結成編10話 神難ラブストーリー



「ビーチャム、子供ビールは旨いか?」


ビーチャムと副隊長のノゾミ、それにビーチャムがスカウトしてきたビーチャム・チームは未成年、お酒は飲めない。新たに編成された中隊の隊員達は全員成人なので、飲酒は可能。という訳で、ほろ酔いで宴に興じる隊員達を横目で見ながら、異名兵士「赤毛」と少年兵達は子供ビールをチビチビ飲るしかないのだ。あ、ビーチャムとノゾミ以外にも少女兵が混じってるな。


「……隊長殿、嫌味を言いに来られたのでありますか?」


ビーチャムさんは不機嫌顔でやぶにらみ。ま、そんなお顔を見たくて参上したってのもあるんだが……


「真面目な話だ。少し水辺を歩こう。ここは姉さんに似て多芸多才の副隊長に任せておけばいい。」


「はい。ノゾミは気遣いの鬼でありますから。」


若年だが機微に長けた5中隊副長は輪の中心にいる。ビーチャムの補佐役には適任のはずだ。


赤ら顔の第5中隊の連中に敬礼で見送られ、オレとビーチャムは湖畔を並んで散歩する。


「自信がないか、ビーチャム?」


「いえ!自分はキンバリー・ビーチャム以上に、「剣狼」天掛カナタを信じていますから!隊長殿が自分を中隊長に任命してもいいと判断した、だったら自分には出来るはずです。」


「それでいい。時期尚早という声もあったが、「赤毛の」ビーチャムなら出来る、オレはそう判断した。オレの判断の正しさはおまえが証明してくれるはずだ。」


「はい!」


「だが課題もある。これはオレ自身にも言えるコトだが、経験が浅い。」


「自分は未熟者ですが、隊長殿はそうではありません。マリカ隊長はこう仰っていました。"普通の兵士が10の経験を積めば、その経験を10の糧にし、成長する。だが稀に、10の経験を100の糧にしちまう兵士がいたりもするのさ。おまえを拾ったカナタはその希少種だ。それにあのトラブル体質は、そこらのベテランが裸足で逃げだすほどの修羅場もくぐってきた。わかるか、カナタは素質だけで部隊長になった訳じゃない。不運さえも力に変えて成長してきたからだ。ビーチャム、おまえもカナタに倣え。"と。」


「有り難いお言葉だな。ビーチャム、おまえはオレと同じタイプの兵士だと思っている。」


「自分も隊長殿のような兵士になりたい。どうすればなれますか?」


「思考を放棄せず、創意工夫を忘れるな。自信を持ち、過信はするな。そして判断に迷ったら……ウォッカに頼れ。その為に5中隊に配属した。」


「やっぱりそうでしたか。自分とノゾミの経験の浅さを補う為にウォッカ殿を……」


「ウォッカの力とキャリアだ、本来なら5中隊の隊長なり副隊長をやって欲しかった。だがウォッカにも色々あってな。」


ウォッカ中隊長の元でビーチャムやノゾミを成長させ、バトンタッチ。それが理想ではあるんだが……


「部下は持ちたくない、でありますか。ウォッカ殿になにがあったのでありますか?」


「オレも知らない。指揮官だった頃に、部下を死なせちまったコトは間違いなさそうだが……」


「たぶんでありますが、部下を死なせてしまった事が事実でも、ウォッカ殿に瑕疵はないと思うのであります。ウォッカ殿は責任のない事にでも、責任を感じる不器用な男でありますから。」


「オレもそう思う。それとビーチャムが拾ってきた元祖ビーチャム・チームだが、しばらくはお留守番だ。」


「……はい。頑張ってはおりますが、アスラコマンドのレベルには達していません。」


「確かにそうだけど、作戦によっては連れて行ってもいいんじゃないかな。僕が攻撃面をサポートすれば、一般兵の相手は出来ると思うよ? 間違っても負ける事はないはずだ。」


「ギャバン少尉はもう少し隠密接敵ストーキングの訓練が必要だな。足音を殺し切れていない。」


「これでも頑張った方なんだけどね。はい、子供ビール。」


「ギャバン殿まで自分を子供扱いしないで欲しいのであります!」


「ハハハッ、ちょっと座って話そうか。」


湖を前に、ビーチャムを真ん中に挟んで三人で体育座りをしてみる。


「ギャバン少尉が武器に念真力を纏わせ、自前の念真力は防御に全振り、そうすれば一般兵には確実に勝てる、か。確かにそうかもしれないが……」


ギャバン少尉の付与能力はかなりのものだ。手練れの兵士の障壁さえ切り裂く念真力を武器に付与出来る。それに念真力の攻防への割り振りは熟練兵でも頭を悩ます問題、防御に全振りでいいという割り切りは大きなアドバンテージにもなる。


「私情を抜きに考えても、実戦経験を積むのはいい事であります。生き残るのであれば、でありますが。」


「……少しそれ用の戦術を考えてみよう。いつまでもギャバン少尉におんぶにだっこって訳にはいかないが、成長させる為にはいい手かもしれない。」


大人ビールを飲みながら、脳裏にフォーメーションを思い浮かべてみる。ビーチャム・チームの連中の特性がこうだから……


「カナタ君は本当にネチネチ考えるのが好きだねえ。何か考えがあっての配置だと思うけど、リック隊の副隊長にウスラ君を、ロバート隊の副隊長にトンカチ君を充てたのはどういう意図かな? 僕なら逆にしただろうね。トンカチ君はリック君に、ウスラ君はロバート少尉に似たタイプの兵士だろう?」


