出張編3話 本物の苦労人



オレはマリカさんに手を引かれて雛壇の壇上に立つ。


タキシードはわりかし似合うクランド中佐がマイクを握り、


「御来賓の皆様、これより授賞式を行いますのでご静粛に願います。」


クランド中佐は恭(うやうや)しくマイクを豪奢な漆黒のドレスを纏った女帝に手渡し、一歩後方に下がる。


司令がよく通る声で演説を始める。


「皆様もご存知の通り、父、御堂アスラの遺言によりアスラ財団が設立されました。財団の目的は戦災による被害者の救済と、機構軍から自由を勝ち取る為の人材の育成であります。父の遺言には機構軍との戦いにあたり、目覚ましい活躍を続ける兵士を顕彰せよとの項目がありました。その顕彰の最高峰は父の名を冠したアスラ勲章………十数年に渡って誰にも授与される事がなかったアスラ勲章でありますが、ついに顕彰されるに相応しい兵が現れました。手前味噌ではありますが、私の部下でありアスラ部隊の……いえ、同盟軍のエース、火隠マリカ大尉、前へ!」


珍しく畏まった表情のマリカさんが司令の前に出る。


そして司令が手ずからアスラ勲章をマリカさんの真紅のドレスの胸につけると、会場に拍手が湧き起こった。


もちろん雛壇の上のオレも拍手に加わる。


そっか。軍服じゃないのは同盟軍からの顕彰じゃなくて、アスラ財団からの顕彰だから配慮したってコトか。


「もう一人、火隠大尉の部下で新兵ながら大きな戦果を上げた天掛カナタ曹長にも、シルバーヘクサゴン勲章を贈りたい。天掛曹長、前に。」


司令に言われた通りにオレはマリカさんの横に歩み出た。


オレにも司令は手ずから銀の六角形の勲章をつけてくれた。


再び湧き起こる拍手、照れくさいけどいい気分かも。


なにせ今までの人生で顕彰されたコトなんかなかったからなぁ。


雛壇から降りたオレとマリカさんは紳士淑女に囲まれ、祝福される。


まあ、オレはマリカさんの付属品みたいなもんだ。当たり障りのない受け答えをしてればいい。


ここにいる上流階級の人達は司令のシンパがほとんどみたいだし、広報部の取材の時みたいなコトをやったらお猿な方の営倉入りが待ってそうだ。


20分ばかり囲まれて、ようやくセレブ達から解放されたオレ達の所に司令がやって来た。


「気分はどうだ、マリカ?」


「勲章をもらって気分が良かったのは初めてだね。」


「それはなによりだ。親父も最初に授与されるのがマリカなら本望だろう。娘の私よりもマリカを可愛がっていたからな。」


マリカさんは懐かしげな顔になり、


「ウチの親父はアタイよりイスカを可愛がってただろ? お互い様だ。」


そんな会話を交わして、アスラ部隊を支える女傑二人は笑った。


「おめでとう、マリカ君。初の受賞者が君で良かった。しかし君ほどの功績を前線で上げないといけないとなると、最初で最後の受賞者という事にもなりかねないね。」


そう言って近づいてきたのは軍服姿の壮年男性だった。見るからに紳士然としたこの方の階級章は中将。


写真でしか見たコトがなかったけど、この方が司令の後見人を務める東雲刑部しののめぎょうぶ中将か。


「中将、ご無沙汰しております。壮健そうでなにより。」


マリカさんもシノノメ中将には敬意を払っているようだ。同盟軍一の人格者って噂は本当らしいな。


シノノメ中将は穏やかな目でオレを見て、右手を差し出してくる。


「君が天掛カナタ曹長だね。機構軍の全将兵に喧嘩を売るとはイスカ司令の部下らしい。実に頼もしい事だ。」


オレは一息ついて緊張をほぐし、差し出された手を握る。


中将の手は剣術で鍛えられている猛者の手で………そして暖かかった。


「勢いであんな形になってしまいました。汗顔の至りです。」


中将はおば様方に人気が出るに違いない春風のような笑みを浮かべながら、


「ハハハッ、若気の至りで汗顔の至りかね。若者はいい。元帥も若き日は血気盛んな青年だった。」


「中将閣下はアスラ元帥と、若い頃から親交がおありなのですか?」


オレの問いに答えてくれたのは司令だった。


「中将と親父は士官学校の先輩後輩なのさ。士官学校始まって以来の問題児だった親父に気に入られた優等生の後輩、それが中将の気苦労の始まりだ。親父は良くも悪くも行動力があったからな。」


