懊悩編34話 狼の目



目を覚ましたらベットの上だった。オレは寝かされていたらしい。


枕の固さで自分の部屋のベットだと気付く。視界が真っ暗だ、オレはアイマスクをされているのか。


体を拘束されているワケじゃない。ならアイマスクをサッサと取ろ………


「まだだ、まだ取るな。」


いつもより厳しめのマリカさんの声、でもオレはその声を聞いて安心する。


「マリカさん、ここはオレの部屋ですか?」


「ああ、ナツメが担ぎ込んだんだ。」


目を瞑ったところをナツメに殴られて気を失ったんだよな。


ナツメのヤツ、思いっきり殴りやがったな。まだ鳩尾あたりがズキズキする。


「ナツメも、もうちょい手加減して殴ってくれよな。」


「無関係の民間人が死ぬかもしれなかったんだ。ナツメがテンパるのも無理ない。カナタ、オマエはナツメに感謝するべきなんだぞ?」


まだ意識がボンヤリしてるな。………なにか忘れてるような………あ!


「………そうだ!あの野郎に詫びを入れさせなきゃいけないんだ。ビロンだかメロンだが知らねえが、リリスにツバなんざ吐きかけやがって!」


「メロンはロックタウンの病院に搬送されたよ。脳に結構なダメージを負ってる。ロックタウンの医者じゃ荷が重いみたいで、ヒビキがヘリで向かって治療中さ。」


「アイツ持病でもあったんですか?………いや、違う。オレがやったんですね?」


じゃなきゃナツメがオレを気絶させるワケないもんな。意識がハッキリしてきて、話が見えてきた。


オレがサイコキネシスを持ってるって分かった時に、マリカさんは言った。


ヤツはを持っていたがな………そう言ったんだ。


「ああ、アタイとしたことが迂闊うかつだったよ。カナタがサイコキネシスを持ってるって分かった時に、カナタの希少能力はそれだと思い込んじまった。稀にだがアタイやイスカみたいに、複数の希少能力を持ってるヤツだっているってのに。」


マリカさんはパイロキネシスと緋眼を持ってるんだよな。そういやリリスだって二つの希少能力を持ってる、サイコキネシスとアニマルエンパシー………トゼンさんも二つ持ってるな。………司令はアニマルエンパシーと………なにか不明の希少能力を持ってるって事か。


………それより今はオレのコトだな。オレの………この目のコトだ。


「………ナツメはオレが狼眼ろがんを持ってたって言ってました。希少能力の分類で言えば邪眼系イービルアイってヤツですよね?」


「ああ、邪眼系能力はもっとも保持者が少ない希少能力だ。カナタも知っての通り、アタイの緋眼は敵に瞬間催眠をかけて眠らせたり、意識を朦朧とさせる事が出来る。強くかければ気絶させる事も可能だ。だが狼眼はもっとタチが悪い。睨んだ相手に耐え難い頭痛を与える事が出来る。アドレナリンコントロールで軽減させても堪えきれない程の激痛だ。強くかければ………脳そのものを破壊して殺せる。」


………メロンが悶絶するワケだ。脳をミキシングされてたのか。耳から血が流れるほどに。


「………確かにタチが悪いですね。眠らせる方が融通も応用もきく。」


「ああ、だが殺戮兵器としてなら狼眼は極めて有用だ。眠ったり気絶した人間は味方がいれば起こす事も出来るが、永眠しちまったら起こす事は出来ない。」


「しかしなんだって突然そんな力が目覚めたんですかね。」


「狼眼の発動トリガーは殺意だ、アタイはそう思う。カナタ、オマエは本気の殺意を知らなかったんだろ?」


「本気の殺意?」


「アタイは生まれつき緋眼を持っていたが、力に目覚めたのは本気の怒りを覚えた時だった。カナタはアギトの縁者だから、狼眼を持ってる可能性は疑っていた。だがカナタはキッドナップ作戦の全貌をアタイから聞かされた時に、本気の怒りを見せたが狼眼は発動しなかった。その後カナタはサイコキネシスを持ってる事が分かったもんだから、アタイは安心しちまってたのさ。」


