開幕編4話 猿でも反省するけれど
10号から受けたダメージの回復に2日かかった。残された時間はあと5日か。
医療ポッドから出て2日ぶりに自室に戻る。部屋にはパソコンが置いてあった。
博士はちゃんと仕事をしてくれたようだ。スイッチを入れて起動させる。
OSは違っているが元の世界のモノと使い方は変わらなかった。
よしよし、なにせ元の世界じゃパソコンだけが友達みたいなモノだったしな、これがないと落ち着かない。
開いた添付ファイルの中には、クローン実験体同士の戦闘の動画が入っている。
この体のオリジナルの戦闘データはまだのようだ。先にクローン同士の戦闘動画を見てしまおう。
………一通り目を通し珈琲を飲みながら考える。
なんとかなりそうだ。やっぱり読み通り、実験体には弱点がある。
そこを突くのは難しい話じゃない。
今までは自我のない実験体同士しか戦わせていなかったから、弱点が露呈しなかっただけだ。
自我を植え付ける実験が優先されていて、実験体の実戦での有用性の検討は後回しにされていたんだろう。
動画を見終わったのでさっさと寝ることにする。明日もやる事は沢山あるのだし。
朝、シジマ博士を呼び出してトレーニングルームにいく。
博士が不安そうな顔で訊ねてくる。
「実験体同士の戦闘データは用意してみたけど参考になったかい?」
「ああ、オレの考え方で問題ないと確認出来た。オリジナルの戦闘データはなんとかなりそうか?」
「今日の夕方には手に入るはずだよ。」
「オーケーオーケー、順調だな。いや、一つ問題があるな」
「な、なにが問題なんだい? 僕に出来る事は……」
「珈琲なんだけどね、もうちょっと濃いヤツにしてくれない?」
「………珈琲を用意してあるだけマシだと思ってくれよ。」
トレーニングルームでは、ずっと念真障壁の形成の訓練をした。これは防御の要だ、おろそかにはできない。
半日のトレーニング時間の全てを費やし、少しコツが掴めてきた。
手をかざすのはイメージの補助だ、試しに手を使わずに形成してみたが、一応は成功した。
だが時間がかかる、とても実戦では使えない。これでは前みたいに形成前に攻撃を受けてしまう。
今のオレには補助動作を行ってでも、早く障壁を形成する事のほうが重要だ。
だから補助動作を繰り返しながら、少しでも早く障壁の形成をする訓練だけに集中した。
刀に障壁を纏わせるのも試したが、こちらも難易度が高かったので今は切り捨てる。
なにせ時間があまりない、高度な技術は後回しでいい。
夕方になったのだろう、シジマ博士がやってきた。
「あれ、昼食のサンドイッチに手をつけてないね。」
「訓練に集中してて忘れてたな。そう言えば腹が減った。例のモノは手に入ったか?」
博士はメモリーチップをヒラヒラと振って見せた。
「ありがとう、博士。これでなんとかなりそうだよ。」
オレの自信あり気な態度のせいか、頼まれた事を終えた安堵感からか、落ち着きを取り戻した博士は持参したハンバーガーに手を付けながら話しかけてきた。
「集中するのはいいけどちゃんと食事は取るようにね。バイオメタルはカロリー消費が常人とは違うから。」
そういう事か、この体になってから食事量が随分増えた。ムキムキボディになったからかと思っていたけど、そういう造りの体ってコトだったのか。
サンドイッチを頬張りながら頷くと博士は話を続けた。
「キミは中量級だから食事量も常人の倍くらいで済むけど、重量級だとそりゃ凄い量なんだよ。」
「バイオメタルにも等級があるのか?」
「ああ、大きく分けて軽量、中量、重量級に分かれる。実際はもう少し細分化されてて、キミは正確に言えば中軽量級に分類される。」
「どんな違いがあるんだ?」
「一般的には軽いほどスピードがあって、重いほどパワーがある。」
「シンプルだな。」
「勿論、念真強度や浸透率によっても大きく左右されるけどね。」
念力強度に浸透率、知らない単語が出てきたな。飯も食い終わったし珈琲でも飲みながら、詳しく聞いてみよう。
「博士、念真強度ってのはなんだい?」
「そうか、その辺りもまだ教えてなかったなぁ。」
そんな基礎知識も教えずに実戦に放り込んだのかよ。せっかちすぎだろ。
知は力なりって言葉はこっちの世界にゃないのかね。
「念真強度というのは念真障壁の展開スピードやパワーに直結する数値だ。高いほど早く、強力な障壁を展開できる、持続時間も高いほど有利だ。単位はニューロンで測定される。」
はいはい、キン肉マンの超人強度的なアレね。
「オレの念真強度はどのぐらいなんだ?」
「100万nだね。」
ウォーズマンだな、オレは。狙ってんのかよ。………いや、テクニックのないオレはカナディアンマンかな?
