照京編19話 食材を兵器に変える少女
「隊長!大丈夫ですか!大変、酷い傷だわ!!」
尽くしたがりで心配性の副長は、オレの左腕の傷を見るなり慌てふためいた。
「腕に4つも穴を開けられたが、骨には当たってない。問題ないさ。」
袖をまくったオレが消毒用アルコールを腕に垂らすと、シオンが止血パッチを張ってくれた。
「兵団の部隊長を退けるとは大したモンね。それでこそ私の少尉だわ。」
「カナタ、金星おめでと。」
「勝ってないから金星じゃないよ。左腕を潰し遭っただけだ。あのまま続けてたらヤバかっただろうな。」
「でも先に退いたのは向こう。カナタの腕はまだ生きてて、ジジイの腕は死んでた。カナタの勝ちなの!」
サッカーで言えば前半戦を1-0で折り返したようなもんかな。だがボールの支配率では圧倒的に負けてた。
後半戦があればひっくり返されてた可能性は高い。……たられば話に意味はないか。
「兵員の収容が終わり次第、神難へ帰投する!収容作業を急げ!」
兵団は峡谷出口で包囲されるコトを嫌っただけだ。神難への撤退中にまた喰らいついてくる可能性はある。
まだ油断は出来ない。
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「カナタ君、医療ポッドに入った方がいい。腕に穴が4つも開いてるんだぞ?」
陸上戦艦の艦橋で錦城少佐に医療ポッド入りを勧められたが、オレは首を振った。
「再度、追撃部隊が食いついてくる可能性があります。医療ポッド入りは神難に到着してからにしますよ。」
「カナタ君は責任感の塊だね。」
「アスラの部隊長なら誰でもそうします。ましてや今のオレは全体指揮官だ。」
戦いの記憶が新しいうちにイメージトレーニングをしておこう。
老拳法家の動きは洗練された熟練兵の完成形、あの姿から学べるコトは多い。
鉄拳バクスウは拳法家、技巧派、スピードタイプ、小兵、4つのカテゴリーの厄介な点を体で教えてくれた。
ああきたらこう、こうされたらこう、脳内に蘇るバクスウのイメージを相手に、オレは再戦を始めた。
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再度の敵襲はなかった。どうやら兵団は追撃を諦めてくれたらしい。
達人ジジイ(仮想)を相手にしたイメージトレーニングを終えた頃に、神難の街が見えてきた。
街のゲートをくぐって安堵したオレは、後の事は錦城少佐に丸投げするコトにして艦を降りる。
シオンとナツメの傷は軽微、リリスは無傷なのは、なによりだった。
「シオン、リリス、報告書を頼む。」
「ダー。」 「了解よ。」
「私が栄養のつくものを作っておくの!」
……ナツメさんの好意は有り難いが、受け取るのは好意だけにしておこう。
「それはやめれ。ナツメさんは食材を兵器に変える女だろ?」
「ぶ~!」
「開発部がなんでナツメの才能に気付かないのか不思議だわ。スーパーの食材を使ってBC兵器を作れるなんて、戦争には最適なのに。」
リリスもなかなか酷いコト言うな。まあ、概ね合ってるってのが怖いんだが。
「BC兵器? ビックリするほど、C´est bonな兵器の略?」
セ・ボン、フランス語かよ。ナツメさん、BC兵器はバイオケミカルウェポンのコトな?
