出撃編9話 たまには無茶振りしてみたい




オレ達アスラ部隊第1番隊クリスタルウィドウは、怪我人はいても戦死者はゼロでローズガーデンへと帰投した。


遠足は無事に終了した訳だ。


この殺風景な基地の姿が見えた時の安堵感。


来て間もないっていうのにローズガーデンは、もうオレにとっての我が家なんだろう。




傷の手当ての為に医務室へいく。


左腕の傷を完治させるまでは医療ポッドでお休みだ。




「おはようカナタ君、もう傷は大丈夫よ。後は自然治癒に任せておけばいいわ。」


泣き黒子の魅力的なヒビキ先生は、カルテを見ながらそう言った。


「そうですか、トレーニングもいつも通りにやってもいい?」


「2日程は左腕に負荷のかかるトレーニングは控えたほうが無難ね。」


「分かりました。」


「そして驚愕の結果があるわ。」


「なんですか?」


「カナタ君の戦闘細胞浸透率が7%も伸びてる。単独作戦の伸び率としてはアスラ部隊でも最高記録。いえ、多分、同盟軍全体でも最高記録だと思うわ。」


言われてみれば作戦前より体がキレてる感覚がある。


本当に浸透率が上がりやすい体質してるんだな、この体。


「強くなったのは嬉しいですけど、微妙な気持ちもありますね。この結果を誰が一番喜ぶのかと思うと。」


「………そうね、カナタ君としてはそう思うわね。」


戦闘細胞の伸び率ベストスコア。この結果を一番喜んでるのは間違いなくシジマ博士だ。


オレは強さと引き換えに、あの実験を推進する根拠を提供してやったという訳だ。


「カナタ君、前向き前向き。生き残る可能性が上がったのよ。素直に喜んでいい事だわ。」


「ですよね。死んだら元も子もないんだ。ありがとう先生。」


オレはヒビキ先生に一礼して医務室を後にする。


とりあえずはマリカさんを探さないとな。




マリカさんは食堂の喫煙コーナーにいた。ラセンさんにゲンさんも一緒だ。


ラセンさんは細巻きの葉巻、ゲンさんは煙管キセルを愛用してる。


アスラ部隊って何気に喫煙者多いよな。司令はバンコランみたいなほっそい煙草、クランド中佐は葉巻、金髪先生も喫煙者だった。


オレも吸ってみようかな。………似合いそうにないから、やめとこう。


オレが席に座るとゲンさんが頭を撫でてくれた。


「おまえさん、随分浸透率が伸びたらしいのう。えがったえがった。」


「ゲンさん、子供じゃないんだから頭を撫でるのはやめて下さいよ。」


ラセンさんが葉巻を吹かしながら、


「これでカナタの浸透率は60%か、アスラ部隊でもかなり上のほうだぞ。100万nの念真強度といい、先行きが楽しみだな。」


期待されるのは嬉しいよな。元の世界じゃなかった事だ。


「カナタ、そろそろ行くか。」


「アイアイ、ボス。」


「マリカ様、カナタとどこへ行かれるのです?」


「イスカんとこだ。たまにゃアタイが無茶振りしてやろうと思ってね。」




司令室に向かう途中でマリカさんと打ち合わせする。


「カナタ、リリスの件はアタイから言ったほうがよかないかい?」


「いえ、これはオレが言い出した事です。出来るところまではオレがやるべきです。もちろんマリカさんの助けは必須です。その時はお願いします。」


「分かった。カナタ、おまえちょっと男前になってきたぞ、精進しな。」


嬉しい台詞を噛み締めながら、オレは司令室のドアをノックする。


「カナタです、マリカさんもいます。入ってよろしいでしょうか?」


「いいぞ、入れ。」


部屋に入るとクランド中佐もいた。山と積まれた書類を決裁していたようだ。


2人分の紫煙が部屋に渦巻いている。


換気扇ぐらい回そうよ。


司令が羽根ペンの先を舐めながらねぎらってくれる。


「今回はご苦労だったな。作戦目標は全て達成、戦死者もゼロ。クリスタルウィドウの面目躍如というところか。」


「司令。救出した子供の話なんですが………」


「心配するなカナタ。健康な子供達はちゃんとした養護施設に預ける。精神を病んでしまっている子供達は、専門の病院で手厚くケアさせよう。回復の保証は出来んが、あの子供達がどういう状況かは私が後々までチェックする。二重の被害者であるあの子供達を、決してぞんざいには扱わん。」


