だ。しかし、呪われてるレベルでツキのない奴だな。尻拭いする私の身にもなれ。」


運、不運はどうにも出来ないでしょ。どうにか出来るんなら、とっくにやってますよ。


「今度、運気の向くブレスレットか数珠でも買いますよ。エロ本の裏表紙にそんな広告が載ってたんで。」


「ああ、あのバスタブに札束を詰めて入浴しながら、ケバい女達をはべらしてるヤツな。あんなのに騙されるバカがいるのか?」


「いるから広告を載せてるんでしょ。でも知ってるってコトは、司令もエロ本を持ってるんですね?」


「クランドには内緒だぞ?」


「ソイツは口止め料次第だ、イスカ。」


ゴロツキらしい台詞を口にしながらバクラさんが通信室に入ってきた。


「バクラさん、ミコト様達は?」


「ジョニーがうちのゴロツキと一緒に固めてるよ。カナタガールズもついてんだから心配すんな。」


縁起悪いなぁ。なんちゃらガールズとか、なんちゃら王子とか、そんな渾名をつけられた人達って、あんまりいいコトになってない。


「掴みはここまでにしてだ。カナタ、本当によくやった。ミコト姫とイナホ嬢を連れて脱出したのは大手柄だぞ。」


「手柄が欲しくてやった訳じゃありませんよ。お言葉は有り難く拝領しますけどね。」


「フン、言うようになってきたな。カナタ、状況はわかるな?」


「はい。照京が陥落したコトによって、この神難が機構領との最前線になりましたね。」


日本で言えば機構領は滋賀県あたりを境に東に広がっている。北海道、東北、近畿、中国、九州が同盟領、関東、中部、四国が機構領、だいたいそんな感じだ。


「うむ。アスラの全部隊を神難へ派遣している最中だ。私もすぐに向かう。だが問題がある。」


司令やマリカさんが来てくれれば、相手が兵団だろうと怖くないんだが……


「問題なんていつでもあるさな。イスカ、具体的にはどんな問題なんだ?」


バクラさんは豪傑だぜ。オレもそんな台詞を嘯いてみてえよ。


「照京から神難へ敗走中の照京軍の残党をどうするかという問題だ。」


「おい納豆菌、オメエはどう思うのよ?」


名前で呼んでもらえませんかね、カーチスさん。


「追撃部隊次第ですね。兵団が追ってきてるならどうしようもない。でもその可能性は薄いですけど。」


「なんでだ?」


「照京という大魚が針にかかってるのに、小魚を追ってどうするんです? 小魚を追うのは大魚を魚篭びくに入れてからですよ。」


「カナタの言う通りだ。まだ照京を完全に掌握出来ていない以上、追撃に兵団全部を回す訳にはいくまい。だが一部は回してくる可能性はある。」


確かに。それで司令は思案してるのか。


「バクラさん、牡蠣鍋を食べに行こうってのは、どうせその場のノリで適当に決めたんでしょ?」


「その場のノリで決めたら悪いのか?」


「いえ、好都合です。司令、獅子神楽とヘッジホッグが神難にいるコトは兵団にとっても予想外でしょう。ヤツらは照京でのクーデター工作にかかりきりだったはずですから。」


「バクラとカーチスのいい加減さは予想不能だからな。牡蠣鍋食いたさに本土から龍の島に渡るなんてアホな真似は普通はやらん。食材を取り寄せればいいんだからな。」


いやー、名物はお取り寄せより現地で食す方がいいんじゃないですかね。行動力は必要ですけど。


「なんにせよ、動くか動かないかの選択権はコッチにあります。模範的軍人なら救出作戦決行一択でしょうけど、照京軍残党ってガリュウ総帥の悪政の維持装置だったとも言えますからね。オレ達がリスクを冒してまで救出する価値があるかどうか……」


「カナタよ。全部が全部、そうだとは言えねえだろ? 真っ当な連中だっているはずだ。」


「バクラの言う通りだ。御門家に忠義立てしてた連中も混じってらあな。」


バクラさんもカーチスさんも救出作戦支持か。どうしたものか……


「いいニュースだ。牡蠣鍋を食いたい行動力バカがもう一人いた。トッドが既に神難へ向かっている。1時間後に到着するようだぞ。」


「あんニャロ、俺らが誘った時は"俺はデートの予定が詰まってる"なんてほざいてやがったクセに、結局来るんじゃねえか。」


バクラさんが笑顔で文句をいい、カーチスさんにも笑顔は伝染した。


「いいじゃねえか。人手が増えたんだからよ。イスカ、チャラ男もいるってんなら救出作戦、やれんじゃねえか?」


金髪先生は見かけはチャラ男でも、アスラ部隊きってのオールラウンダーだからな。どんな状況にも対応可能だ。


「3バカに納豆菌がいれば可能そうだな。ミコト姫の為に一肌脱ぐか。指揮は……」


司令の言葉を遮ったバクラさんがとんでもないコトを言い出した。


「イスカ、指揮はカナタにやらせてみよう。」


「カナタにか!?」


さすがに司令もビックリしたらしい。オレはもっとビックリしてんだけど。


「出掛けるたんびに修羅場に巻き込まれてるってのに、カナタはしぶとく生きて帰ってきてる。並の兵隊ならとっくにくたばってるピンチを切り抜け続けてるって訳よ。その生き汚さを買ってみんのも面白かねえか? カーチスはどうよ?」