「マリカさんは邪眼の発動トリガーは、自分と同様に怒りだと思ってたんですね?」


「ああ、イスカもそうだったって言ってたんでな。カナタ、言っておくが……」


「他言なんかしませんよ、司令も邪眼系の能力者でしたか。」


「ああ、イスカもそうだ。話を戻すがカナタはアタイの命令で敵を殺してきたが、殺してやるって思った事はなかったんだろ? 己が生き残る為に、アタイや仲間の為に、やむなく殺してきた。じゃなきゃ、戦う意志を持ってオレの前に立つな!なんて台詞は出てこない。」


「………そうかもしれません。殺される側にとっては、やむなくでも嬉々としてでも同じコトでしょうけど。」


「責めてる訳じゃない、そんな顔をするな。オマエみたいなタイプは自分の事には寛容だが、仲間の事なら容赦しない。とりわけ大事に思ってるリリスに舐めた真似されたんじゃなおさらだ。殺意の一つも覚えようってもんさ。それでも理性が勝っていたようだが………仮にリリスにツバを吐いたのが、ロードギャングだったらどうしてた?」


「即座に斬って捨てました。」


「だろうな。けどメロンの青二才は将校で、ヤツの親父はシモン・ド・ビロン少将だ。アタイらに迷惑をかけたくないから理性が押し止めただけで、殺意は本物だった。だから狼眼が発動したんだろう。」


「それにしたって脳に結構なダメージを負わせたワケですよね。殺したよりマシってだけで結局迷惑をかけちまいそうです。」


マリカさんは笑いながら、オレの肩をポンポンと叩く。


「本当に面倒ばっかり起こす新入りだよ。でもオマエは悪くない。悪いのはあの家柄と皮下脂肪に恵まれた青二才だ。」


「ホントすいません。オレは臭いご飯を食べるハメになりそうです? 同盟軍じゃコネが幅を利かせてるみたいだし。」


なんたって少将閣下の御子息様を病院送りにしちまったんだからな。病院送りの代償でムショ送りにされちまうかも……


「心配すんな。アタイやイスカに任せとけ。営倉ぐらいにゃ入らなきゃいけないかもだが、ムショなんぞにゃ行かせない。狼眼が発動したのは不可抗力さ。事実そうだし、そう思え。」


「ええ、もうやっちまった以上は取り返しがつかない。マリカさんと司令に任せるしかありません。毎度ご面倒をおかけします。」


「手のかかる坊やだってイスカもボヤいてたぞ。なにやら手帳にメモしてたが……」


「それ貸借対照表バランスシートです、たぶん。オレにまた貸し出し記録をつけてたんでしょう。」


「そりゃお気の毒だね、イスカの取り立ては厳しいよ。十一トイチの利息ぐらいは覚悟しとくんだね。」


十一の利息って………ガーデンの帝王ですか。………女帝の異名を持つ司令ならマジでやりかねねえな。


「はぁ、ただでさえ司令に頭が上がんないってのに、勘弁して欲しいですよ。」


「明日からアタイが狼眼の使い方を教えてやる。同じ邪眼系、性質はだいたい同じはずだからな。不便だろうが目隠しを外すのは、狼眼のオンオフが完璧に出来るようになってからだ。アスラ部隊のゴロツキなら死にゃしないと思うが、ガーデンにゃ一般職員だっているからね。」


なるほど、それでアイマスクか。やむを得ないな、そういう理由じゃ。


「狼眼が発動した相手がメロン中尉でラッキーだったのかもしれませんね、バイオメタル化してない一般人相手だったら………」


「死んでただろうね。メロン中尉は身体能力は雑魚以下だが、念真強度はまあまあっていう支援タイプの兵士だったってのも幸いだった。別に死のうが惜しかないヤツだし、二重にツイてたな、カナタは。」


