結成編35話 最後のレッスン



真剣勝負を終えて屋敷のリビングに戻ったマリカさんとオレは、負傷度合いをチェックする。


「こらカナタ、こっちを見るな。」


すいません。でもオレの前でアンダーウェア姿になるマリカさんも悪いと思います。


「オレはポッド入りの必要はないですね。打撲や擦過傷だけで、骨には異常ナシ。マリカさんは?」


「アタイもだ。カナタ同様、超再生持ちなんで、治りは早い。」


「マリカさんも超再生持ちですか。タフな訳だ。」


「少将やリッキー小僧ほどの回復力じゃないけどね。ところでカナタ、少し気になった事がある。ちょっと腕を貸せ。」


タンクトップ姿のオレの腕を掴んだマリカさんは、上腕を摘まんだり押したりし始めた。


「どうしたんですか?」


「……やっぱり肉質が変化してる。どういう事だ? 高密度筋繊維は生来の特性のはず……」


「高密度筋繊維? なんですか、それ?」


「最近発見された肉体特性だ。ほれ、ウォッカが44口径を筋肉だけで止めてるだろう。あれは誰にでも出来る芸当じゃないのさ。生まれながらにそういう特異体質を持った人間がいるって同盟の研究班が発見した。ガーデンの兵士にも何人か所有者がいて、今頃兵士レポートの特性欄が改正されてるはずだ。」


「そんな特異体質があったんですね。研究班もいい発見をしてくれたな。伊達に予算が嵩む訳じゃないか。」


「だがおかしいんだ。高密度筋繊維は"生まれながらに持っている"先天的才能だ。後天的に身に付く類の能力じゃない。入隊してから今日まで、カナタはアタイに何回ぐらい蹴り飛ばされた?」


「そんなのいちいちカウントしてませんよ。星の数ほど、とは言いませんが、相当な回数ではあるでしょうけど。」


「だからカナタの蹴り応えは覚えてる。だが、さっきの対決の時に違和感を感じた。"硬くなってる"ってな。カナタの兵士としての特徴は学習能力の高さ、仲間や敵から技を盗むコピー狼。……まさか!おいカナタ、おまえは技だけじゃなく特殊能力までコピってるんじゃないだろうね!」


「そんな覚えはないですよ。技はパクってますけどね。」


「アタイの隊に入ってすぐ、雪風はカナタに懐いた。だがカナタは雪風の意想は感じ取れなかったンだよねえ?」


「ええ。でも途中からなんとなく分かるようになってきた気がして、パンプキンヘッド作戦の事前ブリーフィングの時にハッキリ分かるようになりました。……待てよ? 入隊時のオレってここまで傷の治りが早くはなかった。ってコトは劣化超再生は途中から会得したと考えるべきだ。」


「サイコキネシスもそうだ。普通、サイコキネシスを持っている人間は幼少期に気付く。二十歳を超えてから気付くってのもおかしい。それに反射神経もだ。さっきの戦いでおまえは何度も異常な反応速度を見せたが、それも入隊時にはなかった力だ。アタイやビーチャムの持ってる超反射を学習ラーニングしたンじゃないのか?」


……う~ん、サイコキネシスに気付かなかったのは、そんな超能力の存在しない地球育ちだったから当然なんだけど、高密度筋繊維と劣化超再生のコトを考えれば、オレは他者の能力をラーニングしてる可能性は高い。それにマリカさんの言う通り、オレの動体視力や反射神経は向上してる。修羅場をくぐって成長したせいだと思ってたけど、動体視力や反射神経って経験で成長するようなもんじゃないよな……


「言われてみればそうですね。オレは他人の特殊能力をラーニングしてる可能性が高い。サイコキネシスとアニマルエンパシーはリリスから、超再生はヒンクリー少将かリックから学んだ。」


「高密度筋繊維はウォッカから、超反射はアタイかビーチャムから学習したンだろう。だったら放出系のパイロキネシス能力をアタイなりシオンなりから学んでもよさそうなもんだが、そこは苦手分野なのか、それとも学習の途中なのか……」


雷撃のパイロキネシスはシズルさんが、重力操作ならイッカクさんが持ってる。なのにどれも学べてないってコトは、なんでも無制限に覚えられる訳じゃないってコトだろうな。


「強くなる為にはもの凄く有用な能力ですけど、念真強度の上昇といい、これも最高のモルモット案件ですね。」


「開発部がカナタをモルモットにしようってンなら、アタイが焼き払ってやるから心配すンな。まだ能力学習スキルラーニングが確定した訳じゃないが、その可能性がある事はイスカにゃ知らせとく必要があるねえ。」


「開発部じゃなくて司令にモルモットにされたりして。」


「だったらイスカとガチ喧嘩だ。……カナタ、ちと小腹が空かないか?」


「小腹どころか大腹が空いてますよ。話はここまでにして夜食にしましょう。10分でここまでカロリーを使ったのは初めてだ。」


「成長祝いにアタイがスペシャルメニューを振る舞ってやろう。楽しみにしてな。料理の前に一風呂浴びてくるが……覗くなよ?」


チッ。こんなコトもあろうかと隠密靴スニーキングブーツを持ってきてたってのに、無駄に終わったか。


─────────────────


風呂上がりのマリカさんは、いつものように髪を後ろで結い上げ、キッチンに立った。


「何か手伝うコトはないですか?」


シャンプーの匂いを嗅ごうと近付くオレに、マリカさんはシッシッとばかりに手を振る。


「邪魔だからくんな。カナタも汗を流してきな。さっき汗も冷や汗も、タップリかいただろ?」


ちぇ、ざ~んねん。マリカさんがどんなシャンプーを使ってるのか、興味津々だったのに。


雪風先輩みたいに鼻をヒクヒクさせてても仕方ない。オレも一風呂浴びてくっか。


─────────────────


マリカさんの別荘は風呂も一味違っていた。ヒノキ風呂かな、と予想していたのだが、待っていたのは岩風呂、しかもサウナ付き。かけ湯してからお高い岩で作られた風呂に飛び込み、手拭いを頭に乗っける。極楽、極楽。