自分のコトを高い高い棚に上げて、司令は気楽なコトを言う。


………たぶん………今、中将の気苦労のほとんどは司令絡みだと思いますよ。


中将は見た目も苦労人って感じだけど本物の苦労人なんだろう。どこぞの苦労人詐欺師ラセンさんとは違って。


苦労を承知で損な役回りを受け持ってんだろうなぁ。


「元帥は理想と行動力とカリスマ性を持ち合わせた稀有な人物だったよ。この人の為になら喜んで苦難の道を歩こう、心からそう思える方だった。………親子二代で気苦労を強いられるとは思ってもみなかったが。」


あ、中将……ポロッと本音が出ちゃったよ。基本的に実直で正直な人なんだろうな。


そして俺様イスカ様は、豊かなサイズの胸を張って宣言する。


「生前に親父から「困った事があれば刑部を頼れ、困り顔をしながら力を貸してくれるから。」と言われている。中将、私は親父の言いつけを守っているだけなのだが?」


司令のあんまりな言い草を聞いた中将は困り顔になった。


中将に対して失礼なのかもしれないけど………不憫だよなぁ。誠実さが仇になってるとしか………


「………中将閣下、オレ、いや自分なんかが言うのもどうかと思いますけど………ご心労、お察しします。」


「………分かってくれるかね。君もイスカ司令の部下だから、普段は無頼なのだろう? 自分なんて畏まらないでオレで構わんよ。そういえばヒンクリー准将が天掛曹長に会いたがっているんだが、リグリット滞在中に時間は取れるかね?」


ヒンクリー准将がオレに? なんの用だろう? いや待て、階級がおかしいぞ。


「中将閣下、ヒンクリー少将の間違いでは?」


「いや、前回の作戦の責任を取りたいと自ら降格を申し出て許可されたのだよ。イスカ司令の尽力で会戦は逆転勝利に終わったのだから降格せずとも、と慰留したのだが………あの男は頑固者でね。」


「そうですか、自分に厳しい方とは思いましたが………ご都合に合わせて時間を作りますと准将にお伝え下さい。」


「そうか、ではそう伝えておこう。准将にもこのパーティーの招待状は届いていたようだが、敗残の身でパーティーなどに出る訳にはいかないと言ってね。」


司令が肩をすくめながら、


「まるきり嘘でもないでしょうが、准将はもともとパーティーが嫌いな男です。」


「ハハハッ、実は私もなのだが。司令からのお誘いを断ると後でどんな目に遭わされるやら恐ろしくてね。やむなく出席する事にしたのだよ。」


「後でなく今、ちょっとしたお願いがあるのですが?」


中将の顔にまたかねって書いてあるのが、初対面のオレにすら分かる。


「………聞くだけ聞こう、なんだね?」


「聞くだけではなく是非ご尽力を。なに、簡単な事ですよ。最新鋭の陸上戦艦を一隻、アスラ部隊に回して頂きたい。」


え~、それってちょっとしたお願いじゃなくね? 陸上戦艦ってどこの部隊も欲しがってるけど、絶対数が足りてない高価な希少兵器だよなぁ。


「………司令、大型ヘリぐらいならまだしも、陸上戦艦となれば簡単に右から左へやる訳には………」


「ほう、大型ヘリの調達は簡単なのですか。では中将、大型ヘリと陸上戦艦をセットでお願いしたい。」


満面の笑みを浮かべた司令はすぐさま言葉尻を捉える、血の臭いを嗅ぎ付けたピラニアみたいだ。


無理難題を笑顔で要求された中将は小声で司令に抗議する。


「………イスカ、そんなハンバーガーにポテトも付けてみたいなノリで、無茶を言わないでくれんか。」


プライベートでは名前で呼んでるみたいだな。後見人だし当然か。


「可愛い娘の頼みでしょう、叔父上。」


「わかったわかった。なんとかしてみよう。」


うん、この二人の関係が分かったような気がする。


幼少の身で偉大な父を亡くした司令は、父の腹心の部下で自身の後見人である中将を叔父上と呼んで育った。


中将は父親代わりになって、司令のワガママにお付き合いしてきた、と。


中将は司令が大事で可愛くて仕方がないんだろうな。


父親代わりのシノノメ中将と爺的ポジションのクランド中佐がよってたかって才気と器量に秀でた司令を甘やかして育てた結果がこれだ。


………ん、速歩で黒服がやってきたな。


「イスカ様、御門我龍みかどがりゅう様が来場されました。」


「フン、やっと来たか。わざと遅れてくるあたり、相変わらず大物ぶるのが好きな男だ。」


御門我龍って、確か同盟軍の中核的都市である照京を統べる御門一族の惣領だよな。





司令は我龍って男にあまり好意的じゃないみたいだ、面倒なコトにならなきゃいいけど。



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