「ギャバン少尉、似てるからこそ別にしたんだよ。ドライバーしか入ってない工具箱なんて役に立たない。血気に逸りがちなリックを上手く補佐出来るのは、引いて構える傾向のあるウスラだし、物事をシンプルに考えるトンカチは、思考型のロブが考えすぎた時の助けになるだろう。」


手先が器用でリガー適性のあるトンカチは、なんでも出来る便利屋ロブから学べるコトも多いはずだしな。


「なるほど。そしてシオン隊の副隊長には、任務に忠実でフィジカルにもメンタルにもバランスの取れた牛頭丸准尉を回す、と。この配置には白狼衆とそれ以外の隊員を融和させる意図もあるのだね?」


その通りだ。身分や出自より人間性を重視する角馬牛頭丸は融和のキーパーソンになってくれるはず。オレの直属小隊に組み込んだリムセが成長すれば、牛頭さんは指揮中隊に戻して、リムセを配置するコトも視野には入れているが……


「隊長殿、香ばしいソースの匂いがしませんか?」


……確かに。誰かコンロがあるからって、お好み焼きでも焼き始めたな。


「……カナタ君、屋台車を呼んだのかい?」


ギャバン少尉の指差す先には軽トラを改造した屋台車が見える。屋号は……「此花」だと!?


「此花って確か、サクヤの実家の屋号だぞ。」


「サクヤ殿の実家は飲食店なのでありますか?」


「ああ。サクヤは神難にある粉もの専門店「此花」の末っ子だ。タコ焼き屋の倅とお好み焼き屋の看板娘が結婚して生まれたのがサクヤさ。」


「なるほどね、サクヤ君は粉ものエリートの家系だったのか。通りでタコ焼きが大好きな訳だ。」


「粉ものエリートって言えば聞こえがいいが、実際は大変だったらしいぞ。サクヤパパとサクヤママの店は隣同士でライバルで、大層仲が悪かったんだとさ。」


「隣接するタコ焼き屋とお好み焼き屋か、それは客層が被りそうだねえ。」


「それでそれで!どうして結婚までこぎ着けたのでありますか!」


興味津々だな、ビーチャム。女の子だけあって恋バナ大好きか。


「最初はタコ焼きとお好み焼き、どっちが旨いかって勝負してたらしい。早い話、サクヤパパが作ったタコ焼きをサクヤママに食わせ、サクヤママの作ったお好み焼きをサクヤパパに食わせてた。両者ともに工夫を凝らして、なかなか勝負がつかなかったみたいだ。」


「切磋琢磨している間に愛が芽生えた、という訳でありますか!ロマンスであります!」


だとすれば、ソースと青海苔の香りが漂う恋だな。神難らしいお話ではあるが。


「相手に参ったと言わせる為に腕比べを続けていた訳だが、ある日、サクヤパパとサクヤママは気付いてしまったんだ。」


「相手に惹かれている自分の気持ちにですね!キュンキュンするであります!」


「違う。"客層が被ってるんなら、一緒に店をやればいいんじゃね?"という合理性にだ。そしてタコ焼き&お好み焼きを商う名店、「此花」が誕生した。」


「…………」


恋バナだと思ってたのに、神難商人らしいちゃっかり話だったと知って、ビーチャムは肩透かしを食らったようだ。


「馴れ初めはそんなだが、夫婦仲はいいらしい。3男3女に恵まれて、修業を終えた子供達には暖簾分け。同盟領各地に支店を展開してるとか言ってたな。あ、ちなみに此花家ではタコ焼きとお好み焼きのどっちが旨いかという話題はタブーだ。子供達はどっちも好きで作れるが、パパとママは実家の商売にこだわってるからな。喧嘩になるんだそうだ。」


「なるほど、此花本店だけは夫婦で分業してるのだね。夫妻の間に生まれた子供ハイブリッド達は両刀使いという訳だ。」


「ちなみに此花家最大の戦争は、独立した長男が焼きそばをメニューに加えた時に勃発した。焼きそばがダメな理由は…」


「まさか、焼きそばは阿南風お好み焼きを想起させるから、でありますか?」


阿南は日本で言えば広島にあたる都市だ。当然ながら、お好み焼きも広島風に準じている。


「よくわかったな。だが長男はぼっかけ焼きそばが大好きだったので頑として譲らなかったそうだ。」


「ソース以外にも香ばしい香りが漂うご家庭だね。ところでカナタ君は紅ショウガはアリ派、ナシ派?」


「アリ派。」


「やっぱりか。カナタ君は僕の敵だね!」


なにっ!ギャバン少尉は紅ショウガナシ派なのか!


「ギャバン殿!ナシ派なんて選択がナシであります!牛丼ビーフボウルにも焼きそばにも紅ショウガは必要不可欠であります!」


「なんて事だ!ビーチャム君まで僕の敵なのか!」


「ウォッカ殿も"牛丼ビーフボウルには紅ショウガ、目玉焼きには醤油ソイソースが常識"と名言を残されていますです!」


「ビーチャム、ウォッカはまだ死んでない。それに目玉焼きには醤油ではなく醤油マヨが常識だ。」


「醤油マヨ!……まさか隊長殿が邪教の信者だったなんて……」


「醤油マヨのどこが邪教だ!醤油マヨは創意工夫の産物!ビーチャムだってお家のハンバーグを食べる時にはケチャップとオイスターソースを混ぜるだろ!」


「混ぜません!そもそも話が別であります!」


「いや、僕には似たような話に聞こえるんだが……」


「ギャバン殿は黙りやがれであります!隊長殿、いいですか!醤油マヨがなぜ邪教なのかと言いますと…」


香ばしいソースの匂いに引き寄せられながら、オレ達は噛み合わない激論を交わす。



そして出された結論、食の嗜好に関しては案山子軍団にチームワークはないらしい。


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