非道いコト言うなぁ。別にメロン中尉に同情なんかしないけど。


「マリカさんの緋眼が発動した時はどうだったんです? 本気の怒りで発動したんなら、相手は気絶ですか?」


「親父が昏倒したよ。いい気味だ。」


「相手は親父さん!? 確か先代里長の火隠段蔵さん、でしたね? 実の父に本気の怒りを覚えたんですか? 一体何があったんです?」


いや、オレも親父を憎んじゃいるけどさ。………マリカさんもそうなのだろうか、だとしたら聞くべきじゃなかったか?


「………事もあろうに親父のヤツ、アタイのプリンを盗み食いしやがったのさ。」


プリンが原因かよ!!それで緋眼を食らって昏倒とか………段蔵さん、なにやってんのぉ!


「そ、それはあまりに子供っぽい怒りと言いますか………」


「事実アタイは7つの子供だったんだ。普通、娘のおやつのプリンを父親が盗み食いするか!? 今思い出しても腹が立ってきた!」


「………司令はどうだったんでしょうね。おやつのケーキをアスラ元帥が盗み食いしたとか……」


「元帥はウチのクソ親父と違って上品な紳士だったよ。………イスカはアスラ元帥の死を聞かされた時の怒りで発動したってさ。」


「………本当に発動トリガーは怒りだったんでしょうか?………激しい怒りじゃなくて…………深い悲しみだったのかもしれない。」


「………ああ、そうかもしれないね。イスカは弱さを見せたがらないヤツだ、他人にだけじゃなく自分自身にさえな。だから悲しみが鏡眼きょうがんを開眼させたのだとしても、認めないだろうね。」


確かに、怒りだって言い張りそうだ。………しかし鏡眼か。


「司令の邪眼系能力は鏡眼………鏡の目、ですか。名前からして邪眼の能力を跳ね返す力とか?」


「そうだ。イスカの鏡眼は邪眼系の能力を術者に跳ね返す、言わばアタイらの天敵だね。鏡眼持ちには邪眼を使わなきゃいいダケの話だけどさ。」


「そんな大事なコトをオレなんかに話しちゃっていいんですか?」


「オマエが狼眼のコントロールが出来るようになったら、一度跳ね返してやってくれってアタイが頼んだんだ。どういう痛みを敵に与えるのか、知っておいた方がいいからね。」


「………そうですね。オレがこれから狼眼で殺す敵が、どういう痛みを感じて死ぬのかを知っておくのが礼儀だと思います。」


「ククク、礼儀か。………アタイはどういう痛みが敵を襲うかを知っておけば、戦術に活かせると思っただけだ。」


「そういう意味でしたか。いやはや、オレはズレてますね。」


「………カナタ、オマエは優しいな。………いや、優しくはないか。狼眼で立ち塞がる敵を殺すって覚悟を決めてんだから。だがオマエは殺しゆく敵への礼儀だと言った。そう考えるカナタでいてくれ。」


「はい。マリカさんが望むなら。」


「いいコだ。これで手がかからなきゃ、最高の部下なんだが。」


「………子供扱いされんのは、正直おもしろくありません。」


子供扱いされたくないオレは、子供みたいにムクれてみた。本末転倒、ここに極まれり。


「怒るな怒るな、じゃあ詫びの印に…………少しだけ大人扱いしてやるよ。」


マリカさんはそう言うと、オレの後頭部を片手で掴んで引き寄せた。


…………次の瞬間、柔らかい唇がオレの唇と合わさった。


それは一瞬の出来事だったが、永遠のようにオレには感じられた。


「そのほうけた顔を見る限り、機嫌は直ったみたいだね。」


「…………は、はひ。」


「じゃあ明日から特訓だ。おやすみカナタ。」


そう言ってマリカさんは部屋を出て行った。




マリカさんにちゅ~されちまったぞ!……………今夜はいい夢見れそうだ。




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