ガラス戸の外には周囲を壁で覆われたミニ庭園まであんのかよ。小さな滝の天辺からは清水が流れ、鹿威ししおどしがカッコーンと鳴って、くつろぎの空間を演出してくれる。昭和の銭湯みたいなガーデンの大浴場も風情があっていいが、こういうのもいいねえ。湯船も広いし、お銚子を載せた盆を浮かせて、一杯飲りたいぐらいだ。


贅沢風呂を満喫したオレは寝間着代わりのジャージに着替えて、リビングに戻った。


テーブルの上にはオードブルを載せた小皿達が従卒代わりに立ち並び、大将であるメイン料理の大皿に敬礼している。大将閣下はミートソースパスタ様ですか。無数の肉団子で武装したスパゲッティとは、ボリューミーで実によろしい。


「長風呂だったねえ。冷めないうちに食べようじゃないか。」


肉料理には赤ワイン。卓上にはコルクを抜いたムーランルージュ2085の姿もある。マリカさんお気に入りの赤ワインだ。着座したオレはワインを二つのグラスに注ぎ、マリカさんと乾杯する。ワインレッドのパジャマを着たマリカさんのお姿は、年代物のワインより映えて見えるねえ。


乾杯が終われば即、突撃。欠食児童と化したオレが狙うは大将の首一つだ。


「いきなりミートソーススパゲッティに手を出すのかい? オードブルには目もくれずに。」


オードブルのキャビアクラッカーを口にしたマリカさんは、伏兵であるウォッカの蓋を開けながら笑った。


「雑兵には構わず大将を殺る。戦場の鉄則ですよ。……!!……なにこれ!めちゃ旨っ!」


パスタの茹で加減も最高だけど、特筆すべきはミートソースだ!箸が、いや、フォークが止まらねえぞ!


「……お気に召したみたいだねえ。」


マリカさんは満足げだが、今は構っちゃいられねえ。


「なにが隠し味、はむはむ、なんだろコレ!この肉団子とか、ガツガツ、反則級に旨過ぎだろ!同志磯吉が、ガツガツはむはむ、腰を抜かすレベルの、ングング、出来栄えですよ!」


「食いながら喋るな。おまえはビーチャムか。そんなに気に入ったなら全部食っていいぞ。代わりにオードブルはアタイがもらう。」


ここはお言葉に甘えよっと。ワインを飲みつつ、大皿のパスタを全部平らげたオレは、満腹になった。いやあ、満足満足。


「ご馳走でしたっ!」


「あいよ。このミートソーススパゲッティはな、アタイの自慢の一品なんだ。カナタはケチャップがギットギトのスパゲッティを好んで食べてるみたいだが、本物のパスタってのはこういうもんだよ?」


鉄板焼きナポリタンもいいものですけどね。安手の材料で作る大雑把な料理でも、死んだ婆ちゃんの得意料理は、オレにとっては思い出の味なんで。


「この絶品パスタって、一番隊のみんなも食べたコトあるんでしょ? みんな虜になっただろうなぁ。なんでホタルは真似しないんだろ。シュリだって絶対気に入るはずなのに。」


「このミートソーススパゲッティは本邦初公開だ。一番自信がある料理だけに、最初に食わせる相手には"ある条件"を付けていた。」


「ある条件? なんですか、その条件ってのは…」


「カナタ、おまえはもうアタイの部下じゃないから命令は出来ない。だけど、アタイの頼みは聞けるよな?」


「当たり前でしょ。オレがマリカさんの頼み事を断る訳がない。」


「じゃあ約束しろ。これからアタイがする頼み事を、決して断らないって。」


「わかりました。決して断りません。どんな頼み事でも応えてみせます!」


内容も聞かずに了承するだなんて、本来なら危険極まりない行為だろう。でもマリカさんが相手なら話は別だ。軍人として、恩人として、人間として、心の底から信頼出来る女性ひとだから……


「よし。アタイも覚悟が……決まったよ。」


席を立ったマリカさんはオレの隣に立ち、座ったまま見上げるオレの顔に顔を近付けて、至近距離から覗き込んでくる。


「ちょっ!? マリカさん!」


「どんな頼みにも応える、そう言ったよな? だから……拒否権は認めない。」


ほんのり頬を赤らめたマリカさんはオレの口の周りに付いたミートソースを舐めとってから唇を合わせ、舌を絡めてくる。……ヤバい……気持ち良すぎて気を失いそうだ……


長い長い口吻が終わって、魂が抜けたみたいに惚けたオレの傍でマリカさんは髪留めを外し、髪を下ろした。ワインレッドのパジャマを脱ぎ捨てて、下着姿になったマリカさんは、艶やかな唇でオレの耳朶みみたぶを甘噛みしてから、耳元でさらに甘く囁いてくる。




「カナタ、これが最後のレッスンだ。……アタイが"女"を教えてやる。泣く子も黙るアスラの部隊長、「剣狼」が童貞じゃあカッコがつかないだろ?」


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