出張編15話 専用装備のオファー



今日のカリキュラムは無難に終わった。


タクシーでホテルに帰ろうかと思ったが、思い直して地下鉄サブウェイを使うコトにした。


リグリットの地下鉄は安全らしいし、無駄遣いをする必要もない。


無駄金を使うのはバカのするコトってリリスに言われてるしな。


将校カリキュラムは一ヶ月近くあるんだ、タクシーと地下鉄じゃ結構バカにならない差が出るだろう。


統合作戦本部近くに地下鉄の入り口らしきモノがあったし、行ってみよう。


地下鉄の入り口に向かおうと歩き出したオレに、声をかけてくる人物がいた。


「貴方が天掛曹長ですね?」


「はい、そうですけど。」


声をかけてきたイズルハ人の男は、年の頃は30半ば、少し白髪の混じった髪でスーツ姿にビジネスバッグ。


見るからにリーマンだよな。堅気のリーマンがガーデンマフィアのオレに何の用だろう。


「初めまして。私、武器の総合商社ペンデュラムの課長補佐、百道竹臣ももちたけおみと申します。」


そう言って名刺を手渡される。


「ああ、どうも。オレは名刺なんか持ってないんで………」


「お気遣いなく、異名兵士ネームドソルジャーの方は顔がご名刺のようなものです。不躾で恐縮なのですが少々お時間を頂きたいのですが、今日のご予定はどうなっておられるでしょう?」


「特に予定はありませんが………いったいどういったご用件ですか?」


「天掛曹長の専用装備の開発について、お話させて頂きたいのです。」


専用装備!専用装備って言うとザクの頭にツノがついたりするアレのコトか!


「は、はぁ。でも新兵のオレに専用装備なんて早すぎませんかね?」


「いえいえ、どうやらご興味がおありになるようですね。詳しい話はオフィスで如何でしょう?」


う~ん、こういうのって勝手に話をしちまっていいんだろうか?


決めちまわなければ問題ないよな。


「とりあえず話を聞くだけなら。」


「ええ、お話をさせて頂くだけで有難い事です。お車はこちらです。」


オレはモモチさんの運転する車に乗って、ペンデュラム社に行ってみるコトにした。




ペンデュラム社は中型オフィスビルの1階のテナントを借りているようだった。


貸しオフィスねえ。同盟軍側の業界最大手、アレス重工はシャングリラホテルの傍に巨大な本社ビルを構えてたよなぁ。


いや、会社はデカけりゃいいってもんじゃないけど。


オレはペンデ社の客間に通され、珈琲を頂くコトになった。


「旨い。いい珈琲ですね。」


「天掛曹長は濃い珈琲を好むという事でしたね。お口に合ったようでなによりです。」


さらっとモモチさんはそう言って、自分も珈琲を口にする。


「………オレのコトを調べたんですか?」


「もちろんで御座います。お客様の嗜好を知っておくのはビジネスの基本ですので。」


ビジネスの基本なんて大学生から軍人にクラスチェンジしたオレには分からないなぁ。


「さっそく用件に入らせて頂いてよろしいですか?」


「はい、どうぞ。」


「用件と申しますのは先ほど申し上げたように、天掛曹長の専用装備の開発についてで御座います。天掛曹長は現在、どんな銃をお使いでしょうか?」


「アレス・マンイーター。同盟軍の正式採用銃ですけど。」


「マンイーターは良い銃です。癖がなく扱いやすくて壊れにくい。ライバル社の製品ですが、正式採用銃になるだけの事はあります。しかしながら天掛曹長はもっと優れた銃を使うべきだと私は思います。」


「でも、オレの射撃ってFCS頼みで大した腕じゃないんですよ。」


午後にあった射撃訓練でそれはよく分かった。専門が狙撃手のシオンとは雲泥、ダニーに比べても相当に見劣りするのが現実だった。


「ですが人間は成長するものです。今からいい銃を使い慣れておく事には大きなメリットがある。」


「それは仰る通りですが、オレにとってメリットがあっても、貴社のメリットが薄いのでは? オレは海のモノとも山のモノとも分からない新兵です。貴社のアピールにならない可能性の方が高いでしょう。オレの力が証明されてからの方がリスクを避けられるはず。」