「一般的なバイオメタル兵士の平均は30万nと言われているから、キミはかなり優秀と言える。」
「オリジナルが優秀だからこその数値なんだろ、もう一つの浸透率ってのは?」
「戦闘細胞の浸透率だよ。キミの身体能力の高さは、戦闘細胞の働きによるところが大きい。」
「それはどのぐらいの数値なんだ?」
「50%、これもかなり高い。一般兵士なら20%そこそこが平均だね。」
「その数値は変化するのか?」
「念真強度は生涯変わらないと言われている。浸透率は上昇するね。」
「どうやったら浸透率が上がるんだ?」
そこで博士はニヤリと笑った。薄気味の悪い笑顔だった。爬虫類に笑顔があればこんな感じだろう。
「戦えば上がるよ。詳しい浸透率上昇のメカニズムは、まだ解明されていない。分かっているのは戦えば上がる事だけ、最新の研究データでは、激戦であればあるほど上がりやすい傾向にあるって話だね」
「最終的には100%までいくのか?」
「人によって上限値があるのは間違いない。ほとんどの兵士は100%どころか50%にも達せずに頭打ちになる。………だが、極々稀に100%に到達する者がいる。浸透率100%に到達した兵士は完全適合者、ハンドレッドと呼ばれる。まさに一騎当千の
「ハンドレッドねえ、………逢いたくないな、そんなモンスターには。」
「会う確率はかなり低いね。機構軍、同盟軍の兵士を合わせれば総兵士数は800万人とも言われているけど、完全適合者は10人いないという話だから。」
100万に1人のモンスターかよ。そりゃ中には完全適合者の才能があっても途中で戦死するヤツもいるだろうけど、それにしても凄え希少種だな。はぐれメタルもビックリだよ。
「だが、12号、キミなら完全適合者になれるはずだ。」
「自分の作品だからって買い被らないでくれよ。………いや!まさか!」
博士は不精ヒゲを撫でながら頷いた。
「そうだよ、12号。キミは戦死した完全適合者から造られたクローンなのさ。」
自室に帰ってから、ハンドレッドだったというオリジナルの戦闘録画を見てみた。
オリジナルのデータを見たいと言った時に博士が難しい顔をしたはずだ。
これはかなりの機密データだったって訳か。数は多くなかったので2時間もしない内に見終わったが………とにかく凄まじい。
てっきり自分と同じ青年のイメージを持っていたけど、オリジナルはオレより一廻りは歳が上っぽいオッサンだった。
だが次元が違うレベルで強い、オレとはパワーもスピードもテクニックも桁違いだ。
この体の理想型の戦闘スタイルのはずだと思って取り寄せてもらったが、今のオレにはレベルが違い過ぎて、参考にすらならない。
念真障壁は補助動作なしで複数展開させてるわ、障壁を纏わせた刀で易々と敵兵の障壁を叩き割るわ、やりたい放題だな。
テクニックはともかくスピードもパワーもオレの遥か上をいってるのは、浸透率の差なんだろう。
オリジナルは戦闘細胞の浸透しやすい体質で、数々の実戦をくぐり抜けて100%に到達したって事か。
なるほど、非人道的だろうが、こんな実験をやらかす訳だ。
こんなモンスターを量産できたら同盟軍の勝利は決定的だもんな。
オリジナルの強さには驚愕したが、同時にコイツが生きてなくて良かったと思う。
コイツ、ホントに愉しそうに人を殺してやがる、絶対サディストで人でなしだ。
そう思った時にふと疑念が湧いた、この悪魔みたいな男を………機構軍はどうやって殺したんだ?
残された時間は全て基礎訓練に費やし、再戦の日がやってきた。
今回は言い訳は通らない、敗北=死だ。
オリジナルの戦闘データは戦い方の参考にはならなかった。
だが、今やるべき事は示唆していた。
………オレに悪魔になれ、と。
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