「トラブルの元凶に責任を取らせるのがスジだわな。」


オレはツイてないだけで、クーデターとは無関係です!なんで責任取らなきゃなんないの!


「待ってください、滅茶苦茶だ!お三方の誰かが指揮を執ればいいじゃないですか!」


「よし。カナタが指揮を執れ。バクラ、カーチス、保護者としての責任は果たせよ?」


話を聞けえ!イヤだって言ってんだろ!


「オレは少尉ですよ!階級が上の大尉が指揮を執るのが普通でしょう!」


「普段は軍法をないがしろにしてるクセに、こういう時だけ軍法は遵守しろか? では私も軍法を遵守してやる。が二階級高い地位と権限を持っているのは、こういうケースの為なのだ。大尉扱いのおまえが大尉3人の指揮を執る。軍法上はなんの問題もない。」


軍法を一番ないがしろにしてんのは司令でしょう!オレは真似してるだけです!


「と、とにかくですね…」


「命令だ。異論は認めん。」


「カナタ、やってみて無理そうならガーデンの獅子たるこの俺が代わってやるからよ。やってみな?」


「百戦錬磨の俺らが補佐するんだ。やれるやれる。オメエの勝負強さを俺は買ってるんだぜ?」


バクラさんとカーチスさんはなんだか楽しそうだけど、オレはキリキリ胃が痛いですよ!


正直勘弁願いたいが、この流れを逆流させんのは無理そうだ。


司令ならまだしも、バクラさんから無茶振りを喰らうとはな……


───────────────────────────────────


「少尉が救出作戦の指揮官ねえ。妥当な人選じゃない。バクラもたまにはマトモな事を言うのね。明日の天気が心配だわ。」


「3バカよりもカナタのが適任。」


「隊長、頑張りましょう。私達もお手伝いしますから!」


神難の軍司令部別館の居間でお茶をしていた三人娘、無茶振りされたコトを報告したってのに、返ってきた返答はえらく前向きだった。


「やる気になってくれてんのは有難いけどさ。正直、気が重いし、荷が重い……」


「少尉、やるしかないなら、やるだけよ。私達はいつもそうしてきたでしょ?」


そうだな。いつまでもグチっていても仕方がない。やってやろうじゃないの!


「状況を説明する。これを見てくれ。」


オレは戦術タブをテーブルの上に置いて、友軍戦力のデータを表示する。


「神難が陸上戦艦や巡洋艦を出してくれるんですね。それに付随する部隊まで。」


シオンはいつも通り、生真面目にデータを頭に入れていく。リリスは不真面目に一瞬でデータを暗記した。ナツメは茶菓子のクッキーからレーズンを外す作業に余念がない。ホントにレーズンが嫌いなんだな。


「撤退中の友軍の状況だが、現在の正確な数や位置はわからない。わかってるのは細かく分散しながら撤退してるってコトだけだ。」


ナツメから戦力外通告を受けたレーズン達を拾い上げて咀嚼しながら、オレは救出作戦の骨子を考える。


「面倒ね。あちこち駆けずり回らなきゃなんないわ。」


リリスはグチったが、これはオレらにとっては好都合なんだ。


「だが追う側も分散する。救出作戦を行うにあたっては、分散した戦力を各個撃破していく方が楽だ。もしそれを狙っての分散行動なら、撤退してる連中の中に切れ者がいるんだろう。」


「切れ者、ですか? 隊長、誰かは分かりますか?」


「わかる訳ないの。カナタは照京軍の事をほとんど知らないんだし。」


まあ、心あたりは一人しかいない。予想と言うより、願望だとも言えるが……


「絶対じゃないんだが、この分散行動の発案者は「達人」トキサダじゃないかと思うんだ。大師匠は同盟軍の剣術指南役で兵士達から尊敬されている御仁。地元の照京兵ならなおさらだろう。」


「シグレパパか。会ってみた感じじゃ、確かに切れ者って印象だったわね。次元流の前継承者だけに兵法にも精通してんじゃない?」


オレもそう思う。なんたってシグレさんを育てたお方だ。凡庸な訳がない。




達人を救出すれば、シグレさんに褒めてもらえそうだな。ちょっとやる気になってきたぜ。



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