「それでは遅いのですよ。我がペンデュラム社は業界6番手といったところでして。天掛曹長は明晰な頭脳をお持ちのようですから、もう意味はお分かりですよね?」


持ち上げられてんなぁ。でも意味は分かる。


「リスクは覚悟の先行投資、というワケですか。」


「左様です。アレス重工のように実力と名声を確固たるものにした兵士の方にオファーをするようなやり方を我が社がやったところで相手にされません。弱者には弱者の戦い方が御座います。それに天掛曹長は新兵とはいえアスラ部隊の精鋭、さらには同盟のエース、緋眼のマリカの部下とくれば先物取引をしたくもなります。」


「なるほど、マリカさんの部下っていうのは確かに魅力があるかもしれませんね。」


「天掛曹長は叔父と比較されるのはお嫌いなようなので気分を害されるかもしれませんが、あの氷狼の甥というネームバリューも正直に申し上げまして魅力です。」


このモモチさんってヒトはオレをよく調べ、理解しようと努めてくれてるようだ。


………生き残る為に少しでもいい装備が欲しい、特に不得意分野の射撃を補ってくれるのなら尚更だ。


よし、乗ってみよう。マリカさんやアギトのネームバリューがあってのコトだろうけど、少なくともこのヒトが一番先にオレに声をかけてくれたんだ。


「ウチの司令に連絡していいですか? 独断で判断するのはマズいので。」


「おお!それでは我が社の提案を前向きに検討して頂けるのですね!」


「はい、オレにとってはメリットしかない話ですし、オレの珈琲の好みまで調べてくれたモモチさんの心遣いに感銘を受けました。軍人にとって武器は命を預ける相棒ですから、細やかに気を使ってもらいたいので。」


オレは司令に連絡を取ってみた。司令のお答えは簡単明瞭だった。


「貰えるモノはもらっておけ。」


どシンプルですね、司令らしいよ。


「司令の許可が出ました。具体的なお話を聞かせて頂けますか?」


「はい、喜んで。お話の前に天掛曹長の体や手のサイズ、筋力などの測定をさせて頂きたい。そのデータを見ながら、どういう方針で専用装備の開発をするかのご相談をさせて頂きます。」


特に予定のない暇人のオレは、ペンデ社で色々測定してもらうコトにした。




身体測定後の相談の結果、まずは専用銃の開発から着手しようというコトになった。


不得意分野の射撃をフォローしてくれる銃が欲しいというオレの意向と、射撃の名手とはいえない新兵を客層に据えたいというペンデ社の意向がマッチしたからだ。


「それでは早速試作品の設計にかかります。サンプルが出来上がり次第、ホテルに届けますのでご意見をお聞かせ下さい。」


「分かりました。宜しくお願いします。長い付き合いになるといいですね。」


「我が社と末長いお付き合いをして頂けるように、誠心誠意努力致します。」


いや、オレがあっさり戦死するかもしれないって話なんだけど。いいヒトだな、モモチさんって。


オレはモモチさんと握手してからペンデ社のテナントを後にした。




ホテルに帰った頃には完全に日が落ちていた。


スーペリアに戻ってシャワーを浴びてから今日の授業の復習をしよう。


その後はまた居酒屋探索の旅かなぁ。ホント、オレも酒にうるさくなってきたよ。




スーペリアに戻ると床に一通の封書が落ちていた。


………オレに手紙ねえ。しかも部屋に直接か。ラブレターだといいんだけどねえ。


封書を拾い上げてみる。表の宛名書きは天掛カナタ様へ、か。裏面は………コトミより、ね。


期待通りに女性ですか。どれどれ、封書をあけて内容を確認しますかね。


「貴方に大事なお話があります。今夜11時、黒龍橋埠頭のDー11ブロック、第二倉庫でお待ちしております。誰にも話さず一人でお越しくださいませ。」


逢瀬のお誘いですか。どうしたものかな。


罠じゃなさそうだ。心当たりはあるし、罠ならもっと巧妙に仕掛けるだろう。


手紙の差出人のコトミさんは、オレが誰にも知らせずに一人で来ると確信しているみたいだな。




その確信は………当たってるよ、コトミさん。



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