出撃編10話 心にシミは残さない
リリエス・ローエングリンは悪魔の兵器な小悪魔娘だった。
オレはますます気に入った。オレとあの娘は似たもの同士。
オレの事情はあの娘に言えなくても、同類相哀れむ相手が出来るかもしれない。
なんてな、あの娘もオレも哀れまれるなんて、真っ平御免な性格だ。
同情なんてクソくらえ。そこがいいのだ。
なんとしても司令に無茶振りを飲んでもらう。さあ、いくぜ。
「600万nとは桁外れですね。そりゃ開発部も欲しがる訳だ。」
司令は天井に向けて紫煙の輪っかを吐きながら、
「ついでに希少念真能力のサイコキネシスも使えるようだ。いささか盛りすぎだな。」
サイコキネシスもやっぱり希少念真能力なのか。
この分じゃ希少念真能力にはテレパシーもありそうだな。
「あの娘が欲しいのは開発部だけじゃなくて我々もですよね? リリスは使えます。子供離れしたメンタルに天才的頭脳………」
「的はいらん。おまえが医療ポッドに入ってる間に、あの娘にIQテストをやらせてみた。180を計上した時点で退屈して投げ出しやがった。知能指数180以上の天才頭脳だよ、あの娘は。」
「正真正銘、掛け値なしの天才でしたか。ますますいい。なにも開発部にくれてやる必要はない。ウチで使いましょう。もちろん一時的に開発部には行ってもらいますが、一通りのデータとサンプルを採取した時点で返してもらう。」
クローン兵士であるオレがそういう理由でここにいる。出来ないとは言わせない。
司令もそれを察したのだろう、だが簡単な話ではないので返答は歯切れが悪い。
「簡単に言うがな、事はそう単純じゃない。」
「今回の作戦、表向きはどう処理されるんです?」
「生体兵器研究所の偽装に酸素供給連盟の高官が関与していたのは確実だ。ソイツには詰め腹を切らせる。酸素供給連盟に貸しは作りたいので公表は控えるがな。」
「機構軍が子供を使った非人道的な実験を行っていたことは公表出来ますよね?」
「無論だ、敵失は最大限利用するべきだろう?」
「そりゃそうです。だから広報部と
長広舌を振るうオレを、司令は呆れたような顔で眺めながら返答する。
「私を恐喝屋みたいに言いおって。だが先に今回の件を公表してしまえば、開発部が秘密裏に囲って研究しようとしても事実をバラすぞ、と言い出す輩は出るかもしれんなぁ。無論、私ではないが。」
司令も大概悪い顔してるなあ。
クローン実験は同盟内の不名誉だから公表するって脅しはできないけど、今回の件は機構軍の話だからな。
非人道的な実験から救出してきた女の子を、ウチでも実験に使ってますなんて開発部にとっては体裁が悪い話だ。格好の脅しのタネだろう。
「そんな線でなんとか出来ませんか? リリスは天才頭脳を活かして、ローズガーデンでオフィスワーク。勿論、基地の人達に許されている自由はリリスにも認めてやって下さい。ここはアミューズメントパークみたいなモンだし、研究所より1000倍マシです。」
「私の事務仕事も減りそうだな。悪くない。だが、完璧を期するならリリスの顔や名前は公表したほうがいい。そうすれば、それこそあの娘はどうなってると同盟兵士達の関心が集まる。あの娘は黙っていれば美少女だ。兵士達の同情を買い占めるだろう。私が保護する正当な理由付けも
「……………本気で言ってるんですか? ナツメだけでもう十分でしょう!」
「すまんな、今のはおまえを試しただけだ。…………分かった。おまえの悪巧みに私も乗ってやろう。」
「ホントですか、ありがとうございます司令!ありがとうございます!」
「だがカナタ、おまえは私に特大の借りを作った事を忘れるなよ。私の脅迫手帳のかなりのストックを吐き出す羽目になるのだからな。」
司令、やっぱり脅迫手帳を持ってんのかよ。持ってねー訳がないか。
「また手帳のストックを貯めるために微力を尽くしますよ。」
「そうしろ、死なん程度にな。死人は私も使いようがない。」
「………司令ならゾンビぐらい使役しそうな感じがなくはない気がしますが。」
「では黒魔術を憶えたら、まずカナタで実験してみよう。」
「マジで勘弁して下さい。ホントにやりかねない不安があります。」
司令はフンと鼻を鳴らすとマリカさんに話しかける。
「マリカ、これで満足か。無茶振りされる側の気分は理解できた。だからと言って改めないがな。」
司令とリリスって精神的には
マリカさんは満足げに答える。
「たまには無茶振りする側に立つのもいいもんだね。これからもちょいちょいやってみようか。」
「勘弁しろ。カラオケボックスでシャウトしすぎて喉が嗄れる。」
「………さっきは言い過ぎた。イスカを腐った上層部と一緒だなんてアタイは思っちゃ………」
司令はマリカさんの台詞を手で制する。
「分かってる。言わなくていい。軍も上の方にいくと軍事じゃなくて政治になってくる。そこを上手く立ち回っているつもりで、いつの間にか自分も首までどっぷり、なんてよくある話だ。私もそうなりかけていたのかもしれんな。」
そして司令は今度はクランド中佐に声をかける。
「クランド、工作にかかるぞ。まずはシノノメ中将に連絡を取れ。」
「了解、また中将閣下の胃薬の量が増えそうですな。」
「親父に頼まれて私の後見人などを引き受けたのが運のツキだ。乗りかかった船どころか浮くも沈むも私達と一緒、運命共同体と諦めているさ。」
確かシノノメ中将ってアスラ元帥の直属の部下だった人で、誠実で温厚な軍内良識派の重鎮だったな。
司令の後見人もやってたのか。遠慮なく使い倒されてるんだろうなあ。
おっと、まだ司令達に動かれちゃ困るんだった。
「司令、ちょっと待って。オレがリリスの意想を確認してから動いて下さい。」
「なに? リリスはこの話をまだ知らないのか?」
「まだ話してません。司令がこの話を蹴る可能性もありましたから。ありもしない希望を持たせるのが一番残酷です。」
「確かにな。だが、あの娘が研究所に行くと言ったらカナタはどうする気なんだ?」
「どうもしませんよ、好きにすればいい。オレがこんな事してるたった一つの理由は、オレが自分の心に紙魚(シミ)を残さない為にです。」
「…………心に紙魚は残さない、か。…………なるほど、自分勝手な話だな。」
「ええ、自分勝手で個人的な話です。では司令、これで失礼します。マリカさんも助け船ありがとう。後は自分でやってみます。」
「頑張んな。いや、頑張る必要はないのか。カナタの中じゃもう終わった話だからな。」
「はい、後は儀式みたいなもんです。それでは失礼します。」
オレは一礼して司令室を後にした。
マリカさんの言う通り、もうオレの中では終わった話だ。
答えを出すのはあくまでリリス本人、それでいい。
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