「そこは全く心配してません。オレが聞きたいのは………」


「…………タイプXの事か?」


「タイプXじゃありません。リリエス・ローエングリンの事です。」


「…………開発部の連中がよだれを滝みたいに流しているらしい。一刻も早く研究所に送ってくれと矢の催促だ。五月蝿うるさくてかなわん。」


「研究所にリリスを送るおつもりですか?」


クランド中佐の怒鳴り声が狭い司令室内に響き渡る。


「カナタ!分をわきまえんか!アスラ部隊は自由な気風と言えど越権行為がない訳ではない!」


「お言葉ですが救出してきたのはオレ達1番隊です!知る権利があると思います!」


「なんだと!貴様!………」


クランド中佐は後に続く言葉を飲み込んだ。


………どうせクローン兵士の分際でって言いたかったんだろ。


マリカさんが助け舟を出してくれる。


「イスカ、アタイもリリスをどうする胸算用むなざんようなのかは知りたいね。カナタの言うように開発部に引き渡すってのかい?」


「……………」


「答えなよ、イスカ。1番隊隊長として聞いてんじゃない。昔馴染みの友として聞いてんだ。それでも答えられないのかい?」


「………引き渡すと答えたらどうするつもりだ?」


「………カナタはリリスを連れて逃げるってよ。」


「なにをバカな、そんな事は不可能だ。カナタ、おまえはちゃんと物事を考えられるヤツだろう。初陣を終えてハイになってるのか?」


「いたって冷静です。」


「おまえが脱走などしたらマリカにも迷惑がかかるんだぞ。分かって……」


「アタイに迷惑なんてかかんないよ。アタイもカナタと一緒に脱走するからな。」


傍で聞いてたクランド中佐の顎が、ンガッって落ちた。


無理もない。アスラ部隊のエースが脱走するって言ってんだから。


普段は冷静沈着な司令が怒気をはらむ声で問いかける。


「マリカ!おまえらしくもないぞ!どうしたと言うんだ!」


対するマリカさんも負けずに応戦する。


「アタイらしくないって? まさか、これこそがアタイだよ!イスカの親父さんが創った同盟軍と今の同盟軍は違う。ンなこたあ分かってる。だけどね、アタイの友、御堂イスカは今の腐った上層部とは違う。あるべき姿を取り戻すべくアタイ達には出来ない戦いを背負ってる。そう思ってるからこそアタイ達は命を懸けて戦場で戦えるんだ!あの娘を政治的取引に使って恥じ入る事もない、そんなヤツはアタイの友じゃないね。腐った上層部の同類、同じ穴のムジナだ!狢同士、せいぜい仲良くやるがいいさ。………アタイは降りる。やってられっか!」


マリカさんの凄い剣幕に流石の司令も少々怯んだ。


このまま本格的にこのお二人に喧嘩をされたら堪らない。


ここで悪巧みを開陳かいちんすべきだ。


「司令、オレの話を聞いて下さい。全くノープランでリリスをどうにかして下さいって言うんじゃないんです。」


司令が仏頂面でシガレットケースから煙草を咥えると、クランド中佐が火を点ける。


「………聞かせろ、どんなプランがあるって言うんだ?」


「まず、教えて下さい。開発部がそれだけ欲しがるって事は、リリスには凄いスペックがあるんですよね?」


「ああ、髪に形状変異型戦闘細胞が組み込まれていて、自在に操れる。単分子鞭としても使用可能だ。髪には新開発のラバニウムコーティング機能も搭載されていて、これが開発部があの娘を欲しがる本命だろう。」


「ラバニウムコーティング?」


「髪を全身に纏わせてゴム状のアーマーとして使用する。主たる目的は防御ではない。ゴムの反発力を利用してパワー、スピードを向上させるものだ。同盟の開発部も研究中だが上手くいってないらしい。念真力を膨大に消費する上に使用者への肉体的負担も大きいからだ。だがあの娘は実戦では使用不可能だが、ラバニウムコーティングの使用自体は可能な段階にあるようだ。」


「使えるのに使えない?」


「あの娘の華奢な体格では肉体的に持たない。だが念真力の膨大な消費に関してはクリアしている。」


「どうやって念真力の問題をクリアしたんです?」


「シンプルな話だ。あの娘は戦闘細胞の浸透率は50%だが、念真強度は600万nもある。」


600万n!オレの6倍かよ!




オレと同じ目をしたあの娘は小悪魔みたいな女の子だけど、スペックは本物の悪魔だった。


関係あるか!オレが気に入っちまったんだ。


あの娘が魔王の娘だろうが、必ず道を用意する。そう決めたんだから!



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