「美味しさのあまりかどうかは知らんが、天国へ往けそうな料理ではあるかな。いや、オレが往くのは地獄か。」
さんざん人を殺してきたからな。地獄行きだけは間違いない。
殺気立ったナツメさんに傷を増やされないうちに医療ポッドに入るとするか。
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医療ポッドを出て軍司令部別館に戻ったオレを待っていたのはご馳走&目玉焼きの大軍だった。
「なぜに目玉焼きの大軍? 卵の特売でもやってたのか?」
「一生懸命作ったの!」
……なるほど。目玉焼きならナツメでも作れるってか。
せっかくのナツメの手料理だ。有り難く頂こう。
「美味しい? どんな味がする?」
「卵と醤油の味がする。美味しいよ。」
ちょっと焦げすぎだけどな。それでも美味しく思えるのは、ナツメの笑顔って隠し味が効いてるからだろう。
「隊長、ビーフシチューも食べてみてください!今日のは特に美味しいですから!」
シオンさんのビーフシチューはホントに美味しいんだよね。我が家の定番メニューだ。
「私はレバニラ炒めをメインに何点かつくってみたわ。」
レバニラ食った後にミコト様に拝謁して平気かなぁ……消臭ガムがテーブルの上にある。さすがリリスさんだ、隙が無い。
どんぶり飯にレバニラ炒めを乗っけたナツメは、一口、口にするなり目を輝かせた。
「おいしっ!なにこれ!」
「なにこれってレバニラ炒めよ。見ればわかるでしょ?」
一気にどんぶり飯を平らげたナツメがリリスの手を握って滅茶苦茶なコトを言い出した。
「リリス!結婚して!」
いきなり求婚されたリリスは、面食らったらしい。一瞬、沈黙した後に素っ頓狂な声を上げた。
「……はぁ!? アンタ、少尉を狙ってたんじゃないの!?」
「だいじょぶ!カナタも婿にもらう!私は愛のカタチに全然こだわんないから!」
「少しはこだわんなさいよ!私が言うのもどうかと思うけど!」
確かに、これ以上ない"おまいう"案件ではあるな。
「隊長、ピロシキもどうぞ。私のピロシキはそこいらのお店に負けませんよ?」
スルーを決め込んだシオンさんが、ピロシキをちぎってオレの口に運んでくれる。
「シオン!新妻気取りでなにやってんのよ!」 「カナタは私の婿なの!」
「知りません。あなた達は仲良く喧嘩してなさい。」
ギャースカ言い争いを始める三人娘。……あ~、もう滅茶苦茶だよ……
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食事を終えたオレはシオンとリリスに頼んで、イナホちゃんを司令部内の散策に連れ出してもらった。
腕だけじゃなく全身に相当な深手を負ってるツバキさんはまだ医療ポッドの中だ。
控えの間に護衛のナツメを待機させ、これでミコト様と内緒話を出来る状況は整ったな。
奥の間でミコト様と二人っきりになったオレは密談を開始する。
「ミコト様、御門家に忠誠を誓う照京兵を選別しておきました。その中から腕が立つ者を選抜しますので、親衛隊にしてやってください。」
「都を追われた私に付き従ってくれる者がいるとは有り難い話です。その者達に報いてあげられる日がくればよいのですが……」
「ミコト様、御門グループの企業体は同盟の各都市に点在しているのですよね?」
オレが零式をインストしたのはリグリットでだったしな。
「はい。複合企業体は同盟の有力都市全てに存在し、ネットワークを形成しています。」
照京が陥落したと言ってもミコト様は徒手空拳になった訳じゃない。複合企業体とその企業傭兵は健在、巻き返しは不可能じゃない。
「グループ本社が機構軍の手に落ちたのは痛手ですが、逆襲の原資はある、か。」
「照京本社は仮初めの本社です。最新鋭の研究や開発はリグリットで行われていますから。」
「なんですって!?」
「左内の指示です。中心領域東端の照京より、同盟首都のリグリットの方が流通面で有利である、とお父様を説き伏せました。ですので数年前から御門グループはリグリットを中心に活動していたのです。」
さすがリンドウ中佐だ。照京の治安を不安視して、本社機能を移転させていたのか。
その配慮がこんなカタチで生きてしまったのは皮肉としか言えないが……
「ミコト様、話を詰めるのは司令が到着してからですが、御門グループ総帥に就任される心構えはしておいてください。ガリュウ総帥も雲水議長も囚われの身、御門グループを率いるのはミコト様しかおられません。」
「……はい。この状況ではやむを得ません。」
照京を失ったのはマイナスだが、御門グループの総帥にミコト様が就任するのはプラス材料だ。司令は神楼の大貴族だが、その力の源泉は領地ではなく、複合企業体、御堂財閥にあるんだからな。
クソッ、これでリンドウ中佐さえいてくれれば、ミコト様をよく補佐してくれてただろうに……
いや、御門グループに人なしとは限らない。ガリュウ総帥がトップだったから日の目を見なかった人材がきっといる。
司令にも力を貸してもらって、強固な複合企業体を構築する。逆襲の一歩はそこからだ。
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